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九十九番目のアリス  作者: 水乃琥珀
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6.白ウサギの 秘密の名前

 長かった 『出発 準備編』も、ようやく終わります。 世界の在り方と 話の流れを整理しつつ、主人公・叶人と 白ウサギの関係が ここから始まります。

  ≪護衛≫と≪武器≫が決まったが、何か まだ訊き忘れている事が あったような……。



  とにかく、世界各地を 旅すること。


  住民たちの 願いを叶えて、≪感謝のドロップ≫を集めること。


  違反を犯せば ドロップの≪没収≫もあるが、≪他のアリス達≫への ≪妨害≫や≪攻撃≫は 可能…… 先程の、バルドの件で体験済みである。


「最初の話が まだ途中だったじゃない? ほら…… ≪世界の意思≫との 賭けをしろってヤツ。 ゲームに勝つには、やっぱり≪ドロップ≫を百八個 集めればいいの?」

「そうですね。 ≪アリス≫となった人は、妨害などに負けずに 百八個集めること。 数がそろえば、アリスの≪勝ち≫になる。 しかし、≪数が足りない≫とか、途中で≪戦闘に負けた≫とか、≪ゲームの放棄≫を選んだ場合…… ゲームは≪世界の意思≫の勝ちとなり、この世界からは 永久に出られません」


  ドロップを集める以前に、まずは 戦闘に勝ち続ける事が 重要のようだ。


  一つ、素朴な疑問が 浮かび上がる。

「ねぇ…… 古株である バルドが、≪まだ 参加中≫ということは、このゲームって実は すごく時間がかかるってこと? その間、≪現実の世界≫では どうなってるの? もしかして、私は 行方不明とかなってるの? それ、すごく困るんだけど。 これでも れっきとした社会人なんだから」

「……………… おそらく、問題ないでしょう」

  今の 少しの間は何だ、あやしい。


「…… もう、いいや。 とにかく、旅を始めない限り、ゲームの終りは 来ないってわけね?」

「順応性が高くて、助かります」


  だったら、出発するしかない。

  今 ≪自分にできる事≫など、それしかない、というのなら。

「出発しましょう―――― 白ウサギさん」


  妄想の世界に旅立っていたらしい 白ウサギは、叶人が声をかけると 嬉しそうに反応した。

  白い フサフサ毛の耳が、頭上で ぴくぴくと動く。

  …… ちょっと、可愛いかもしれない。 後で、触らせてもらおう。


「はい、アリス。 僕たちの ≪ハネムーン≫ですね? ぜひ、出発しましょう!」


  どういう妄想に 浸っていたのだ、この男は。


「白ウサギって…… この世界のこと、ちゃんと理解してるの?」

  案内人に向かって、こしょこしょと 小声で尋ねる。

  白ウサギの言動を見ていると、どうも疑わしい。


「とりあえず、世界の住人としての 知識は、一通り備わっていますよ。 ああ見えて、それ程バカではありません。 一応≪頭脳派≫に分類されます。…… ≪個性的な≫感性の持ち主、というだけですよ」

