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九十九番目のアリス  作者: 水乃琥珀
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43.不審な 動き

 新章『地下迷宮編』が いよいよ始まります。

  どんなに、心を 尽くしても。

  どんなに、言葉を 重ねても。


  それが、必ずしも 相手に伝わるとは 限らない。

  むしろ、伝わらないまま 終ることの方が、世の中 多いのかもしれない。


  それならば、人は 何故 こんなにも 必死になって、伝えようとするのだろう。

  何故、ムダかもしれないと わかっていて、やめないのであろう。





「…… 夢、だよね……」


  父が、ほほえんで こちらを見ていた。

  今は、もう いないのに。

  夢でなければ、幻か 幻覚か…… どちらにせよ、現実的なモノとは かけ離れている。


「…… しっかり、しなきゃ」

  それは、常に 母から 言われ続けてきた 台詞せりふだ。

  そして、自分にとっての 《呪い》みたいな 言葉だ。

  二十七年間、体に染み込んでしまった、脅迫めいた 《感覚》。


  ――― いけない、少し ナーバスになり過ぎかな。


  ふかふかのベッドから 起き上がってみれば、寝るまでは 《無かったモノ》が 目に入った。

「これって…… !」


  ベージュ地に 小花柄の ワンピース。

  たっぷりとしたドレープに、二段になっている裾のフリル。

  丈は 膝丈で、袖は 五分そで。襟と袖口には 茶色の革でパイピングが 施されている。


  そして、ワンピースに合うような、スモーキーピンクの エプロン。

  茶色に サテンリボンの飾りが付いた、ニーハイソックス。

  ワンピースの下に着るのか、やたらと フリルの多い ペチコートらしきもの。


  ベージュ、茶色、スモーキーピンクで統一された、立派な 《アリス衣装》だ。

  上品で可愛らしい、その 凝ったデザインに、思わず 叶人も 釘付けになっていた。


  こんなのが 作れるのは、帽子屋しか いない。

  寝ている間に、彼が いつの間に 部屋に侵入したのか…… その点は 疑問であり、抗議をしたいところだが。


  とりあえず、目の前に 新しい服があるのだから、着なくては 勿体ない。


「うわぁ……」

  何故 サイズがわかるのか。

  どこもかしこも、着てみると ピッタリと 体に合うではないか。

  しかも、生地は よく伸びて、動きやすそうだ。

「あれ…… でも」


  ――― 靴が、無い。 靴だけが、無い。


「あ、そっか…… 帽子屋さんには、靴だけが 作れないって、言っていたわよね」

  だから、靴だけは、靴職人に頼まなければ…… と、考えていたことを 思い出す。



  帽子屋ネリィに 出された、《お茶会》という名の 課題。

  なんとか ギリギリで達成した 叶人には、そのご褒美として 《特別衣装を作ってもらえる》という 《権利》が与えられた。


  昨夜は 疲れきっていたために、宿に戻って お風呂に入り、すぐに寝てしまった。

