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九十九番目のアリス  作者: 水乃琥珀
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64. イタズラ好きの しましま猫

「ね …… 猫って、どういうこと!?」

「まさか ……」



  まったく動かなくなった 叶人の体を囲んで、一同は 動揺を隠せなかった。


「…… 噂くらいは 聞いたことあるでしょう? イタズラ好きで、人々を迷わせる、面倒なネコ ―――」

「ほ、本当に 存在してたの!?」

「架空の人物かと思ってた ……」


  マッチ売りは、淡々と 説明を始めた。

「滅多に人前には 姿を現さないわ。 目の前にきたら、それは ほぼ 《最期》。 彼の 創り出す 《迷宮》からは逃れることは難しいのよ」

「何なの、それ! 何で、アリスちゃんが、ネコに狙われなきゃなんないの!?」

「……… アリス、だからか」

「兵士長?」


  状況を理解した 兵士長は、にやりと 口元を歪める。

「あー …… ちょっと、油断してたかな~」

「意味わかんないんだけど!」

「一人で 納得してないで、わかるように説明してよ!」

「はいはい、そう興奮しないで、おチビさん諸君」


  振り返った男の顔は、相変わらず ヘラヘラ笑顔に見えたが ――― 目が笑っていないことに、赤ずきんは 震えが走る。


「完全に、出し抜かれちゃったね、ウサギさん?」

「ええ ……… 見つけたら、容赦しません」

「興奮してるのは、あなた達も 同じようね。 いいから、少し 落ち着きなさい」


  いつもなら、叶人が使うような 言葉を、今は マッチ売りの少女が発した。


「ネコはね、他人の 心の隙間に入り込んで、惑わせ、孤立させるのが得意なの。 たいていは、《まやかし》を見せて、お互いを 信じられなくさせて、集団を 分裂させる ―――――」

「でも、アリスちゃんの 意識は、どこにいっちゃってるの!?」

「…… 普通なら、それで ……… それだけで 《済む》はずなんだけど、相手は 《マスター》だもの。 ただの まやかし程度では、効かないと判断したんでしょう」

「そんな ………」

「心を 引っ張りだして、まやかしが解けにくくしたんだろうね。 …… 面倒くさいなぁ、すぐに殺したーい」

「…… やめなさいよ、兵士長。 殺気をしまって」


  ふうと、マッチ売りは 軽く息を吐き出して、次の言葉を続ける。

「《風船》みたいなものに、マスターの 《意識》は閉じ込められているはずよ。 ある程度の時間が経ったら、アウト。 体 本体に、戻れなくなるわ」

「えっ」

「…… ネコが どこに逃げたかわからないけど、捕まえて 《風船》を割らなきゃ、マスターは救出できないわ」

「何それ! すっごくめんどくさいし、時間制限!?」

「…… この世界の住人っぽいなー」

「…… それ、同感」


  世界の住人ではない、瑞樹と 馬場 幸志は 嫌そうに頷きあった。


「いくらネコでも、この面子が揃っている中で、そんなに遠くに逃走はできないわ」

「まして、こっちには ウサギさんがいるしね~」

「…… 叶人の居場所なら、すぐに 突き止められます!」

「気を付けてほしいのは、誰でも、ネコの罠に かかるってことよ。 追いかけるのはいいけど、途中で みんなが 《バラバラになる》ということを、覚悟しなければ いけないわ」

