表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九十九番目のアリス  作者: 水乃琥珀
67/75

63. ダイヤの国へ いざ出発

「………… 世話になったな、アリス」



  必要なものを 全て買い揃えた叶人は、ハートの城にいた。

  玉座の間の中央で、二人並んで座るのは、少し前まで争っていた 王と女王である。


  そして、女王の傍らに控えるのは、助け出された 《時計屋》の青年だ。


「そなたの、無謀とも呼べる 《行動》は、結局 正しかったのだな。 変わることを 頑なに恐れていた己が、恥ずかしいぞ」

「…… いや~、あんまり 《お勧め》できない行動だと 俺は思うよ~? 今回、たまたま 成功しただけであって、一歩 間違っていれば ――――」

「…… 黙りなさい、兵士長。 カナトの選択に、ケチをつける気ですか?」

「ケチをつけている訳じゃないさ。 ただ、それが 《事実》だって ハ・ナ・シ」


  すっと、音もなく 短剣を引き抜く白ウサギの手を、慌てて止める。

「やめて、ノール。 悲しいけど、兵士長の言うことは正しいわ」

「カナト ……」


  白ウサギを救いたくて、それには 時計屋のチカラが必要で。

  そのためには、地下に潜った王を 説得しなければ不可能で、最後には マッチ売りの少女にも助けられて。

「みんなが 協力してくれたから、できたことだわ。 だから、感謝するのは、私の方よ。 ――― 王様、女王様、それに 時計屋さん ……… いろいろ、ありがとう」

「アリス ……」

「…… 妙なアリスだな」

「僕のカナトに向かって、《妙》とは何ですか!」

「そうだよ、失礼だよ、王様。 せめて、《変わり者》って言ってあげてよ」

「…… ケンカ売っているのかしら、兵士長?」


  いつでも嫌味な男だが、ヘラヘラと笑いながら言われると、一層 腹が立つ。

  しかし、叶人が 反撃に出る前に、先に動いたのは 白ウサギだった。


  キインと甲高い音を響かせながら、兵士長との斬り合いに発展してしまう。

「あー ………」

  やはり、ウサギと 赤い男の相性は、最悪のようだ。

  場所を 考えろ。

  ここは、まがりなりにも、城の 中心、玉座のある間だ。


「相変わらず、だな」

  しかし、王も女王も 慣れたもの。

  さすが、この世界の 《役持ち》、飛び交う 殺気にも少しも動じていない。

「よいよい、身体が 元の通りに動くという証拠だ。 気にするな。 あやつらは、前から アレが自然なのじゃ」

「…… いつも?」

「あれでも、前よりは 大人しくなったものだ。 ウサギは もとより ……… 《赤》も、変わったようだな」

「ふっ ……… 地下に潜ってはいても、地上の様子くらいは 《鏡》で見ておったのだろう? しらばっくれるな、王よ。 《何》が、アレを変えたのか、知らぬわけなかろう」

