60. どうしても 言えない言葉
ラストは やはり、こうでなくては…。
どのくらい、時間が経過したのだろう。
鐘の音が 鳴り終わってから、叶人は 白ウサギの手を 握ったままだった。
「……………」
泣く 権利なんて、自分にはない。
今さら 泣くなんて許されないと、わかってはいても。
「……… っく」
両の頬に、あとから あとから 涙が伝い落ちるのを、止めることができなくて。
呼吸さえ、徐々に 苦しくなってくる。
泣くのを、やめなければ。
泣いたって、どうにもならない。
最後くらい、きちんと前を向いて、見届けようと決めたのだから。
「!」
白ウサギの身体が、わずかに 光りだした。
「…… ノール ………」
とうとう、別れのときが、きたのかもしれない。
―――――― 笑ってください。
彼の声が、聞こえた気がした。
――― どうか、僕のために、泣かないで。
「……… ノール!」
冷たいままの、いつもの 体温。
抱きしめても、何も 変わらないのに。
命も 存在も、この世から消えてしまう。
「…… いや ……」
受け止めるなんて、本当は できない。
イヤなのだ。 誰が、何と言おうと。 絶対に。
消えるなんて、イヤ。 いなくなるなんて、イヤ。
もう 会えないなんて、本当は 一ミリだって 認めたくはない。
「…… 他の人なんて、イヤ。 本当は、絶対にイヤ。 ばかでも、狂ってても ――― ノールがいいんだもの!」
理由なんて、よく わからない。
自分だけを 見つめてくれるから、求めているだけかもしれない。
誰よりも 大切に扱ってくれる人ならば、誰だっていいのかも ――――
「…… ちがう、誰だって いいんじゃないわ」
わからないけど、これだけは 真実。
「ノールだから、いいの ………」
自分でも 気付かないうちに、そんな風に なってしまったのだ。
ぱああ
「!」
白ウサギの身体から、さらに眩しい光が 溢れだす。
「イヤ ……」
あまりの光の強さに、目を開けては いられなかった。
「だめぇっ!」
最後の瞬間まで、この目に焼き付けると、決めたのに。
光は 風を呼び、《熱》を上げながら 男を包み込む。
「…… っ ……」
服が 焦げるような感覚があったが、叶人は 抱き締めた腕を、解こうとはしなかった。
熱くて、痛くて、気を失いそうになっても、意地でも離すまいと、チカラをこめ直す。
半袖から 出た腕が、きっと 焼けただれているだろう。
それでも、いい。
そんなことは、どうでもいい。
離したくない。 ただ、その一心で。
叶人は、自分の 限界まで、白ウサギを 抱き締め続けたのだ。
「……… まったく、無茶をする ……」
大火傷を負った 叶人の脇に、賢者は しゃがみ込んだ。
「火傷を負ったせいで、自らの命が 危なくなると、考えなかったのか?」
やれやれと、ニコルは 軽く腕を振るう。
「よいか? この世界の住人は、ある程度 頑丈にできておるが、そなたは 別の世界の出身。 このようなチカラに 《耐性》が無いのだから、下手をすれば 命を落とすのだぞ?」
言い終えないうちに、真っ赤になっていた 叶人の身体から、熱が取り除かれていく。
焼けて 溶けていた皮膚も、きれいに 再生されていく。
「ふう …… 我と、そなたの 《相性》が良かったから、間に合ったものの ――――」
いくら 賢者とはいえ。
「間一髪の、際どいところだったのだぞ」
離さないという、叶人の 《強い意志》が残っていたからこそ、取り戻せた 命。
怪我も 焦げた衣装も、すっかり 《元通り》になった叶人を、ニコルは そっと抱き上げて、寝台に寝かせた。
「愛する乙女が、命を懸けてまで、そなたを 望んだのだ。 ほれ ―――― いつまで 寝ておる? とっとと、起きんか」
床に 寝ころんだままの白ウサギの 頬を、ぺちぺちと 叩いてやった。
「これ、起きろ。 起きないと ――― 叶人が 大変なことになるぞ?」
「!」
閉じたままだった 男のまぶたが、瞬間 カッと開く。
「……… カナトっ!!」
「おー、相変わらず 単純な生き物であるな。 ほれ、気分はどうだ?」