  白ウサギの話だと、同じく 課題に参加した瑞樹と、コレクションを解放した 赤ずきん組は、同じ宿に泊まったらしい。


  今後の 服作りについて 話し合うために、今日 もう一度 帽子屋に向かうことに なっていた。

  一晩の間に、さっそく 一着 仕上がっているのだから、驚くべき スピードである。


「でも…… せっかくだけど、今ある この 《黒い靴》じゃ、合わないわよね」


  最初に与えられた 《初期装備》は、水色ワンピース、白のエプロン、白の ニーハイソックス、黒い靴だ。

  新しい衣装は ベージュや 茶色が主なので、黒い靴だと 浮いてしまう。

  残念だが、靴を 《新調》するまでは、おあずけになりそうだ。


「数日中には 裁判があるみたいだし、そろそろ 本格的に ドロップ集めを再開しなきゃいけないし」

  早いところ、靴職人を 見つけて、靴の制作を 依頼しなくては。


  …… と、そこまで考えて、ふと 《違和感》に気付く。

  ベッドルームの外――― 部屋全体が、妙に 静かなのだ。

  寝る前までは、扉に張り付くようにして、白ウサギが 《寝ずの番》をしていたはずなのに。

「…… ノール?」


  裸足のまま、ベッドルームの 扉を開ける。

  以前なら、名前を口にした瞬間、目の前に 飛んでくるはずの、白ウサギが―――。


「…… ノール…… ?」



  豪華な 内装に、広いリビングルーム。

  その、贅沢な 宿の一室は、がらんとしていたのだ。


  呼んでも、来ない。

  つまり、声が 聞こえる場所には、彼は いない…… ということを表している。

「何で……?」


  呼べば、来ると 思っていた。

  呼ばなくても、常に そばに いると思っていた。

  この世界に来て、今日で 八日目。

  そのうち、彼と 離れていた期間だって、あるはずなのに。


  いっきに、足先が 冷えていく。

  裸足だから…… ではない。

  急速に 重くなった 《心》に比例して、胃の中に 苦いものが広がるのがわかった。


  初めて、あの 白ウサギが…… 自分に断りもなく、離れた。


「……っ」


  不安になる方が、おかしい。

  白ウサギのことだから、何か 理由があってのことに 違いない。

  しかも、その行動の 《原点》には、必ず 自分がいるはずなのだ。


「…… 待っていれば、そのうち戻ってくるわよね?」


  朝食の準備をするために、彼ならば 戻ってくるはずだ。

  珍しく、早く目が覚めてしまったから、驚いただけであって。


  ――― でも、もし 戻ってこなかったら?


「…… そんな、冗談じゃないわ。 そんなわけ、ない」


  父の夢を 見たせいで、漠然とした不安が胸に広がる。

  あの日だって、そうだった。

  仕事に出かけた 父からの、一本の電話。

  公衆電話のざわざわした 音が、最後の 会話になってしまったこと。


  まさか、そんな。

  そんなはずは、ない。

  旅は、まだ 始まったばかりで、ドロップだって、二個しか 手に入れてないのだ。


「…… ノール」


  違うと、否定して。

  ノールは 違うと。 父とは、違うと。

  前触れもなく、どこかに 消えたりしないと。


「ノール…… ノール!」


  ――― 今すぐに、否定して!!!



