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九十九番目のアリス  作者: 水乃琥珀
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55. バラバラになった 仲間たち

  もともと、逃げ足には 自信があった。

  けれど、逃げるという行為しか選べない自分が、どうしようもなく 情けなかった。

  

  理想と 現実との狭間で、先が見えないことに 恐怖さえ感じ始めていたとき。


  恥じていた 《自分の戦い方》を 《肯定》してみたら、オモチャだった武器は、新たな武器へと 進化を遂げた。

  嫌うだけではなくて、受け入れてこそ、新たな道は 拓けるのかもしれない。

  何だか、少しは わかってきたような気がする。


「メルっち! 後ろ!」

「はいなの~」


  分裂してしまったA班…… 瑞樹と メルは、協力し合いながら、迷路を攻略していた。


  砲丸投げの 玉みたいなモノが飛んできたり、壁から 槍が突き出てきたり。

  幅 一メートルと少しという 狭い通路で、よくも こんなに、トラップが出てくるものだと、逆に感心してしまう。


「ミズキ~、大丈夫?」

「はっは~、この程度、昔に比べたら チョロイもんだよ」

「頼もしいの~」


  パタパタと 羽をばたつかせる幼児は、可愛らしい。

「ほんと …… いつの時代も、人間の仕打ちっつーのが、一番 恐ろしいよな……」


  魔法で 仕掛けられている、様々な 罠も。

  所詮は、モノでしかない。

  人間が、直接 手で攻撃してくる方が、よほど タチは悪いし、えげつない攻撃ばっかりだ。


  赤の連合に 捕まって、護衛だけは なんとか逃がして。

  自分ひとり 残されたあとの、《いたぶられ方》は すさまじかった。

  こんな、チカラの弱いアリスなど 放っておけばいいのに、彼らのリーダーは それを許さない男だった。


「はー ………」


  人は、拷問にかけられると あっけなく降参してしまうというが。

  その気持ちは、痛いほど よくわかる。


  助けてほしい …… そう願うのは、何も 悪いことではない。

  痛くて、怖くて、惨めで、呪わしくて。

  言いなりになるのは悔しいが、それよりも 助かりたいという方に気持ちが傾くのは、至極当然だと思う。


「…… 今ので、最後かな?」

  静かになった 通路を確認し、再び 前進する。


  命 からがら、赤の連合から逃げ延びたあとも、出会うアリスは、みんな 酷かった。

  ドロップを、奪うことしか考えていない。

  早く、ドロップを集めて、早く、願いを叶えなければ ――― 。


  そういった 《妄執》に囚われているのか、どのアリスも 目つきが常軌を逸していて。

  相手が、どうなろうと、知ったことではない。

  そんな風に、攻撃を受け続けるうちに、自分さえも だんだんと、同じ考えに 染まってきて。


  『あのアリスを捕まえたら、褒美をやろう』


  そんな甘い誘いに 応じてしまった、少し前の、弱い自分。

  どうしてだろう。

  自分は そうならないと、決めていたはずなのに。

  毒に冒されるかのごとく、知らぬ間に、意識を乗っ取られていくようで。


「…… まだ、誰もゲームを 《制覇》できないことに、もしかして 関連してるのか?」


  一年もいて、この世界では 時間の感覚が狂ってくることが わかっている。

  それと同じように、時間が 経てば経つほど、人の意識も、この世界の歪みに 引きずられていくということなのだろうか。


  よっぽど、自分を 強く、保っていない限り。

  心が弱い者ほど、取り込まれて、狂いだす。

  ねじれた世界の 《真の恐ろしさ》は、そこなのかもしれない。


「俺って …… どうしようもなく、幸運なのかも」


  堕ちていく 一歩手前で、叶人と 出会えた。

  彼女と 会えたからこそ、自分は いま、こうして戦えている。


「ミズキ~、後ろから、ゴロゴロが来るの~」

「ゴロゴロ?」


  そう言われてみれば、何か 変な音が聞こえてくる。

「ゴロゴロって …… ちょ、わぁぁぁっ」

「おっきい、たまたま~」

「メルっち、逃げるよ!」


  考古学者のオッサンが活躍する、ハリウッドの映画並みの、危険度ではないか。

「ミズキ、飛ぶの~」

「ひえぇぇぇっ」


  危機一髪、大きな岩の塊は、なんとか通り過ぎていった。

「これ…… 飛べなければ、アウトだったんじゃない?」

「メル、飛べるから 平気なの~」

「あー …… ほんと、一緒なのがメルっちで、よかった。 これ、兵士長が一緒でも、何にもできないだろうしね」

