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九十九番目のアリス  作者: 水乃琥珀
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65. 本物と ニセモノ

  何が正しいか 分からないとき。

  己の 一番深くに眠る、《本当の望み》を知ればいい。


  そうすれば、たとえ正しくなかったとしても、後悔はせずにすむだろうから。


「これは ……… 子供だましといえども、なかなか 《効果アリ》よね」

「ご、ごめんなさい、アリス様!」


  ひたすら 《逃げ》に徹する叶人と、攻撃を繰り返す オオカミ少年。


「うーん …… 普通に考えれば、偽物よね?」

「ごめんなさい、僕は 本物です! ア、アリス様こそ、偽物なんでしょう!?」


  先ほどから、ずっとこの状態だ。


  よく、考えろ。

  敵ならば、何が 一番 得をする?

  何が一番、見ていて 《楽しい》?

「……… それは、《仲間割れ》よね」


  自滅していくほど、愚かで 滑稽な 《見世物》はないだろう。

「腹立たしいけど、わかってしまうところが、本当に イヤだわ」


  兵士長のことを、あれこれ言える 立場ではない。

「最初からわかってはいるけど …… 悲しい気持ちには なるわよね」

  白ウサギのように、まっさらではないことが。

  それでいて、《そのままでいい》と言われることに、図々しくも 安堵している自分自身が。


「ア、アリス様?」

「ごめんなさい、リーヤ。 私 ……… 自分の心に、正直でいたいの」

「?」


  防戦一方だった、盾代わりに使用していた 専属の武器。

  使わなくて、どうする。


  ディヤーーーン

「うっっ」

「初めに謝っておくわ。 ……… 本物だったら、ごめんなさい」

「ひ、ひどいです、アリス様!」

「そうね ……… 私は ひどいアリスなのよ」


  自らの 《目的》のためならば。

「手段など 選ばない ―――― それが、私よ」

「!」


  言いきった瞬間に、オオカミ少年の姿は消えていた。


「やっぱりね……」


  この罠を張った人物は、今の状況を どこかで見ているのだろう。

  何に躊躇い、何を恐れ、何を信じ、何を切り捨てるのか。


  行動を、すべて見られている。

「面倒くさいったら」

  悪趣味、このうえない。

  もともと、どこかで見ているという、《世界の意志》自体がそうであるように。


  ――――― 選択を、常に迫られる。

  そして、それを 観察される。

  試されているように感じていたけれど、それは 思い違いだったのかもしれない。

「…… 見ているんでしょう、世界の意志さん?」

  見ていない、わけがない。 自分は 今や、最注目のアリスなのだから。


  だから、叶人は あえて言葉を続ける。

「あなたは、試しているんじゃない。 ただ ―――― 知りたいのよ」


  人が、どんな答えを出すのかを。

「興味本位ではなく、単純に、知りたい。だって、そうでしょう?」


  この世界は、狂っているのではなく。

「《感情》が、もともと 欠如しすぎているのよ」

  生み出される、多くの 世界の住人達。

  どんなに強大なチカラを持っていても、みんな どこか、抜けていて。


  寂しくて。

「…… 人の愛情に 飢えていて、それに気付きもしない。 なぜならば ――― 知らないからよ」

  そういうように、作られなかったから。

「一番の イイ例が、ばかウサギよね」


  言葉では、愛だの 何だの語れはしても、《その先》には、進めない。 そこで、おしまい。

「絆を試す真似とか、仲間を引き裂くような 《工作》とか、陰でコソコソ やっているようだけど」


  ――――― 本当は。


「知りたいんでしょう? 信じたいんでしょう? …… 妨害されても、壊れない 《何か》を」



  ピシィッ


  空間に亀裂が走った。

「…… わかりやすい反応で 嬉しいわ」

  予想通り、この空間の 《支配者》が反応した。 ……… 世界の意志ではなく。


  世界の意のままに、操られている者。

  世界なら、こんな 《挑発》程度では、乗ってこないことは承知していた。


  この程度の 挑発なら、きっと兵士長が 過去に散々やったに違いない。

