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九十九番目のアリス  作者: 水乃琥珀
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56. 嘘つきな あなたに、幸運を

 最近、カッコ悪いと人気が落ちている兵士長を、少しだけ 応援するような流れになっております。

  ぴたりと、兵士長の足が 止まった。


「兵士長? どうしたの?」

「んー」


  ほんの少し、考えるような仕草をしてから、男は ぱっと、明るい笑顔に変わる。


「ごめんね、アリスちゃん! 俺、野暮用を思い出しちゃってさ~。 悪いけど、ここから先は 一人で進んでくれる?」

「…… はい?」


  にこにこ、にこにこ。

  初めて 目にしたときのような、胡散臭い、作った 笑顔。


「ほら、もう見えてくると思うけど、この先は 行き止まり ――― でもね、実は そこが 《最終地点》なわけさ。 《変な扉》があるけど、気にせずに開けると、ひろーい部屋に入れる。 皆も、そろそろ 到着しているだろうし、あとは 問題ないと思うよ」

「…… 問題ない ――― と、本当に思う?」


  叶人は、真っ直ぐに 兵士長と向き合った。

「今ので わかったわ。 あなた ――― 以前に、ここまで来ているってことよね?」


  そうでなければ、この先が 最終地点だなんて 知るはずもない。

「以前に来たとき、途中で 引き返してきたなんて、ウソよね? …… なんか、そんな気がしてたのよね。 通ってくるルートは違っても、あなたは 一度は、最奥部まで 来たことがある ――― だから、今回も そんなに躊躇せずに、参加したんでしょう? 違う?」

「さあ~、どうだろうね~」


  相変わらず、ウソと 真実が ごちゃ混ぜになった男だ。

「…… まあ、いいわ。 そんなことは、気にすることでもないしね。 …… それで? その扉を開いて、広い部屋に入れたら、迷宮は 終わりなの? そこに 王様がいるの?」

「部屋に入ると、扉は消える。 文字通り、密室になる。 初めは、王様はいない。 …… いるようには、見えない」

「どういうこと?」


  扉が消えるのは、魔法のせいだろう。

  侵入者を 逃がさないようにするための、檻。

  つまり、その部屋に入ったら、王様に 勝つ以外に 脱出方法は 無さそうだ。


「アリスちゃん、よく聞いて。 王様は、《隠れる》のが 得意なんだ。 誰の目にも、姿は 見えないかもしれない」

「それは …… 賢者である、ニコルでも?」

「賢者さんでも 保証できない。 見えないと 考えていたほうが、いいだろうね。 だけど、いることは、いるんだ」


  姿は 見えなくても。

  その部屋に。 皆の すぐ傍に。 確実に。

「どこまで ダメージを与えたのか ……とか、相手が どういう 心理状態なのか ……とか、まったく わからない。 だから、今までの 《戦い方》では、王様は 通用しないよ?」

「…… ここまで来て、究極に 面倒くさいわね」

「あははっ! そうだね、すごく 面倒くさいよね!」

「…… それで、どうしろっていうのよ?」

「だから ―――― 君が、《一人じゃない》ってことが、重要になってくるんだよ」

「それって ……」


  叶人 ひとりなら、考え付くことも 限られてくる。

  けれど、仲間が いるなら?