「んー?」

「まぁ、いない人のことは いいか。 …… あれ、どうした、メルっち?」


  岩が 通り抜けていった前方を、メルは じーっと見つめている。

「どした? 前に何かあるの?」

「んー …… あのね、おっきな 《にゃんにゃん》がいるの」

「おっきな、にゃんにゃん?」


  それはもう、にゃんにゃんでは ないような気が……。


「ちょっと待て、メルっち。 それ、にゃんにゃんじゃなくて、もっと こう ――――」

「うはーい、にゃんにゃん~」

「ま、待て待て、早まるな! それ絶対、にゃんにゃんじゃ ないから!」

「ガルルルルルッ」

「だから言ったじゃーんっ!」


  にゃんにゃんではなくて、立派な トラだ。

  のっし のっしと、黄色い縞模様が、前方から近付いてくる。


「にゃんにゃーん」

「メルっち!」


  瑞樹の制止を振り切って、妖精王は トラへと飛んで行ってしまった。

「んー んーん…… むむ~ …… にゅ~」


  頭から パクリと食べられてもおかしくはない、その体格差。

  ハラハラと 見守る中、メルとトラは、何やら 会話をしているらしい。

「メ、メルっち?」

「ミズキ~、この にゃんにゃん、独りぼっちなんだって」

「え?」

「独りぼっちは 寂しいの。 メルは、独りぼっちだったら、きっと すごーく悲しくて、すごーく 泣いちゃうの……」

「メル……」


  その気持ちは、わからなくもない。

  今まで、たった一人で 逃げてきた、瑞樹だからこそ。


「だから、にゃんにゃんも、一緒に行っていい?」

「は、はいぃ?」

「だって、こんな迷路に、独りぼっちで迷っているなんて、可哀そうなの。 メルは、この子と お友達になったの!」

「はー ……」


  言い出したら、きかない ――― それは、この世界の住人なら、当たり前。

「…… マジ?」

「うん、マジなの~」

「その にゃんにゃん、俺たちのこと、食べたりしない?」

「お友達になれば、大丈夫なの。 だからミズキも、お友達になろ~?」


  お友達と認めてもらえなければ、食べられるのかよ……。


「あー …… ええと、にゃんにゃん?」

「ガルルルルッ」

「やっぱ、大丈夫じゃないみたいだけどっ!?」

「んーん、そんなことないの。 よかったね、ミズキ。 ミズキも、にゃんにゃんの お友達になれたって!」

「はは …… はははは …… そうか、今ので そうなのか。 俺も嬉しいぞー …… はぁ」


  立派な 体格のトラなら、多少は 戦闘でもアテにして いいのだろうか。


「ミズキ~ 、にゃんにゃんが、背中に乗れって~」

「せ、背中に?」

「うん。 ミズキ 足を怪我してるから、歩くのは可哀そうって。 よかったね~、ミズキ」

「…………」



  自分の目で 見て、感じて、それで 何を選ぶか決めろと、叶人には言われた。

  目に 見えることばかりが、すべてではない。

  心で 感じること ――― それは、たとえ ねじれた世界の中においても、共通することであり。

「そっか …… そうだよな」


  歩み寄ることも、大切で。 信じてみることも、すべてが無駄ではなくて。

「にゃんにゃん …… よろしくな!」

「むー …… そっかぁ、名前が無かったから、地下から 出られなかったんだね~」

「メルっちと 同じじゃん。 だったら、メルっちが 名前をつけてあげたら?」

「にゃんにゃん、メルでいい? メルが 名前つけてもいい?」


  背中に乗ると、太ももの裏から 温かい体温が伝わってきた。

  種族が違っても、生きているのは 同じ。

  それだけで 拒絶するなんてバカらしいと、にゃんにゃんに気付かされるとは。


「うーんとね、えーとね …… にゃんにゃんは 女の子だから~」

「えっ …… にゃんにゃん、メスなの!?」

「かわいー 名前 …… かわいー 名前 ……うーんと、うーんと …… じゃあ、《にゃん太郎》は?」

「メ、メスなのにっ!?」


  予定外に 新たな仲間を手に入れた 瑞樹は、これも 一つの経験だと、腹をくくるしかなかった。





  それと 同じ頃。

  馬場 幸志と オオカミ少年の二人は、通路を破壊しながら 前進していた。


「ふー …… 破壊するっていうのも、思ったより ラクじゃないな」

「はい、でも きっと、これならニコルさんも、納得してくれると思います」


  彼らは、A班の 叶人たちのように、分裂してしまったわけではない。

  ニコルの提案により、途中でわざと、二人ずつに 別れていたのだ。


  しかも、後から 追ってくるはずの 《誰かさん》のために、できるだけ道を 《破壊》して、仕掛けられた罠を 解除するように ―――― 変態マントは、そう指示を出していた。


