61. 連合の すすめ
新章 「ダイヤの国編」の開始です。 … といいつつも、まだハートの国から出発してはいませんが。
その人の手は、優しくて とても温かかった。
『さあ、おいで。 小さな 乙女よ』
自分よりも ずっと背が高くて、男の人なのに、髪が長くて ―――。
黒に見えた 髪は、深い紫色をしていた。
日本人とは まったく違う、紫水晶みたいな、キラキラとした 瞳。
『帰り道が 開くまで、我の手を 放すでないぞ?』
見知らぬ人だというのに、抱き上げられても、違和感は無かった。
触れていることが、むしろ 心地いいくらいに。
『おにーさん …… 誰?』
『我か? 我は ―――― 』
叶人は、ここで 目を覚ました。
何か、夢をみていたような 気がする。
「何だったんだろう……」
どこかで 聞いたことのある、声だった。
誰だったのか、とても知りたいのに。
「知りたい …… じゃなくて」
―――― 思い出したい?
なぜだか、そんな風に感じてしまう。
まさか 自分に、忘れている記憶でも あるのだろうか。
「おはようございます、カナトッ!」
「うわっ」
突如、ノックもせずに、寝室の扉が勢いよく 開けられた。
「ノール ……」
確認しなくても わかる。 白ウサギしか いない。
「あなた、乙女の部屋に入るのに、ノックの一つも しないなんて ―――」
「嫌ですね、カナト。 まだ 寝ぼけているんですか?」
後ろに手を組んだ 白ウサギは、もじもじと 足で床をこすっている。
…… もしかしなくても、ものすごく 気持ち悪い。
「僕たちの間に、そんな 《無粋》なもの、いらないと言ったのは あなたですよ?」
「…… は?」
「ああ、照れ屋な カナト! なんて可愛らしい! わかっています、恥ずかしいだけなんですよね!」
「…… はい?」
「片時も離れることなく、どんな時も 僕の腕に抱かれていたいと …… ああ、言葉にしなくてもわかります。 当然ですよね、僕たちは ハネムーンの途中なんですから!」
「………」
やはり、死にかけたのが原因であろうか。
もとから狂っていたウサギが、輪をかけて おかしくなっているではないか。
「あなたの 《初めて》を頂いた僕としては、もっと こう、今まで以上に、次の 段階というか ――――」
叶人の こめかみに、青筋が浮き上がったのは、いうまでもない。
「……… 兵士長、いるかしら?」
「なになに~? 目覚めのキスを お望みなのかな?」
「――― ウサギの 《料理の仕方》、あなた 知っていたわよね?」
「!」
「あははっ、とうとう ウサギさん、切り裂きたくなっちゃった? いーよ、やろう やろう!」
「ふふふふ……。 カナト、隠さなくてもいいんです。 邪魔なのは、僕ではなくて 兵士長ですね? 任せてください、あなたの望みのためならば―――」
「やだな~、不死身じゃなくなったウサギさんなんて、ただの 《変態》なだけじゃないか~。 アリスちゃんが ドン引きする前に、自ら消えた方がいいんじゃない?」
「…… 何か、言いましたか?」
「え~、消えろって 言っただけだよ~」
短剣に手をかけるウサギに、ニコニコと 応戦しそうな兵士長。
朝の起き抜けに、ややこしい二人を呼んでしまったようだ。
「ごめんなさい、私が間違っていたわ」
とりあえず、支度がしたいから、二人とも出て行ってほしい。
「…… 着替えに手伝いが必要なら、いつでも呼んでくださいね?」
ウサギは、兵士長を引っ張りながら、しょんぼりと出て行った。
そんな顔をしたって、騙されないぞ ――― とは思いつつも。
「…… ダメね。 あの姿に、弱いみたい………」
一度、ボロボロの姿を見てしまったからなのか。
ウサギ男が 《弱る》光景が、少しだけ 怖くなってしまっている。
「……… しっかり、しなくちゃ」
振り払うように 頭を振って、気持ちを切り替える。
「失いたくないなら、戦わなきゃいけないんだから」
どうやら、思っていた以上に、怖いものが増えてしまったらしい―――。
そう気付くのは、もう少し 後のことである。
帽子屋に頼んでいた、アリス衣装 五着。
靴職人であるシンデレラに頼んだ、靴 五足。
宿の部屋に届けられた品々は、すべて 《叶人専用》に作られた、オリジナルの衣装たちであった。
「う~わ、すげぇ、かわい~」
「水色の初期装備も お似合いでしたけど……」
「新しい衣装の方が、断然 似合うよ~!」
赤ずきん組は、新しい衣装を取り囲み 興奮状態である。
