(幕間)ハートの城の 舞踏会
カーン カーン
赤と白で統一された 《ハートの城》の、鐘が鳴る。
延期されていた、女王主催の 《舞踏会》が、華々しくも開催されようとしていた。
「ふむ …… さすがは、派手好きな女王だ」
特に今回は、これまでとは 比べ物にならないくらい、盛大になるだろう。
ハートの王が、地上に戻ってきた。
その事は、場内のみならず、ハートの国全体に、大きな衝撃を与えることとなった。
城の ほんの一部しか、詳細は知らない。
王が 何故、表舞台から姿を消していたのか。 女王が 何故、政治を放棄し 処刑ばかりを繰り返すのか。
住民は 知らないまま、世界のルールだと あきらめて、日々を過ごしてきた。
誰も、本気で 《変えよう》などとは思わない。
決して 叶わないことを 知っているから、歯向かう者など、今まで 現れなかった。
歯向かっても、無残に、無様に、命を落とすだけだから。
「それを 見事に覆したのは、カナトだ ……」
賢者は、己の髪と よく似た色の空を見上げる。
「さて ―――― 世界の意志は、これから どう出る?」
世界の創始者であり、住民を産みだし、ルールで縛る、世界そのもの。
実態は、誰も 知らない。
手足となって 動いているだろう、《空の者》という手下でさえ、噂にすぎない。
この世界に いる限り、等しく ルールが適用されるのだ。
王様であれ、賢者であれ、違う世界から来たアリスでさえ、逃れることはできない。
……… 《抜け道》くらいは、あるけれど。
「……… 王か?」
ふいに、空気の微妙な変化を感じ取り、賢者は振り返った。
思った通り、ハートの王が、そこには立っている。
「我に、何か 話でも?」
何かを言いたげな 男の表情に、賢者は 微笑む。
金の絹糸のような髪と、美しい彫刻のような 容姿 ――― ハートの王は、なかなかの美男だった。
美に関しては、世界の頂点を争えそうな 賢者に比べると、若干は劣るが、魅力的な男であることは間違えない。
《時計屋》という 特別な存在が作られなければ、ハートの女王とて、惚れていただろう。
…… 惜しいことだ。
「そんなに 睨むな。 《落としどころ》としては、まずまずの展開であっただろう?」
誰か 一人だけが 《我慢》するような、そんな結末など、あってはならない。
望みの すべては叶わなくても、その 《選択》が 未来に繋がるように ――― 。
「そなたにとっては、引導を渡すような ツライ結果になったかもしれぬ。 けれど …… それだけでは なかっただろう?」
詳細を知るのは、ほんの ごく僅か。
賢者は、すべてを知っていて、王に 確認する。
……… 後悔しているか、と。
ハートの王は、その形のいい 唇を歪めて、嫌そうに吐き出した。
「わかっていて …… それを聞くとは、貴様も 相当、悪だな」
「ふふふ …… 長く生きていると、多少は 《ずる賢く》なるものだ」
「……… 貴様というやつは ……」
本来、ハートの王が 《本気》で抵抗したら、こんなものでは済まなかった。
対抗できるのは、おそらく 賢者のみ。
いくら 叶人たちが手を組もうとも、チカラには 敵わないのだから。
「そなたは、結局 本気を出さなかった …… それは、誰もがわかっておる」
あきらめたのか、それとも 別の何かを 見出したのか。
心は、王にしか わからない。
けれど、《終わらせる》ことを選んだ ――― それは、事実だ。
そして、これからの王 自身にとっても、大きな 一歩となるだろう。
「そなたの 勇気ある 《決断》に、幸あらんことを ――――」
心地の良い風が、窓から 入り込む。
賢者の髪が、さらさらと なびくごとに、部屋に何かが散らばっていった。
「それは ……」
魔力、だった。
魔法使いである ハートの王ならば、見える。
