59. 運命の 鐘
女王と 王様の対決…… 主に 《戦闘》を期待していた方には、ごめんなさい。 書いてみたら長いので、鬱陶しくてカットしました(笑)
地下迷宮編のラストとして、笑いを抜きに、シリアスで勝負です。どうぞ。
カーン カーン
一つ目の、鐘が鳴った。
「ねぇ ノール、聞こえた? …… このハートの城に、鐘があったなんてね」
目を閉じたまま、ぴくりとも動かない 《男》の髪を 優しく撫でながら、叶人は つぶやいた。
ここは、ハートの城にある、《宰相》の部屋。
つまり、護衛になる前の 白ウサギが使っていた ――― 真っ白な、一室。
「廊下は 真っ赤な絨毯ばかりで目がチカチカしたけど…… こう 真っ白すぎても、これはこれで 不気味よね」
「………」
話しかけても、返事はない。
意識があれば、必ず 何かは 答えてくれるはずなのに。
白ウサギは、まさしく 《最期のとき》を、迎えようとしていた。
「何だか …… ずっと前から 一緒にいたような気がするわ」
出会って、まだ 間もない。
ネバーランドで はぐれて、ハートの国に来てからも、お茶会の試練で 別行動で。
「護衛のはずなのに、私たちって、離れすぎだと思わない?」
意味もなく、乾いた笑いが 込み上げてくる。
「三つ目の 鐘が、《ラスト》だなんて ……… あんまりよね」
地下迷宮で、女王が 現れてから。
王と 女王は、真剣に 話し合った。
本気でぶつかることを、けしかけたのは 叶人だ。
てっきり、もっと激しく、戦闘でも 繰り広げるのかと思いきや、二人は 意外に 冷静で。
落ち着いて 言葉を交わし、ついに 《終り》を迎えることに、合意した。
途中、ちょこちょこと ニコルが 《何か》を耳打ちしていたのも、効果があったのかもしれない。
「二人とも、本当は ずっと前から わかってたのよ。 ただ、はっきりと答えを出すことが怖くて、向き合わなかっただけ。 ほんの少し歩み寄るだけで、案外 手を取り合うことだって 可能になるのよね」
女王は、やはり 王の想いには応えられないと 示した。
けれど、王と 女王として、この世界の 《役目》を果たすことはできると、王に 提案したのだ。
「恋人には なれなくても、《戦友》っていうのかしら? 並んで座り、政務を行う 《よきパートナー》にだったら、これから 充分 なれると思うわ」
わだかまりが、完全に消えたとは いえない。
《しこり》は、いつまでも 残るかもしれない。
「でも、踏み出した一歩は、軽くないわ。 すぐには無理でも、必ず 何かは変わっていくと、今の あの二人なら、信じられる気がするの」
人質に取られていた、哀れな 時計屋も、ようやく解放された。
ニコルの 移動魔法により、城下町の マッチ売りの家まで、飛ばされて。
「今頃は、きっと 無事に、かけられた魔法を解いてもらっているはずなんだけど……」
危険だと さんざん脅かされた割には、あっけない 《幕切れ》。
拍子抜けしたといおうか、こんなことなら、なぜ 今まで誰も達成できなかったのかと、疑問にもなる。
「まぁ …… 私は ある意味 《部外者》だから、そう言えるのかもしれないわね」
どんなに 些細なことでも、当事者にとっては、いつだって 《大事件》なのだ。
絡み合った 糸も、少し離れて見るから、ほどくことが できるというだけで。
「これから、どう変わっていくのかは、誰にも わからないけど ……」
幸せに、なってほしい。
女王も、時計屋も、それから ――― ハートの王も。
月並みなことしか言えないが、心から そう思う。
「しっかし …… みんなは、いったい どこに行ったのかしら?」
地下迷宮から 出てきた一行は、女王に連れられて、どこかへ行ってしまった。
叶人と 白ウサギだけ、この部屋にいる。
「ここは、白ウサギ専用の、《特殊な空間》って聞いたけど、ただ 真っ白いだけで、普通の部屋にしか見えないわよね ……」
女王の話によると、この部屋に入っていれば、命の消耗が少ないという。
ウソをついた 《ペナルティ》によって、大幅に減らされてしまった白ウサギの 《寿命》は、あと少し。
動けなくなっていたのに、女王の魔法を借りて、無理に 地下まで走ったせいで、余計に 縮まったに違いない。
「まったく …… 自分から 離れていったくせに、何で そう 《無茶》をするのかしら?」
だから、ばかウサギだというのだ。
三つ目の 鐘が鳴るまでに、復活した 時計屋が、新たな 《懐中時計》を作らない限り。
今の 白ウサギの、《消滅》は 免れない。
「世界のルールとして、たとえ 《ノール》が消滅しても、《白ウサギ》じたいが消えるわけじゃない。 でも、それは 新しい 《別の白ウサギ》が 《誕生》するだけであって、それは あなたとは違うわ」
自分は、白ウサギが 欲しいのではない。
求めているのは、この、目の前の 《男》だけ。
とんちんかんで、人の話を ちっとも聞いていない、自分に 都合のいい解釈しかしない、困ったウサギ。