「え ………」
本能のまま、何も考えずに、白ウサギは 飛び起きていた。
「どうして ……」
「話すと長くはなるが ――― とりあえず、もう 《大丈夫》であろう?」
「僕は ……」
気のせいではなく、身体の隅々まで、チカラが みなぎっている感覚。
今までだって、一度も 感じたことはない、奥から湧き上がる 《熱》。
「どういうことですか? 僕の 寿命は、確かに ――――」
「命が切れる寸前に、《書き換え》たのだ」
「書き換え ……?」
「簡潔に 説明すると、白ウサギという存在に与えられた すべての《特権》を 《放棄する》代わりに、生きることを選んだ ――― そうなるように、我らのチカラで、世界のルールを 《捻じ曲げた》のだ」
「まさか …… そんなことが ……」
世界の中でも、とりわけ特別で、特殊な白ウサギ。
その存在に与えられた 特権は、他の 《役持ち》よりも圧倒的に多かった。
不老、長寿、怪我の自己再生能力に始まり、食事や 睡眠が必要なく活動できることとか、脅威的な 記憶力や、頑丈な皮膚など、数をあげたら きりがない。
「しかし、放棄したところで、そなたが 弱くなるわけでもなし、これしか 《救う方法》が無かったのだ。 ――― 許せ」
自己再生能力が 無くても、怪我は 魔法でも治せる。
傷が付きにくい 頑丈な皮膚が無くても、戦い方を 工夫すればいい。
食事や 睡眠は、みんなと同じように、摂取すればいいだけだ。
「確かに …… そんなものは、どうとでもなります」
「そうであろう? 実はあれから、我らは《二つの道》を想定して、準備していたのだ」
「?」
一つは、今までの通り、懐中時計を用いて生きること。
魔法が解かれた 時計屋は、急いで 時計作りに取り掛かった。
けれど、懐中時計は 世界でも珍しいモノであり、使う部品も、そう簡単には 手に入らない物ばかりだった。
特殊な部品を集めに、赤ずきんたちは 駆けずり回って、時計屋の補佐をして。
「実際に、ギリギリで 時計は完成したのだ。 けれど、機能せずに、失敗に終わってしまった」
そうなる可能性を考えて、二つ目の方法を 準備していたのだ。
時計の完成が 間に合わなかったり、完成はしても 機能しなかった場合に備えて。
能力の 放棄を前提に、ルールごと書き換えてしまう方法を。
「一か八か、難しいところではあったが、結局は 想いの強さが ものをいうからな。 不安はあったが、無事に成功したであろう?」
これは、ニコルを筆頭に、ハートの王、ハートの女王、妖精王のメル、時計屋、マッチ売りの少女、そして 兵士長。
魔法が使える者、すべてのチカラを結集させた、成功率の低い、強引な ちから技ではあった。
「懐中時計が 最善の策ではあったが、使えないのなら 他の手段を試すしかあるまい?」
賢者は、得意げに ニヤリと笑った。
ルールといえども、抜け道が 無いことも無い。
長年の知恵と ズル賢さなら、賢者の 右に出る者はいないだろう。
「僕のために …… ?」
おそらく、普通では 出来ないことを、彼らはやったのだ。
何か、それなりの、大きな《対価》を払ってまで。
「そなたのため、だけではない。 カナトのためと、自分たちのため …… そんなところだろう」
とにかく、白ウサギが 生き続けることを、《全員》が望んだということだ。
「これからは、今までのように ラクは出来ぬぞ? みなと同じように 生活し、同じように怪我を負い、病気にも罹る。 自分が 《無敵》だということは、通用しなくなったのだ」
それでも。
「…… 生きることの方が、重要です。 再び、カナトの前に立てるなら、なんだっていい」
「やれやれ …… 」
こんな顔を、白ウサギが 見せるようになるとは。
「数日は、回復のために おとなしくしているのだぞ?」
「数日もですか? …… 僕は もうすっかり、元気なのに ……」
「――――― 世界の意志を、甘くみるな。 我らは 完全に、世界ごと、敵に回したのだからな」
《案内人》の忠告を無視し、白ウサギを 救う道を選んで、彼を救うことに成功した。
