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九十九番目のアリス  作者: 水乃琥珀
42/75

40.ずっと 言いたかった言葉

 それぞれが、自分にできることを 自分なりにこなせば、結果など おのずとついてくるものです。

  『話をしましょう…… とは言ったけど、無理に 話せとは言わないわ』



  そんなことを 言い出す叶人の背後で、兵士長は 眉をしかめた。

「また、そんなことを言って…… バカじゃないの?」

「何がだ?」

「何がって…… あぁ、そうか。 賢者さんは 知らなかったっけ」


  時間に 余裕のある身分ではないのだ。

  多少 強引であろうと、無理やり 話をしたくなるように 《仕向ける》――― 今の状況ならば、その 《選択》が 正しいはずだ。

「あのね、アリスちゃんは、今は 帽子屋さんの課題の途中であって、期限までに――――」

「しましまキノコと 水玉クッキー…… であろう?」

「いや、それ 微妙に違う――― っていうか、賢者さん?」


  自分が アリスの元から離れているときに、アリス自身が 説明したのだろうか。

  いや…… 多分、だが。

  彼女は、この話は していないはずだ。 何故ならば。

「アリスちゃんて、肝心なところで 抜けているからね。 きちんと説明してそうで、抜け落ちていることが多数あり…… って、そんな感じ?」


  スラリと、音も無く 大剣を引き抜いて 構える。

  いくら 魔法使いといえども、至近距離の剣士の攻撃は さすがに防げないだろう。

「む…… 何の真似だ、兵士長? 妙な動きをするでない、アリスの気が散ってしまうではないか」

「妙な動きをしているのは、どっちだよ? ねぇアンタ、何で 課題の 《内容》を知ってる?」

「何でも何も…… 何故、そんなことを聞く?」


  何故 質問するのか…… というよりも、知ったところで どうするつもりだ、と 言われているような気がした。

「やっぱりな……」

  兵士長は、確信する。

  この男は、ただの 変態マント――― それだけでは、ない。

「アンタさ、何が 目的? 何のために、アリスちゃんに近付くわけ? 正直に言わないと……」


  ―――― 殺すよ?


  殺気を解放せずに、兵士長は ささやく。

  ニコルの言った通り、表だって 騒げば アリスの邪魔をしてしまうのだ。

  イモムシを攻略させるために 連れてきたのに、自らが妨害していては 話にもならない。

「まったく…… 柔軟な発想の持ち主かと思っておれば、そなた、頭が カタイぞ? 我は 賢者だと教えたであろう。 賢者というものは、何も 魔法を使うだけが すべてではない」