「そ、そうかな……?」
初期装備でさえ 罰ゲームのように感じていた叶人は、さらに進化した衣装が、自分に似合うとは 考えにくかった。
茶色とピンクがメインの甘い衣装は、膝丈のスカートに合わせて、ミドル丈の 茶色い編み上げブーツ。
グレーの衣装は タイトなミニ丈なので、黒のロングブーツ。
濃い 紫色の衣装は レースが満載で上品な反面、靴は セクシーなピンヒール。
ミントグリーンの衣装は、ヒラヒラで ふわふわのアイドル衣装のようで、靴は 編み上げショートブーツ。
そして………
白の衣装は、金の糸で刺繍が施された生地がメインで、光沢もあり、とても普段の戦闘用には 不向きなほど、仕上がりは素晴らしかった。
「…… 白い衣装なんて、あったのね」
「あ~、アリスちゃん、それは すっごい 《レア》だね~」
「……… え、白って やっぱり珍しいの?」
そういえば、今まで町に出てみても、《白い服》を身に付けている人を見かけなかった気がする。
「ん~、珍しいというかね…… 基本的に、白は 《白ウサギ専用》って決められているから、誰も 禁を犯してまで 着ようとはしなかった、というわけで~」
「…… だったらダメじゃないのよ、これは」
いつもながらの 兵士長の情報に、嫌な予感がする。
そもそも、当の白ウサギは、赤いジャケットしか着ていないのだが。
「ほら、あれじゃない? 帽子屋さんも、ついに 《世界の意志》に反抗するようになっちゃったとか?」
「…… 別に、色くらい 好きにしたっていいじゃん。 男だって仕方なく アリス衣装着てるんだし」
「ミズキは 似合うからいいじゃーん」
「似合ってないし! 嬉しくもないし!」
「ご主人様~、どの色も とってもステキなの~」
相変わらず 好き勝手に話し始め、あちらこちらで もめている 仲間たちだ。
「大丈夫ですよ、カナト。 白ウサギである 《僕》が許可すれば、白を着るのは認められます」
「…… 本当? いいの?」
「もちろんです。 清純無垢である あなたが、白を纏うなんて…… 眩しすぎて、クラクラしそうです。 ああ、僕はどうすればいいんでしょう。 どの色を着ても似合う 《妻》の隣に並ぶには、どんな衣装を着ればいいのか―――」
……… ちょっと、待て。 誰が 《妻》だ。
「待って、ノール。 今、聞き逃してはいけない単語があったわよ?」
「…… やはり、僕も 衣装を新調すべきか……」
真剣な表情のウサギ男は、ふざけているわけでは ない。 基本的に、彼は大マジメなのだ。
「…… ノール?」
「すみません、カナト。 忙しいのを理由に、僕は 《身なり》を整えることを怠っていました。 これでは、《夫》として失格です。 今から、急いで 帽子屋に衣装を作らせますので―――」
「しなくて いいから。 そのままで …… 充分、素敵よ?」
変な方向に走りかけたのを、叶人は無理に 修正した。
こういう時は、笑顔しかない。 経験上、最後はそれに限る。
「わ~、ズルイね、アリスちゃん。 可愛いから 余計に《罪》だね~」
「…… 黙ってて、兵士長」
いちいち、指摘しないでほしい。
自分が 《黒い》なんて、最初からわかっているのだから。
「ウサギちゃん、ますます 気持ち悪くなってない?」
「…… っていうか、暴走?」
「いや、きっとこれも 愛情ゆえの―――」
「なによ、リーヤってば、いつも ウサギちゃんの肩もつよね?」
「これこれ、どうした 皆の衆?」
「あれ、ニコちゃん どこに行ってたの?」
「ん? コージーと 朝の散歩へと――― おお、愛らしいな、カナト」
「…… 変態マントと 男アリスって、悲しすぎる光景じゃない?」
赤ずきんよ、それは言ってはいけない事実だ。
たとえ、誰もが思っていたとしても。
全員そろったところで、ようやく朝食となった。
「…… 連合?」
食べながら、聞きなれない言葉を出してきたのは、思いのほか 賢者だった。
「ふむ。 我らも だんだん人数が増えてきたが、そろそろ 《連合》を作ることを視野に入れねばならぬぞ?」
「連合って……」
確か、瑞樹を襲ったのが、《赤の連合》だと言っていたはずだが……。
「そう、俺が前に話したの 覚えてる? 連合として認知されているのは、確か 三つのはずだけど」
世界に 《申請》して認められると、連合を名乗れるようになるという。
現在は、赤、青、黒の 三つがあるらしい。
赤は 過激派、青は 穏健派、新設の黒は 謎が多いという。