「――――― アリス、か」

「さよう、この 《九十九番》以外に、他に 誰がおるというのじゃ」


  女王の言葉を受け、ハートの王が 叶人に視線を固定する。

「な …… 何かしら?」

  なかなかの美形に 直視されて、平静でいられるほど 図太くはない。

  美形ぞろいの仲間に 日々 囲まれているとはいえ、胸がどきりとはねたのは 仕方がないことといえよう。


「そなたは、不思議な生き物だな。ウサギを変え、赤を変え、女王と 我をも変え ――― いったい、何が そうさせる?」

「え?」

「何を もってすれば、そのように 《周囲》を変えることができるのだ?」

「何をって ………」

「そんな わかりきったことを! カナトの 《可愛さ》をもってすれば、不可能なことなど ―――」

「……… ややこしいから、ノールは黙ってて」

  面倒な口は、ふさいでしまうに限る。


  叶人は、少し 考えるように首を傾げながら、ぽつり ぽつりと答えを返した。

「私自身 …… 誰かを変えられたなんて、思っていないわ」

「ほう?」

「もし、皆が 《変わった》というなら …… それは、本人の 《意志》でしかないし」

「本人の …… 意志、だと?」

  いぶかしげに、王は 眉根を寄せる。

  美形は、どんな表情でも 綺麗で様になり、羨ましいかぎりだ。


「…… 誰だって、本当は 心のどこかで 《なりたいもの》があるのよ。 ただ、いろんな事情だとか、見栄や 意地が邪魔をして、素直に 変わりたいって言えないだけ」

  だから、叶人が 全てを変えたわけじゃない。

  そんな チカラ、持っているはずがない。

「変わったのなら、それは 本人のチカラよ。 私は、たまたま 近くにいただけ。 …… というより、巻き込んだだけ」

  巻き込まれてくれそうな人を、わざわざ選んで、狙う。

  それ故、綺麗な人間ではないと、思い知らされるのだが。


「未来の 全てが明るいなんて、夢みたいなことは 言わないわ。 変えられないものもあるし、できないことだって、山のようにある。 それでも、諦めて、心を閉ざして生きるのって、苦しいもの」

  少なくとも、叶人は その 《苦しさ》に気付けたから。

「同じ 苦しむのなら、正直にいた方が ラクだと知ってしまったからね。 …… 私は、卑怯でズルイから。 どちらを選ぶかと問われれば、《戦う》方を選ぶわ。 ただ、それだけ」


  巻き込まれる 周囲は、迷惑極まりないだろうけど。

「それで、少しでも、お互いの 《なりたいもの》に近づけたらステキだなって、思うわ」

  理想かもしれない。 無理な 絵空事かもしれない。

  けれど、願うのは 自由だ。

  強くいられるのなら、最終的に、何だっていい。 それが、基本。


「新しい道を選んだ あなた達にも、きっと 今までとは違った《未来》が訪れるわ。 そのときに、どうか、笑っていられますように」

  行動したことを、後悔しませんように。

  成功しなくても、自分の起こした 《勇気》を誇らしく思えますように。

「…… 私は、いつまでも一緒にいられるわけじゃない。 だからこそ、祈ってるわ。 これからの、あなた達の未来を」

「アリス ………」

「カナト ……」

「アリスちゃん ………」


  この世界に来て、二十日目。

  もう 二十日というべきか、まだ 二十日だというべきか。

「ハートの国に来て、よかったわ。 あなた達に会えて、よかった」

  叶人自身、たくさんのことを学び、経験した。

  多くのことを、考えさせられた。

「お世話になりました。 いつか、また ――――― 機会があれば、会いましょう」

「……… そうだな」

「その時には、極上のドレスを用意して待っておるぞ、アリス」

「冗談じゃありません! あなたの 非常識な《少女趣味》に、カナトを巻き込む気ですか!」

「何を言うか! 可愛いものに、可愛い格好をさせて、何が悪い!」

「僕のカナトです! 僕の許可なしに、勝手に 衣服を用意するなど、許すまじ行為!」

「……………… アリスよ、そなた ―――」

「言わないで、王様。 言われなくても、わかってるわ」


  《そなた、本当に、こんな イカレた護衛でよいのか?》と。

  言葉にしなくても、目つきだけで、わかる。 わかってしまうのが、悲しい。


「でも、きっと これも、私にとっては 《必要なこと》なんだわ」

「…… 必要、だと?」

「そう。 私が、私でいるために」

  この先、戦っていくために。


「無駄な事なんて、本当は ひとつだってない ――― って、昔 ある人が教えてくれたの」

  嬉しいことも、悲しいことも、悔やむことも、投げ出したいことも。

「すべて 必要な事だって 《受け入れたら》、それは きっと、何よりも大きい、自分の 《財産》になるんだって、その人は言ったの」

  誰だったのか、思い出せないけれど。

「受け入れて、消化させるには 難しいことばかりだけど …… いつか、そういうふうに、乗り越えられたらいいなって、思うわ」

  それが、叶人の目指す、なりたいもの。


「お互い、頑張りましょう」

「…… イモムシとの、《賭け》も残っているしな?」

「そうよ。 全力で、生きる。 私には、それを示す 《理由》があるしね」

  仲間もいる。 頑張れないはずが、ない。

  強くなんか、ないからこそ。


「……… 足掻くしかないの。 でも、それも、悪くはないって思えるから」

「きちがいウサギには、もったいない 女だな。 どうだ、いっそのこと、この王の 伴侶に ―――」

「……… 死にたいんですか?」

「わ~、いきなりナンパ? …… さすがの俺も、キレちゃうよ、王様?」


  珍しく 意見が一致した二人の男が、両側から 王様に圧力をかける。

「…… もう、二人とも! 時間だから行くわよ。 王様の冗談を真に受けてないで」

「カナト、これが 冗談に聞こえるんですか!」

「だめだよ、アリスちゃん。 何百年も、地下に籠りきるような 《陰湿》な人なんだから、警戒しなきゃ~」

「………… 貴様らぁぁ ……」


  彼は、腐っても 強力な魔法使い。

  怒らせて、怪我でも負わされたら たまらない。


  王様の怒りが爆発する前に、叶人たちは 城を後にした。

  







