49. 世界の 掟
この部分は、この話を書こうと決めたときから、ずっと考えていたエピソードです。
ベッドルームに 移動せずに、叶人は 一晩中、ソファに座って 過ごしていた。
そこに集まった 面々も、それぞれ 寝たり起きたりを 繰り返しつつ、その部屋からは 誰一人 出て行こうとはしないまま、朝が くる。
「…… アリスちゃん、大丈夫?」
明らかに、疲労の影が濃い 叶人を見て、赤ずきんが 心配そうに隣に座った。
「アリスちゃん、寝てないでしょ? 少しは 眠ったほうがいいよ」
「そうなんだけど……」
別に、赤ずきんたちを警戒して、眠らないわけではない。
護衛の 白ウサギが不在でも、赤ずきんたちを 疑ってはいない。
ただ、眠れないのだ。
眠いはずなのに、眠れない。
白ウサギが、帰ってこない ――― ただ、それだけのことで。
「ノールのことだから、帰らないはずがないの。 でも、こんなに遅くなるなんて、おかしいわ。 城の中でも危険はあるって、兵士長は 言ったわよね?」
「まぁ、ね」
「何かあったんじゃないかって、考えるのは 普通でしょう?」
たとえば、赤ずきんや オオカミ少年が戻らなくても、きっと同じように心配して、帰りを待つだろう。
まして、白ウサギは 叶人の 《護衛》なのだ。
一番、そばにいなければならない人物が、そばにいないなんて…… 落ち着いていられる方が、どうかしていると思う。
「…… 私、お城に行くわ」
「行くって……」
「今日は、本当は 舞踏会が始まるのよね? 招待状が届いた 《参加者》だけとはいえ、いつもよりも 出入りする人は多くなるわ」
もし仮に、白ウサギが 何か 《事件》に巻き込まれていたとして――― この世界のことだから、かなり危険なことが予想できる。
その場合、関係のない 《一般市民》に被害があっては 大変だ。
少しでも、舞踏会が始まる前に、どうして 白ウサギが戻れないのか、つきとめる必要がある。
それに ――― 、もしかしたら 事件ではないのかもしれない。
事件ではなく、彼 自身に何かが起こり、動けなくなっている可能性もある。
最近 様子がおかしくて、苦しそうな表情をしていたと、わかっていたのに。
本人が 言いだすまで待つ …… なんて、悠長な態度を取っていたから、取り返しのつかない事態にまで 発展したのかもしれない。
もし、そうなら。
それは、自分の 責任だ。
「今すぐに、お城に行くわ。 悪いけど、みんなは 宿で待ってて ―――― 」
「アリスちゃん、待った」
「何よ、兵士長。 まさか、お城に入れないとか言うの? 侵入禁止だとしても、私は 入り込むわよ?」
「あー …… 確かに 侵入禁止だろうけど、そんなの 俺の権限で 何とかなるし、抜け道もある。 問題なのは ――――― コレだよ」
「……… 手紙?」
言いづらそうに、兵士長は 一枚の 折りたたんだ便箋を取りだした。
「これ…… 昨日、ノールが使っていた 便箋と同じ紙だわ」
「うん、ウサギさんから、俺宛てに書かれたものなんだ。 俺の 城内の自室に、いつの間にか 置かれてた」
「…… ノールから、兵士長宛に?」
どういう 風の吹き回しであろう。
確か、白ウサギは ずっと兵士長のことを 毛嫌いしていたはずだ。
ハートの国の《宰相》と 《兵士長》という、長年の知り合いで、お互い よく知っているから 余計にそうなってしまうのか。
ケンカというより 殺し合いを繰り返す、そんな 二人であったというのに。
「…… 中を、読んでみて」
「私が? あなた宛てのなのに、読んでもいいの?」
「アリスちゃんが読まないと、意味がない。 俺の言葉じゃ ――― 意味が無いんだ」
「………」
歯切れの悪い 兵士長の態度は、《良い報せ》でないことが明白だった。
冷たくなっていく 指先で、そっと その便箋を 開いていく。
昨日 目にしたのと同じ、白ウサギの 几帳面な文字が、そこには綴られていた。
「…… どういう、こと?」
文字を追って、手紙の最後まで 何度も読み返すが。
内容が、まったく 頭の中に 入ってこない。
「意味が…… わからないわ」
「…… アリスちゃん」
「だって…… どうして」
「アリスちゃん」
「確かに、様子がおかしかったわ…… だけど、なんで」
本当に、あの 白ウサギが。
こんなことを、兵士長に 書くのだろうか。
信じたくはない思いと、でも それが事実なのだという冷静な部分が、ぶつかりあって。