  それでも 何の実態も掴めていないのだから、そう簡単には 尻尾なんて掴めやしないだろう。


「…… こんばんは」


  ゆらりと現れた、見知らぬ少年。

  否、倒れ込む前に 覗き込んできたのは、確か こんなような姿をしていたと思う。

「簡単な挑発に、乗ってくれて ありがとう」

「お、お前なんか!」

「残念だけど、そういうセリフは 慣れ過ぎているのよ」


  悲しいけれど、それは事実。

「私たちを孤立させて、お互いを 疑わせて、それで あなたは、何を 《得る》の?」

「は?」

「……… 《アリス》は 《信じるに値しない》、どうしようもない存在だって、《確信》が欲しいのかしら? そんな事をして、あなたは どうしたいの?」


  矢継ぎ早の質問攻めは、主導権を握るうえでは、有効な戦法だ。

「よ、よく ぺらぺらと しゃべるアリスだな。 しゃべれば しゃべった分だけ、相手に情報を渡すだけだって、知らないのか?」

「……… そうね、そうともいうわ。 でも、残念なことに、コレも私の立派な 《武器》なのよ」

「は?」


  言葉、そのものが。

「私を 窮地に陥れ、反面 道を切り開いてもくれる。 …… もろ刃の剣みたいなものよね」

  だからこそ、肝心なのは、使い方だ。

  どこで、どんなふうに、相手に踏み込むか。

「―――――― さて、あなたには 通用するかしら ……… しましま《ネコ》さん?」


  薄く笑って、宣戦布告をする。


  少年とも 青年とも呼べる、見た目だけは 《歳若い》男は、叶人の笑みを 真っ向から受け止めた。

「……… へえ。 さすがは、あの 《白ウサギ》を 《たぶらかした》だけはあるな」

「たぶらかしたとは 失礼ね」

「おまけに、赤の兵士長を 手玉に取っているし」

「……… 取ってないわよ。 あの男、そう簡単に 転がされるような人じゃないし」

  いつでも胡散臭い、色男の顔を思い浮かべた。

  今頃、どこかで くしゃみでも しているかもしれない。


「ひとつ、ネコさんは 勘違いしているみたいだから、言わせてもらうけど」

  戦いは、すでに始まっている。

  万が一にも、気を抜くなんて あり得ない。


「言葉は、確かに強力な武器だし、人の行動を左右させる、重要な役割を持っているけど」

  所詮、それ以上でも、それ以下でもない。

「は?」

「……… いつだって、誰かを動かすのは、《ココ》よ」

  自分の体の、一番 中心。


  甘い言葉で惑わされても、切羽詰まった状況で それ以外選べなかったとしても。

「人を動かすには、心がなくっちゃ。 そして、その 《心》を示すには、やっぱり 《行動》しかないのよね」

  古い言い方かもしれないが。

「――――― 背中で語れ、っての? どんなに 取り繕ったって、背中までは隠せないわ。 だから………」


  信じてほしければ、自分から 行動で示す。

  《こういう人間である》ということを、包み隠さず 披露する。

「バカみたいだけど、これしかないと思うのよね」

  すべての人には、おそらく伝わらないだろう。

「でも、私は 《誠実》でありたいと思うし、それを 《目標》にしているから」

  それ以外の 方法を、生き方を、他に知らない。


「……… 何の話を しているんだよ」

「あら? あながち 的外れではないと思うけれど、違ったかしら?」

  ちろりと、叶人は 意味ありげな視線を送った。

「…… な、何が!?」

「だって ―――― 信じたいんでしょう? 本当は」

「!」


  空間が、揺れた。

「アリスだけではなく、本当は ―――――」

「うるさい、うるさい、うるさい!」


  一瞬の隙に、叶人は 何も無い空間の、地面らしきところに 倒れ込んでいた。

  正確には ……… 押し倒されたのだ。 ネコによって。

「いったっ……」

「目障りなアリス! 愚かなまま、自滅して死んでいけばいいものを!」

「…… 嫌よ。 なんでアリスだからって 死ななきゃならないのよ。 馬鹿げてるわ!」

「その口調でっ、しゃべるなあっ!」


  ネコの手が、叶人の首にかかった。

「ぐっ」

「お前なんか、おまえなんかっ」

「くっ」


  視界が、チカチカと点滅していた。

  間違えなく、首を絞められて、窒息死しかけているようだ。


  こんなの、アリ?

  この世界は 残虐だから、死ぬときは もっと、凄惨な死に方をするんだろうと、何となく思っていたのに。

  こんな、《地味な死に方》?