その人だけ。
「ばかよ …… 何で、無茶ばかりするのよ?」
終わりが無いほど、長い寿命を持っていたという。
懐中時計さえあれば、命が減ることもない、特殊な 生き物 ――― 《不老長寿》、それが 白ウサギ。
「だいたい …… そんなに重要だと知っていて、何で 《懐中時計》を投げたりしたのよ?」
初めて会ったときに、あっさりと 懐中時計を犠牲にした。
叶人を、敵の矢から守るために。
「お茶会の 課題に出発する前に、お願いしたじゃない …… 無茶はしないで、って。 旅を続けられなくなる方が、よっぽどイヤだって ……」
ウソをつくことが 禁忌とされているのに、それを無視してまで、叶人を優先させて。
「どうして …… あなたは、そうなの? 人の話を、ちっとも聞いてくれないで ……」
すべては、叶人のため。
彼の 行動の原点には、そのことしか無い。
「ばか …… 私のためって 思うなら、何で 離れようとするの? どうして、置いていこうとするの?」
今まで、忘れたことは無い。
置いていかれたと、後から 知った時の、あの 《重い感覚》。
カーン カーン
二つ目の、鐘が鳴る。
時計屋は、魔法を解いてもらえたのだろうか。
もう、懐中時計を 作っているのだろうか。
状況が、何も わからない。
この部屋には、自分と、動かない白ウサギしか いないから。
「こんな 大切な時に …… 私には何も、出来ることが無いなんてね ……」
まるで、静かに 眠っているようにしか見えない、美しい 横顔。
「正直に 言うとね …… 本当は、この髪に、もっと触ってみたかったの」
羨ましいほどツヤツヤで、真っ直ぐなのに 硬くない、柔らかい髪に。
「髪だけじゃないわ …… 白い フサフサの耳だって、ちょっとは 可愛いと思っていたのよ?」
悔しいから、口には出さなかったけれど。
「私は …… あなたに 言っていないことが、多すぎたのね」
伝えきれずに、このまま 終わってしまうのだろうか。
――――― 昔のように。
同じ 《過ち》は、二度と繰り返さないって、誓ったはずなのに。
「私は ……」
他人には、偉そうなことを 散々言っているくせに、自分はちっとも、できていない。
もっと素直に、もっと正直に、ありのままを伝えていれば、結果は違ったのだろうか。
こんな風に、一方的に 彼だけを犠牲にすることなく、旅を続けていたのだろうか。
「…… 信頼していたし、信用していたのよ、あなたのことを」
自分のことだけを 見てくれることが、単純に 嬉しかった。
そのままでいいと 言われたことが、何より 救われた。
自分で 思っていた以上に。
「まさか、離れることになるなんて、考えてもみなかったのよ ……」
あらゆる場面を想定して、危険を回避して、計画的に動くことを モットーにしていながら。
いつしか、白ウサギは 自分の 《一部分》であり、彼が共にいることが前提で、物事を進めようとしていた。
「あなたが、どんな気持ちで、《あの手紙》を書いたのか ……」
あの、自分を護衛から外してくれと、書かれた手紙。
どんな想いで、その決断を下したのか。
そこに至るまで、様子がおかしかったのに、少しも 気付いてあげられずに。
「ごめんなさい ……」
追いつめて、ごめんなさい。
甘えてばかりで、ごめんなさい。
出会ったことを、後悔させるような人間で、ごめんなさい。
「私は …… どうすればいい?」
何をすれば、彼の行動に、報いることができるのだろう。
まだ 何ひとつとして、返せていない。
いつだって、白ウサギなりの精一杯の 《真心》を持って、接してくれていたのに。
自分は、そんな彼から、奪うばかりで。
奪っても なお、それが当たり前だと 勘違いをして。
謝っても、謝りきれない。
自分のせいで、今まさに、命の終わりを迎えようとしているのに。
「これ以上、私には 何も、できないの ……?」
敵を 倒せというのなら、いくらでも戦いへ向かおう。
何かを 取って来いというのなら、何としてでも 手に入れよう。
今まで白ウサギが、自分のために してくれたように。
カーン カーン
「…………」
考えたくもなかったが、それは 間違いなく、三つ目の 鐘だった。
「……………」
「間に合わなかったの …… ?」
三つの鐘が鳴り終わったとき、白ウサギの寿命は 尽きる。
そう、ハートの女王が 言っていた。
手袋越しであっても、いつでも冷たかった、白ウサギの手。
今だって、以前と少しも 変わりはないのに。
「これで …… もう、終わりなの?」
何かが、ぽたりと 白い絨毯に落ちる。
「もう、あの ノールには、会えないの?」
視界が、ゆがんだ。
こんなに美しい姿のまま、目の前に いるのに。
もう、その声を聞くことが、できない。
真っ赤な瞳で、見つめられることもない。
《カナト》と、名前を呼ばれることもない。
「ノール …… ノール ……!」
自分は、またしても、大切にしてくれた人を、失ってしまったのか。
《愛してるよ》と言ったくせに、ひとり 海から身を投げた 父。