「…… どういう意味?」

「はぁ、疑り深い男だな。 ケツの穴の小さい男は、女性にはモテぬぞ?」

「大きな お世話だよ…… っていうか、アンタにだけは そんなこと言われたくないね」


  趣味が 最悪、セクハラまがいの マント男に、《モテ定義》の 云々を語ってほしくはない。

  自慢ではないが、これでも ご婦人方には 大人気…… 女に不自由したことは、今までに 無いのだ。

  道を歩けば 女が寄ってくる。

  視線を向ければ 誰もが 《その気》になり、甘くささやけば 女なんて 意のまま。

  それが、日常 ―――― 目の前の、アリスに出会うまでは。


「経験豊富とは 名ばかりだな、兵士長。 そなた、実は 《初恋》も済ませてはおらぬだろう?」

「…… はぁ!?」

  思わず 斬りかかりそうになったところを、なんとか とどまった。

「ちょっと、賢者さん? そんなに 死にたいの? そもそも、話が脱線してるんですけどね?」

「おぉ、そうだったな、この話は また 《別の機会》にするとしよう」


  ――― ふざけんな、二度と するか…… した時には、今度こそ 迷いなく殺してやる。

  理性で 怒りを抑えつけ、兵士長は 話を戻した。

「魔法だけではないって、どういうこと?」

「あぁ、我はな―――― えるのだ」

「は?」


  大剣を構えているのを 気にもせず、ニコルは前に すっと動いた。

「触れずとも だいたいのことは 視えるが……」

  あろうことか、兵士長である 自分が。

「こうして 直接 触れれば、より鮮明に 視ることができる」

  あっさりと、マント野郎に 手首を掴まれている、この 事実。


「な……」

  間抜けだが、動揺してしまった。

  丸腰の 露出狂に、動きを封じられるなんて、剣士として あるまじきことだ。

「み…… 視えるって…… 何が視えるんだよ?」

  必死で 態勢を立て直そうと、兵士長は 何とか 言葉だけは続ける。

  そんな 相手のことなど お構いなしに、賢者は 相変わらずのマイペースだった。


「む…… 水玉なのは クッキーではなく、キノコの方であったか。 ほう…… ふむ。 そうか……」

  掴まれた手を払いのけて、ニコルの瞳を 凝視すると。

  紫の アメジストを連想させる瞳は、色を失って 白く見える。

「おい…… アンタ……」

  意識だけを遠くに飛ばしたような、どこか頼りない表情は、自らの 記憶の底にある 《彼》を思い出させた。


  くそ……… やっぱり、魔法使いなんて、大嫌いだ。

  イモムシ事件が終ったなら、やっぱり 殺そう。 こんなヤツ、不愉快だ。


  胸に 広がる 《苦い味》をなんとか やり過ごして、もう一度 ニコルに視線を戻してみると。

  いつの間にか、彼は すたすたと 歩きだしていた。

「ちょっと…… どこへ行くんだよ!?」

「ん? そなたは、そこで待機だ、《持ち場》を 離れてはならぬぞ」

「持ち場って…… アンタ、何を言って……」

「―――― 守るのだろう?」


  顔だけ こちらに振り返り、ニコルは ぽんと言葉を投げた。

「今のアリスなら、我が ついていなくても大丈夫だ。 何かあっても、兵士長…… そなた 一人がいれば、助けてやれる。 我の 《本当の出番》は、《そのあと》だからな」

  言いながら、再び 足を進めて、辿り着いたのは ブタさん三人組の前だった。


「その時までは、まだ 時間がある。 我は、我にできることをやるまでだ。 …… そうだろう、ブタの若者たちよ」

  座り込んで、アリスを見つめる ブタ兄弟。

  その中の 一人…… 二男ブタに、ニコルは 狙いを定めた。


「ちょっと、賢者さん?」

「そなたに、聞きたいことがある。 …… ケイ、そなたは 《菓子職人》であったな?」

「何で、俺の 名前を……」

  驚いたのは、名前を呼ばれた 二男だけではなかった。


「マント男…… てめぇ、何で……」

「説明は、後回しだ。 今は 時間が無い。 アリスのためを 思うのなら、どうか 協力してくれぬか?」

「アリスのためって…… どういうこと?」

  長男 三男も、困惑顔で 賢者を見ている。


「アリスには、手に入れなければならぬモノが 二つある。 そのうちの 片方を …… ケイ、そなたならば 知っているはずなのだ」

「俺が 知っているって…… いったい、何の話だ?」

「―――― 《しましまクッキー》のことだ」

「!」


  明らかに、はっきりと 二男ブタの表情が 変わった。

  はじかれたように、賢者に詰め寄る。

「知っているも なにも…… それは、《ウチの商品》だ! 俺が作った―――― 俺の 菓子だ!」

「――― 類似品が 他にもある可能性は?」

「それは ない、少なくとも この地域…… ハートの国では、ウチの店だけが 販売の許可と権利を持ってる。 女王様が 死んで交代でもしない限り、変わっていないはずだぜ」