「この集団の リーダーは君だけど。 みーんな、揃いも揃って、言うことをきかない、《困ったちゃん》ばかりでしょ? でも、勝機があるとしたら、多分 そこだよ」


  相手を 窺いながら、ひとつ ひとつ、計画的に 戦うだけではなくて。

  時には 勢いに任せて 突っ込んでみたり、意味も無さそうな 攻撃を入れてみたり。

「予測不可能な 動きで、王様を 振り回すこと ――― そうすることで、どこかに 《綻び》が生じるはずだから」


  あとは、そこを うまく見つけて、突けば、王様の 魔法も弱まる ……ということだろう。

「確かに …… あの集まりだったら、予測不可能な 動きばかりよね ……」


  ある意味、自分でさえも イマイチ 掴み切れない連中だから。


「戦い方については、理解したわ。 それで、兵士長? あなたは、何をしに行く つもりなの?」

「ん? 俺? だから、ちょっとした 野暮用だって ――――」

「もしかして、それは …… 北から来た 危ない集団と、関係がある?」

「!」

「アタリ、みたいね ……」


  白ウサギから聞いていたし、ネバーランドでも、迷いの森の外でも、実際に 遭遇はしていた。

  北の、スペード王が 遣わしたという、《暗殺集団》。

  黒づくめの 男たちばかりだったが、なぜか どういう顔をしていたのか、思い出せない。


「思い出せなくて、当然だよ。 彼らは、《まやかし》によって、顔を 変えるのが得意なんだ。 俺でも、実は 本当の顔がどれなんだか 知らないよ」

「…… 小心者ね。 堂々と、顔くらい 出しなさいっての」

「同感だね~」

「ちょっと、待って。 奴らは 《私を捕える》ために 追いかけてきているのよ? 私が相手をするのが、道理じゃないの」

「アリスちゃん ―――― 《優先順位》を、間違えては いけないよ?」

「え?」


  兵士長の、珍しく 真面目な視線に、胸が 射抜かれたような気がした。


「君は、今 一番 しなければいけないのは、何?」

「それは ……」

「時間には、限りがある。 わかっていて、それでも 多くを望むのなら、覚悟を決めないとね?」

「覚悟って ………」

「お人好しの アリスちゃん。 忘れているようだから、思い出させてあげるけど ―――」


  怖いくらい、真っ直ぐな瞳が、一歩近づく。


「すべてを、自分の手で やろうなんて ――― 不可能だ。 君の体は、一つしかないんだから」


  時間は 限られていて。 体は 一つしか なくて。

  それならば、欲しい物は あきらめなければ ならないのだろうか。

  そんなこと …… 認められない。


「あきらめろ…… なんて、言いたいんじゃないよ。 自分で すべてを やろうとするなって、言ってるの。 意味、わかる?」

  自分 ひとりでは、限界があるから。


「君が 言ったんだよ? すべてを 手に入れたいって。 あきらめたくないって。 だったら、君は 《一番大事なモノ》を優先して、《二番目以降》は、誰かに 託せばいい。 すべてを手に入れるためには、それが必要だと思うけど? 違う?」