地方の 公衆電話から、自分だけに かけてきた 《最期の言葉》を、一日だって忘れたことは無い。
父が、心を病んでいることは、幼いながらも わかっていた。
完璧主義で 間違いや失敗を許さない母に、疲れ果てて、病弱な体を ますます悪化させ、入退院を繰り返していた父。
心も体もボロボロな状態の中、それでも 《お前は いい子だよ》と、いつだって褒めてくれた。
父は、ある意味 自分と仲間だった。
出来が悪いと 母から疎まれ、叱られたときも、その度に 父が優しく抱きしめてくれた。
お父さんは、お前が 大好きだよ、 愛してるよと、何百回も 言い続けてくれた。
見向きもしてくれない母より、父に 助けを求めるのは、当然だと思う。
母は、そんな様子を ますます嫌がり、《弱い人間》だと 責めたけれど。
弱いからこそ、強くなろうと がんばれるんだよ――― と、努力だけは 惜しまなかった、父。
父の 弱さも、強さも、大好きだった。 尊敬していた。
他人の気持ちを 顧みない母ではなくて、父のような 大人になりたいと、ずっと思ってきた。
それでも ――― 父は、生を放棄してしまったのだ。
愛しているなら、なぜ、自分を置いていくのだろう。
可愛がってくれる 姉と兄がいてくれるとはいえ、父は別格だ。 必要だった。 大切だった。
それが、父には 伝わっていなかったのだ。
あれだけ、大好きだと 言ったはずなのに。
想いは、届かなかった。
どんなに、心を尽くしても。
どんなに、言葉を重ねても。
それが、必ずしも 相手に伝わるとは 限らない。
むしろ、伝わらないままで終ることの方が、世の中 多いのかもしれない。
「私 …… まだ、言えてないのに ……」
父との 過去があったくせに、何を ためらっていたのだろう。
なぜ、ハッキリと言葉で、伝えなかったのだろう。
ごめんなさいも、ありがとうも、ひとつだって まともに言えなかった。
「怖がっていたのは …… 私だったのよ ……」
ウソはつかないと 誓ったから、ウソはつかなかった。
ただ、心の奥まで、さらけ出せなかっただけ。
すべてを見せて、もし 嫌われたら …… と、無意識に 自分でブレーキをかけていたのだ。
臆病で、誰より 卑怯な、アリス。
今さら 後悔したって、もう遅い。
すべては、終ってしまったのだから。
全力で 生きろと、ハートの王に説教したくせに、自らは 白ウサギから逃げていた。
あの、どこまでも赤くて 情熱的なルビーの瞳と、本当の意味で 向き合うことを。
「本当はね …… あなたの 《長い名前》、とっくに覚えていたのよ?」
ことあるごとに、彼が 名前を連呼して、詰め寄ってきたから。
いやでも 覚えてしまったのだ。
誓いの言葉でもあるという、白ウサギの 《秘密の名前》。
あんなに 人前で連呼ばかりしていたら、叶人 以外にも、覚えてしまっている人が たくさんいるだろう。
「秘密にしなきゃいけないのに、本当に ばかよね。 そうまでして、私に 覚えてほしかったの?」
うっとうしいと 思いながらも、まっすぐに向かってきてくれる姿に、いつしか安堵するようになっていた。
向かってきてくれている間は 大丈夫だと確信できたから、名前を覚えたことを明かさなかった。
「最初に 教えたわよね? 私は、性悪だって…… あなたは、最初から最後まで、私の 《幻想》を追っていたのよ」
本来の、《芹澤 叶人》という人間は、こうなのだ。
ズルくて、卑怯で、臆病で、ウソつきで、バカで、愚かで。
「……… どうしようもない、人間なのよ」
こんなに、無垢で、真っ白な 生き物を傷つけて、汚して。
あげく、命まで 奪ってしまった、その罪は 重い。
償うことなんて、とうてい できないけれど。
自分の犯した 罪は、一生 背負っていこう。
この 白ウサギが 消滅するというならば。
「消える瞬間まで、そばに いるわ ……」
それが、せめてもの、責任だ。
自分が 起こした行動の結果を、見届ける 義務がある。
世界から 消えるということが、どういうことかは わからない。
赤の森で 砂に変わってしまった、あの連中と同じように、なるのだろうか。
ごめんなさい。
ありがとう。
恨んでくれて、かまわない。
許さないで ほしい。
「あなたは 最後まで、私の 《護衛》であり ―――」
大切な人でも、あった。 それは、揺るがない 事実。
「ノールヴェルルパルクルマークスフォルテンリーヤ …………」
叶人は、白ウサギの 《長い本名》を、一字一句 間違えずに、呼んだ。
そして、動かない身体に近づき、そっと 額に、口付けを落とす。
「…… 誰かに、自分から 口付けするのは、あなたが初めてよ ……」
もう、彼の耳には 届いていないとしても、言わずには いられなかった。
目の前から 完全に消えてしまうまでの、わずかな時間。 お別れのとき。
叶人は それ以外に、できることが 思いつかなかったのである。
連続 更新のため、続けて お進みください。




