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九十九番目のアリス  作者: 水乃琥珀
44/75

42.それぞれの思いが 向かう先

兵士長、カナト、白ウサギの 三場面で構成されています。

ようやく、城下町まで 戻ることになりました。皆様、お疲れ様です。

  地面に 腰を下ろした兵士長は、目の前の光景を ぼんやりと見つめていた。



  赤い実は、昨日のうちに アリスと賢者が 燃やしたせいで、残ってはいない。

  しかし、木が 前の状態のまま 残されている以上、いずれ また赤い実が るだろう。


  もともと、栄養満点だった《満腹の実》。

  毒々しいほどに変えてしまったのは、イモムシの 暗い思いを 《呪い》へと変えた、おそらく 《空の者》の仕業 ―――。


  森に張られていた 《結界》は、賢者が 解いた。

  人々を惑わした 《イモムシ》は、アリスによって…… 今、《変化》という海を さまよっている。

  そして、命を狂わす 《赤い実》の呪いを、賢者が魔法で 浄化させている最中だった。


「…… あと、少しだ」


  ぽつりと 呟いて、兵士長は 顔を下げた。

  腕の中で、すやすやと眠っている――― 九十九番目のアリス。


  イモムシが 戦意を失った後。

  賢者は 当然のように、最後の仕事に アリスのチカラを使おうとした。

  呪いを浄化しない限り、この森の問題は 解決しない。

  アリス本人も、賢者を補佐しようと、自ら進んで 楽器を構えるのを見て……。


  今度こそ、兵士長は 動いた。

  黙ったまま、アリスの首元に 軽く衝撃を与え、気絶させたのだ。

  そのせいで、訳も分からぬまま ――― アリスは、兵士長に 抱かれて、おとなしく眠っている状態であり。


「…………」

  我ながら、少し 感情に振り回されていると 思う。

  冷静に、確実に、効率的に 動く。 それが第一であり、最善であったはずなのに。

  ムダは嫌いと 口では言いつつ、それでも ムダとしか思えないような 選択肢を選ぶ、このアリスに対して。

  抜け出せないくらいに、近付き過ぎているのは 事実だった。


  マズイ、と。 そう思う反面。

  どうしようもない 《何か》が、溢れだしそうになる。


「…… まったく、目を覚ましたら 殴られるのではないか?」

  魔法を使いながら、賢者が 顔だけを こちらに向けていた。


「その娘の 《意志》を無視して、強制的に 眠らせるなど……」

「悪いけど、元々 俺は、誰の指図も 受けないタチなんでね」


  自分が関わったことには、最後まで 責任を持つ ――― このアリスなら、考えていそうなことだ。

  だからこそ、やらせる前に、止めた。

「賢者さんなら、アリスちゃんの補佐が無くても、もう 充分に魔法で解決できるでしょ? …… わざわざ、最後まで アリスちゃんがチカラを使わなくたって、いいじゃないの」

