51. ハートの王様と 白ウサギ
説明的な文と 会話が続いています。目がチカチカしそうですが、がんばって目を通して頂けると……
本題 ――― つまり、ハートの城や 王様にまつわる 《秘密》と、今回の 《白ウサギを救う手段》に、どんな 《共通点》があるのか…… ということである。
「えーとね…… まずは、《世界のはじまり》の話まで 遡ることになるんだけど」
「…… あなたが 必要だと思うなら、必要なことなんでしょ。 いいわ、最初から順を追って説明して。 ただし、できるだけ簡潔に、わかりやすくしてね?」
「はいはい……っと。 あーあ、本当は バラすことも 《ルール違反》なんだけどね~」
兵士長は、世界の意志からくだされる 《ペナルティ》のことを言っているのだろう。
もとから、そんなものなど気にせずに、好き勝手に 行動してきた男が、いまさら 何を言うか。
「ペナルティが 怖くて、この世界が生き残れるか ――― ってことよ」
「まあね~、そうだよね~」
「心配せずとも、今回は 大勢集まっておる。 ルール違反者が これだけの人数ならば、個々のペナルティも 微々たるものになるに違いない。 心ゆくまで、好きに動こうではないか」
「ニコちゃん、楽しんでない?」
「俺は、わざと ルール違反をするのは反対だぞ! 今みたいに、仕方なくであれば、それこそ仕方なく ―――」
「はい、コージー うるさいよ」
「コージー、嫌なら、一人で お留守番がいいの。 《足手まとい》は、ご主人様の邪魔になるから、メルは 許さないの~」
「何だと、チョウチョ娘! 俺はイヤだなんて、一言も……」
「はいはーい、静かにしないと、あたしが ぶっ放すよ~?」
どこから取り出したのか、可愛く笑う 赤ずきんの手には、使い古した いつもの猟銃が握られている。
「えーと…… 皆さん、ほんと落ち着いてください。 時間がないんだし、兵士長殿の 話をききましょう。 チャッキーは、早く 猟銃はしまって……」
「なーに、リーヤのくせに、この場を仕切ろうとしてんのよ!」
「―――――― チャッキー、やめなさい」
「…… はーい」
また収拾がつかなくなる前に、叶人は 一言で、とりあえず その場を収めることに成功した。
以前は、面倒くさいのは 白ウサギだけで済んだのだが、こうも 仲間が増えてしまった以上、できるだけ早く 手を打たないと、それぞれが暴走体質の持ち主ばかりだから、どうしようもない。
「ふー…… はい、じゃあ話を始めるよ?」
そして、兵士長が語りだしたのは、想像を超えるような話だったのだ。
世界が誕生したとき、最初から 住人全員が 揃っていたわけではない。
初めから いたのは、ごくわずか ――― 今では、《創生初期のメンバー》と呼ばれていて、各国の 王様四人と、案内人と、白ウサギだけだった。
「一般住民は 寿命も短いし しょっちゅう入れ替わるけど、《役持ち》――― つまり、俺たちのように 《長寿組》の人たちは、最初は 少数からスタートしたわけさ。 ちなみに、俺とか 船長さんとか、あとハートの女王様なんかは、第二期のメンバーってことね」
創設者 《世界の意志》の 気まぐれで、一般住民と 《役持ち》が、少しずつ増えて、この世界が広がっていったのだ。
アリスを 違う世界から 招き、世界最大の 《ゲーム》と称して 今のような体制になったのは、ちょうど 第三期のメンバーが 揃ったあたりからだという。
「…… で、話を戻すけど。 最初からいる ハートの王様は、あるとき 《可愛い奥さんが欲しいよ~》って、世界の意志に 願ったわけ。 でも、世界の意志が、たかが ゲームの駒のために、簡単に 願いを叶えてくれるはずがない」
そこで、世界の意志は、どうしたか。
「願いを 叶えたフリをして、ハートの王様に、《伴侶》として ハート女王を与えた。 でも、その伴侶は、決して 王様を 《愛さない》という条件付だったんだ」
「…… 決して、王様を愛さない?」
「そう、女王を誕生させるときにね、同時に 彼女の 《恋人》が創られたんだよ。 二人は、世界に誕生した瞬間から、互いに愛し合うと定められていて、実際に ほんとうに 仲がよかったんだ」
いくら 世界に定められていても、しょせんは 人の《心》など、ルールでは縛り切れない。