「なぁ …… お前は、後から来るっていうのが 誰なのか、わかるか?」

「さあ …… ニコルさんには、何か 考えがあるんでしょうけど」

「芹澤の 《安全が最優先だ》っていう方針を あっさり破って、こんな風に、分裂して大丈夫なのか?」

「えーと …… 危険だとは思いますけど、ほら、今のところは コージーさんが活躍してくれてますし、とにかく 僕たち二人でも 頑張りましょう!」

「お前 …… 意外に、根性 あったんだなー」


  ここに来るまで、仕掛けられた罠は けっこうな多さだった。

  まともに 引っかかって、何度か 壁に 叩きつけられもした。

  そのたびに、この少年は、《まだ やれる》と 立ち上がってきたのだから、ただの ヘタレではないらしい。


「えっと …… 僕、チャッキーに 普段から殴られ慣れてますから。 ちょっとのことでは、大丈夫なんです」

「そうかー? 慣れるほど殴られるなんて、問題だろ?」

「大丈夫です、僕は オオカミだから、人よりは 頑丈なんで……」

「そうは言っても、お前は 立派な男だろ? 殴られ続けでばかりじゃ、赤ずきんにだって 悪影響が ……」

「―――― チャッキーは、寂しいんですよ」

「は?」


  半歩 先を歩く少年の、表情は 見えなかった。


「寂しくて、でも どうしていいのか わからなくて…… それで、一番身近にいる 僕を殴ることで、一人じゃないって、実感しているんだと思います」

「それは …… ますます 問題だろうがよー」

  そんな 拳を使わなくたって、人と 人とは 分かり合える ――― というのが、馬場家の教えだ。


「拳を使うのは、それこそ最終手段だ。 それでもって、拳を合わせたら、もう 仲直りってわけさ」

「…… コージーさんて、優しいんですね」

「優しいか? こういうのが、俺たちの世界じゃ 普通だと思うぞ?」

「どうなんでしょうか …… もし、それが本当なら……」


  どうして、世界に現れるアリスたちは、あんなにも 《壊れて》いるのだろう。


「優しいといえば …… お前たちこそ、よく こんな危険な場所に、行くと決めたよな」

「それは ……」

「芹澤が 仲間だって言ってくれたからか? それにしたって……」

「もちろん、それだけじゃありません。 僕は、白ウサギ殿も 助けたかったんです」

「どういうことだ?」

「僕たち…… アリス様のこと、一度 襲撃してるんです」

「はぁ? なんだよ、お前たち、元々は 敵同士だったのか?」


  敵 …… とは、また異なる。

  敵意など、まったく 無かった。

  ただ、あのアリスを捕えれば、《幻のアイテム》をくれると言われたから。


「僕、オオカミのくせに、いまだに 体がコントロールできなくて…… どうしたら、この体質が治るかって、ずっと悩んで。 それで、各地を旅してきました」


  旅の中で、何も得られずに。

  存在するかも 怪しい、幻のアイテムに、つい惑わされて。


「白ウサギ殿でなければ…… 銃弾をよけることができなかったはずです。 ああ見えて、チャッキーの 狙撃の腕は確かですからね。 他の人だったら、アリス様たちは怪我をしていた…… 運が悪ければ、死んでいたかもしれません」

「うはー …… けっこう おっかないんだな、赤ずきんて……」


  白ウサギだから、逃げてくれた。

  誰も、あの場では 傷つかなかった。


「それで、よかったんです。 どんな理由があれ、目的のために、誰かが血を流すなんて、間違ってる。 僕らが そんな 《間違い》を犯さなくてすんだのは、あの白ウサギ殿の おかげなんです」