  的確な答えを 真っ先に返したのは、意外にも 乱暴そうな長男だ。


「あぁ、じゃあ それは信用してよさそうな情報だね。 ウチの女王サマは、死なないでピンピンしてるから」

  正確には、死んでも 死にきれないような、呪いがかけられている…… ことは、誰も知らない 秘密である。

「ふむ、それなら 問題は解決だな。 ケイよ、そなたの協力が 今こそ必要だ。 アリスのために…… しましまクッキーを、作ってはくれぬか?」


  ニコルの言葉は 淡々としていても 冷たい感じはなく、静かに ブタ三人組の 胸の中に落ちていく。


「…… 確か、そなた達の レストランは、この森から そんなに離れてはいないだろう?」

「マント男…… どうして、そんなことまで 知って……」

「だから、種明かしは すべて後だ。 三人ならば、我の魔法で 《転送》できる。そうだな、遅くとも――――」


  課題の三日目、最終日である…… 明日の 昼頃までに。

「しましまクッキーを…… 作れるか?」


  それは、確認であり、試しているようにも聞こえた。

  まだ 完全に、赤い実の 呪縛が、解けたわけではない。

  赤の森の 呪いは、イモムシを倒さない限り、終らない。


  それでも。

  小さなアリスを 信じると言った、その 《思い》が 真実ならば。

  ナマの肉を食べたいという 《誘惑》と、襲いくる 強烈な 《空腹感》に打ち勝って、菓子作りをできるはずだ。

  それは、すなわち――― 兄弟 三人にとっての、再生の 一歩。

  暗闇から 抜け出すための、必要な 儀式。


「…… できる」


  二男ブタは、かすれた声で つぶやいた。

  その声を、長男が繋ぐ。

「あのクッキーは、特殊な材料が 必要なんだが…… 何とか 揃えてみせる」

「僕も…… かまどの準備とか、できることを 手伝うよ!」


  またたく間に、三人組の頬に 生気が戻ってくる。

  これが、今まで 赤の森に出没していた《赤い兄弟》だと、いったい 誰が信じるだろうか。


  たった一人、アリスが 現れただけで。

  ほんの少し、彼女が 関わっただけで。

  こんなにも、誰かが 変わっていく。 立ち止まったままの場所から、動きだそうと もがきだす。

「明日の 昼までに、絶対に作り終える! アリスだけの ためではなく――― 」

「俺たち、兄弟のために!」

「約束するよ!」


  その様子を 確認して、ニコルは 腕を軽く上げた。

「では、クッキーの件は まかせた。 …… ほれ、行ってくるのだ。 そなた達の、責務を果たせ」


  そして、光も 風も、何もなく。

  ただ――― ブタ三人組だけが、その場から 忽然と 姿を消していたのだった。




「話には、聞いていたけど……」

  兵士長の 城の主、ハートの女王は、言わずと知れた 魔法使いだった。

  魔法使いにも 《特性》があり、誰もが 同じ魔法を使えるとは 限らない。

  攻撃的な魔法ばかり 好んで使う者、人を惑わすような 厄介な魔法を使う者、生活に便利な魔法を優先する者…… と、様々だ。

  中でも、空間を移動する 《転移魔法》は、存在は有名だが 使える者はいないと噂されていたのに。


「当たり前だ、おいそれと 気安く使う魔法ではないからな。 我とて、緊急事態と思えばこそ、使用したのだ」

「ふ~ん…… 緊急事態、ねぇ……」

「む、何だ 兵士長? そなた、まだ 我を疑っておるのか?」


  心外だと 言わんばかりの表情をされても…… 格好からして 怪しさ全開なのだから、仕方がないだろうと思う。

「じゃあ、質問するけど。 賢者さんは、何で アリスちゃんに 協力するの?」


  それとも――― 協力する 《フリ》をして、本当は 彼女を 《利用》しようとしているの?



