58. 本気の 代償
決して、簡単には 姿を現さないと言われていた、ハートの王様。
城の地下に 引きこもってしまったまま、何百年も出てこなかった人物。
「…… 驚いたな。 こんな短時間で、よく 引きずり出せたね~。 アリスちゃんてば、どういう 《手》を使ったの?」
「まあ …… 言葉にしてしまうと、本当に ウソみたいな話なんだけど」
叶人は、ほとんど 何もしていない。
仲間たちが、張り切って あちこちに攻撃してくれている時。
ふと、メルと 瑞樹が連れてきた、あの大きなトラが、動いたのだ。
「トラ …… って、あれ?」
「そう、あの しましまの子」
のっし のっしと歩いていき、しばらく その辺りを行ったり来たりと ウロウロした後。
がぶりと、《何か》を噛んだのだ。
「…… どうやら、にゃん太郎が噛んだのは、王様の 衣装の端っこだったみたい」
「あー …… 本当だ。 噛み千切ったような 痕跡があるね」
「にゃんにゃん、メルの お友達なの~。 お手柄なの~」
散々、消耗して戦っても 出てこないくせに、たかが トラに噛まれたくらいで出てくるとは。
兵士長からしたら、それだけで ぶん殴りたくなる。
「俺の、昔の あの頑張りは なんだったのかな~ ………」
確かに、あの時は 今ほど、真剣に望んでいたかと 問われれば、《いいえ》と答えるしかない。
気まぐれに、退屈しのぎに、姉のチカラに なってもいいか ――― という程度の、軽い気持ちであったけれど。
それなりに危険な行為だったし、敵わないと悟って 脱出を図るのも、困難だったのは 記憶に新しい。
「何を言うか、そなたが 過去に この部屋まで来た経験があったからこそ、今回 我らは ここまで来れたのだぞ?」
「うーわ、賢者さんに 慰められるなんて、複雑~」
「何はともあれ、王様は 出てきたわけじゃない?」
「ふむ、一度 姿を現してしまえば、もう 隠れることはできぬな。 我の魔法からは、逃れることはできまい。 ほれ、ここからは安心して、煮るなり焼くなり、好きにすると よいぞ」
「…… 別に、煮たり焼いたりが 《目的》じゃないと思うんだけど」
好き勝手に 盛り上がる連中には 関わらずに、白ウサギは 叶人の手を そっと握った。
「カナト ………」
「バカね、そんなに 青い顔をしているくせに」
本当は、言いたいことは もっと他に、たくさんある。
ごめんなさいとか、ありがとうとか、今までのことも これからのことも、すべて含めて。
「きちんと、伝えたいことがあるから、少しだけ 待っていて?」
「あなたの そばにいられるなら、僕は なんだってかまいません」
瀕死の状態だというのに、絶世の美貌は 衰えてはいなかった。
どこまでも、綺麗で、無垢で。
卑怯な自分とは、釣り合わないくらい、真っ白で。
なんだって かまわない …… というよりも、《どうなっても かまわない》という意味に聞こえた。
――― そうは、させない。
そのために、来たのだから。
「…… 兵士長、お疲れのところ悪いけど、先頭きって、派手に動いてくれる?」
再び 前を向いた 叶人の瞳は、すでに 王様しか 見ていなかった。
「はいはい、了解」
「チャッキーと 瑞樹は、兵士長の 《援護》ね?」
「まっかせて~!」
「…… 頑張る」
「ご主人様~、メルは どうすればいい?」
「メルは、自由にしてて いいわよ」
「ほんとー? うはーい」
幼い 妖精王は、くるくると飛び始めた。
「そうなると …… 我は、王の魔法を 抑え込むことを優先すべきかな?」
「そうね …… 防御も 補助も、私が引き受けるわ。 とにかく、派手に動いて、攪乱して、隙を作ることが大事よ。 そうしたら ―――――」
叶人は、声を落として ささやく。
「リーヤと コージーの二人で、時計屋さんを 《奪還》してちょうだい」
「ぼっ …… 僕ですか!?」
「一番 重要な役目じゃないかよ ……」
「まぁ、存在感の薄い 二人が、適任だろうね~」
「!」
「おい、それは どういう意味だっ!?」
そして、最後に。
命令を待つ 従順なウサギに、叶人は 告げた。
「ノールは、何もしないこと。 何もしないで、ただ横に いること。 わかった?」
「カナト? …… 僕は、戦えます。 まだ、体は動きます。 僕だって、役に立ってみせますから ―――」