  ハートの国の城下町・ハートアルを抜けて、叶人たち一行は、陸路で ダイヤの国へ向かっていた。

  時間短縮の面で考えれば、船で 海を渡った方が早いが、船だと 囲まれたときに、逃げ場が無い。

  それに、まだ信用できるほどの、船乗りの知り合いがいないのが理由だった。


  フック船長の船はどうかとの意見も出たが、彼らとは 一度 行動を共にしたのみ。

「…… けっこう、気のイイ 海賊達だったとおもうんだけどな ……」


  馬車の外、《もの言わぬ御者》の隣に座って、叶人は 小さくつぶやく。



  新しく加わった マッチ売りを入れて、一行は 十人になっていた。

  十人 すべてが乗り込めるほどの 大きな 《馬車》は、ハートの女王からの贈り物である。


  どうせ くれるなら、船がいいのに ――― と文句を言っていた ウサギには、お仕置き済みだ。

  好意で用意してくれただけで、充分。 それ以上 望んでは、罰が当たるというものだ。


  それに、旅といえば …… ロールプレイングのゲームなどでも、序盤は 馬車が多い。

  不謹慎だが、こんな馬車に乗ったことのない叶人は、実は 興奮して、眠れなくなっていたのであった。


  普通、馬車には 《御者》が必要だ。

  しかし、これは ある意味 《魔法の馬車》。

  女王が作った 《魔法人形》が 《人型》に変身し、この馬車を動かしてくれている。


  つまり、誰も 動かさずに、夜は夜で、眠っていられるというわけだ。


「ワクワクして 眠れないなんて …… 子供みたいだわ」

  本当は、いつだって すぐに寝られるはずなのに。


「いろいろなことが、あり過ぎたからかしら ……」


  思い返せば、いろいろ あった。

  海賊の船を降りてから、赤ずきん達に出くわし、瑞樹には 騙され、黒い集団とも戦い、帽子屋を訪ね、お茶会に参加。

  出された 課題を解くために、ブタさん兄妹や イモムシとも関わり、その後 白ウサギが おかしくなって ……。

「……… 思い出したくもないわね」


  胸の中心が、きりきりと痛む。

  青白く、動かなくなった ウサギなど、もう ウサギでもなんでもない。


  夜風に、叶人は ぶるりと身震いをした。

  寒いわけではなく ―――― ただ。

「………………」


  怖い。

  大切なものが、消えてしまうことが。

  しかも、その原因を作ったのは ――――


「……………… 君のせいじゃ、ない」

「…… え ……」


  ふわりと、暖かな 何かに、覆われる。


「君のせいじゃない。 ……… 誰のせいかって、言われれば ――― 俺、なのかな」

「へ …… 兵士長?」


  誰もいない、夜空の下で。

  叶人は、静かに抱きしめられていることに、ようやく気付く。

「えっ …… あっ ……」


  仲間は全員、車内で眠っていた。

  眠りが必要なかった 白ウサギも、先日の 《影響》により、睡眠が必要な体になってしまっていたから。


  魔法人形の 御者なんて、人数に入らない。

  御者台の上で、叶人と 兵士長は、二人きり。

「え …… あの」

「――――――――― ごめんね」

「!」


  囁かれた 言葉に、耳を疑った。

  だって、その 一言に。


  様々な意味が 込められていると、すぐにわかったから。

「何を ……」

「君が知る通り、わかっていて、動かなかった。 どうでもいいと、思っていたからね。 …… あの時は、まだ」

「兵士長?」


  抱きしめられた状態では、男の表情は見えなかった。

  声色も、この時ばかりは、読めない。

「だから、誰のせいかっていうなら、俺のせいだよ。 大元の原因を作ったのは、俺だから」


  ――― だから、そんなに自分を責めないで。

「!」

  叶人の中に封印していた 《何か》が、ぱちんと 弾けた。

  ずっと ずっと、我慢していたのに。


「な …… 何で、そんなこと言うの ……?」

「うーん …… 今だから、かな?」

「私は、自分が原因だって、ちゃんと わかって……」

「―――― ううん、君は わかってない」