そのため、恋人や 夫婦として創られても、実際は ものすごく不仲だということも 少なくはないのに、幸か不幸か、二人の間には 愛情が存在した。
「せっかく 伴侶が与えられたのに、かんじんの女王は、他の男を愛している ――― そうなると、ハートの王様は どうすると思う?」
「…… ま、まさか」
「―――――― 相手の男を、もちろん 殺そうとしたわけさ」
恋人さえ消してしまえば、女王は 自分のものになる。
長い年月を 共に過ごせば、いつしか 心も 変わるはずだ。
「ひどい……」
「え、それで 相手の男の人、王様に 殺されちゃったの?」
「あはは、赤ずきんちゃんは 単純だな~。 王様が そういう行動に出るのは、想像できるでしょ? だから、世界の意志は、さらなる 《細工》をしてあったんだよ」
ハートの王様は、強力な 魔法使いだった。
しかし、その王様でも 簡単には 殺せないような 《特殊な能力》を、相手の男に与えていたのだ。
「実はね、その相手の男ってのは 《役持ち》で、役名は 《時計屋》っていうんだ」
「時計屋…… ?」
「この世界において、どんなに凄い 魔法使いであっても、絶対に 使用できない魔法が、一つだけある。 賢者さんなら、それが何か わかるよね?」
「ふむ…… ズバリ、《時間》を操る魔法であろう?」
「正解。 《ある二人》を除いて、時間を左右する魔法は、使えないことになってるんだ。 そして、その二人っていうのが、《時計屋》と、あとは 《マッチ売りの少女》だけ」
魔法を使って殺しにくる ハートの王様を相手に、時計屋は 善戦した。
けれど、王様は 強敵すぎた。
どう頑張っても、王様を 負かすことはできない。
「そこで、時計屋は 《時間魔法》を使ったんだ。 王様を殺すのではなく、王様の 《命の時間》を止めて、《仮死状態》にするために」
倒すことはできなくても、時間を止めてしまえば、王様は 眠りにつくはずだ。
魔法は、正常に 作動したように見えた。
女王と 時計屋は、これで 二人仲良く、穏やかに暮らしていけると 喜んだ。
「ところが、そうはならないのが、この世界の常識さ。 王様は、とっておきの魔法を こっそり使っていた。 《反射》の魔法といって、自分にかけられたモノを、そっくり そのまま 相手に返す魔法のことだよ」
「なっ…… 何それ! そんなことしちゃったら、時計屋さんは……!」
「うん、魔法は逆戻りして、哀れな 時計屋さんは、自分の魔法で、自分を 仮死状態にしてしまったんだ」
悲劇は、それだけで終わらない。
「女王様に対する 《脅し》なのかな? 仮死状態の 時計屋さんの 《肉体》を、王様が 地下深くに隠して、自分も引きこもってしまったんだ。 地下の最奥部までは、数々のトラップが仕掛けられて、《迷宮》になっている。 女王も 幾度となく 迷宮に挑んだけど、今まで 奥まで進めたことは一度もない」
時計屋の 魔法を解くために、時間魔法を使えるもう一人の人物、《マッチ売りの少女》に、女王は助けを求めた。
しかし、少女は 女王の頼みを きくことができなかった。
「本人を 目の前にしないと、繊細な 時間魔法は使えないんだ」
ハートの国の城下町に住んでいる 少女は、自宅前から 動けない。
だから、地下迷宮には行くことができないと言った。
「移動できないって、どうして?」
「妖精王ちゃんと、同じ理由だよ。 誕生のときに 《名前》がつけられなかった。 だから、誰かが、彼女に ピッタリな名前をつけてあげないと、彼女は 生まれた場所から、一歩も動くことはできない。 時計屋さんを救うために、マッチちゃんが 地下に行く…… という選択は、現時点では無理なんだよ」
つまり、方法は 一つしかない。
その一 …… 誰かが、迷宮を制覇して、王様の所まで 辿り着く
その二 …… 王様を 倒す。
その三 …… 時計屋の 《肉体》を持ち帰り、城下町の マッチ売りの家まで運ぶ
その四 …… あとは 魔法を解いてもらう
「ん? その四つのことが クリアできたら、時計屋さんを助けられるのは 理解できたけどさ。 時計屋さんを助けることと、白ウサギのことと、どう関連してるわけ?」
「いい質問だね、アリス少年。 一番の 重要な点は、ここからなんだ。 白ウサギは特殊で、懐中時計さえあれば、歳を取らないことは わかったよね?」
