(幕間) スペードの王様
『ネバーランド編』に入る前に、いったん インターバルをとりました。 今後は 少しずつ、他の地域の 人物たちが登場してくるので、その準備です。
ねじれた世界≪ローリィヴェルテ≫の 北部にある、白と黒しか存在しない 特殊な場―――― スペードの城。
場内の兵士は 常に≪訓練≫を義務づけられており、それ故 他の城の兵士と対戦しても、負けることは少ない。
この間の クローバー勢力との 激しい戦いにも、大方の勝利を収めた。 とりあえず、兵士としての 最低限の≪役割≫は、まっとうできたと 皆信じている。
そんな 屈強揃いの兵士たちの間でも、特に 有名であった≪四十三番目のアリス≫――― バルドが、先日 あっけなく敗れたとの≪報告≫は、場内を 大きく騒がせた。
いったい、バルドを破ったのは 誰なのか。
兵士たちの休憩時間は、その話題で持ち切りだった。 どんな≪猛者≫なのか、すごく気になる。 いつか どこかで、対戦する日が くるやもしれないのだから。
「勝利したのは…… ≪九十九番目のアリス≫様、だってさ」
「もう そんな番号まで 進んでいるんだな」
「選ばれた≪護衛≫は、いったい誰なんだ? 相当強いヤツなのか?」
「本当かどうかは わからないが…… あの≪白ウサギ≫殿、らしい」
白ウサギの名前が出た途端、兵士たちは 一瞬 静まり返った。
「…… いやいや、それは ウソだろう。 あの白ウサギ殿は、めったに≪護衛≫を引き受けないと 有名ではないか」
「前回 引き受けた≪アリス≫様の時だって…… 確か、途中で 護衛を≪放棄≫したって」
「あぁ、誰もが知っている話さ。 白ウサギ殿は お強いが…… 気難しくて、誰にも服従しない」
「とりあえず、一旦は 護衛に付くが、気に入らなければ 即終了。 まさに、≪アリス≫様にとっては ≪死刑宣告≫と一緒だな」
「そうだな、途中で 護衛がいなくなるなんて…… 地獄に突き落とされたも 同然だ」
神々しい美貌と まばゆい銀の髪を、全員が思い浮かべる。
「しかし…… 今度のウワサは、ちょっと違うらしいんだ」
「違う…… って、どういうふうに?」
「それがな…… 白ウサギ殿の方から、≪アリス≫様に 護衛を願い出た、という話さ。 しかも、あの ハートの≪兵士長≫と、アリス様の護衛を懸けて 戦われた、とか……」
「そ…… そんな事態になっていたのか?」
「結局 白ウサギ殿が 選ばれたみたいだが、どうやら ハートの兵士長は、まだ 諦めていないらしいぞ」
「…… 他人に 興味の無い 兵士長にしては、珍しいな」
「そう、そう思うだろう? 誰にも従わない 白ウサギ殿が 護衛を志願し、無関心の 兵士長がこだわるという…… まさに、異例の事態だ」
「これは…… 何か、起こるかもしれないな」
兵士たちの ウワサ話は、城の主である ≪スペードの王≫の耳にも、当然 届く。
「兵士たちが、何やら 妙な話をしておるな」
スペードの王は、玉座の脇に控えた≪宰相≫に 横目で問うた。
「は…… 何でも、かの≪四十三番目のアリス≫が、敗れたようで」
「ふん…… 気色悪い≪四十三番目≫の話など、どうでもよいわ。 余の 気になるのは……」
「陛下のご興味といえば――― 新しく現れた、≪九十九番目のアリス≫のことでしょう?」
宰相のことなど差し置いて、王に 直接話しかける≪不届き者≫。
この城に属する、スペードの≪兵士長≫である。
「ほう、戻ったのか…… スペードの≪エース≫よ。 して、他の地域の情勢は、どうなっておる?」
「そうですね…… まぁ、陛下の予想どうりですね、だいたいは」
「では、その他に…… 何か、あるとでも?」
問われた 兵士長は、口の端をニヤリと上げた。
「ふふ…… まさに 今、話題に上っていた≪アリス≫のことですよ」
「何か、わかった事でもあるのか?」
「ウワサは所詮、ウワサでしかない…… けれど、時には事実も ちらほらと紛れています。 ≪アリス≫の件に関しましては、ほぼ アタリですね」