賢者の身体から 零れ落ちていく、純粋な チカラ。
零れていくのに、決して 減ったように感じられない、底なしの チカラ。
「貴様 …… 本当に、ただの 《賢者》か?」
白ウサギを助けるために、賢者が提案した、《切り札》。
そもそも、そんな方法があることを、この変態マントが、どこで知ったのだろう。
「カナトには …… 決して、言うでないぞ」
世界のルールを 捻じ曲げるために、必要だった 《代償》。
皆が それを 《承諾》したからこそ、執り行えた 《魔法》。
「たとえ、今 我々が黙っていたとしても、いずれ 《気付く》のではないか?」
秘密とは、いつまでも 隠し通せるものではないのだから。
「そうかもしれぬが …… 今はまだ、あの娘は 知らなくてよい」
知らなくて、いい。
白ウサギを 助けるためとはいえ ――― 《命を賭けた》ことなど。
ハートの王、ハートの女王、時計屋、兵士長、赤ずきん、オオカミ少年、妖精王、そして賢者。
世界で 特権階級を与えられている、《役持ち》と呼ばれる彼ら 八人が、自らの 《命》を、あることに賭けた。
すなわち ――― 叶人が、この世界のゲームを 《制覇する》ということに。
「ドロップを すべて集めて、世界の意志に勝ち、ゲームを終わらせる ――― それを カナトが達成できなければ、我らは 死ぬことになるのだ」
だから、もう。
叶人の旅は、叶人だけのものでは なくなってしまったのだ。
この 《賭け》に参加した 八人、全員。
己の命を守るために、必然的に 叶人に 《協力》するようになる。
「カナトは 旅が有利になるし、我らとて、カナトが成功すれば、この世界から 《解放》される。 反対に、世界の意志とて、我ら 《役持ち》の 死ぬ危険が高まったのだから、見物人としては ゲームがおもしろくなったと、損はない」
だから、魔法は 成功した。
それぞれの、様々な 《思惑》がかみ合ったからこそ、使えた方法。
「貴様 …… 本当は、何が 目的だ?」
ハートの王は、再度 問いかける。
「貴様 …… 本当に、ただの賢者か?」
いくら賢者とて、ここまで 世界に詳しいのだろうか。
「ただの 賢者でなければ、何だというのだ。 王は、おもしろいことを 言うな」
「…… 誤魔化すな。 我は ハートの王。 腐っても、そこそこの 魔法使いだ。 貴様 …… なぜ、そんなに 《魔力》を持っている?」
「さあ?」
美貌の 賢者は、おどけて肩を上下させる。
「我は、《一日 一善》を 目標に、日々 世のため人のため ――――」
「貴様 …… 本当は、いつ 生まれた?」
「さて、いつだったか ……」
「貴様 …… 本当は、西の王子ではなく ―――――」
ざあっと、中庭の木々が 一斉に揺れる。
城の入口には、舞踏会の招待客たちが、ぞくぞくと到着していた。
「そなたは ハートの王。 この国を治める者として、舞踏会へ参加せねばなるまい?」
「あ …… ああ、そうだな」
ハートの王は、腑に落ちないながらも、部屋から出て行った。
ここに 何をしに来たのか、すでに 《忘れて》いるだろう。
「まだ、知らなくてよい。 カナトも …… 他の者たちも」
命を賭けたことも、自分の正体に関しても、今は まだ。
どうせ、嫌でも わかるときが、くるのだから。
「その時までは、我は 西の王子。 役割は、《はだかの王子》なのだ ……」
誰か、一人でいい。
このゲームを制覇し、世界を 解放できる アリスが、必要なのだ。
「カナトならば、それが できる」
再び、会うこともないと思っていた、小さな 小さな少女。
成長しても なお、根底は まったく変わっていない、傷つきやすい魂。
再会したのは 偶然だが、世の中に、偶然などない。
それは つまり、《必然》。