「連合とは、最低でも アリス四人、護衛が二人の、合計七人以上の集団であることが 条件なのだ」
「アリス四人ってことは……」
「アリスちゃん、ミズキ、コージー …… ダメだ、今はアリスが一人足りないね」
「護衛は 白ウサギと はぐれの兵士長で、大丈夫だけどね」
「ふむ、その通り。 我らは、現段階では、アリスが一人足らないのだ」
「連合を組むと、何がいいの?」
賢者がわざわざ 勧めるくらいだから、何かメリットがあるのだろう。
「うむ。 連合を組むと、まず 連合・創設加算として、《特別ドロップ》が支給されるのだ」
「…… 特別ドロップ?」
「あ、その話、俺は初耳かも」
「その名の通り、特別ドロップは、一個が 通常の十個分として数えられるのだ」
「十個分!?」
「何でそんなデカイの!?」
世界の意志に勝つためには、百八個のドロップが必要だが、かなり遠い数ではある。
もし、十個分のドロップが手に入れば、集めるのは ぐっと楽になるのだが。
「…… 当然、ワナがあるのよね?」
そんな ウマイ話、転がっているはずがない。
「アリス四人以上が条件であり、アリスの人数分、特別ドロップは支給される。 つまり、四人集まれば、ドロップは 四個――― それだけで、普通に考えると 四十個分 ドロップを手に入れることができるんだけどね~」
ニヤニヤと、兵士長が話すあたり、ろくでもないことなのだろう。
「そのドロップを手に入れることができるのは、連合のリーダー、ただ一人なんだよね~」
「!」
「つまり…… 連合を組んだ後で、内部で争いが勃発ってことか?」
「争うのは、アリスばかりじゃないことが、恐ろしいんだよ~」
「どういうこと?」
ドロップが必要なのは、アリスだけのはずだ。
「甘いな~、アリスちゃん。 ドロップはね、高く売れるわけさ。 最近では、ドロップを集めるために 人々を襲う 《ナゾの集団》までいるからね~」
ドロップを多く持つということは、有利でありながら、様々な危険が付きまとうということか。
「そうだね。 だから、連合を組んだアリスたちは、一旦はリーダーを決めて、そいつに持たせる。 で、危険をリーダーに押し付けながら、いつか自分が奪ってやろうと 虎視眈々と狙っているわけさ」
そして、リーダーは リーダーで、奪われないようにと、チカラで制していくという。
「…… 何か、殺伐としすぎて、ついていけないな……」
馬場 幸志が ぽつりとこぼしたが、叶人も、おそらく瑞樹も 同じことを思っていた。
連合といっても、《仲間》とは違うのだ。
助け合うのが目的ではなく、騙し 奪うために、集まる。
「だから、最終的に、アリスは狂っていくのか……」
「瑞樹?」
「だってさ、叶人さんも疑問に思わなかった? これだけ時間が流れていて、なぜ誰もクリアできないのかって」
「それは…… 確かに、不思議だったわ」
協力することが 初めから 《できない》ように作られている、ルールの数々。
時間を経過する毎に、増幅されていく 焦りと恐怖。 犯されていく 精神。
何もかも、争うように設定されていて、アリスたちは それに踊らされていく。
「みんな、ケンカしちゃうの……?」
悲しそうに つぶやいたメルの言葉が、やけに印象的だった。
妖精王とて、実際は生まれたての ひよっこ。 世界の仕組みを理解しているとはいえ、何も感じないはずがない。
叶人は、考える。
皆の心がバラバラになりそうな制度だと知っていて、何故 賢者は あえて勧めるのか。
「ニコルには、何か考えがあるのよね?」
世のため 人のため、一日一善と宣言しているのだから、無策のわけないだろう。
「では、逆に聞くが……… カナトよ。 アリスが一番に望むのは、何が多いと思う?」
「一番に、したいこと? …… 元の世界に帰ることかしら?」
「普通に考えて、そうだろう。 では、全員が 帰りたいが、願いを叶えられるのは、ドロップを集めた者だけ――― その場合、そなたなら どうする?」
「!」
つまり、賢者が聞きたいのは…… もし叶人が ドロップを手にした立場なら どうするか、ということだろう。
「それは……」
独り占めするのか、皆で平等に 分け合うのか。 それとも―――
「その点に関しては、私 ちょっと考えていたことがあるの」
帰ることは、もちろん 最大の目標である。
願いが、一つしか叶えられないのも 知っている。
けれど、だからこそ。
「私が 一つだけ願うなら……」