「んー …… 普通なら、命の時間が止まれば、時計屋さんのように 《仮死状態》になるんだっけ? でも、白ウサギの場合は、懐中時計があるおかげで、仮死状態にならずに、元気に動けていた……っていうことか」
ウソをついて、世界の意志から与えられたペナルティーは、寿命をほとんど削ってしまうという、陰険なものだった。
それでも、懐中時計さえあれば、白ウサギの 《命の時間》は永遠に止まったままだから、取り立てて ダメージは無かったはずなのだ。
「…… でも、私のせいで、時計は壊れてしまった。 彼の 命の時間は、止まることなく進み続けて―――」
今 まさに、あと少しという、瀕死の状態まで 追いつめられてしまっている。
叶人は、自分が してしまったことの 事の重大さを、改めて 突きつけられたような気がした。
「ふむ …… わかってきたぞ。 つまり、時計屋は その役割名のごとく、時計を修理したり、新たに作ることが可能なのだな?」
「ん~ 賢者さんの お話からすると~ …… 時計屋のおにーさんを助ければ、白いウサギさんの 《懐中時計》が作ってもらえるの~? 新しい時計があれば、白いウサギさんは元気になる?」
「妖精ちゃん、大正解だよ。 時計屋さんを助ければ、懐中時計が新たに作れる。 そうすれば、白ウサギの 《命の時間》は、止めることができるはずなんだ」
前例が無いから、兵士長も 断定はできない。
ただ、理論上、そうなるはず…… と、可能性のことしか、話せない。
「白ウサギの寿命は、本当に 《ほんの少し》しか残らないだろうね。 寿命を増やすことは、誰にもできないから」
時間魔法を使っても、過去に戻ることはできない。
時計が 《壊れる前》に戻ることは、できないから。
それでも、進み続ける時間を止められれば、とりあえず 白ウサギが消滅することは防げるだろう。
少しの寿命しか残らなくても、懐中時計さえあれば、以前のように 元気に動けるかもしれない。
「現時点で、ノールを助けられる 可能性があるのは――― 時計屋さんを救うこと…… それ以外に、手段はなさそうね」
先ほど 話題になった 《四つのこと》を無事にクリアできたならば…… という、厳しい 《条件付》ではあるが。
「何も 手段が無いよりは マシよ。 少なくとも、それを追って動くことができるもの」
何よりも 苦しいのは、目標が無いことだ。
目標が無ければ、人は どうすることもできない。
挑戦することも、あきらめることもできずに、心が 宙に浮いてしまうだけ。
「…… そんなの、私は イヤよ。 何もせずに、ただ あきらめるなんて、できっこないわ」
泣くには、まだ 早すぎる。
あきらめる前に、することが残されているなら。
「ふふふ、我らが アリスは、もう心を決めたようだな。 それでは、我らも 心を決めるとしよう。 ――― 皆の者、準備はよいか?」
「一緒に ここまでついてきた時点で、みんな 考えてることは同じだと思うけど」
賢者の 呼びかけに、間髪入れずに答えたのは、他でもない 瑞樹だった。
「もっちろん、アリスちゃんが元気になるために、ウサギちゃんが必要だってことなら、あたしは バリバリ戦っちゃうからね!」
「チャッキーが ヤル気満々ってのは、かえって 危険なような気もするけど… ぐはっ」
つい 余計なひとことを言うせいで、おなかを蹴られているのは オオカミ少年だ。
「ご主人様が 行くところには、メルも絶対に行くの~。 王様なんて、ばーん、どしゅーん、めりめり~ って、やっつけちゃうの~」
満面の笑みで語るには、少々 過激な表現が含まれてはいたが、幼い妖精王も 元気いっぱいである。
「ほれ、コージー。 そなたは どうする?」
「…… 変態マントが行くというのに、この 正義の使者・馬場 幸志が 行かなくてどうする? 行くに決まっているだろう。 俺は、常に 世のためひとのため……」
「ふむ、長いから その先は却下だ。 それで、残るは兵士長になるが?」
「…… ここまで提案して 話したのは俺だよ? 俺ヌキで 迷宮制覇ができると思ってるの? 何にせよ、この面子じゃ、優秀で冷静な 《参謀》がいないと、話が進まないでしょうが」
優秀で冷静か…… はともかく、確かに 兵士長の 《情報量》はとび抜けている。
彼がいなければ、白ウサギを救う方法を見つけられずに、どうにもできなかっただろう。
