62. マッチ売りの 少女
《マッチ売りの少女》は、稀にみる 美少女だった。
役割名の通り、十歳くらいの少女姿で、艶めいた黒髪に 緑色の瞳。
濃いグレーのケープを羽織り、中は 同色のワンピースに ニーハイソックス。
……… ミステリアスで、少女特有の キャピキャピ感の無い、《不思議》な雰囲気の持ち主である。
「…… もう、ハートの国から出発するそうね」
話し合いの結果、叶人たち一行は、《ダイヤの国》へと移動することが決まり、別れの挨拶にきたところだった。
城下町の自宅前から動けないという、世界のルールに縛られた少女。
時間に干渉できるという 《時間魔法》を操ることができる、貴重な能力の持ち主。
彼女の 《協力》が無ければ、《時計屋》にかかった魔法は解けなかった。
つまり、白ウサギを助けることも 不可能になっていたのだ。
「お世話になったわ。 協力してくれて、ありがとう」
彼女の協力が、自分たちにとって どれほど 《助け》になったか ―――― 他人には感心の薄い 世界の住人にしては、珍しいことかもしれない。
会ったこともない者のために、人は 動こうとはしないのが 一般的なのだから。
「…… アリスだけのためじゃないわ。 私が したいと思ったから、したまでよ。 礼は 不要だわ」
「僕は もちろん、礼などしませんが ……」
「もう、ノール?」
ジロリと 睨んでみるが、うっとりと 頬を染めて嬉しがるような相手には 意味が無い。
「――― 礼は言いませんが、あなたにも 早く 《自由》が訪れるといいですね」
「!」
それは、白ウサギなりの 《感謝の表れ》なのだろう。
誰かが 彼女に名前を付け、動けない この場から自由になって、もっと 《多くのもの》と出会いますように。
たくさんの 未知なるものとの出会いは、確実に 人を成長させるから。
「僕には 生き物としての感情が欠如していました。 けれど、カナトと出会い、多くのモノを与えられ、今は 《幸せなもの》で溢れています。 …… あなたにも、そういう《出会い》が早く訪れるといいですね」
「ノール ……」
当然のように 《幸せだ》と言いきるウサギに 胸が痛むが、彼の 真っ直ぐな赤い瞳は、それだけで 勇気をくれる。
だから、自分は 今まで笑えたのかもしれないと、叶人は思った。
「小さな マッチ売りさん。 ――― 一曲 弾いてもいいかしら?」
「カナト?」
叶人は、武器であるヴァイオリンを 出現させた。
「…… 噂のアリスが、タダで弾いてくれるなんて、光栄だわ」
「たいした腕前じゃないけど、そこは勘弁してね?」
戦闘以外では、ここのところ 一切 弾いていなかった楽器。
けれど、今 弾きたいと思うものは、自然と すぐに頭に浮かんできていた。
「あなたの 未来を願って ――――」
選んだ曲は、ビバルディ作曲の 『四季』。
その中の、《冬》の第二楽章。
ティーララ ラーララ リーラー
ティララララ ルーラー ランラー
雨が降る 寒い冬の日、ポタポタと かすかに聞こえる雨音を聞きながら、穏やかな時間を過ごしている ――― 確か、そんな場面を現した曲だったと思う。
寒くても、家の中は 暖かい暖炉と 愛しい家族でもいるのだろうか。
春の訪れには まだ時間はあるが、居心地の良い空間の 大切さや ありがたさ。
《冬》というのは、もう一度、自分にとっての 《大事なモノ》を再確認するための期間。
つまり、これは《再生》と 《出発》のうた なのだ。
「あなたにも、すてきな出会いが訪れますように ―――」
想いは、チカラになる。
この世界では、より顕著に、その効果は現れるから。
叶人は、感謝の分も含め、心をこめて 短い一曲を弾ききった。
「…………… 心に響く演奏だったわ。 ありがとう、アリス」
「お粗末様でした …… わっ」
ロンリン ランリン ロンリン ランリン
キラキラと 輝きを纏った 小さな妖精たちが、叶人を一斉に取り囲み始める。
「…… アリスの輝きと 演奏に、惹かれて飛んできたのね。 妖精は なかなか人には近づかないのに」