新しい白ウサギの誕生を望む 世界に対して、真正面から歯向かったことに等しい。
「そもそも、カナトの 《やり方》は、初めから 世界のルールから逸脱していた。 殺し合い、憎みあう展開を ことごとく阻止し、問題を解決していったからな」
そのせいで、面倒な連中に、命まで 狙われている。
「アリスというものは、何もしなくても危険が付きまとうものだ。 ドロップを所有している限り、狙われる。 しかし、カナトの場合は、それだけではないのだ」
「……… 護ります、今度こそ」
命が、ここに あるのなら。
「僕は、彼女の 護衛です。 僕だけは、何があっても、もう そばを離れたりはしません」
「…… わかった。 そうしてやれ。 痛々しくて …… 正直、見ていられなかったからな」
それだけを言うと、ふっと、賢者は 姿を消した。
「カナト ………」
寝台に横たわった頬には、涙の跡が 残っていた。
「ごめんなさい、カナト。 謝るのは、僕の方です」
泣かせたくはなかったのに、結局 一番 傷つけたのは、他でもない、自分だった。
「カナト …… お願いです、目を 開けて」
死の淵で、意識は 無かったはずなのに。
叶人が 何を言って、何をしたのか、なぜか すべて、知っている。
「嬉しかった …… あなたに、あんな風に、必要とされて。 不謹慎ではあっても、ただ、嬉しかったんです」
名前だって、完璧に 覚えてくれていた。
臆病で、卑怯で、汚くて、愚かだと、彼女はいつも、自分を責めてばかりいるけれど。
「僕は 一度だって、そんなことは思ったことはありません。 あなたは、いつだって、綺麗なままなんです。 《幻想》だなんて …… それは違う。 僕は、あなたが どういう人かなんて、一番よく知っているんですよ?」
打算も 何もかも ひっくるめたうえで、彼女の心は 尊いと思う。
誰かのため、何かのため、そして 自分のために戦おうとする、自虐的な 天使。
「たとえ、あなた本人であれ、あなたの 《悪口》は、僕が許しません」
イヤだと、全身で 叫んでくれた。
行かないでと、その手を 離さないでいてくれた。
服や 肌が焦げても、最後の最後まで。
宣言のとおり、自分をあきらめずに、求めてくれた。
だから、魔法は成功した。
強い 想いが、世界に勝った。
「さあ、目をあけて。 僕の名を呼んでください、カナト」
寝台に 身をかがめた白ウサギは、先ほどの《お返し》とばかりに、叶人の額に 柔らかい口付けを落とす。
まるで、眠り姫を 起こす、童話の王子様のように。
額に、温かいものが触れたような感触。
「……… ?」
熱くて 痛くて、いつの間にか 気を失っていたらしい。
最後まで 見届けると、誓ったのに。
「…… ノール ……」
目を、開けたくはない。
開けたら、そこには誰もいないことを、認めなければいけないのだから。
止まったはずの涙が、思い出したように 流れ出す。
体の中心が、絞めつけられたように、痛い。
痛くて、苦しい。
いつか、白ウサギが 宿に泊まった時に、言っていた言葉がある。
《熱くなって、頭がガンガンして、ぎゅうっと苦しくなって》
ああ、そうね、今なら自分も、わかる。
苦しくて、うまく 息が吸えなくて。
このまま、溺れてしまいそう。
「目を 開けてください、カナト!」
…… 幻聴が聞こえるなんて、もう 末期だ。
こんなに 都合のいいことなんて、夢にだって出てこやしない。
「夢ではありません! 目を開けて …… 僕を見てください。 僕は、ここにいます!」
「!」
あまりにも切羽詰まった声に、心よりも先に 身体が反応していた。
「………… え?」
「僕です、本物です、カナト!」
「……… ノール?」
「はい!」
白ウサギの手を借りて、のろのろと 寝台の上で、上体を起こす。
「…… 本当に、ノール?」
「はい、もちろん。 この世界に、白ウサギは 僕しかいませんからね!」
「…… だって、三つ目の鐘が、鳴ったのよ? 私 …… 確かに、聞いたわ。 だから、もう、間に合わなかったと ……」