「とりあえず、一度 座るのだ…… 《カナト》」
ニコルが、初めて 名前を呼んでくれたことにも、すぐには気付かないくらい、揺れていたのである。
『この先、僕が宿には帰らなかった場合、おそらく 《動けない状態》であるはずです。
本来なら、よりにもよって あなたに、こんなことは死んでも言いたくはありません。
しかし、何よりも 大事な、カナトのためを考えれば、こうする以外に 良い方法は見つかりません』
白ウサギらしい、叶人のことを最優先にした結果、出した結論。
『今いる 護衛の中で、カナトを守りきれるのは、あなたしか いません。
だから、もし 本気で、誰かの護衛につく気があるのなら、僕の代わりに、カナトを守って下さい。
こんな体では、僕は 一緒には 行けません。
誰よりも 大切な彼女の 《願い》を、叶えてあげることが できません。
もっと、時間がある予定でしたが、これが 僕の限界なのでしょう。
カナトには、僕の こんな《ふがいない姿》は見られたくはありません。
仮に、彼女が 僕をさがそうとしたならば、あなたが 全力で止めてあげて下さい。
優しい カナトが、僕のことで、泣かないように。
自分の責任だと、自分自身を 責めないように。
僕を 護衛から 《解任》して、兵士長、あなたが 新しい護衛として カナトと契約してくれたら、僕は安心して 眠りにつくことができます。
あなたが、少しでも カナトのことを思ってくれるのなら。
彼女が 笑っていられるように、心を尽くしてあげて下さい。』
何度も読み返して、その度に 頭を殴られたような衝撃に襲われる。
手紙を見て、こんなに ぐったりしたのは 初めてだ。
「アリス様…… これを。 飲んで下さい」
「…… ありがとう」
オオカミ少年は、始めこそ 部屋をウロウロとしていたが、その後は 真っ先にキッチンスペースへと駆け込み、暖かい飲み物を淹れてきてくれた。
「そうよね、リーヤ。 まずは みんなで落ち着くことから…… って、あっついじゃないの!」
「だから、ゆっくりと飲んでって言おうとしたに、チャッキーが…… ぐはっ」
「こんな時でも ウルサイ連中なんだな……」
「――― ねぇ、馬場 幸志。 そういえば、あなたの 護衛は? あなたも 一人なの?」
こんな時であるのに、ふと 思いついたように 別のことが気になってしまうのは、もはや クセなのだろう。
「あ? 俺の護衛だと? …… 聞いて驚くなよ? 俺は、契約した次の日に、見事に 裏切られて、逃げられたんだ!」
「…… 想像どうりだね」
「うん、驚かなかった」
「コージーよ、そなたは 暑苦しいからな、仕方があるまい」
「うは~、コージー、ばんざーい」
「こら チョウチョ娘! バンザイじゃない!」
こんな時でも、変わらぬ 《仲間》というものは、たいそう 《心強いもの》なのだと実感する。
ああ、そうか。
今 確実に、自分は 一人ではない。
流されていきそうな 不安の波を、恐がっているだけでは 何も解決しないと 気付かされる。
「…… 状況の、整理からだわ」
どんな時でも。
自分の進む道を 考えるときは、まずは 混乱した頭をスッキリさせることから始まるのだ。
「ノール自身に、動けなくなるような 《変化》が起きているのよね? それは、いったい何かしら?」
「多分、白ウサギとしての 《ルール》を破ったことに対しての、ペナルティじゃないかな」
「ペナルティ…… それって、もしかして……」
白ウサギとして、してはいけない、最大のこと。
「まさか…… 《ウソをついた》ってこと?」
「そうじゃなきゃ、こんなに急速に、動けなくなるなんて 説明がつかないよ」
「そんな、ウソなんて…… 私が知る限りでは、一度も―――」
「《課題》のときではないのか? あの三日間は、それぞれが 別の場所にいて、別の課題をこなしていたからな」
「そう考えるのが 妥当だろうね。 例えば ――― ウサギさんに出された課題が、《ウソをつくこと》だったら?」
「………… え ……」
「課題をクリアするためには、ウソをつかなければいけない。 でも、ウソをついたら、《世界の掟》に 反する。 もし、そんな事態に直面したら――― ウサギさんなら、どういう選択をすると思う?」
淡々と、推測を語る兵士長は、さすがだと 感心するしかない。
おそらく、ほぼ その考えで合っているのだと 叶人も思う。