「…… どういうこと?」


  不安げな 妖精王の問いかけに、マッチ売りは 答えた。

「今、目の前にいる相手を、《本物》とは 思わないこと。 常に、偽物であるという 《可能性》を頭に入れて、行動なさい」

「…… まやかし? 敵さんが、化けて出てくるの?」

「そうかもしれないし、本当に 本物かもしれない。 何も 《証拠》はないわ。 確信が持てないから、判断に迷いが生じる。 そこに 隙が生まれ、攻められやすくなるわ」

「いっそのこと、出てくる人 全員、 皆殺しにした方が 《ラク》でいいんだけどね~」

「!」

「兵士長、それ 冗談に 聞こえないんだけど!」


  不安と 焦りを抱えつつ、とりあえず 馬車は停止した。


「ダイヤの国に入る前に、叶人は 取り戻します!」

「手分けして探すけど、今回ばかりは かえって 《単独行動》にした方がいいかもね~」

「ネコの居場所さえ わかれば、あとは私が何とかするわ。 マスターの救出は、私に 任せて」

「…… ねえ、マッチちゃん。 疑問なんだけど ―――」

「どうして、ネコの存在や 対処法に、詳しいんですか?」


  馬車から 出て行こうとする際、赤ずきんは 素直に質問をぶつけてきた。


  問われるのは 当然。

  今後 共に行動するならば、彼らに 知る権利はある。


  自分は、すでに 《マスター》を決めたのだから。

「…………… だからよ」

「――― え?」


  過去は、過去。

  そう、割り切ってくれる人が、世界に どれ程 いるだろう。

  皆が皆、叶人のように、《バカ》がつくほど お人好しではない。


  それでも、あの叶人が、《仲間》だと認めた連中ならば。


「私は、かつて ……… 《空の者》と呼ばれる 《役割》を与えられていたわ」

「それって ―――」

「さすがの兵士長でも、実態は知らなかったでしょう? 我らは、存在を隠して、ただ 《アリスを葬る為》につくられた、どうしようもない 《集団》のことよ」

「アリスを ……」

「葬るため ……」


  万が一にも、アリスには 勝ち目はない。

  どんなときも、世界でゲームに勝つのは、アリスではなく 《世界の意思》であると、見せつけるため。


  ほんの少し 崩すだけで、どのアリスも簡単に自滅していった。

  時には 焦りから、時には 傲慢さから。

  誰かのものを奪い、我先に 自分の願いを優先させる。


  ネコのいうことは、正しい。

  今まで、どのアリスだって、空の者の手にかかれば、簡単に消去できたのだ。


  叶人が 現れるまでは。


「…… 私は、見たわ。 マスターが、それを覆して、違う答えにたどり着いたところを」

  赤の森で、潜んでいた 空の者のワナを見事 潜り抜けて、イモムシを制した。

  体当たりで、決して 綺麗ではなくとも、闇に引きずられはしない、強情さ。 


  叶人なら、叶えられるかもしれない。

  昔と変わらない瞳は 不安定なのに、どこか 未来を予感させるから。


「ネコも同じ、《空の者》よ。 でも、彼は いまだに、アリスの可能性を信じられないの。 世界に囚われたまま、アリスは悪いモノだと 信じている。 だから ―――」

「……… 要は、芹澤を取り戻せば、その 《法則》は覆るよな?」

「…… そうね」


  馬場 幸志の、単純明快な言葉が、この場には 救いのように感じられた。


「私の言うことが、信じられないかしら?」

「……… いや」

「そんなことは ……」

「だって …… マッチさん、メルと一緒だもん。 メルと おんなじ、ご主人様のこと、《選んだ》もん」

「早い話が、それだけで 十分な 《証》だな」

「俺としては、もう少し 疑ったほうがいいとは思うけどね~」

「…… 兵士長、サイアク」


  緊急事態だというのに、どこか騒がしい ――― ある意味、頼もしくもある、へんてこな仲間たちだ。


「…… ニコル、あなたは どうするの?」

「我か? 我は …… そうだな、留守番をするとしようか」

「あー、ニコちゃん、まさかの サボリ!?」

「これ、サボリではない。 我は、ここで結界を張り、カナトの本体を守るとしよう」

「微妙に サボリっぽいよね~」


  軽口を最後に、それぞれは ネコを追いかけて 散っていった。


  残ったのは、賢者ニコルと、マッチ売りの少女だけ。


「…… 私の責任だわ。 ネコの気配に、少しも気づけなかった」

「それを言うなら、我も同じ。 …… 相手は、あのネコだ、仕方あるまい」

「マスター …… 無事でいるかしら?」

「それこそ、無意味な心配ではないか。 我らの、カナトだ。 それほど、ヤワではない」

「…… そうね」


  たとえ、見知らぬ土地で、一人きりになったとしても。

「不安さえも 《武器》にして、道を切り開いていくわよね」

「その通り。 そうできるように ―――――」

  かつて、様々なことを、《教え込んだ》のだから。