「ああ、泣かないでください。 落ち着いて、カナト。 結論から 先に言うと ――― 懐中時計は 失敗に終ったようです。 …… 残念ながら」
「じゃあ、どうやって ……」
「―――― みんなが、助けてくれたんですよ」
賢者からの情報を、白ウサギは 優しく丁寧に、叶人に伝えた。
「…… 懐中時計の能力も、他のことも、すべて失ったなんて ……」
「たいした問題ではありませんよ。 いつも言っているでしょう? 僕は 強いんです。 以前よりも 少しだけ 《注意深く》なれば、変わりなく戦えます」
「寿命は ……?」
「そのあたりは、正直 まだわかりませんが …… 他の能力を放棄した分、加算された気がするんです。普通の役持ちと同等くらいの長さは、あるとは思いますよ」
「それって …… 長いの?」
「カナトたちの 寿命に比べたら、ずっとね」
「…… これは ……… 喜んでも、いいの?」
あまりに 急な展開で、頭が ついていかない。
「もちろんです! ――― というより、カナトは喜んでくれないんですか? 僕のことが必要だって、言ってくれたのに」
「!」
「僕でなければ ダメだと、言ってくれましたよね? 僕の名前も 全部覚えてくれて、正式に呼んでくれましたよね?」
「なっ …… 何で、そのことを ……」
「何故だか わかりませんが、《あの時》のことは、僕は全部知っています。 あなたが、《初めて》だと言って、僕の額に ―――――」
「わぁぁぁぁ!」
反射的に、叶人は 白ウサギの お耳を、ぎゅむっと掴んでいた。
「いっ …… イタイ、痛いです、カナト!」
「…… あなたは、夢をみていたのよ、きっと」
「夢ではありません。 あなたの 唇の感触だって、とてもハッキリ ―――― ぐはっ」
「……… きっと、気のせいよ?」
「ううう …… ようやく あなたのそばに戻れたのに、ひどいです、カナト」
「ああ、そうね。 私は ひどい人間だって、前から 自己申告していたでしょ?」
叫んだことで、記憶も 思考も 回復した叶人は、掴んでいた白い耳から手を離した。
「ねぇ、ノール」
「はい、カナト」
真面目な声を出せば、白ウサギは 姿勢を正して、きちんと 次の言葉を待ってくれている。
だから、言わなくてはいけない。
「あなたに 言おうって …… 決めていたことが あるの」
「何ですか?」
もし、白ウサギが 助かったときには、自分も《覚悟》を決めなければいけない、ということを。
「…… 覚悟? 何に対しての?」
「あなたを …… 私の護衛から 外そうって、決めていたの」
「!」
おとなしかった 白ウサギは、いっきに 豹変した。
「どうして! なぜ僕が助かったなら、解任するんですか! …… 僕が、あなたから離れようとしたからですか? 僕を、怒っているからですか?」
「…… 怒ってないわ。 私は ただ、自分が許せないだけ」
白ウサギの 好意を利用して、自分勝手に振る舞って、あげくに 彼から 奪うばかりで。
「これ以上、あなたから 奪うことはしたくないの」
「伝わっていないのなら、何度だって言います! 僕は、あなたから 奪われたなんて、一度も思ったことはない! 奪われるどころか …… あなたは いつだって、僕にたくさんのことを与えてくれた!」
「…… 違うわ」
「違いません! あなたは、何も わかっていない! 僕のことも …… 自分自身のことも!」
悲痛ともよべる叫びは、叶人の 心に、深く突き刺さった。
「カナト…… よく、聞いて。 今回 僕が助かったのは ――― すべて、あなたのおかげなんです」
「私は …… 何もしていないわ」
正確には、何も できなかった。
頑張ってくれたのは ニコルたちという、仲間のみんなだ。
「可愛い カナト …… ほら、だから、あなたは何も わかっていないと言ったんです。 彼らが 頑張れたのは、そもそも 何が原因ですか?」
「え?」
「思い出してください。 いつだって、何かの中心には、あなたがいた。 あなたがいるから、何かが始まるんです。 あなたがいなければ、彼らは 僕の前に、いなかったんですよ?」