「なんと…… 護衛の白ウサギも、まことだと?」
「ええ…… しかも、ハートの≪兵士長≫が 姿をくらましました。 彼は、またもや脱走したと いうわけです。 相変わらず 何を考えているのかは不明ですが、オレは 同列の者として―――― ≪アリス≫のことを 追っかけるつもりの行動だと、思いますよ」
「そうか…………… ふむ」
スペードの≪兵士長≫の報告を得て、王は しばし考えをめぐらした。
「その…… ≪九十九番目≫とは、男なのか?」
「いいえ、陛下―――― 都合の良いことに、女性でいらっしゃいます」
「……… 若いのか?」
「見た目だけでは 正確な年齢はわかりませんが…… とりあえず、オレでも≪対応≫が可能な範囲、でしょうね」
「そうか…… なるほど、それは確かに 都合が良いな」
今度は、王の口元が 悪そうに歪んだ。
「いかがいたしましょう、陛下」
「白ウサギを 選んだ…… つまり、その女は≪面食い≫というわけだ。 ならば、この城一番の 色男―――― そなたにも 落ちるやもしれんな」
「オレの顔が 好みかどうかは知りませんが…… 見たところ、彼女は まだまだ≪お子様≫の様子。 そう難しくは ないでしょうね」
「ならば…… エースよ、そなたに まかせる。 その小娘――― ≪九十九番目≫を、そなたの≪色香≫をもって、落としてまいれ。 我が スペード軍の、戦力とする…… 護衛付きでな」
「…………… おまかせ下さい、陛下」
一礼して、王の前から離れた スペード≪兵士長≫の顔は、周囲の者が 黙って道を開けるほど…… 暗い喜びに 輝いていた。
久しぶりの 狩りを許された、猛獣のごとく―――― 彼は、初心者が 必ず初めに訪れる 『ネバーランド領』へと、旅立っていく。
「そのような 命令を出して…… よろしいのですか、陛下?」
地味な≪宰相≫は、開いているのか わからない程 細い目を、王に向ける。
「ふ…… なんだ、あのエースの≪攻め≫に、勝てる女が いるとでも?」
「そうは申しておりませんが…… 何やら、胸騒ぎが いたします」
「そなたは 心配性であったな。 余は、今後の展開が 楽しみになってきたわ。 万が一、エースがダメならば、余も 参戦しようかのう?」
まだ若く 精悍な王は、男性としての魅力も 充分に兼ね備えていた。 王という 立場を抜いても、常に 女性の方が、放ってはおかない。 おかげで、彼の後宮に 志願する美女たちは、後を絶たない。
「陛下…… お立場を、お考え下さいませ」
「言ってみただけだ…… 今のところは、な」
「我が 兵士長殿の、吉報を 待ちましょう。 ひとまず、ネバーランドへ 向かったようですので」
「ネバーランドか」
世界の 始まりの地―――― その場から 初心者が辿り着くのは、必ず 一番近い ≪子供だけの国≫。
「ピーターパンは 言わずもがな…… あそこには、フック船長をはじめとする 海賊たちがおります。 たいていの 初心者≪アリス≫は、そこで 命を落とすでしょうね」
「そうだな……… ≪九十九番目≫の、お手並み拝見――― と、いったところか」
「兵士長の、無駄足にならなければ いいですけどね」
つまり、エースが到着する前に、あっさり 死ななければいいな…… という意味である。
「せいぜい、楽しませてくれよ―――― 新米アリス」
こんな会話が なされているとは、遠く離れた 叶人には、知る由もなかった。
前回の最後で、新章に入ると 予告をしておきながら…… インターバルで、すみません。
けれど、けっこう 重要な情報を 会話の中に入れてみたので、気付いて頂けると、今後の話にも 入りやすいと思います。 よろしくお願いします。
明日から、忙しくなりそうなので…… 次回、更新は 遅くなるかもしれません。
気長に、待っていてもらえると 嬉しいです。 とりあえず、私生活の方を 頑張ってきま~す。