「ノールなら …… 」
無理だってしてほしくはない ――― そう言いなおした時の、あの ツラそうな表情が、これなら 納得できる。
「ノールは、課題のときに ウソをついた。 私が、課題に参加したから。 自分が クリアしないと、私まで不合格になると考えて、そうしたに違いないわ」
「ふむ…… しかし、肝心のことが 抜けているな。 確か、我の知る限り、白ウサギは 創世初期から存在している、いわば 《特別》な生き物のはずだ。 これまでの長い時間、ずっと生き続けてきたからには、それなりの 《特殊な能力》があるはずだが……」
「――――― 《懐中時計》ですよ、九十九番目のアリス」
室内に、突如 音も無く出現したのは、今では 懐かしい存在になってしまった、世界の《案内人》だ。
「案内人? どうして、ココに……」
「世界の均衡が崩れようとしている時、私は 必ず 現れます」
「均衡が崩れるって、ネバーランドの時みたいに? まさか、ノールが消えてしまうの?」
「消えはしませんよ、アリス。 白ウサギは、消えることはできません。 世界にとって 裏の《役割》がありますからね」
おっと、これ以上 バラしたら、私がペナルティを与えられてしまいます。
「けれど、それは 《懐中時計》があってこその、特殊な能力です。 あの時計が、いわば 彼の《命の時間》を止めていたのです。 しかし、彼は自らの手で、《時計を壊す行動》を取ってしまった ――― そして、彼の命は 進みだしてしまった、ということでしょう」
時計を壊す行動とは。
初めて会った時に、叶人を 敵から守るために したことだ。
「私のせいで……」
「ただ、もとから 白ウサギは特別ですからね。 些細なことでは、命が終るはずがありません。 たった ひとつ、ウソをつかない限りは…… ね」
「…… 決定的だな」
「ノールは、やっぱり ウソをついて…… それで……」
時計が壊れたことも、ウソをついたことも。
すべては、自分が 関わったせいで。
「白ウサギが ウソをつくことで、与えられたペナルティは、命の時間を 縮めることです。 その度合いも、世界の意志の 気分次第 ――― こんなに急に ダメになるということは、今回 相当なペナルティが 彼には与えられたということでしょう」
「そんな…… じゃあ、ノールはどうなるの? まさか、このまま ―――」
「今の白ウサギの体は、もう あまり長くはないでしょう。 そして、彼が 世界から消えたら、また 新しく、別の 《白ウサギ》が、彼の役割を継いで、世界に誕生する…… これが、この世界の仕組みなのです」
白ウサギが。
消える。
この世界から。
自分の前から。
自分のせいで。
「私は…………」
自分は、なにひとつ、できないのだろうか。
まだ、きちんとした お礼もしていない。
いつだって、彼は 助けてくれるばかりで。
自分は、そんな 優しい態度を利用して、相手からは 奪うばかりで。
そのうえ、弱った姿を見せたくないから、さがさないでほしい――― だって?
「アリスちゃん?」
「…… ふざけんじゃないわ」
腹の奥底から 湧いて出てきたのは、単純なる 《怒り》だった。
「ノールが 消えるとわかってて、私に 護衛を解任させるの? 何もしないまま、旅を続けろっていうの?」
「残念ですが、アリス。 あの状態になってしまった 白ウサギは、もはや どうすることもできません。 白ウサギの 言う通り、彼を 護衛から解き放ち、あなたは 新しい護衛を迎えて、旅を再開させる方が、両者にとって 有意義な……」
「――――― あなた、世界の意志の、部下なのよね?」
叶人は、静かに 案内人を見据えた。
「私…… 段々と、世界の仕組みを わかってきたのよ。 基本的に、世界の意志を満足させるように、世界の掟は作られていて、住人も そのように生活を強いられている。 理不尽なことだって、《ルールだから》という言葉で、すべて 片付けられてしまって、誰にも どうすることもできない」
そして、そんな 苦しみ 惑う姿を見ながら、ひとり 楽しく見物している――― それが、世界の創設者、世界の意志。
ブタの三兄弟が、いい例だ。
ブタであるからと、わけのわからぬ理由で、悪いオオカミに 襲われてきた。
そして、赤い実に手を出すまでになってしまったのは、ブタ達のせいだけではない。