  何のために、現れた 賢者なのだ。

  立派に 働いてもらわねば、割に合わない。

  ただの 変態マントなら、出会った瞬間に、速攻で 斬り殺しているべきなのだから。


「まったく…… そなたの、その 《かたくなな部分》も、もう少し なんとかならぬものか……」

「ちょっと、賢者さん。 俺の ナニを知っているというの?」

  たかだか、ちょっと 過去が見えたくらいで、知ったかぶりをするのは やめてほしい。 不愉快だ。


「やれやれ」

  呆れたような 表情をされて、いっきに 殺意が膨らむ。

  魔法使いなんか、大嫌いだ。

  昔から嫌いで、今 さらに、この男のせいで 嫌いになっている。


  やっぱり、この男は あとで 殺してしまおう。

  この森の一件が 片付いたなら。 あとは、自分にとって 必要ではない。

  不要なものは、捨てる。 殺す。

  アリスのように、《もったいない》とは 到底 思えない。


「変わることが…… 怖いのか?」

「は?」

  聞き捨てならないセリフというのは、まさしく 今みたいな 言葉ではないだろうか。

  アリスを 腕に抱きつつ、殺気は 最高潮へと 達するのがわかる。

「これこれ、すぐ 怒るな」

「いちいち 気に障ることを、賢者さんが言うからでしょ」

「怒るということは…… 図星なのだろう?」

「…… やっぱり、アンタ、ぶっ殺すわ……」

「やめておけ、兵士長。 無駄な勝負は しない主義だろう?」


  はっきりと、剣では敵わないと 断言されて――― ますます、怒りが こみあげてくる。

  一晩 寝ていないのは、兵士長も同じだ。

  空腹と 寝不足は、正常な判断を 鈍らせるもの。


「…… ん……」

  まるで タイミングをはかったかのように、腕の中のアリスが 小さく動いた。

  眠らせたのに、起こしてしまったかと。

  慌てて、アリスの様子を 覗きこんでみれば。

「…………」

「ほ~」


  自分の上着の 袖のあたりを、無意識に きゅっと握っているではないか。

  行かないで、と。

  可愛らしくお願いされているような、奇妙な 《錯覚》を起こしてしまう、この状況。


  兵士長は、今度こそ、あきらめの混じった 長いため息をついた。


  この娘に関わったのは、人生 最大の、《失敗》だ。

  それでいて、受け入れている自分がいるのは、確かであって。


  ああ、もう。

  …… 《降参》だ。

  このアリスには、負けた。 今後、どう頑張っても、勝てる気がしない。

  勝てない勝負は、しない 主義だ。

  それに、せっかく 《負け》を認めるのだから、相応の 《対価》がなければ やっていられない。


「…… 俺の 《負け》だよ、アリスちゃん」


  はなから、勝負になんて、ならなかった。



  『願いを 叶える人』――― そういう意味を持つ、名前。 カナト。

  初めから、勝てるわけがないのだ。

  惹かれるな…… という方が、無理な 話だったのだ。


「あ~あ……」


  認めてしまえば、その 説明のつかなかった 《感情》が、すとんと 胸に落ちてくる。

  何だ、こんなことだったのかと、拍子抜けしてしまうほど。

  初めて味わう 《それ》は、なんだか とっても むずがゆくて…… そして、暖かかった。


「ほ~ …… 《歴史的瞬間》に、我は 立ち会ってしまったようだな」


  ニヤニヤ顔の クソ賢者など、もう この際 無視だ。

「その娘は、苦労するぞ? なんといっても、自覚が無いのだからな」

「悔しいけど…… それには 同意するよ」


  どんな時も。 相手が 誰であっても。

  己の目指す 《その先》しか、見ていないようで…… いつだって 周囲のことを 見逃さない。

  こちらの 心のど真ん中を、真っ直ぐに突いてくる、その姿勢。