「ふっ …… 僕のカナトは 《特別》ですからね。 妖精であろうが、妖精王であろうが、カナトの前に 跪くのは当然です!」
「……待って ノール。 今の言葉は 聞き捨てならいわ」
下僕気質の 狂ったウサギと 一緒にしては、可愛らしい妖精さんが 哀れではないか。
「どうしてですか? 妖精たちは、皆 あなたに気に入られたいと 必死に飛び回っているんですよ? …… 目障りなら、今すぐに ―――」
「…… ノール」
「…… はい、カナト」
最近 落ち着いてきたかに見えたが、やはり 本質は 《白ウサギ》のようだ。
釘を刺しておかないと、影で こっそり、妖精たちに何かしていたら大問題である。
躾は、大切だ。
白い お耳を掴んだのは 言うまでもない。
「…… 話には聞いていたけど、あなたは、今まで見てきたアリスとは 少し違うようね」
そんな 過激なやりとりを見ていた 少女は、ぽつりと 呟いた。
少女姿とはいえ、彼女も 役持ちの一人。
長い年月を 生きているせいか、中身は 随分と落ち着いた性格らしい。
「どうかしら? そうでもないわよ。 卑怯でズルイところなんか、他の人と ちっとも変わらないと思うけど?」
「あなたは、世界の 《本質》を、まだ知らないのよ。 世界は …… 悪意と猜疑心に満ちているわ」
「そうなのかもしれないけど ……」
奪い、騙しあい、殺しあう やり方には、賛成できないから。
「私は、私の信じた道を 進んでいるだけよ」
「そうね、あなたなら …… 見つけられるかもしれない」
「え?」
誰も 見たことが無い、最高の 《結末》を。
「マッチ売りさん?」
「ねえ、アリス。 あなたに 《お願い》ができたわ」
「お願い? それって――――」
「《依頼》をするわ。 見事 願いを叶えてくれたら、ドロップも差し上げるし、どうかしら?」
魅力的な話だが、これから出発しようとしていた矢先だし、内容をきかないと 引き受けるかどうかは、判断できない。
「出発するのに、時間はとらせないつもりよ。 話は簡単。 あなたに、私の 《名前》を付けてほしいってことよ」
「えっ」
ここにきて、まさかの 命名の依頼とは。
「えっと …… それは……」
「もしかして、兵士長に 何かを言われたのかしら?」
「…… まあ、一応は、ね」
命名の際、どこかで見ている 世界の意志が 気に入らないと思ったら、即刻 首をはねられるというものだ。
「平気よ、あの男の話は、半分は ウソでできているから」
確かに そんな気もするが、どれが真実で どれがウソかなんて、まったく気取らせない男なのだ。
気まぐれに 全部 真実ということもありえるから、厄介であり。
「命名のルールは、名付けられる側が気に入れば、何の問題もないのよ」
「いや …… だから、その 《満足》してもらえる名前をつけてあげられる自信が、皆無であってね ……」
「――― あなたが、いいわ。 九十九番目の アリス」
「!」
静かながら、決意に満ちた 少女の言葉には、単純にノーとは言わせないという 《気迫》に満ちていて。
雰囲気に飲まれてしまっては、断ることもできない。
「……… 私、センス 無いのよ?」
「それでも、あなたがいいわ」
真っ直ぐな言葉には、めっぽう弱い。 求められれば、なおのこと。
「うぅ…………… じゃあ、ヒスイ」
「え?」
「あなたの名前、《ヒスイ》で どうかしら?」
「ヒスイ?」
少女を見て 一番 印象に残るのは、ミステリアスな 《翡翠色の瞳》だった。
翡翠とは、もともと 《忍耐》《調和》《飛躍》を現し、身に付けた者に 叡智と人徳を授けるという、宝石の一つである。
また、成功と繁栄の象徴であり、古くから お守りとして扱われてきた歴史もあった。
タロットカードの 《隠者》のように、光よりも 落ち着いた 《闇》が似合う少女には ピッタリだと思ったのだ。
名は、その人の 本質を現す。
故に、他人には 教えることが少なく、まして 名付けてしまったら、それは 相手を 《縛る》ことだというが。
「私は、あなたを 縛らない。 だから、その名でよければ、あなたは 自由になるわ、マッチ売りさん」