  個性的 という言葉に とても失礼な気がしたが、ここで取り上げても どうにもならない。


「それでは、旅の無事を祈ります、≪九十九番目のアリス≫。 何か 不明な点がある時、わたしは 再び姿を現しますので。 ごきげんよう」


  すべての≪アリス≫に対して 中立な≪案内人≫は、そうして 叶人の前から姿を消した。

  残ったのは、護衛に選んだ 白ウサギだけ。


「とりあえず…… 自己紹介から、しましょうか?」


  端正な顔はどこへやら――― 頬を染めて キラキラした眼差しで見つめてくる ウサギ男。

  腹をくくった叶人は、ずれかけた関係性を ゼロからやり直そうと、至極 真面目に切り出したのである。





  名前は 芹沢 叶人≪せりざわ かなと≫。

  現在は アパートで一人暮らしだが、実家には 両親と、双子である 姉と兄がいること。

  二十七歳で、現実の世界では 仕事をしていたこと。

  恋人無し…… という部分だけは、意識的に 話さなかった。 白ウサギに これ以上暴走されてはマズイ。


「二十…… 七歳………」

  女性の年齢を まじまじと復唱するなんて、失礼極まりない男である。

「あまり言いたくはないのに 打ち明けたんだから、繰り返さないでくれる?」

  紳士にあるまじき行為だ…… と、非難の視線を送ってみると。


「も…… 申し訳ありません。 僕としたことが、あまりの可愛らしさに つい……」

  腹を 思いきり殴られたことなど、忘れてしまっているのか。

  それとも、都合の悪い事は 無かったことにできる、便利な思考回路をしているのか。

  慌てて謝罪をした男は、叶人の前に 膝をついた。

  ――― そこまでしろとは、言っていない。


「女性に 先に名乗らせるとは、紳士として失格です。 至らない この僕に、一度だけ機会を頂けますか、可愛い人」


  いちいち、芝居がかった仕草だ…… と思ってしまうが、白ウサギにとっては コレが普通なのかもしれない。

  赤いルビーの瞳は、常に 真っ直ぐだった。

  偽っている様子には 見えない。


  淑女には ほど遠いと評される叶人は、正直 身の置き所に 困った。

  跪き、片手を 恭しく取られると、どうしていいのか わからない。

  恋人いない歴、実年齢と同じ――― 女性としての≪未熟さ≫が 浮き彫りになった瞬間でもあった。


  叶人の姉…… 恵≪めぐみ≫なら、こんな場面でも きっと余裕で流せただろう。

「わ…… わかったから、とにかく あなたの名前を教えてもらえない?」

  何とか 先を促すと、白ウサギは 嬉しそうに目を細めて、答えた。

「心優しい アリスに、感謝します」


  だから、私の名前は≪アリス≫ではなく、≪カナト≫だって説明しただろう!―――― という抗議は、手の甲に 口付けられたことで、のどの奥へと引っ込んでしまう。


「僕の名は…… ノールヴェルルパルクルマークスフォルテンリーヤ サービアコーメフアラウンドューラカナツァナローデア イッヒハフヒムモーネルラーダス、です」

「……………………」

  何だか、ひどく長い ≪呪文≫が聞こえたような気がする。


「どうかしましたか、アリス?」

  …… だから、アリスではなく、叶人である。

  人の話を 聞いていたのか、白ウサギ。


「えぇと…… まず、一つ 訂正させて? 私の名前は アリスではなく、≪叶人≫だから。 アリスというのは、この世界においての いわば≪職業≫でしょう?」


  だいたい、現在 ≪アリス≫は三十人も 存在するのに、誰もかれも みんなアリスでは、紛らわしいではないか。

  …… あの、金髪バルドと 同列というのも 何となく嫌だ。


  正しい名前で呼べ、という≪お願い≫に対して、花ざかりの乙女も 裸足で逃げ出すような――― 顔を桃色に染めて モジモジと恥じらう、白ウサギ。


  超 美形の、立派な≪青年≫なのに…… 何だ この、≪乙女としての 敗北感≫は!


「あなたの 真の名を、本当に呼んでもいいのですか?」


  どうやら、わかっていて あえて、≪アリス≫という言葉を使っていたようだ。

  良かった…… 一応、話は通じているみたいだ。

「じゃあ、逆に訊くけど…… あなたは、四六時中 私に≪白ウサギ≫って呼ばれたい?」

「まさか…… とんでもない! もちろん、僕自身の名を 呼んでほしいです!」

「じゃあ、私にも そうして。 アリスという呼び方は、今後いっさい 使用禁止ね?」

「わかりました………… 僕の≪カナト≫」


  …… ちょっと待て。 いきなり≪呼び捨て≫か、この野郎。

  しかも、≪僕の≫ってのは、何だ。 認識が かなり間違っている。


「あぁ もう、わかった、なんでもいいや……。 話を戻すけど、さっきの あなたの名前……」

「はい、アレが 僕の≪正式名称≫であり、≪誓いの言葉≫でもあります。 よって、本来なら 誰にも明かすことのない、僕だけの≪秘密≫なんです」


  照れ顔 全開で、見上げる白ウサギは、この上なく 重要な事を、さらりと言った。

「え……… じゃあ、私に 簡単に教えてはダメじゃない」

「いいえ、あなただから…… 僕は名乗ったのです。 ≪白ウサギ≫は、名前のすべてが ≪誓いの言葉≫になっているために、普段は 決して他人には 名乗りません。 その誓いをしてもいいと 自ら≪認めた≫相手にだけ、一生に一度 名乗るのです。 ―――― 僕は あなたに…… カナトに、僕の誓いを捧げたい」


  本当に…… 自分のどこを、そんなに気に入ったというのだ、このウサギさんは。


「私の 本性を知ったら…… 後で、ものすご~く、後悔するかもよ? 先に 自己申告しておくけど、本来の私って…… けっこう≪性悪≫なんだから」


  どちらかといえば―――― わかっていても、動かない…… あの≪兵士長≫に 近いはずだ。

  素直とか、真っ直ぐとか、正々堂々なんて、多分 似合わない部類だろう。  


  オールラウンダーを望んだ時点で、それは すでに≪証明済み≫といえる。

「必要に迫られれば、冷酷な 決断だって、考えられる。 実際に 実行するかどうかは 別としても、多分 手段は選ばないと思う。 使えるモノは 何だって使うだろうし、利用できるモノなら 利用するだろうし」