「アリスだけじゃない、この世界は 最初から決められているんだ! それを覆そうだなんて、身の程知らずが! お前は、そんなに偉いのか!」

  …… 偉くはない。 そんなチカラも、権限もない。

「でも …… だからって ……」


  ―――――― 従いたくは ない。 

  そんなの、認められない。 それが、本音。

「……… だわ」

「…… は?」


  叶人は、渾身の力を振り絞って、声にならない声を ぶつけた。

「だって、私にだって、《なりたいもの》があるのよ。 どんなに 無謀と笑われようが、バカだと呆れられようがっ」

  自分に対して、ちっとも 満足していないからこそ。

「完璧じゃないから ……… 完璧にはなれなくても、理想の、追いかけたい 《姿》ってのがあるの。 失敗ばかりして、みんなの お荷物になっているからこそ」


  その為には。

「戦うしかないじゃない!」

  現実は厳しくて、足りないモノばかりだったとしても。

「戦う以外には、なりたいものに 近付ける術はないんだから!」


  叶人の 靴のヒールが、ネコの腹に直撃した。

「ぐわっ」

「かはっ …… げほっ げほっ」


  何とか ネコの魔の手から逃げ出し、急いで距離を取る。

  護衛がいないのだから、自分の身は、自分で守るしかない。

「確かに、私は 護衛や仲間に頼りっぱなしだけど ……」

  利用していて、仲間だと言うのも おこがましいかもしれない。


「でも、楽しいって、思えるわ。 面倒で、騒がしくて、人の話を いっこうに聞かない 困った人たちだけど」

  少なくとも、彼らが困っていたら、助けになりたい。

  助けられるような、自分でありたい。

「…… 傲慢にも、そう思える程度には、真っ直ぐ向き合ってきたつもりよ」

  相手は、どうだか わからないけれど。


  でも、きっと、それでいい。

「だって、《心》なんて、交換条件のように、平等であるはずがないんだから」


  相手に 見返りを求めた時点で、それは 《真心》から 《打算》にすり替わる。

  そんなものは、欲しくない。

  そんなものじゃ、物足りない。


「私はね …… 欲張りなのよ。 百ないなら、いっそのこと ゼロでいいわ。 半端なモノなんて、いらない。 そんなのは 求めていない」


  どんなに 醜くても、愚かでも。

「自分を偽っている方が、よっぽど 《カッコ悪い》んだから!」

「!」


  叶人の 幼稚な叫びに、ぶはっと 噴き出す男、約 一名。


「……………… 兵士長?」

「いや~ いいね、今の。 ものすごく自分勝手で、無茶苦茶な 理由づけで ……」

「お前、いったい どこからっ」


  ゆっくりとした足取りで、こちらに向かってくる 《赤い男》。


  ……… 何故だか、彼は 《本物》であると、本能的に 悟る。

「それでいて、いつも 最終的に 何となく《納得》しそうになるところが、君の 一番 《恐ろしい》特技だよねぇ ――― アリスちゃん?」

「…… 本気で ムカつくから、間違えなく 《本物》のようね」

「わ~、相変わらず 意味不明で、可愛い反応してくれるね~。 斬っちゃいそう」


  そう言いつつも、男は 叶人とネコの間に、自然に割って入った。

「…… 私も疑問なんだけど、どうやって ココへ?」

「うーん、まあ 話すと長くなるけど …… 聞きたい?」


  男の瞳に、いつもの 余裕は無かった。

  叶人は、瞬時に 判断を下す。

「いいえ、聞かないわ。 そんなことよりも ――――」

「そ、戦う方が 優先ってね?」


  自慢の大剣を 引き抜いた兵士長の 半歩後ろで、叶人も また、武器を構える。

「さーて、噂のネコくんは、俺を楽しませてくれるのかな?」

「はっ、めでたい男だな! 特殊な空間で、《支配者》である俺に 勝てるとでも?」

「…… もちろん、勝つよ? 当然。 ……… 覚悟はできたかい?」

「ふざけやがって ……!」


  ぎりっと 歯を食いしばったネコに、叶人は少なからず 同情した。

  この赤い男というものは、本当に 人の神経を逆なでするのが 上手いのだ。


「そんなに早死にしたいなら、お前らから 先に葬ってやる!」

「うーん、殺す相手に使うには、ちょっと 印象が薄い言葉だなぁ …… 三十五点? まだまだ 《経験》が足りないみたいだね~」

「なっ」

「……… 《殺し合いの場》ってのはね?」


  ―――――― こうするんだよ?


「!」

  目に見えない、《殺気》とか 《闘気》とか、そんなようなものが、赤い男を包み込んだ。

  ビリビリと 肌を焦がすような熱さと、指の先まで 凍り付くような 寒気が、一気に襲い掛かる。


「…… 何て、迷惑な人 ……」

  絶対に、敵として 対峙したくはない。

  こんな 底知れぬ 《恐ろしさ》を前にして、勝てる見込みなど 砂粒ほども無いと、今更ながら思い知らされる。


「アリスちゃーん …… 小声でも、聞こえてるよ?」

「…… あら、失礼」




  なぜ、護衛の 白ウサギではなく、一番初めに 見つけてくれたのが 兵士長なのか。

  この男の 《真意》は、はたして どこにあるのか。

  他の仲間は、無事でいるのか。


  疑問は、尽きないけれど。

「とりあえず …… 目の前のことを、一つずつ」



  赤いジャケットと 白いお耳が 恋しいなんて。

「……… 誰が、教えてあげるもんですか」

「……………」



  ヴァイオリンを構えた 叶人は、気付かなかった。


  前を向いたままの 兵士長が、一瞬 視線だけ、こちらを見たということを ―――― 。     

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