  自然と、唇が 震えた。


  兵士長の 言っていることは、結局は いつも 正しい。

  反論など、できないくらいに。


「…… ノールが 言っていたわ。 彼らは 強いし、厄介だって」

「そりゃあ、仮にも 一国の王様の、《秘密兵器》だからね。 弱かったら、北の国が ナメられるってこと」

「あなたには …… 彼らと 戦う、《理由》が無いわ」


  意味も無く、ボランティアで 戦ってくれるような、かわいい性格ではないはずだ。

  たとえ、理由があったとしても、相手は 複数人。

  いくら 兵士長が、国一番の 剣士だとしても、分が悪すぎる。

「…… んー? もしかして、俺の心配してくれてるの?」

「冗談を言っている 場合じゃなくて!」


  茶化して 終わらそうとする男に、イラっとした。

  だんだんと、わかってきた。

  この 赤い男は、確かに 極悪で、卑怯で、冷酷な部分が大半だけど。


  時々、ほんの少しだけ、誰よりも 《優しく》なる。

  自分の 《利》を抜きにして、動くことがある。


  以前に、この地下迷宮に来たことだって ――― 彼の 姉である、女王のためだろう。

  言葉には、絶対に 出さなくても。


「…… 泣かないで、アリスちゃん」

「泣いて、ないわ」

「意地っ張りだなぁ …… あんまり可愛いと、今 ここで、《何か》しちゃうよ?」

「!」


  気が付いたときには、ぺろりと、目じりを なめられていた。

「なっ……」

「んー、やっぱり君って、隙だらけだよね。 そういうところが、たまらなく 殺したくなるんだよなぁ」

「ちょ、ちょっと!」


  白ウサギがいれば、怒り狂うような 《行為》をされて、おとなしく 黙ってなんていられない。

「い、いきなり、ひ、人の顔をっ!」

「んー、もうちょっと 食べていたいところだけど、時間が無い。 残念だけど、続きは、また後でね」


  素早い 動きで、叶人の 平手打ちをかわして、兵士長は 来た道を戻り始めていた。

「ま、待って、兵士長!」

「名残惜しいけど、またね~」

「本当に、待って! 待たないと …… 攻撃するわよ!」


  握りしめた ヴァイオリンを構えると、兵士長は おとなしく、止まった。


「もう、何なのさ、アリスちゃん? 行ってらっしゃいの キスなら、いくらでも もらうけど?」

「残念ながら、別のものよ。 すぐ、終わるから」


  タラリッティ ティラ タラルリラ ティラリラトュラ ターララ リ~


  叶人は、短い曲を 送った。


「アリスちゃん …… コレは ……」

「初めて やるから、効果は 期待できないかもしれない。 でも、やらないよりは、マシだと思うわ」


  兵士長の 体に、うっすらと、《膜》が出現する。

  魔法使いなどが 得意とする、結界と同じような 役目のものだ。


「《防御》と、《加速》と、攻撃力の《増加》よ」


  オールラウンダーを目指して、楽器を手に入れたのだ。

  補助の効果を与える能力は、演奏家ならではのモノ。

  ここで 使わずに、どうする。


「私が 隣に いない状況で、効果が いつまで《持続》するのか わからない。 だから …… 教えて。 後で、効果が どうだったのかを」


  聞きたいから、戻ってきて。

  暗殺者なんて、追い払って、また みんなと合流して。


「教えてくれないと、許さないから」

  心配していると、はっきり言葉には出さないのは、お互い様だ。


  理解した男は、やれやれと 苦笑する。

「……… 了解。 きっちり戦って、効果を 《検証》してきますよ、お姫様?」


  ハートの兵士長としても、簡単に 国に侵入され、なおかつ 敗北だなんて、許されない。

  そもそも、どんな時でも、自分にとっては 勝利しかないと、常々思っているのだ。

  勝つこと以外に、何がある。


「…… 気をつけてね」

「アリスちゃんも、俺の忠告、忘れずにね」


  今度こそ、兵士長の姿は、目の前から 消えていった。



「本当に …… これで、よかったのかな」


  まるで、兵士長 ひとりを、見捨てたような、置き去りにしたような…… そんな感覚が 湧き上がる。

  彼は、強い。

  強いと、知ってはいても。


「この 不安は…… 何?」


  護衛の白ウサギが 不在で、せっかく協力的だった 兵士長も 置いてきて。

  自分は、本当に 正しい道へと 進んでいるのだろうか。


  信頼して 任せることと、切り捨てて 置いてくることの、違いは どこにあるのだろう。

「私は ……」


  もう一度、兵士長が戻って行った道を、振り返る。

  瑞樹やメルと 別れてから、だいぶ 進んできたはずだ。


  もし、兵士長が、戻らなかったら?