  もう、白ウサギの≪純粋な 好意≫に対して、利用しているといえるだろう。

  言いながら、だんだん 虚しくなってきた。

  自覚していたとはいえ、自分の ≪短所≫を並べ立てるのは、気持ちのいいことではないのだから。


  うつむきかけた叶人の 手の甲に、白ウサギは 自分の頬を当てた。

「…… 僕は 白ウサギです。 他人の≪悪意≫に対しては、誰よりも≪敏感≫な 生き物です。 今まで、何度も≪アリス≫の護衛をしてきましたが、僕は 一度として 名乗ったことはありません」


  握られている手に、熱がこもる。

「どうか、僕の≪誓い≫を 受け入れて下さい。 僕の≪真の名≫を、呼んで下さい。 僕は あなたに…… その声で、呼んでほしい」


  ウサギ紳士の、真剣な 愛の告白…… に見える。

  恥ずかしさで、次の言葉が 出てこない。


  ≪みーちゃん≫のように、≪危険な種類の人間たち≫には 実はけっこう 大人気な叶人であったが、こうも ストレートな告白には、慣れていないのだ。


「カナト?」

  見目麗しい 青年は、声まで 人の心を動かすほどの魔力を持っているらしい。

  ―――― 悔しいが、完敗だ。


  外見より 何より、その ≪嘘の無い 瞳≫に、叶人は 逆らえなかった。

  自身が ひねくれている分だけ、真っ直ぐな純粋さには、ものすごく弱い。

「…… もう一度、名前を言ってくれない?」


  可愛さの 欠片もない、ぶっきらぼうな言葉。

  それなのに、叶人なりの 精一杯の≪承諾≫なのだと、白ウサギには 伝わっていたようだ。

  赤い眼には 叶人しか映さず、他のモノなど 眼中にないという表情で、もう一度 名前を唱える。


「ノールヴェルルパルクルマークスフォルテンリーヤ サービアコーメフアラウンドューラカナツァナローデア イッヒハフヒムモーネルラーダス」

「………………」


  ――――― 長い、長すぎる。

  古典落語の一つ、『寿限無寿限無 五劫の擦り切れ 海砂利水魚の 水行末 雲来末……』を 思いだしてしまった。

  確か、あれは≪めでたい≫言葉が続いた ≪長い名前の話≫だったと 記憶している。


  白ウサギの名前は、≪誓いの言葉≫でもある。

  ≪神聖な意味≫があるのだろうが…… 非常に申し訳ないが、最後まで 覚えられる自信がない。

  だから、苦肉の策として…… 叶人は 奥の手を使った。


「不快でなければ…… 省略しても、いい?」

「もしかして…… ≪愛称≫で、呼んでくれるのですか?」

  単純な 白ウサギさんは、叶人の提案に あっさりと乗った。

   ≪省略≫を ≪愛称≫に変換できるとは、やはり おめでたい思考回路―――― 否、とても≪前向き≫といえる。 良いことだ。


「じゃあ………… ≪ノール≫…… で、どうかな?」

  自分でも、若干 縮め過ぎたかな、とも思うが、本人は いたく気に入ったようで。

「ノール…… ノール……ノール……ノール……」


  何度も 同じ単語を繰り返し始めた――― 顔は ぐずぐずに 崩れていて、≪美人≫の面影も無い。





  叶人と 白ウサギ≪ノール≫の関係は、まだ 始まったばかり。

  今後、旅の途中で おいおい≪関係の修復≫をしていかなければ…… と、叶人は 固く心に誓うのであった。


  まず最初は、スタート地点から 一番近い町―――― ≪ピーターパン≫が住むという、『ネバーランド領』。

  ≪抱き上げて 歩く≫と主張する 白ウサギの尻に 蹴りを入れつつ、二人は ようやく 旅を開始したのであった。   

 今度こそ、本当に 出発です。 お待たせしました。


 バカなのか 何なのか、判断に迷う≪白ウサギ≫さんには、これから たくさん頑張ってもらうとして。

 次回から、新章『ネバーランド編』に入ります。


※お気に入り登録をして下さった方、どなたか存じませんが 感謝します。 頑張って書きますので、これからも 読んで下さると嬉しいです。

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