  鉄壁の 守りを誇っていた イモムシさえ、結局 引きずり出してしまう、その 強引さ。


  気が付いたときには、きっと、誰もが 心を 奪われている――― そんな娘なのだ。

  しかも、本人は 自分が 他人に与える 《影響》なんて、これっぽっちも 理解していない。


「まったく…… とんでもない、お姫様だよ」

  兵士長は、もう一度 アリスを抱きしめ直した。


  自覚して、受け入れて、認めてしまったならば。

  あとは、戦うのみ…… である。

  この、腕の中の 娘を手に入れるために、自分が やらなければいけないこと――― それを、考えるだけでいい。

「大変だ…… これから 忙しくなりそうだよ」


  問題は 山積みであっても、もう 今の自分には、なんの苦にも感じないだろう。

  新たな 目標を、見つけられたのだから。


「やれやれ…… これは また、面倒な事態になりそうだのう……」


  賢者のつぶやきは、眠る叶人には 届いていなかった。






「あれ…… 兵士長は?」

  叶人が 目覚めたときには、すべてが 終ったあとだった。


  彼の 赤いマントだけが、その場に残っているのに。

  本人は、いない。

「兵士長なら、少し前に 城に戻って行ったぞ。 裁判の手続きをするとか なんとか…… オオカミを 引きずっておったな」

「うわ…… 本当だ」


  地面には、何か 重いものを引きずった跡が くっきりと残っている。


「すべて、終ったぞ、アリス。 この森の 結界は解け、赤い実は 正常に戻り、イモムシは 《反省会》の最中だ」


  ニコルの言葉に、イモムシの様子を 確認してみると。

「なんだか…… キノコが たくさん生えてきそうな…… そんな感じよね」


  どよーんと、落ち込んでいるんだか なんだか、とにかく 自分の世界に 入り込んでしまったようだ。

「ちょっと、アレ 大丈夫なの? まさか、やっぱり また、自分の殻に 閉じ籠っちゃった――― とかじゃないの?」

「…… 少なくとも、今は 大丈夫と言えよう。 その証拠に、ほれ」


  黒いマントに隠れて 気付かなかったが。

  ニコルが座る すぐ真横には、両手で抱える大きさのキノコが 一つあった。

  緑色のベースに、蛍光オレンジ色の 水玉模様。

  あまり 食べたいとは思えない、へんてこなキノコ。

「ニコル…… まさか、これって……」

「そなたが 探していた、《水玉キノコ》で間違いないだろう。 このキノコは イモムシが隠し持っていたモノだ。 普通に 森を探しまわっただけでは、絶対に 手に入らなかったはずだぞ。 それから、もう一つ」


  今度は、綺麗にラッピングされた 箱だった。

「こっちは 《しましまクッキー》が入っておる。 二男ブタしか作れない菓子だそうだ…… だから、こっちも 《本物》であるぞ?」

「ほっ…… 本当に?」


  つまりは――― この森に関する、すべての 問題を解決しない限り、目当てのモノは 手に入らなかったのだ。

「アリス、兵士長、ブタ兄弟、そして 我。 ――― すべてが 揃い、それぞれが 各々の働きをして、ようやく この 《課題》は達成できるものだったのだな。 …… 帽子屋の、考えそうなことだ」


  何か 一つでも欠けていたならば、きっと 一つも 手に入れることなどできなかったに違いない。

「…… ブタさん達は? 作って 持ってきてくれたのに、もう帰ってしまったの?」

「彼らも、裁判の準備があるそうだ。 どうせ、数日後には 法廷の場で 顔を合わせることができるだろう。 …… お礼なら、その時に すればよい」

「そっか…… そうよね」


  苦労したわりには、最後は ひどく あっけない幕引き。


「それだけ、そなたは 集中して 頑張ったということだ。 そなたの姿を見たからこそ、ブタも、イモムシも、それから…… 兵士長まで、皆が 何かしようと行動したのだぞ?」