「それはダメ。 何と言おうと、ダメよ。 あと少ししか無い 時間を、無駄に削らないで」
「カナト ……」
もし、この戦いが 《失敗》に終われば、白ウサギと過ごせるのは、今が 最後かもしれない。
もっと もっと、彼から受けた分だけでも、優しく接した方が いいのかもしれない。
「でも、今は まだダメ。 これが終わったら ――― あとで たくさん、撫でてあげるから」
だから、おとなしく、自分の身を 最優先に考えてほしい。
ここで 終わらせるつもりは、微塵もないのだから。
「それから、にゃん太郎 …… 王様は 姿を現したけど、肝心の 時計屋さんは、まだ 隠れたままだわ。 王様を探した要領で、隠れている 時計屋さんを、見つけられるかしら?」
「グルルルル」
「にゃんは 《できる》って言ってるよ、ご主人様~」
「そう、よかったわ。 じゃあ、任せたからね?」
「ガルルルッ」
トラの 雄叫びを合図に、兵士長は 王に向かって 攻撃を開始した。
「あたし達も 続くよ、ミズキ!」
「言われなくても!」
ほんの少し。
ほんの少しだけで、いい。
王様を 倒すカギは、おそらく 《彼女》が握っているはずだから。
「どうか、お願い。 私の予想が、当たっていて ……」
その人物が 来てくれることを信じて、叶人は ヴァイオリンを奏でた。
「何故だ …… 」
無言を 通し続けていた ハートの王が、ついに 口を開く。
「何故、そうまでして ……」
ニコルが 魔法を抑えているのは、大きかった。
半減していなければ、数発で 命が吹き飛ぶほどの、攻撃魔法。
やはり、王様は、強い。
「でも、あたし達には 《連携》があるもんね~」
赤ずきんの 言う通り、人数の差だけでなく、即席にしては よくできた 《連携攻撃》が、この場合 非常に効いていた。
「いやぁ、赤ずきんちゃんの 射撃は、頼りになるね~」
「えへへ~。 いつか うっかり、兵士長のことも 撃っちゃうかもね~」
「あははっ、それは怖いな~。 俺も手が滑って、殺しちゃうかも~」
「もう、ほんとに 緊張感 無いな……」
叶人が作る 《防御》のおかげで、今のところ 怪我を負う者はいなかった。
疲れはしても、怪我を負わないことは、戦う上で 重要なこと。
知らないうちに、心に 余裕が生まれ、いつしか 見えないチカラへと変わっていく。
「そーれ、妖精 あたーっく!」
ロンリン ランリン ランラン リンリン
どこから呼び出したのか、手のひらサイズの 《妖精集団》が、王の周囲を取り囲む。
ネバーランドで、幾度となく 叶人を助けてくれた、各地の 妖精さんたちの、一部なのかもしれない。
「ご主人様を イジメル悪い子は、メルが 許さないの~」
生まれたてとはいえ、さすが 妖精王の 一人だ。
魔法とは異なる、特殊な 妖精のチカラには、王といえども 手こずるらしい。
「なにげに、メルっちの攻撃が、一番 効果あるのかも ……」
ぼそりと漏らした 瑞樹の感想は、あながち間違ってはいないようだ。
「こんなっ …… こんなことで、負けるはずがない!」
「うわっ」
「ひええっ」
「あっぶなーい」
激しさを増した 王の攻撃は、当たっていたら 即死だろう。
「何故だ! 何故 そうまでして、貴様らは 戦うのだ!」
「え~」
「それは …… 」
「そうしたいから、する …… としか、言えないかな」
赤ずきん達は、当然という顔をして、それぞれ うなずき合う。
「ねー、王様。 王様って、確かに すごーく 強い魔法使いだけど、今の状況からも、わかるよね?」
「…… 強さだけが、すべてではない、って ことです ……」
「チカラは、チカラでしかない。 それ以上でも、それ以下でもない …… って、アリスちゃんは教えてくれたんだよ」
「…………」
「いくら強くたって、ひとりぼっちじゃ限界があるってこと」
「それに …… 本当は、あなた自身も、こんなことを望んでいたんじゃないって、僕は 思います ……」
本当に、誰かを 拒んでいるのなら。
迷宮なんか 作らずに、地上で 堂々と、他者を 排除すればよかったのだ。
気に入らなければ 首をはねてしまう、ハートの女王のように。
では なぜ、迷宮を作ってまで、地下の 誰も来ない場所に、引きこもったのか。