「え?」


  ほんの少し前に、白ウサギにも 似たようなことを言われた気がする。


「可愛い アリスちゃん。 でも、時々 無性に、君を殺したくなるな~」

「…… 明るい声で、物騒なことを言わないでちょうだい」

「あはは~、だって、本音だからさ~」

「…… あなた、結局 何が言いたいの ―――――」

「………… 俺を、憎めばいいよ」

「え ……」


  今度の 言葉には、心がひどく 揺さぶられた。


「ごめん …… でも、過ぎたことは 取り返せないって、わかっているから」

  すべて、俺のせいに すればいい。


「ごめんね …… 君は、悪くない」

「そ、そんな、何を言って ―――」

  心が、ざわつく。

  兵士長らしく、ない。


  ――――― これは、本当に、兵士長?


「本当は、君に 嫌われたくはないけど、ね」


  視線が、完全に 捕えられていた。

  茶色の瞳から、目が 反らせない。


「ねえ、アリスちゃん?」

  囁きは、鼓膜の奥まで侵入し、脳内を じわじわと犯していく。


「あ ……」


  本能的に、危険だと悟った。

「あ …… あ ……」


  甘く、棘があって、毒も持ち合わせた男。

  優しくできるのに、あえて しない。

  それでいて、時々 意外な一面を覗かせる、厄介な人物。


  自分と似ていて、だからこそ 腹が立って。

  傷付けたいがために、容赦なく 真実を突き付ける、大嫌いな男。

「あ …… あ …… あ ……」


  ――― けれど、これは 違う。

  兵士長のようでいて、まったく 違う。

  体の中心が、引き裂かれるような、不快感。


  頭の中に、手を入れられて 掻き回されているかのよう。

「あ、あなた …… 誰?」


  身動きは、すでに できなくなっていた。

  全身のチカラは 吸い取られたように無くなり、瞼も閉じてしまう。


「…………… 何を、言っているのかな?」

「兵士長なんかじゃない …… あの人は、もっと ……」

  残酷で、ひどくて。

  でも、時々 誰よりも、優しい。

  完全に、嫌いになれない。


「今更、遅いよ。 どいつも こいつも ――― マヌケばかりだな」

  冷たく言い捨てた声は、初めて聴く 声だった。


  敵の罠だと気付くには、遅すぎる。

「ノ …………」

  ノール、と。

  一番 肝心の名前が、何故だか 口にできない。

  たとえ、眠っていたとしても、叶人が 声を上げれば 飛んでくるはずなのに。



「…… いい気になっていた罰が当たったんだな、アリス」

  どさりと、鈍い音を立てたのは、倒れ込んだ 己の身体だった。


「―――― 抜け出せない 本物の 《迷宮》へ、ようこそ」


  動けない身体の上から、声は降ってきた。

  無様な格好を見下ろしながら、嘲っているのが 嫌でもわかる。


「絶望に、狂えばいいさ」

  他の、アリスたちのように。

  闇の中で、朽ち果てるがいい。



  そこで、叶人の意識は途絶えた。



  チリンとかすかに鳴る、鈴の音。

「………… やられたわ」


  一番初めに 《まやかし》から抜け出した マッチ売りの少女は、急いで 仲間たちを 平手打ちして覚醒させる。


「な、なに!?」

「痛った ……」

「暴力はんたーい!」

「…… 起きなさい。 緊急事態よ」


  叶人の気配が、消えていた。

「カッ、カナト!?」

「なに、これ ……」


  肉体は、そこに、ちゃんと あるのに。

「まさか、ここまでするなんて ――――」

「何なの、これ? アリスちゃん、どうしちゃったの!?」


  気配が無いのは、《心》を 抜き取られた証。

「え!?」

「はっ!?」


  白ウサギは、不甲斐ない自分を 切り裂いてしまいたくなった。

「カナト!」

「…… 後悔は、後になさい。 まずは、《ネコ》を追いかける方が先よ」



  アリスの 精神が、壊されてしまう前に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