「…… そうなのかな……」


  とにかく 夢中で。 目の前のことしか、見えていなくて。

  何かが 少しでもズレていたら、自分は ここに、いなかったかもしれない。


  未来は、誰にも わからない。

  予想できたことも、常に そのまま 起こるとは限らない。


  だからこそ、できる限りのことをやって、少しでも 理想に近づくために、日々 行動していくしか 道はないのだ。

「…… ありがとう」

  今回、自分に 関わってくれた、すべての人に対して。


  みんな、ありがとう。 この経験は、絶対に 忘れない。

  救われているのは、いつだって 自分の方なのだ。


「…… 町へ戻るぞ、アリス。 今から向かえば、ぎりぎり 時刻に間に合うはずだ」


  ニコルに 促されて、叶人は 立ち上がる。

  そして、暗く沈んだ様子の イモムシに、最後の言葉を かけた。


「…… またね、イモムシさん」

  イモムシからすれば、もう二度と 会いたくはないと、思うのかもしれない。 けれど、それなら それで、いい。


  ただ、彼は これからも生きて、今までのことを伝えていく 《義務》がある。

  それが、自分との戦いに 負けた者としての、生きるうえでの 《条件》だった。


「今度 会う時には、もっと 違うことを話しましょう。 あなたの 話、もっと 聞きたいもの」

「…… ふん……」


  まともに 顔を見てはもらえなかったが、拒絶もされなかった。

  この短期間で 得られた 《成果》としては、充分すぎる 結果といえよう。

「ありがとう。 あなたに会えて、よかったわ。 だから――― またね」


  さようなら、ではなく。

  これからも 続いていく、《またね》という言葉が、自分からの 最後のメッセージだ。


  どうか、未来を そんなに簡単に、あきらめないで。


  すべてが 伝わらなくても、何か 少しくらいは、イモムシに 影響を与えることは できたはずだ。

  信じていれば、必ず 何かは 変わる。

  変わりたいと思うなら、なおのこと。


  自分の 思い描く 《未来》にならなかったとしても、それを 目指して 歩いてきた《道のり》は、決して消えはしないのだ。

  その 道のりこそが、《経験》であり、自分の 《財産》に いずれ変わる。

  

「帰りましょう、ニコル」

  そうして、行きは 一人だった叶人は、帰りは ニコルという賢者を引き連れて、帽子屋のある 城下町へと 戻るのであった。







  結局、叶人の到着が 一番最後になっていた。

  意外にも、一番乗りは ミズキであり、二番目が 赤ずきん組、そして 三番目が 白ウサギのノール。


  別れた 三日前よりも、さらに ボロボロになったミズキだが、不思議と 顔つきが 違っていた。

  理由は わからないが、何かを ふっ切ったような、覚悟を決めた者の 顔。


  課題を通して、彼は 何かを 見つけたのかもしれない。

  そう思うと、白ウサギの心は、ひどく 落ち着かなくなった。


「叶人さん…… 遅いね」

  椅子に 寄りかかっていた、ミズキが つぶやく。

「カナトは…… 必ず、無事に 戻ってきます」


  言いながら、胸の中心が 押しつぶされたように、苦しい。

  イタイ、苦しい。

  カナトのことだけを 考えて、カナトのことだけを 見て、カナトの声だけを聞いて…… 今すぐ、この 苦しみから解放されたかった。


  絶対などという、保障など、この世界には なにひとつ無い。

  だからこそ、離れることはしたくなかったし、もう今後は、誰が なんと言おうと、絶対に 離れてなんかやらないつもりだ。


  たとえ、カナト自身が、そう 願ったとしても。

  それなら、姿を隠して そばにいればいい。

  もう、離れられないのだ。 離れたら、離れた分だけ 苦しくて、痛くて、息ができない。


  殴られたって、蹴られたって、耳を掴まれたって。

  今の 痛みに比べたら、些細なものだ。 可愛らしい、カナトなりの 愛情表現なら、いくらでも構わない。



  せめて、自分の体が――― 自由に 動いているうちに。

  少しでも多く、たくさんのことを、カナトに してあげたい。


  もう、最後までは、そばに いられないだろう。

  カウントダウンの 始まりが、今日 はっきりと わかってしまったのだ。

  この先、あと どれくらい、この体が もつかは わからない。


  …… わからないから。


  だから、早く。

  帰ってきてほしい。



  ぎゅっと 目を閉じた 白ウサギの耳に、遠くから歩いてくる 叶人の足音が 届く。

「…… カナト!」


  いても たってもいられなくて、白ウサギは 夢中で、帽子屋の扉を開けて 駆け出していくのであった。    

 ハートの国の、《お茶会編》、これで ようやく終結となります。

 バタバタと せわしない最後となりましたが、ここにくるまでに さんざん長かったので、こんな終り方も たまにはアリかと…。


 課題に関する話は 終りになりますが、この物語は まだまだ 続いていきます。 しかも、少しずつ みんなに《変化》が 訪れたようで…。

 これからが、この物語の 本当の始まりといっても 過言ではありません。


 赤い人 ファンの皆様、お待たせいたしました。

 ついに、彼は 自覚しましたので、今後 恋のレースに ばりばり参戦してくれることでしょう。


 次回は、インターバルの予定。 誰の話になるのかは、皆様の ご想像におまかせします。 お楽しみに。


※性懲りもなく、他の連載を 増やしてしまった 大バカ者ではございますが、アリスに耐性のある方なら、他の作品も 抵抗はないと思われます。

 お時間のある方は、ぜひ 一度 お立ち寄り下さいね。

 

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