「………… なるほどね」
「え?」
「気に入った ――― と 言ったのよ、アリス」
「それは …… 」
名前が気に入ったのか、叶人自身が気に入ったのか、微妙な言い方だった。
経験上、気に入ったと言われて、良かったことなど 少ない。
「ヒスイ…… ね、素敵だわ。 目のことを褒められたのは初めてよ。 ありがとう、この名前 大切にするわ」
「縛っていた 《鎖》が、消えたようですね」
「じゃあ ……」
「晴れて、私も 自由の身よ。 どこに行こうと、誰にも 邪魔されたりしないわ。 だから、これから よろしくね」
「…………… はい?」
「すぐに合流するけれど、支度があるから、また後で 会いましょう」
それだけ言うと、少女は スタスタと人ごみの中に 消えて行った。
「え? え?」
「…… 要するに、彼女は 僕らと 行動を共にするつもりだ、と」
「何で、今の会話の流れで、そういう展開に!?」
「カナトが、可愛いからです。 これは 仕方ありません」
「…… いや、確実に それは違うと 私でもわかるわよ」
別れの挨拶に来たはずが、うっかり 命名という 《依頼》を受けるはめになり。
さらには、新しい 同行者が増えたというのか。
「やっぱり、この世界の速度には ついていけないわ ……」
何でもかんでも、展開が早すぎる。
「心配いりません。 何が起ころうと、僕が守ります!」
「そうね、とっても 心強いわ ……」
仲間が増えることは、喜ばしいことだ。
しかし、気に入られる程のことを、自分は 何一つ していないから。
「………」
「カナト?」
不安だけが、胸に広がる。
何か 意図があって、近づいてきたのでは ないか ――― と。
「…… だめね、疑り深いのって。 彼女にも 失礼よね」
「いいえ、それは正しいです。 すんなりと 上手くいく方が、かえって怪しいですからね」
「ノールは ―――」
「カナト?」
「ううん、なんでもないわ」
《彼女のことを、怪しいと思う?》と。
聞こうと思ったが、すんでのところで思いとどまった。
信じるか 信じないかは、その人の自由。 考え方次第。
もしくは、自分の 《行動次第》で、結果など いくらでも変化するから。
「私が、《自分》を 見失わなければいいんだわ」
誰かを 疑ったりする前に、自分自身が ブレないこと。
その方が、よほど重要だ。
「………… それでこそ、僕のカナト。 さあ、必要なものを買い揃えて、集合場所へ行きましょう」
満足そうに 微笑むウサギと並んで、叶人は 城下町の店を回り始めた。
少し離れた所から、一部始終を 見られているとは知りもせずに。
「どういう風の吹き回しだ?」
「…… 何がかしら?」
「とぼけるな。 期待しないと、言ったのは お前じゃないか」
「言ったわ。 でも、それは 《過去》のことよ」
「なんだと?」
風と共に、相手の瞳が揺れた。
所詮、《心》なんて そんなものだと、マッチ売りは 笑う。
「頑なに、今ある 《現状》を受け入れないのは、ただの 怠慢だわ。 今までは そうであっても、これからも そうであるとは限らないのよ?」
「そんなはずない! だったら、どうして今まで 何も変わらなかった? 変えることができるなら、とっくに 変わっていたはずだ!」
甘いと、言いたいのであろう。
出来もしないことを夢見て、理想だけを追い続けて、壊れていった 同族たちを見てきたから。
「…… あのアリスと、心中でもする気か? …… 悪いことは言わない、今なら まだ間に合う。 お前は 《関わるな》」
「…… 嫌よ」
「…… おい!」
「自分で選んだのよ。 誰の 言いなりでもなく、私の意志よ」
「お前 ……… まさか、本気で 信じているのか? アリスなんかを?」
信じられなくとも、仕方のないことだ。
あのアリスの言うことは、どれもが 理想ばかりで、現実味が 何も無い。
「馬鹿なんだと思うわ。 もしくは世間知らずね」
「だったら!」
「でも 不思議と、それもいいんじゃないかって、思ってしまったのよ」
愚かだとわかっていても、あきらめようとはしない、あの 強情さに。