「カナトッ!!」

  乱暴に 扉を開く音と 同時に、切羽詰まった声が 飛んでくる。


「カナト? カナト?」

  気が付けば、目の前には 見慣れた白いお耳が 見えた。


「何が あったんですか? どこが 痛いんですか?」


  元々 色白の顔が、真っ青になっている。

  青い顔に、銀髪と 白い耳…… なんだか、滑稽な姿だ。

「どこも、痛くなんか ないわよ?」

「そんなはずは、ありません! 痛くなければ…… 痛くないなら、どうして!」


  整い過ぎた、美形が 歪む。


「どうして ――― あなたは 泣いているんですか!」



  血を吐くような 白ウサギの叫びが、部屋中に 響いていた。







「…… 落ち着いたから、もう 平気」

「いいえ、まだ ダメです」

「大丈夫だから……」


  静かな 室内の中に、お互いの声だけが 聞こえる。

  豪華なソファに 移動してから、白ウサギは なかなか解放しようとはしなかった。


  自覚の無いまま 涙をこぼした 叶人を、白ウサギは 強引に 膝の上に座らせた。

  抱っこ状態に 慣れてきたとはいえ――― 普通の男女なら、かなり 際どい 態勢である。


「僕も、ようやく 理解してきました。 あなたの 《大丈夫》という言葉は、今後は一切 信用しません」

「ちょっ…… 何でよ?」

「大丈夫と言っておきながら、あなたは 泣くから―――」

「それは………」


  自分でも、何故 涙が出てきたのか わからない。

  泣くほど、不安になるなんて 馬鹿げている。

  こんな事くらいでは、普段 絶対に 泣かないのに。

「自分でも、ビックリよ……」

「そんな あなたを置いて、一人で外出したのが 間違いでした。 これからは、誰が 何と言おうと、どこまでも ついて行きます。 絶対に、離れません」


  どこまでも…… は、さすがに 遠慮してほしい。

  白ウサギの場合、ウソがつけないのだ。

  彼が 《どこまでも》と言ったら、本当に 《どこまでも》なのだ。

  それこそ、バスルームにだって、顔色ひとつ 変えずに、侵入するだろう。


「いやいや、それは やり過ぎよ? 大丈夫、ちょっと、イヤな夢を見ただけだから」

「僕は 決めました。 この 《決定》は、覆しません」

「ちょっと、何で 今日に限って、そんなに 頑固なのよ?」

「それは………」


  顔を覗き込んで、至近距離で 観察する。

  どんなときも、白ウサギは 美人だ。 キレイ過ぎて、怖いくらいに。

「それは…… それは……」


  ――― 《何でもない》と、言おうとしているのが わかってしまった。

  でも、その言葉は 口にできないのだろう。

  何でもなくは、ないから。


  ウソが 禁止されている 白ウサギだからこそ、その先の言葉が 言えない。

  言えない代わりに、ふっと 目をらした。


「…… ノール、あなた、何か私に 隠し事してるわね?」

「!!」


  次の質問にも、否定できないということは…… アタリだろう。 


  自分にも 隠すくらいの、重要なこと。

  それは、いったい 何だろう?


「…… いいわ、言えないことなら、これ以上は 聞かない。 でも、これだけは 忘れないで」



  私の 《護衛》は、ノールだけなんだから。


「カナト……」

  その言葉に、白ウサギは ツラそうな顔をした。

  まさか、そんな顔をされるとは 思っていなくて、内心 ひどく 動揺する。


  何で、そんな顔をするの?

  ノールこそ…… 何が あったの?


  目の前にいて、こうして 触れられる 距離にいるはずなのに、心は とても 遠い気がした。

  近付けたと、思ったことじたいが、間違えだったのであろうか。


  …… 否、そんなはずは、ない。

  こんな短期間であれ、確実に 自分たちの間に 《絆》ができていると、自信を持って 言える。


  それならば、何故?



「アーリスちゃーん、起きてる~?」

  外の廊下から、赤ずきんの 明るい声が 聞こえてきた。


「ねー、帽子屋さんに、行こうよ~。 あたしも、早く 新しい服が欲しいし~」

「え、チャッキーも 服作ってもらえるの?」

「何 寝ぼけたこと 言っているのよ、リーヤってば! あたしは、赤ずきんよ? 帽子屋さんだって、可愛いあたしに 服作ってあげたーいって、絶対 思っているはずよ!」

「…… 絶対ってのは、どうかな…… ぐはぁっ」


  …… なんだか、オオカミさんの 変な声が 聞こえた気がする。


「叶人さーん、起きてるなら 開けてー。 このままだと、リーヤが 死んじゃうかも」

「死なないわよ、リーヤは 狼だもの」

「いや、オオカミでも 死ぬ時は死ぬでしょ……」

「平気じゃないの?」


  宿の一角で、何をやっているのだ、あの 三人組は。


「…… 行きましょうか、ノール?」

「少しくらい、放っておいても平気ですよ」

「…… 前から 少し思ってたけど、あなたと 赤ずきんって、思考の路線が 似ているわよね?」

「に、似ていません! 僕の 《愛》は、あんな 《低俗》ではありません!」

「えー ……」



  憤慨する 白ウサギを無視して、とりあえず 朝食を済ませたのち、帽子屋に向かうことにしたのだが。


「………」


  白ウサギの 以前とは違う 《態度》が、叶人の 胸の奥底に、暗く沈んでいくのであった。

 年末に近付いてきましたが、相変わらず バタバタと 忙しい水乃でございます。


 さて、ようやく 今月分の一回目更新、終りました。

 今回より、新章『地下迷宮編』が スタートとなります。


 幕間で リーヤ君が明かしていた通り… ハートの城にまつわる謎や、白ウサギの 隠し事について、迫っていく章となる予定です。

 キャラ達の 新密度にも、どんどん変化が現れてくるので、お楽しみ頂けたらと思っております。


 次回は、シンデレラが 登場の予定……。

 皆様に、素敵な サンタさんが 訪れますように。

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