「それは …… そもそも、こうなった原因を作ったのは、私よ。 私に関わらなければ、あなたが こんな目に遭うことも無かったのよ!」
「そんなことは、たいしたことじゃありません」
叶人の行動により、少しずつ 仲間が増えてきた。
叶人のために、チカラになりたいと、一致団結した。
「あなたが、あなたであったからこそ、仲間は集まった。 そして、その仲間のおかげで、僕は 助けられた。 これが事実です。 今までの中で、どれか 一つでも欠けていたなら、達成できなかったことばかりです。 そうでしょう? 違いますか?」
「だって ……」
珍しく、理詰めで攻めてくる 白ウサギに、少々 驚いてしまう。
「せっかく 僕は助けられたのに、あなたは 僕を捨てるんですか?」
「…… それは ……」
そうすることが、本当は 正しい。
それが、叶人なりの 《けじめ》の付け方だと、思ったから。
助かったなら、解任しよう。
こんな わがままなアリスから、彼を解放しなければ。
「覚悟を決めて、助けるために 地下迷宮に行ったのよ。 助けられるって、信じてたわ。 だから、助かったら、あなたを ―――」
「…… じゃあ、今からでも、宣言しますか?」
「え?」
この場で。 世界に向かって。
「アリスとして、僕を 護衛から外すって、宣言しますか? 言葉で言うのは 簡単です。 空に向かって、叫ぶだけでいい。 でも、あなたに …… それが できますか?」
「私は ……」
「カナト、僕のことを、見てください。 僕の目を見て …… それでも、言えますか?」
視線が、捕えられる。
「僕は 嫌です。 断固、反対します」
「…… 私は ……」
「―――― 僕は、あなたでなければ ダメなんです」
こんなときに、その笑顔は ずるい。 反則だ。
「…… 泣かないで、カナト」
「だって、私は、そうでもしないと、自分で 自分のことが、一生 許せなくなるわ!」
「あなたが 許せないなら、僕が 代わりに許します。 あなたの分まで」
「ちゃんと、決めてたのよ! 私は それを ―――」
「じゃあ、なぜ …… そんなに泣くんですか?」
いつもなら、叶人が使うような 話術をもって、白ウサギは 仕留めにかかる。
「本当のことを、言ってください。 あなたは僕に、約束してくれましたよね? 僕にだけは、何があっても、ウソはつかないって」
「!」
「本当に、僕を 解任しますか? それが、あなたの 本当の願いですか?」
「私は ……」
「僕は、あなたのそばを 離れません。 あなたが逃げるというなら、それでもいい」
たとえ、護衛を解任されたとしても、追いかけて行くから。 どこまでも。
「ばか …… ばか、ばか、ばか、ばかウサギ!」
「ばかでも 何でもいいんです。 僕はウサギですから、当然 どこまでも、ひつこいですからね?」
「人が せっかく ……」
「あなたは、そのままでいい。 そのままの、カナトでいいんです」
「あなたが、いつも そんなことばかり言うから ……」
どこまでも、甘えたくなってしまうのだ。
せっかく、少しくらいは、《誠意》を見せて去りたかったのに。
これでは、どこまでも、何もかも、自分は 汚いままではないか。
真っ白な ウサギとは、正反対の、汚れた 魂。
「……… 本当は、覚悟をしていたのに」
いざ、目の前にすると。
言えない。 簡単な言葉なのに。
「…… 言えないの。 あなたのことを、離してあげるって …… どうしても、言えない」
「言わなくていいんです。 言わないでください。 言えないってことは、あなたが心から、それを望んでいない証拠です。 無理をして、心を 偽らないで」
もう 何も、考えられない。
何が 正しいのか、わからなくなってしまった。
「私は ……」
こんなに、自分は 弱かっただろうか。
一度は 覚悟を決めたことを、実行できないなんて。
叶人の涙を 手で拭いながら、白ウサギは再度、言葉を重ねる。
「僕を見て、答えてください。 僕は、あなたの護衛でいたい。 これからも ずっと、あなたの
そばにいたい」
僕が 護衛では、不安ですか?