「それで …… 何があって、お前たち 一緒になったんだ?」

「あのあと、アリス様を 取り逃がしたことで、僕らは 《依頼者》に捕まったんです。 どこの誰かは 知らないけど、その人たちは とても強くて…… 殺されるはずでした。 そこに、助けに入ってくれたのが、あのアリス様なんです」

「おー おー、ヒーロー参上ってわけか?」


  普通なら、誰もがそう思うのだが。

「…… でも、アリス様は 仰ったんです。僕たちのこと、助けにきたんじゃないって。 襲撃してきたことは、決して許さないって」


  それでも、一方的に ヤラれている現場を、素通りすることはできないと。

  目障りだからと 言いきった背中が、猛烈に かっこよかった。


  過去のことは 許さなくても、その先のことは 《わからないから》。

  そんな風に、もう一度 機会を与えてくれる人なんて、他には いない。


「アリス様には もちろん感謝してます。 それと同じくらい、僕らが 間違えを犯さずに済んだ…… 白ウサギ殿にも、感謝しているんです」

  だから、今回 何としてでも、協力したいと思った。

  三人とも、口には出さなかったが、同じことを考えていたに違いない。


「ふーん …… 皆それぞれ、いろんな事情があるんだな」

「…… コージーさんも、きっと そうなんじゃないですか?」

「俺か? 俺は ……」


  この世界に来て、記憶が間違えていなければ、すでに 二年が経過していた。

  アリスとしての立場を受け入れ、ゲームに どっぷりと浸かりながら。

「俺は ……」

  依頼を 解決して、そこそこの 名声を上げて、それで満足した気になっていたけれど。


「本当に、誰かの 《助け》になってきたのか…… わからなくなってきたな ……」



  ありがとうね …… 言葉とともに、報酬として もらってきた、感謝のドロップも。

  自分には、それだけだった。 それだけで、終わりだった。

  感謝しているから、今度は 《役に立ちたい》なんて …… 今まで 一度だって、言われたことはない。


  ――――― 芹澤 叶人のように。


「何だ …… この、差は?」


  破壊された 通路を進みながら。

  今まで 気にもしなかったことを、馬場 幸志は 考えるようになっていたのである。







  そして、深い闇へと 落下して行った、叶人 と兵士長は ………。


  カキィィィィンと 快音を響かせながら 戦闘の真っ最中であった。


「アリスちゃん、無事っ!?」

「演奏家の腕力を、なめるんじゃないわよぉぉぉっ!」


  なりふり構わず、叶人は 手にした武器 ――― ヴァイオリンを振り回し、叫んでいた。


「……… うん、無事で何より」

「何よ、その眼は…… こんな所で、足止め食らっている場合じゃないんだから」


  急がなければ、白ウサギの 残り僅かな寿命が、尽きてしまう。

  いくら、新たな ウサギが誕生したって、他の男では 意味が無いのだ。


「…… ばかウサギじゃなきゃ、ダメなのよ」


  人の話を ちっとも聞いていなくて、ハネムーンだと ずっと勘違いしていて。

  顔が ぐずぐずに溶けたり、暴走しだすと 止めるのが面倒だとか、問題は いろいろあったとしても。


  わがままでも、傲慢でも、それでもいいと 言ってくれた ――― あの、すべてにおいて 真っ白な彼でなければ、意味が無い。




「ふーん …………」

  乱暴な言葉に隠された 《たくさんの想い》を、人一倍 敏感な兵士長は、正確に感じ取っていた。


「……… やっぱり、俺 ―――― ウサギさんのことが、嫌いだなぁ ……」


  気付かなければ よかったと、兵士長は 少しだけ思った。

  もっと、他人に対して 《鈍感》であったなら。

  こんなふうに、たった 一言くらいで、傷つくことも 無かったのに。


「―――――― 《罰》、なのかな ……」

  今まで さんざん、人を傷つけてきたことに対しての。



「…… 兵士長? 大丈夫? 怪我したの?」

「いいや、何でもないよ」




  胸に広がる 苦いモノは。

  そう簡単には、切り捨てることが できないらしい。

 危険度・大な 地下迷宮であっても、カナトたち一行は 元気に暴れまわっている…… というお話でした。

 集まった仲間たちも 《役持ち》という特権階級ですし、戦闘能力だって高いですからね。 怪我をしながらも 無事に突破してくれることでしょう。


 次回は、全員が たどり着いた 《行き止まりの部屋》で、何かが起こる… 予定です。 お楽しみに。

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