「バカ言うな! 世界に反してまで、協力するなんて どうかしている! 世界の意志が、本気で動き出す前に、アリスからは 手を引け!」
「ムダだわ。 すべては始まってしまったのよ。 あなたが どんなに 《妨害》しようとも、ね」
「!」
気付いていないと、本気で思ったのか。
だとしたら、なめられている証拠である。
「あのアリスの 噂を聞いた時に、思ったのよ。 もし、彼女が このまま変わることなく、戦い続けることができたなら」
この世界は、変わる。
「お前らしくない! アリスが狂っていくのは 決められたことだ! 世界の意志が決めたことだ! 誰かが変えるなんて、そんなこと ―――」
「白ウサギは、変わったわ」
「!」
それこそが、何よりの 動かぬ 《事実》。
「そ、それは ……」
「ネコ、何を そんなに怯えているの?」
「俺は、怯えてなんか ……」
「じゃあ、邪魔をしないで。 私は、世界の本質を、もっと知りたいのよ」
本当に、この世界は 救いようがないのだろうか。
希望を抱くことは 間違っているのだろうか。
「馬鹿みたいな あのアリスと、見てみてくなったのよ」
誰も 目にしたことが無い、今までとは違う、新しい 《答え》を。
「…… 勝手にしろ! 俺は信じないし、認めないからな!」
「結構よ。 あなたが 妨害に走ろうとも、責めたりもしないわ。 それが、あなたの出した 答えなら」
正義など、人の数だけ存在する。
何が 正しいのかなど、誰も 決めることなどできない。
「ただ、忘れないで。 私は もう、自由の身よ。 アリスのおかげで、自由を得たわ。 世界の 《言いなり》に動く時代は 終わったのよ」
「くそ!」
「アリスを 傷付けるということは、私が許さない。 アリスは すでに、私の 《マスター》だわ。 主人の身を守るのは、当然のことだもの」
たとえ、彼女自身が、それを望まなくても。
「私は、名付けてくれた アリスのものよ。 それを、忘れないで」
「ふん …… マッチ売り、長く生きすぎて おかしくなったようだな! アリスに期待するばかりか、身を守るだって? アリスが いかに 《汚い》生き物か、お前こそ忘れたのか?」
騙し、奪い合う。 己の安全と 欲望のために。
「…… そうね」
「わかっていて、何で こんなことを ―――」
「あなたも、マスターに 接してみれば、わかるかもしれないわよ?」
「!」
少女は 慈愛の目で、親しくしていた 男を見つめた。
「…… 元から自由を得ていた あなたには、わからないかもしれないわ。 でも、私は 選んだの。 選べるチャンスがきたから、逃さずに選んだ。 ただ それだけのことよ」
「お前 ……」
「あなたは 自由奔放な 《ネコ》だもの。 自分の道を 行くといいわ」
何も言えずに 立ちつくす男に、少女は 《さようなら》とも 《またね》とも言わなかった。
何を信じて、何を選ぶかは、その人の自由。 個人の責任。
自分の選択が 間違っていたとしても、誰のせいでもない。
「ヒスイ ―――― ね。 まさか、そんな風に 呼ばれる日がくるなんてね」
彼女は、覚えていないはずだ。
賢者が、《あの時》、きれいに 記憶を消したはずだから。
「目のことを 褒められたのは、本当は 《二度目》よ」
自分では 何とも思っていなかったものでも、彼女の言葉だけで、それは とても素晴らしいものに変わる。
もしかしたら、白ウサギも そうだったのかもしれない。
どんな実績よりも 大きな成果は、あの ウサギを変えたこと。
「…… いい時に、合流ができそうね」
少女は、隠れた 《気配》に気付いていた。
九十九番目のアリスを狙うのは、もう 一つだけではない。
「本当に愚かなのは、はたして どちらなのかしら。 人は 選べるのよ。 自分が、そのことに 気付きさえすれば、ね」
世界の意志に 振り回されるのは、もう御免だった。
それならば、やることは 一つしかない。
「…… 忙しくなるわよ、マイ・マスター」
少女は 監視されているのを承知で、足取り軽く 裏道を駆けていった。