何か 意味があるからこそ、物事は 起こる。
「おーい、ニコちゃん! 着替えできた~?」
「…… まさか、あのマントのまま、なんてことはないわよね?」
「マント着てたら、あたし 猟銃で撃っちゃうかもしれない」
叶人と、赤ずきんの声だ。
「これこれ …… うら若き乙女が、男の部屋の前で 《待ち伏せ》とは、はしたないぞ?」
仲間が 増えることは、いい。
叶人には いずれ、もっと仲間が 必要になる。
賢者は、部屋の扉を開けた。
舞踏会に 参加するために、各自 用意された部屋で、支度をしていたのだが。
「まったく …… リーヤと 白ウサギは、何をしておる。 乙女を部屋の前まで 迎えに行ってこそ、真の 紳士ではないのか」
着替えを済ませた 叶人と赤ずきんが、女 二人で、廊下をフラフラしているなんて。
他の男に、エスコートの役を 取られたらどうするのだ。
「ほほう …… これは、また。 妖精のように、可憐ではないか」
案の定、乙女たちは 美しく変身している。
この姿だと、《可愛いもの好き》の女王が、さぞ 大興奮するに 違いない。
「仕方ない。 我が 直々に ――――」
「だっ ……… 誰っ!?」
「…… !?」
出てきた 賢者を見るなり、乙女 ふたりは、硬直した。
やれやれ …… これだから、正装をするのは 嫌なのだ。
「う …… うそでしょぉぉぉ!?」
このあと、始まった舞踏会は、波乱の連続となった。
会場に入ってすぐ、女性客たちが 次々に気を失って倒れるという、異例の事態。
「賢者さんて …… いろんな意味で、危険だったんだねー」
おもしろがっていたのは、ハートの兵士長だけだろう。
白ウサギと、賢者ニコル。
美しさというものは、ときに 人を失神させる威力がある。 二人が並べば、なおのこと。
「だから …… 我は、マントの方が いいと言ったのだ」
《まともな服》を着ると、《歩く凶器》となる ――― それが、賢者ニコル。
世のため 人のため、この美貌は 披露すべきではないのだ。
「美しさとは …… ときに《罪》になるのだからな」
こうして、賑やかな 夜の会は、最後まで 騒がしく過ぎていくのであった。
「そろそろ …… オレの出番かな」
闇に隠れて、黄色く光る瞳。
「今のうちに、せいぜい 《仲良しごっこ》を 楽しんでおけばいいさ」
勝つのは、いつだって 世界に決まっている。
アリスが 勝つなんて、万が一にも あり得ない。
どんなに、協力者が いたとしても。
「…… 信じられるのは、自分だけだ」
思い知るといい。
自分たちが、どれほど 浅はかで、愚かだということを。
仲間は、多い方がいい?
――――― そんな、バカな。
「今まで、幾度となく消えていった、アリスたち …… 《原因》が何かって、知らないのか?」
男は、笑う。
人が増えれば、増えた分だけ、リスクは高まるのだ。
「内側から …… 分裂すればいいさ」
おめでたい連中には、さぞかし 《効く》だろう。
「壊れてしまえ …… 他のアリスと同じように」
どんなに 強固な守りでも、一瞬で 《無》にかえす、行為。
人が 人である限り、避けることはできないもの。
人は それを、《裏切り》と呼ぶ。
連日 35度を超えるという、異常な暑さの中。 最近のホラーは 生ぬるくて、物足りないと感じている水乃でございます。
さて、たびたび、《何か》を隠しているような素振りの、ニコル氏についてのシーンでした。 最後の方には、新たな 悪役キャラが…。
そろそろ、本格的にドロップを集めないと、世界に勝つことはできません。 まだ ドロップ獲得数5個のカナト… 。こんなことで、世界に勝てるのか。
次回から、新章のスタートです。 気持ち悪さに磨きをかけた 白ウサギが 大活躍 … するかどうかは、未定。 お楽しみに。