「なーんだ、結局 全員が行くってことでいいんじゃない。 なら、さっさと迷宮に入ろうよ。 早くしないと、王様をやっつけたって、間に合わなかったら意味ないし」
本当は、この城のどこかで 動けなくなっている白ウサギの姿を、ひと目でも 確認したいと思っていた。
けれど、寿命が無くなってしまったら、元も子もない。
今 できる最善のこと ――― 少しでも早く 時計屋を助け、懐中時計を作ってもらうこと。
それしかない。
「この先の階段を降りると、地下迷宮への 入口がある。 そこに入ってしまったら、おそらく そう簡単には出てこられないけど、みんなは それでも いいんだね?」
兵士長の 試すような質問にも、誰もが 怯むことなく うなずいていた。
叶人 以外の者は、時計屋や 白ウサギを助ける義理など 何もない。
ただ、叶人が それを望むなら、一緒に行こう ――― それだけの理由だった。
たったそれだけのことでも、一緒に行くには、それで充分。
「だって、あたし達のことを 《仲間》って言ってくれたのは、アリスちゃんだもん。 そのアリスちゃんが願うことなら、仲間として 協力するのが 当然でしょ?」
「それに…… 女王様と 時計屋さんも、どうせなら幸せになってほしいですし…… 王様だって、このままでは 可哀想です」
「ちょっと、ばかリーヤ! 何で、一番ワルい 王様が、可哀想なのよ!」
「だって…… 王様だって、ただ 可愛い奥さんが欲しいって、願っただけなんだよ? 最初から こんなことがしたくて、女王様を傷つけてるわけじゃないと思うんだ」
「…… リーヤの言うことも 一理あるとは思うけどさ、事態を より ややこしーくしたのは、間違えなく王様でしょ? 俺なら、あんまり同情できないけど」
「ミズキの言う通りだな! 俺も、女性を苦しめる男なんて、どんな事情であれ 許せんヤツだ!」
「ちょっとコージー、どさくさに紛れて、なに 俺の名前 呼び捨てにしてんの? やめてよ、馴れ馴れしいなぁ」
「なっ …なんだと!」
ちょっと油断すると、すぐ この有様だ。
それぞれが、しゃべりたい方向に、話が コロコロと転がっていく。
「…… 話を戻すけど。 俺の考えでは、この人数で このまま移動するのは 得策ではないと思うんだ」
「どういうこと? まさか、お留守番組ができるってこと?」
「そうじゃないよ。 全員で行動するには、時間がかかりすぎる。 中は 迷路だからね、できるだけ バラバラに動いて、正解の道を探したほうがいい」
「でも、中は 当然のごとく、危険なトラップが待ち構えているんでしょ?」
「うん、だから 一人ずつ行動するのは もちろん危険だ。 女王が引き返すくらいの 迷宮だから、かなり手強いのは確かだから。 今回は、ちょうど八人いるし、二手に分かれるのはどう?」
「なるほどね……」
A班・四人、B班・四人。 二手に分かれたほうが 効率は増すし、一人よりは 危険度も下がる。
「兵士長の意見、採用するわ。 この先、迷宮に入ったら AとB、二つに分かれて行動しましょう」
「ふむ、では どうやって二手に分けるのだ? ここは公正に、じゃんけんでもするか?」
「危険がある場所なんだから、ある程度 考えて行動しなきゃいけないんじゃない?」
「ねぇ、瑞樹。 あなた、ロールプレイングとか、ゲームはやってた?」
「え? もちろん、やってたよ?」
「なら、パーティーを組むときに、一番 オーソドックスな組み方って、どういうのだった?」
「どういうのって…… あ!」
叶人の 変化球な問いかけに、瑞樹は あることを思い出す。
前衛・真ん中・後衛。
武器によって 並び順を配置する、基本の陣形だ。
「この基本陣形で、今いるメンバーを 振り分けてみましょう」
そうして、叶人は 独断とも呼べる 早業で、八人を 二つに振り分けたのである。
女王様を登場させるつもりが、なかなか きちんと登場できませんね…。
話の方向性は 合っているはずなので、あともう少しといったところでございます。
別れの季節も終わり、いよいよ 四月、出会いの季節ですね。
個人的に いろいろな困難に直面してはいますが、物語のカナトのように、あきらめない人でありたいと思います。
では、次こそ 女王様も登場し、ようやく迷宮入りを果たせるか…
A・B、二手に別れることにもご注目ください。 次回も お楽しみに。