「…… そんなこと、ない」
「じゃあ、僕たちの間に、何か問題でも?」
にっこり笑った 男の言い分に、勝てないことを 叶人はようやく気付く。
自分の中に 問いかけても、出てくる 《答え》は、一つしかなかったのだ。
「…… いつの間に、そんなに 口がうまくなったのよ」
「後悔したくない時には、誰だって こうなります」
「なによ、それ ……」
何だか、どっと 疲れが出てきた。
思えば、白ウサギが 帰らなくなってから、まともに寝ていない。
「…… 眠ってください、カナト。 僕は、ここにいますから」
引き寄せられて、優しく 撫でられたら、抵抗する気力など残ってはいなかった。
「僕のために、たくさん 頑張ってくれて、ありがとう。 もう二度と、離れたりしません。 だから安心して、今は眠ってください」
「………… うん」
小さな返事を最後に、叶人の意識は、夢の中へと落ちていった。
「おやすみなさい、カナト。 よい夢を……」
腕の中の 愛しい人の姿を、満足そうに 眺める。
「本当に 卑怯な人間なら、あなたのように 泣いたりなんかしません」
誠実で、正直で、優しい 魂。
汚れているなんて、とんでもない。
わからないなら、何度だって、言おう。
「あなたは、そのままで いいんです」
そうして、長い一日を終え、白ウサギは 瞳を閉じた。
人生 初の、《睡眠》を取って、体力を回復するために。
「ねー、ねー、どう? 見えた?」
「これこれ、お子様は 見てはならぬ」
「えっ」
「何!?」
「どういうこと!?」
別室で、魔法の 水鏡を使って、成り行きを見守っていた 賢者は、すぐに映像を 消した。
「ねー、ウサギちゃん、元気になったの?」
「心配ないだろう。 しばらくは 慣れるのに苦労するだろうが、それもまた 一興。 人生は 何事も勉強だ」
「…… アリスちゃんは?」
「安心して、眠ったところだ。 しばらくは、休ませてやれ」
「そっか ……」
なんとか、世界の意志の 目を盗んで、白ウサギを救うことは できたけれど。
このまま、黙っているほど、世界は 優しくはない。
「早々に、《連合》を組んだ方が いいのかもしれぬな ……」
連合を組むためには、ルール上、アリスがあと一人 必要だった。
ねじれた世界、ローリィヴェルテ。
本当の 恐ろしさも、世界の 実体も。
「見えてくるのは、ここからなのだ ――――」
ゲームは まだ、始まったばかり。
賢者は、軽く息を吐き出して、これからのことを 考え始めた。
はい、皆様 お疲れさまでございます。
ようやく、《地下迷宮編》が終了いたしました。 しかも、なんと、記念すべき60話でした~。
煽った割には、あっけない… と、感じる方もいらっしゃるかと思いますが、現時点での 水乃は、これが精一杯なのだと思ってください。 書きたいことを、思った通りに表現できなくて、いつも 文ばかりが長くなってしまうという未熟者ですが、とりあえず、自分なりには頑張りました。
一歩ずつ、時には 誰かに背中を押されながら、周囲の協力を得て、成長していく…… それが、生きるということ。 そういったことが、少しでも伝えられたらいいなと思いながら、いつも物語を書いております。
次回は、恒例の 《幕間》です。 次の章では、ハートの国からダイヤの国に移動をするので、その流れにつながるような、ひとコマになると思います。 これからも、お楽しみに。