  静かな 威嚇に、ニコルは やれやれと肩をすくめる。

「そなたと 一緒にするでない。 我は、我の 《生き方》にのっとって、行動を……」

「…… ますます、怪しいんだけど?」

「難しい 話しではない、もっと単純なことだ。 アリスは言っていたであろう、自分は 《気に入らないから、戦う》と。 その言葉を借りれば、ちょうど 逆になるな」

「逆というと?」


  ――― 《気に入ったから、助太刀する》…… ただ、それだけのことだ。



  曇りのない 瞳で告げられて、兵士長は ますます 気分が悪くなった。

「…… 俺は、やっぱり アンタのこと嫌いだね」

  兵士長の 嫌いというのは、すなわち 《殺す》に直結するのだが。

「問題ないぞ、我は そなたのような 《不器用な男》も 大好きだ。 そのうち 仲良しになれるとも」


  だから、何を根拠に、そんなことを言えるのか…… だいたい、仲良くなんか なりたくもない。

  言い返したかったが、兵士長は 諦めた。

  口では 負け知らずだったはずなのに、この賢者に関しては、どうにも ペースが掴めない。


  もう これ以上、深入りするのは やめよう。 無駄なことは、しないのが 鉄則だ。

  さっさと 自分の中で ケリをつけて、再び アリスとイモムシの戦いに 意識を戻す。


「ふふ…… 未来を否定する者が 勝つのか、未来を 諦めない者が ひっくり返すのか――― どちらも 大バカ者ならば、我は 小さなアリスを応援するぞ」


  先のことなど、誰にも わからない。

  予測することは、できたとしても。

「わからない…… だからこそ、この世は おもしろいのだと、イモムシも 早く気付けばラクに生きられるのに。 …… 損をしておるな、なんとも勿体ないことだ」


  言いたいことだけ言って、賢者は 木の根元に ちゃっかりと座り込んだ。

  兵士長は、さすがに 座る気にはなれない。

  少しでも、目の前の――― 九十九番目のアリスという 《存在》を、知ってしまったから。

  顔には 余裕の笑みを張り付けて、そのくせ 足は かすかに震えている ――― そんな アンバランスで 危うい後ろ姿に、気付いてしまったから。


  放っておけないなんて、どうかしている。

  利用して、捨てるだけの 駒なのに、目が離せない。

  意識ごと、もっていかれるなんて 許せないはずなのに。


「あぁ、もう…… 何から 何まで、予定が 狂いっぱなしだよ」

  始まりの地で アリスと出会ってから、運命の歯車は 回りだしたらしい。

  回りだしたのなら、容易には 止められない。

  止められないのなら、乗っかるしかない。

  気付かないフリは、しない主義だ。 いつだって、状況を 的確にとらえてこそ、勝利を掴むことができるのだから。

「見守るだけ、なんて…… 俺の ガラじゃないんだけどね」


  それが、今の 《彼女》の願いなら。


「たいへん 不本意では ありますが…… 騎士のはしくれとして、叶えて差し上げましょうかねぇ」


  諦めにも似た ため息を漏らして、兵士長は 叶人の背中を 見つめ直していた。





「…… なにやら、後ろが 騒がしいようだな」

  苦虫を噛み潰したような顔で、イモムシが言う。

「あぁ…… ニコルのことは、気にしないでちょうだい。 あの人はね、きっと 普通の人では理解できないような、突き抜けちゃった感覚の持ち主なのよ。 うん、そうなんだわ」

  ひどい表現だが、凡人でないのは 確かだ。

  ☓☓と 天才は 紙一重というが、ニコルは 間違えなく その《中間》に位置するのだろう。


「ふん…… 随分と、薄情なアリスだな」

「あら、当たり前じゃない。清く正しく美しいアリス…… なんて、存在すると信じていたわけではないんでしょう?」

「無論、アリスに限らず…… この世は、汚れきっている」

「否定はしないけど、肯定も できないわね」

「…… 何故、そう言える?」


  そう考えるだけの、根拠を示せ。

  そう言われているのが 感じ取れたから、叶人は 間を置かずに すぐに答えた。


「だって、汚れている――― それだけじゃないのを、私は知っているからよ」

「…… 何だと?」


  綺麗なものばかりではない。

  自然も、人の心も、それは すべて同じで。

「綺麗なものばかりではないけど、汚いものばかりでもないわ。 どんなことにも、必ず 《両面》が存在する…… それは、どの世界の どんなモノにも当てはまる、《真理》なんじゃないかしら?」