《皆で一緒に帰りたい》と自分が願えば、済むことなのではないだろうか。
「そうすれば、願いは一つだけど、皆の願いが 平等に叶うわ。 …… 違う?」
もっと正確にいえば――― すべての人の願いが、一つずつ叶うように。
アリスに限らず、世話になった 護衛、その他 協力してくれた人、すべてを含めて。
各自 一番の願いが 一つずつ叶うようにすれば、争いだって 起きなくて済むのではないだろうか。
願いは、一人 一人 ちがう。
だから、自分の願いだけを優先しようとすれば、争いが起きて当然のなのだ。
「それを、あえて回避するには、皆の願いが 一つずつ叶いますように …… って、《その願い》を叶えるために ドロップを使えばいいと思うの」
一回の 願いで、いくつもの願いを叶えようとする、姑息な戦法ではある。
「でも、それがダメだなんて、聞いてないわ。 はっきりと禁止されない限り、この世界は 実行可能なんでしょう?」
ならば、その仕組みを 利用するのみ。
「…… ん? ちょっと待って、アリスちゃん。 それ、すっごい 《落とし穴》があるよ!」
「落とし穴?」
「だって…… 今の話だと、アリスちゃんの願いは、《皆の願いが叶うように》でしょ?」
「それだと、アリス様が 《元の世界に戻ること》が 入っていないです……」
慌てた 赤ずきんと、青ざめた オオカミ少年。
初めは 戦う相手だった彼らとも こんな関係になれるのだから、この世界も捨てたものではない。
「それは…… 多分、大丈夫よ」
「何で!? 大丈夫なんて言えるの?」
我ながら、最後は 人の善意にすがるしかない…… なんて、情けない話だが。
「例えば…… 瑞樹が願ってくれれば、私はセーフになるわ」
「あ……」
「それって、もしかして……」
「あー …… わかった。 俺が 《叶人さんと一緒に帰りたい》って願えば、確実ってことか。 オッケー、それなら楽勝。 任せて」
瑞樹とて、同じこと。
騙された相手なのに、信用できるのかと言われれば、確かにそうだ。
口では、何とでも言える。
確かなことは、確実なものなんて、何もないということだけ。
変わらないものもあれば、変わるものもある。
自分が 何に 《賭ける》か ――― 道を選ぶということは、つまりは そういうことだろう。
「…… カナトらしい、選択です」
「あら、ノールは 反対?」
「いいえ …… それでこそ、僕のカナトです」
「ウサギさんのでは ないけどね~」
叶人は、改めて 賢者に向き合った。
「さっきの問いかけには、今のが 私なりの《答え》よ」
「ふふふ、それでよい。 それならば、連合を組む 《価値》が出てくるからな」
「争うために 人が集まったって、意味が無いじゃない」
無駄なことは、基本的に 嫌いだ。
内紛勃発? …… ばかばかしい、時間の無駄ではないか。
「仲間を 最後まで 《仲間》として扱う。 その姿勢、忘れてはならぬぞ?」
「もちろんよ。 覚悟が無いなら、最初から 行動を共になんかしないわ」
胸を張って言いきると、賢者は 満足そうに頷いた。
「一番の 《敵》は、他の誰でもなく、己の中にある。 己の中の、《疑いの心》だ」
いつか、裏切られるかもしれない。
不安は 次第に心を侵食し、正常な判断を鈍らせるから。
「分裂を望む 世界の意志の、望み通りになってはならぬ」
いかに、手を取り合うことが難しくても。
「裏切りばかりが 《すべて》ではないということを、我らが示してやらねば―――」
そう言った 賢者の眼差しは 真剣で、叶人の脳裏に 何かがよぎった気がした。
「………」
やはり、何かを忘れていることは、間違えないらしい。
「カナト? …… どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないわ」
連合を組むためには、最低でも あと一人、アリスを仲間に加えなければいけない。
「…… 焦ることは、ないわよね……」
この後、嵐が吹き荒れることになるなど、まだ誰も 知る由もなかったのである。
お待たせいたしました。 ようやく新章の開始です。
しかし、多忙なため、更新のペースが落ちるかと思われます。
創作意欲が失せたわけではなく、単に時間が取れないだけですので、更新していなかったら、「忙しいんだな…」と思ってください。
ダイヤの国のことや、世界のもっと詳しいことも、今後 明らかになっていく予定です。 気長にお待ち頂けると 有難いです。 次回も お楽しみに。