「……… そんなはず、ない。 あの人は、自分を 捨てたりしない」

  万が一、相手に 敵わなくても。

「敗北するくらいなら、《逃走》を選ぶはずよ」


  生きることが、何より 重要だって、よく知っているから。

「私は …… 信じて、進むだけ」


  間もなく、変な扉が 見えてきた。


  赤に、緑に、黄色に、青に、黒と白と、蛍光色。

  目が チカチカする色合いの、絵の具で 描かれたような、顔。


「むむむー。 侵入者やー。 しんにゅーしゃー。 誰か、はよ、出てこんかい! 侵入者やでー、何とか 阻止したれ!」

「扉には 違いないけど、取っては 無いみたいね」

「あったりまえや。 わてが 認めたもんしか、先には 通さへんで! しっしっ!」

「取っ手が無いと、開けられないわね……」

「人の話、聞いとったか? 取っ手は 無いんや、言うてんねん。 最近の若いもんは、最後まで 話を聞かんヤツが増えて ――― 」

「そうね …… 面倒くさいのが、嫌いなのよ」


  ティーララーン ララン トュルララーン ララーン ティラルラリラー ルララー

  タラリラルー ルララーン ティララルリラーン


「ふぐぐぐー、何や、この音は~」

「ウルサイのも 嫌いだから、眠ってちょうだい。 …… ついでに、その扉を 開けといてね」

「冗談やないわー。 そない簡単に、開くと思たら、大間違いやっちゅーねん……ふぉぉぉ」

「あ・け・ろ」


  ――――――― カチャリ


「ぐおー すかー ぐおー」

「………… はい、いっちょう あがり」


  豪快な 寝息を立てる 奇妙な扉が、間違えなく、開いた音。

  そっと、扉を押すと、ゆっくりと 奥に動く。


  ギギギギギギ


  視界が 明るくなり、奥に 人影が見えた。


「アリスちゃん!」

「カナトさん!」

「ご主人様~」


  聞き覚えのある 仲間の声で、何だか 迷いが 吹っ切れた感じがした。


「ふむ、無事だったのは いいが…… 兵士長は …… 一人で、カッコつけにでも行ったか?」

「…… そんなところよ」

「詳しくは、後で 聞くとしよう。 カナトよ、この部屋が 何であるか、兵士長から聞いてはいるか?」


  本当に、服装だけは 最悪の変態でも、賢者は やはり、聡明だ。

  兵士長が、この迷宮の 最奥部まで 知っていると、気付いているとは。


「みんな …… よく聞いて。 この部屋は、見ればわかる通り、もう 出口は無いわ。 ここが、迷宮の最奥部で、王様がいるのも、ココ みたいよ」

「どういうこと?」

「明るいだけで、何もない部屋だけど?」

「見えないだけよ、惑わされないで」


  途中で負った怪我は、ニコルが 魔法で 治療してくれたらしい。

  叶人より 先に到着していたせいか、休憩した分、それぞれ 体力には 余裕がありそうだ。

  さすが、世界の中でも 特権階級の、役持ち揃いのメンバーである。


「みんな …… ありがとう」


  数々の トラップにも負けずに、ここまで 来てくれて。

  全員 無事に、集まってくれて。


  約一名 …… というか、一匹、トラが増えているのには 驚きはしたが。


「この迷宮での、最後の 戦いよ ――― みんな、チカラを貸して」


  見えない相手に、どう 立ち向かえばいいのか。

  女王でさえ 歯が立たない相手に、攻撃が通用するのか。

  わからないことは、たくさん あるけれど。


  ただ、一つだけ 確かなことは。

  勝機は、必ず どこかに あるということだ。

  それを 見逃さなければ、状況は いくらでも ひっくり返せる。


「……… ぶっ壊すわよ、この 迷宮ごと」

「そう こなくっちゃね~!」

「メル、がんばるの~」

「グアァルルルル!」


  気合を入れる メンバーの中で、唯一 賢者様は、いつもの通り、のんびりモードだった。


「ふむ …… 我が 女性陣は、特に 凶暴であるな…… 男子たちよ、遅れずに ついてまいれ」




  そう言われてしまうと、何も言い返せない 叶人たちであった。 

 あっという間に 七月です。

 六月の 更新を逃したために、前話から かなり時間が空いてしまいました。

 頑張っては みたものの… 王様の登場までは、たどり着けず。


 次回こそ、ハートの王様が登場の予定。 姿が見えないのに、どうやって戦うのか。 そして、一人 戻った兵士長は、ある人物と合流を果たします。 それが 誰なのかは… ファンの方なら、おわかりでしょう。 お楽しみに。

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