「まさか、そなたの 《口調》に そっくりになるとは、思いもしなかったがな」

「それは、私だって 驚いたわ」

「まあ、それ程 そなたとの 《出会い》が、印象深かったのだろう」


  幼い 叶人の心に、記憶が消えても、強烈に残るほど。


「思考の 半分は、あなたの 《教え》をそのまま受け継いでいるようだけどね。 …… 理想が強くて、腹も立つけれど」

「ひどい言われようだな」

「お互い様よ」


  ヒスイと、名付けたのは 偶然なのか。

「もしかしたら …… 記憶が、戻りつつあるのかもしれないわ」

「かもしれないが、それは 避けられぬことだ」

「もう一度、封じてあげたら?」

「それは、できぬ」


  あの時は、まだ 《受け止めきれない》と判断したから、記憶を封じただけ。

「もし、カナトが 自力で思い出したとしたら …… それは、そういう時期に達したということだ」

「…… そうだと いいけど」

「余計なマネは、するでないぞ?」

「しないわよ。 したくても、もう 私には できないわ」

  自分は、すでに、叶人のものだから。


「今の 私は ――― ただ、マスターの無事を祈り、マスターのために、できることをするだけよ」


  そうして、少女は 取り出したマッチを シュッとこする。


  ネコによって 歪められた空間を、正すために ――――― 。







「……… どこなのよ、ココは」


  兵士長ほどではないが、自分も短気なのは 認めよう。

  叶人は、明らかに イラッっときてしまっていた。


  見渡す限り、何もない 空間。

「…… 夢?」

  そんなはずがない。

  ここは、ねじれた世界、ローリィヴェルテ。


  今まで、何度も 夢かと疑ったことは、すべて 現実。 実際に起こっていることだった。

「じゃあ …… やっぱり、これも、現実よね?」

  何も無いなんて、かえって 悪趣味だ。


「いっそのこと、敵でもなんでも、ばーんと出てきてくれた方が、わかりやすくていいんだけど」

  そんな 単純で、親切ならば、誰も困らないだろう。

「だとすると …… 相手は、私が 《困るような展開》に陥れたつもりなのよね」


  何が起こっているのか 分からない時は、まず 《敵》の立場に立って、考えてみること。

  それが、鉄則。

「私は、一人きりだから …… 数で攻めてくる? いや、それでは単純すぎるわ。 じゃあ、アレかしら?」

  知り合いを、送り込むこと。



「……… ビンゴ、ね」


  何も無かった空間に、一人の青年が 出現する。

  赤いジャケットに、白い ウサギ耳。


  キインと、甲高い音が 一拍の後 響き渡る。

「…… いくら ウサギが狂ってても、私に 短剣を向けた時点で、《偽物》だって バレバレなのよ!」


  遠慮も何もない 攻撃を、叶人は ヴァイオリンで なんとか防いだ。


「子供だましも いいとこだわ!」

  即座に 戦闘のメロディを奏でると、偽ウサギは 消滅した。


「ふう ……」

  まさか、今みたいに、知り合いが ずっと出てくるのだろうか。

  ウサギのように、明らかに 偽物だとわかれば戦いやすいが、もし そうではなかったら?


「それは …… 厄介だわ」



  次に 現れたのは。

「わー ……」


  これは、正直 判断がつかない。


  黒い覆面男に 囚われた 《赤ずきん》、そして ―――― 。

「…… リーヤ ………」

「ごめんなさい、アリス様! でも、でも、アリス様を攻撃しないと、チャッキーがっ」

「やめてよ、ばかリーヤ! アリスちゃんに 何するのよ!」


  これは ――― 罠のはず。

  そうでなければ、わざわざ こんな空間に連れてこなくても、こういう展開で いくらでも攻められたのだから。

  目の前にいるのは、偽物。


  偽物 …… の、はず。 確信はないけれど。

「アリス様、ごめんなさい!」


  もし、本物だったなら?

  彼らも、この空間に 連れてこられた 《本物》だとしたら?


  何をもって、判断を下すの?

「や、マズイかも ………」

  リーヤは、赤ずきんの 幼馴染。

  赤ずきんと、出会ったばかりの自分とでは、《天秤》にかけられるはずがない。


  どちらを 守るか選べというのなら、彼は 間違えなく 赤ずきんを選ぶだろう。


「……………」

  人は、一度に 二つのモノは 選べない。

  悔しいが、選べないように、できているから。







「…… 迷えばいいさ。 迷って、自分の判断を疑って ―――」


  そして、破滅すればいい。

「くっ ……… ははっ、あはははっ!」



  ネコの つぶやきも、笑い声も。

  叶人は ――――――― 知らない。  

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