「案内人 …… あなたは、アリス達に ルールを説明する反面、世界を監視しているのよね? じゃあ、何を監視しているのか ――― それは つまり、世界の意志の 《意向にそうように》じゃないかしら? 違う?」
「さて…… 何を言っているのか……」
とぼけても、無駄だ。
こうなった 叶人には、通用しない。
「最初から、順を追っていけば、ものごとは あらかた整理できるのよ。 そして、気付かなかったことにも、気付けるようになるわ。 あなたも同じよ、案内人。 あなたは、《正解》のすべてを、教えてくれるわけじゃないわ」
「考え過ぎでしょう、アリス。 あまり 人のことを疑うと、真実までも 見逃しかねませんよ?」
「ご忠告、ありがとう。 肝に銘じるわ。 さてと…… これで、確信を持てたわ」
「アリスちゃん?」
今の会話の中で、確信できた、小さなこと。
「ノールは、このまま 放っておいたら、ダメになるんでしょ? そして、これ以上 私には 何もできなくて、仕方なく あきらめて、旅を再開させる ――― これは、本当の 《真実》ではないってことよ」
「どういうこと? あたしには、何がなんだか、さっぱり……」
「簡単なことよ、チャッキー。 思い返してみれば よかったのよ。 案内人はね、世界の意志が望む、そんな展開になるように、うまーく 誘導しているってことよ」
「ふふ …… カナトよ、そなたが 《得意》とする分野だな」
「そうなのよ、ニコル。 まさか、自分で気付かないなんて、私も どうかしていたわ。 でも、気付いたからには……」
見逃すはずが、ない。
「ノールが ダメになることは、本当。 だけど、何もできない…… あきらめるしかないって部分が、おそらく 《真実》ではないのよ。 つまり、ものすごく 分の悪い賭けだとしても、ひとつくらいは、ノールを助ける方法が、ある ――― ただ、そうしてしまうのは、世界の意志にとったら、退屈で つまらない展開なんでしょう?」
だから、叶人を諦めさせる方向へ、話を持っていった。
白ウサギなど 見捨てて、新しく護衛を選び、旅を続ける。
そうすることで、叶人は この先 ずっと後悔を抱えたまま、過ごすことになるのだ。
誰かを助けながら、白ウサギを捨てたことに苦しみ、そのうち ゲームを放棄したくなる ――― そんな筋書きなのだろう。
「つまり、アリス様は…… 今のところ、誰よりもゲーム制覇に近い 《有力候補》であり、それを 潰すために、世界の意志は こんなことをしたと、そういう意味ですか?」
「正解よ、リーヤ。 もともと、世界の意志は、白ウサギのことを 気に入らなかったみたいじゃない。 真面目くさって 面白味がない。 だから 罰として、護衛という身分に 降格されたって聞いたわ。 今の ノールを、白ウサギにしておくのは 反対なんでしょうね。 だから、過大なペナルティを与えて、寿命を縮めて…… 世界の意志は、《新しい白ウサギ》の誕生を望んでいるのよ、きっと」
賢いとはいえない 脳みそをフル回転して、叶人は その結論に至った。
さて、案内人は、どう 反応するか。
「なるほど…… たしかに、あなたは 《脅威》となるでしょうね、九十九番目のアリス」
「褒め言葉として、受け取っておくわ」
「そんな あなたに、私から ひとつだけボーナスを差し上げましょう。 カギは、地下迷宮にあります。 詳細は、私などより…… そこの 兵士長のほうが詳しいので、あとで聞いて下さい。 では、また」
うっすらと ほほえんで、案内人は 姿を消してしまった。
「…… って、案内人は 言っていたけど」
「兵士長が知っているって、どういうことなの?」
「洗いざらい、吐いてもらおうか」
その場の 全員で、兵士長に詰め寄ったのは、いうまでもない。
前回の終り方が 寂しくて、慌てて 続きを書いてしまった水乃でございます。
いつものとおり、チェックはしたつもりでも、誤字・脱字等ございましたら ご一報下さい。
さて、我らが 主人公・カナトですが。
衝撃的な事実に 飲みこまれそうになりながらも、湧いて出てくるのは 《怒り》というところが、とても好きです。
白ウサギの 《手紙》部分は、自分で書きながら ウルウルしてしまいました。
相手のことを 考えたうえで出す、《離れる》という結論は、ただの別れよりも切ない気がします。 ただ、それを あっさり許さないのが、カナトという人物です。
次回、舞踏会は どこへやら…… 地下迷宮の説明と、女王様の登場です。お楽しみに。