「理想論だな、そんなもの」

「あら、そうかしら? もし、本当に そうだと思うなら、あなた…… かなり、人生を 《損》してると思うわよ、イモムシさん」


  叶人は、わざと 茶化した言い方をして、反応を窺った。

「それにね、傲慢だと思うわ。 物事を 片側からしか見ないなんて、それで どうして、判断できるの? 両面から とらえてこそ、物事の 《本質》が見えてくるって――― 私の世界の 昔の偉い人が言っていたわよ?」

  なんとも いい加減な、誰かの言葉の 《引用》に、イモムシは不快感を露わにする。

「小娘ごときが…… 調子に乗って、ワシに説教する気か」

「じゃあ、あなたの目には 映らないのかしら……?」


  世界は、本当に 汚いものしかないのなら、ここまで 世界が 続いているのだろうか。

  《何か》が あるからこそ、明日を迎えられる。

「あなたが言うように、世界に 何も無いなら、私だって そんな世界イヤよ」

「何かがあると、本気で信じているのなら…… アリス、お前も 相当な 《愚か者》だな」


  夢見る 阿呆だと、鼻で わらわれてしまった。

  まあ、仕方がないか。

  この程度の 《抵抗》なんて、最初から 予測済みだ。 驚くほどでも ない。


「愚か者で結構よ。 愚か者…… いいじゃない、気取っているのなんて、性に合わないわ」

「これは これは、開き直るとは なんとも豪胆なアリスもいたもんだ」

  明らかに 侮蔑の言葉であっても、叶人にしてみれば 《可愛いもの》だった。

  自らの母から 飛び出す言葉ほど、心を ズタズタに 裂くものはない。

  それを 思えば、うっかりと 笑いさえ浮かんでくるから 皮肉だ。


  ちょっとや そっとの 言葉では、自分は とうに 傷付かなくなっている。

  そんな 《耐性》を 植え付けてくれた母に対して、感謝するべきなのかもしれない。

「ほんと…… 笑っちゃうわ」


  無駄な時間ときなど、本当は ひとつだって無い。

  己の 《ちっぽけな経験》だって、こうして 何かの役に立っているのだから。

「だから、私は…… 世界を 諦めきれないのよ」


  百ある 《不幸》の中に、《幸せ》なんか 一つしかないのかもしれない。

  次の 幸せを見つけるまでに、千の 不幸が待っているのかもしれない。

  この世は びっくり箱であり、商店街の ガラガラと回す 《福引》のようだと、どこかの作家が語っていた。

  ハズレばかりで、アタリなんて 入っていないのかと 疑ってしまう――― 人生というものは、それに似ている、と。


「私ね…… あなたが 《幸せ》なら、別に わざわざケンカ売ったりなんかしてないわ」

「…… 何だと? 小娘…… 何が、言いたい?」



  探るような イモムシを意識しながら、叶人は 静かに 《次の段階》へと進む 。


「あなたの これまでの《人生》なんて、私は 知らない。 どんな 体験をして、どんな 経験を積んで、その結果…… こうして、人様を巻き込んで、苦しみへと 道ずれにするようになったのか――― 今の時点では、何一つ 情報が無いわ」

「ふん…… 知らないくせに、ワシの行いを 一方的に責めて、批判して、あげくのはてに 倒そうと向かってくるのか? それが、アリスとしての 特権で、許されている 行為だとでも 言うつもりか?」


  つけ入る隙を 見つけたかのように、イモムシは たたみかけるように 言葉を繰り出す。


「汚いモノばかりではないと、どうして 言い切れる? ワシが見てきた 世界も、生きている 命たちも、キレイなままであるなら 誰も苦しまずにすむんだ。 それが、どうだ? 苦しんで、傷付いて、諦めていくしかない者たちの 《絶望感》を、貴様は 《否定》できると言うのか?」