「…… 女王様に、嫌われたくなかったから ――――― でしょう?」
「!」
仲間たちの 言葉を引き継いで、叶人は お得意の 《一撃》を放った。
その人の、一番 触れられたくはない部分。
認めたくはないと、見て見ぬフリをしている 《繊細な場所》に向かっての、容赦ない攻撃。
「時計屋さんを殺せば、女王様は 手に入ると思った。 でも実際は、彼を殺すこともできずに、彼女を苦しめただけ」
愛しているのに、届かない。 思い通りに、ならない。
愛しているのに、憎らしくて、呪わしくて、どうにもできない事態に イラついて。
「だからといって、女王様を 殺すこともできない。 戦いを挑まれても、あなたは受け流して 凌ぐことしかできなかったのよね?」
女王を、愛しているから。
憎らしくても、殺すことはできなかった。 今も、なお。
最後の手段で、時計屋を 人質に取って、脅しをかけてもみた。
けれど、それは 逆効果で。
チカラに ものをいわせて 手に入れるどころか、ますます 彼女に恨まれて。
そのうち、憎しみの目で 見つめられることに、耐えられなくなって。
「あなたは …… 逃げたのよ。 女王さまの、《想い》から。 望み通りにならない、現実から 目を背けて」
地下深くに潜ったのは、怖かったから。
女王に、これ以上 嫌われることを、恐れたから。
「……………」
「何故、私たちが、危険を承知で ここまで来たのか、そんなに不思議かしら? 珍しいことでは ないはずよ。 誰かが 《本気》で、何かを望むのなら」
愚かでも、みっともなくても。
わずかな 可能性が消えてしまうまで、最後の瞬間まで、足掻いてみる。
それが、《本気になる》ということだ。
「どこの世界でも、自分の思った通りには、なかなか 進まないわ。 成功することの方が、もしかしたら 《奇跡》なのかもしれない」
起こりもしない奇跡を夢みて、人は 必死になっているだけかもしれない。
他人から見れば、滑稽だろう。
無駄ばかりが多くて、手にするモノより、失うモノの方が 多くて。
あきらめた方が、ずっとラクだと 本能的に知ってはいても。
「でも …… 少なくとも、私は 挑戦するわ。 《後悔》をしたくないから。 いつだって、自分にウソをつきたくないから。 自分らしく ありたいから」
理由は、人それぞれで、他にも たくさんあるだろうけど。
「本気で望むのなら、最後まで あきらめては いけないのよ。 そして、どうしても ダメだった場合 ―――― その時は」
自ら 《終らせる》ことも、覚悟しなければいけない。
それが、本気で願ったことに対しての、《代償》。
「あなたは、本気を出した? 女王様が 欲しいと、最後まで 戦った?」
「…… 我は ……」
「あなたの 《戦い》は、始まってもいないはずよ。 だって、本当の意味で、女王様と 向き合っていないもの」
「う …… うるさい、貴様ごときに、我らの 何がわかると ――――」
「――――――― 逃げてばかりの、臆病な王様。 いい加減、現実を 認めたらどう?」
「!」
どすんと、空間全体が、揺れた。
どうやら、王の中にある 《何か》を、こじ開けてしまったらしい。
「…… 貴様 …… 言わせておけば、好き勝手 ……」
「あら、痛いところを 突いたようね? 悪いけど、謝らないわよ? 私だって、《本気》なんだもの」
「貴様は、許さん!」
「…… 許さなくても いいわ。 許してもらおうとも 思ってない」
ただ、王に 言いたいことは。
「一度くらい、《本気》を出してみなさいよ! できないとか、叶わないとか、あげくに 逃走? …… 笑わせんじゃないわ!」
「!」
「本気を 貫くことさえできない人に、私を 非難する資格なんてないわ。 私に 文句を言いたかったら、きちんと最後まで 戦って、白黒つけてからにしなさいよ! この、意気地なし!」
「わー …… アリスちゃんてば、とうとう キレちゃったね~」
「これでこそ、僕の カナト …… 素敵です」
うっとりしているのは、白ウサギ ただ一人。
もはや、周囲の誰も 突っ込まなくなってきているとは、非常事態だといえよう。 やはり、早々に 何か対策を講じなければ。
「…… ごほん」
…… 気を取り直して。
赤く揺らめく 《闘気》をまとう王に、今度は 静かに 語りかけた。