  …… できるわけがない。

  それぞれが 抱えてきた 《思い》を、誰かが 否定するなんて できない。

「ワシは、何か 間違ったことを していたと? 傷を持った者たちが 集まり、やがて 苦しみを忘れて 《安らぎ》を求めていくための、いわば 《手助け》をしていたたげだ。 無理強いをしたことなんて、一度もないぞ? 彼らは 自分の判断で 森に入り、ワシの存在を求めて、最終的に 《赤い実》を手にすることを 選ぶんだからな」


  苦しいのは、自分だけではない。

  赤い実を食べれば、すべて 忘れられる。

  みんな 一緒だから、迷うことはない。

「明日という 《未来》に、いったい どんな 希望がある? …… 他のことなど 何も考えられないような 《絶望》を、知らないから言える言葉だな」

  

  絶望。 ――― 希望が 絶たれること。

「ラクになりたいと…… 苦しみから 逃れることが、どうして いけない? ボロボロになって、ようやく 森に辿り着いた 若者たちに、《逃げずに頑張れ》と 言うのか? 助けを求めてくる手を、振り払えと? ワシには、わかる。 自分では どうしようもない事で、どうしようもないから、壊れるしかないということが」


  冷たい空気が、叶人と イモムシの間を 駆け抜けていく。

  勝ち誇ったような表情を 浮かべ始めたのは、イモムシの方だった。


「絶望を知らない、無知な アリス。 貴様には、ワシを 罰することなんかできない」


  それは、少し前に《あなたには、無理》と言った 叶人に対しての、反撃なのだろう。


「ここに来た者は、安らぎを手に入れ、いつしか 砂に還る。 考え方を変えてみれば、ひどく 《合理的》だと 思わないか? それを 見届けるのが、ワシの役目であり、ワシだからこそ できることだと思っているのが…… 違うと?」


  何をもって、否定するのか。

  否定なんて できるはずがない――― 確信した 言い方は、その場の雰囲気を 塗り替えていくようだった。


「………… そうね」

  やはり、イモムシは 手強い。

  このままいくと、あっという間に 飲みこまれてしまうのが オチだ。

  反論らしい 反論もできぬまま、彼の言葉だけが 《真実》となり、焦って 下手に言い返せば、それは 自分を追い詰めることにもなる。


  さすが、森の主と 呼ばれるだけはあった。

  多くの命たちを 惑わしてきた実績は、伊達ではない。


  緊張から、冷たくなっていく指先を気付かれないように、呼吸を整えた。

「あなたの 《言い分》には、とりたてて《欠点》がないから ――― だから、誰もが 攻めあぐねるのかもしれないわね」

「…… 欠点がないと認めるなら、これ以上 ワシを負かすことなど できないはずだ」

「一般的には、そういう流れになるんでしょうけど」

「…… 個人的には、違うと?」


  当然よ――― そう 答える代わりに、ほほ笑んでみせた。

  白ウサギが 目の前にいたならば、きっと 頬を染めて 地面をゴロゴロ 転がるくらいは、上手く 笑えていたと思う。


「後ろ向きだろうが、否定的だろうが――― それが あなたの出した 《結論》なら、私は 何も言わないわ。 でも…… 違ったから。 違うように…… 私には、見えるから」


  だから、気に入らないと 思った。

  イモムシの顔を 最初に 目にした時から、ずっと言いたかった――― 用意していた 言葉を、叶人は ここで使う。



「あなたは ――― どうして そんなに 苦しそうなの?」


  わずかに 揺れ動いた イモムシの体を、叶人は 見逃さなかった。 

 皆様に支えられて、40話目になりました。

 話の内容的には、相変わらず 《亀の歩み》ですが、気負わず 楽しみながら、これからも続けていくつもりです。


 そろそろ、ニコルのことが 気になってきた方 いませんか?(笑)

 おかしいなぁ… 個人的には、ものすごく好きなのですが、どうにも 皆様の反応が イマイチでして。 やっぱり、格好でしょうかね?


 さて、いよいよ お茶会編もラストスパート、カナトの言葉は イモムシに届くのか?

 変化を見せ始めた 兵士長は? …などを予定しております。次回も お楽しみに。

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