「…… ねえ、王様。 私は 別に、あなたとケンカしに来たんじゃないわ」
ここまで 挑発しておいて、しれっと言えてしまうところが、我ながら恐ろしい。
「誰かが 想いを遂げたら、誰かが 不幸になる。 それは、世界の理から考えれば、仕方のないことなのかもしれない。 でも、それだけじゃ 寂しいし、悲しいわ」
願いが叶わないと、不幸になる …… それが事実ならば、世界は 《不幸》で溢れかえっているはずだ。
「本当に、そうかしら? 夢に破れた人たちは、もう二度と、夢を見ることはできない? …… そうじゃないはずよ」
辛くて、悲しくて、苦しくても。
いつかは、それを消化して、また 歩き出せる。
人というものは、そういった 《強さ》だって、持って生まれてくるはずだ。
「誰だって、認めるのは 怖いわ。 叶わないならば、なおのこと。 でも、認められてこそ、《次》に進める準備ができるのよ。 そう思わない?」
踏み出すことを、恐れないで。
その場に 留まったままでは、何も変わりはしないから。
「本当は、あなただって 気付いているはずよ。 こんなことでは、いけない。 何かしなくちゃ いけない。 …… キッカケが、欲しかったのよね? 背中を押してくれる 《誰か》を、待っていたのよね?」
だから、迷宮の あちこちに、必ず 《逃げ場》が設けられていた。
いつの日か、誰かが、自分の前に来てくれるように。
ハッキリ 《ダメだ》と、言ってくれるように。
「お望みなら、私が 言ってあげる」
視線は、外さない。
試されているのは、叶人も同じだった。
「よく考えて。 このまま、この状態を続けても、あなたの願いは 叶わない。 答えを先送りにしているだけだわ。 だから、そんなに苦しいのよ」
身動きが取れない。 良くも 悪くも、変化がないから。
「何も変わらないことが、本当に 幸せ? 言いたくはないけど、そんな 《ずっと続いてほしい幸せ》なんて、世の中 そう簡単に 転がってないわ」
叶人こそ、未来の すべてに、夢を抱いているわけではない。
現実は、いつだって厳しくて。 生きるということは、いつだって苦しくて。
「だからこそ、私は 戦いたい。 今の現状に、満足していないから。 …… 結果が、どう出るのかわからなくても」
同じ 苦しむのなら、少しでも 道を広げたい。 可能性を 掴みたい。
希望だって、いつかは 持てるように。
「……… そんなもの ……」
「心から、女王様を愛しているのなら、ちゃんと向き合って。 あなた自身の 気持ちと、女王様の 想いと、両方を」
前に進めないのは、道を 自分で 塞いでいるだけなのだと、気付いてほしい。
「忘れたの? ――――― 私は、九十九番目のアリスなのよ?」
「!」
誰かの 願いを叶えるために、つけられた名前、カナト。
ほんの少しの勇気を持てば、きっと 《違う景色》が見えるだろう。
「動くなら …… 今よ」
王の表情が、一瞬 固まった。
鋭い 刃のような 叶人の言葉が、王の体の ど真ん中を貫いた 証。
「………」
「………」
「………」
「………」
誰もが、息をのんで 成り行きを見守ろうとした、そのとき。
「――――― アリスの言う通りだ、ハートの王よ」
一人の、凛とした女性の声が、 背後からかかる。
「女王様!?」
「何故 ………」
女王の瞳は、見たことがないくらい、キラキラと輝いていた。
迷宮の入口で、叶人達を 止めようとした時とは、まるで違う。
何かを吹っ切り、一歩を踏み出した者だけが 辿り着く、《挑戦者》の顔。
「…… ありがとう、女王様。 あなたなら、来てくれるって、信じてたわ」
「アリスの言う通り …… 我らは、お互い、《本気》を出してはいないことに、気付いたのだ」
ぶつけ合ったのは、お互いの 《主張》だけ。
自分の都合ばかりを 通そうとして、相手のことを 何も考えずに。
「チカラだけで、すべての勝敗がつくなんて、あってはならぬこと ――― たとえ、世界の意志が 何と言おうとも、《他の道》があるという…… そんな、夢のような話を、我も 信じてみたくなったのだ」
叶人が、今まで 示してきたように。
全力で、最後の瞬間まで、あきらめない。
本気で望むのなら …… 今度こそ。
「全身全霊を懸けて、きちんと向き合い、そして ―――――― 《終らせよう》」




