4.≪護衛≫を選ぶ 基準とは
冒頭は ≪白ウサギ≫の視点から始まり、そのあと 主人公視点に戻ります。
そんな顔を しないでほしい。
そんな顔をしてもらうために、助けたわけではない。
無意識に、胸のあたりに手を当てた≪アリス≫を、今すぐ 抱きしめてしまいたかった。
彼女は、自分が今 ≪どんな顔≫をしているのか、きっと気付いていないのだろう。
常より ≪野蛮人≫と称している ハートの≪兵士長≫は もちろんのこと、男女問わず、今のアリスの表情を見たら 正気を保てないはずだ。
…… 可愛らしくて、他に 言葉が見つからない。
「あぁ……… 僕は何て幸運なんでしょう」
相変わらず続いていた エースの攻撃も適当にかわしつつ、顔は勝手に にやけてしまう。
確かに、懐中時計は 自分にとっての『大事なモノ』であり、それを失った事によって≪特別な能力≫も 失ってしまったのだが。
白ウサギは、露ほども 後悔などしていなかった。
むしろ、飛んでくる矢から アリスを救えた事、救えるモノが 手元にあったことに対して、歓喜しているのに―――― 何かを言いたそうにしていた≪案内人≫の顔色を、アリスは 正確に感じ取ってしまったようだ。
自分のせいで、懐中時計を失わせてしまった……と、彼女は責任を感じているらしい。
壊れた理由は 事実ではあるが、これは 自分で望んだことであって、彼女に 非は無いというのに。
こんな事くらいで 胸を痛めているなんて…… 何て 繊細で、心優しくて、おまけに可愛らしいのだろう。
白ウサギは、その 神々しい美貌を崩して、つい うっとりとしてしまう。
腕の中に閉じ込めて、今すぐ 頬ずりしたい衝動に駆られたが、かろうじて ぐっと堪えた。
代わりに、熱い視線を送るくらいは 許してほしい。
二歩くらい 叶人が後ずさりをしたが、よもや 自分に対して引いている…… とは 考えない白ウサギであった。
「待っていて下さい、アリス。 目の前の ≪赤い野蛮人≫と、後ろから ノコノコ出てきた≪気色悪いゴミ≫など、すぐに消してあげますからね」
語尾が甘くなってしまうのは、不可抗力である。
彼女に罪を問うならば、可愛らしすぎることだけだ。
甘く蕩けた言葉からは一転、あっという間に 吹雪のごときオーラが 白ウサギを包む。
「…… 僕たちの 愛の門出を邪魔する 不届き者は―――― 消えてしまいなさい」
叶人の背後に現れた≪気色悪いゴミ≫に向かって、白ウサギは躊躇うことなく 短剣の切っ先を向けた。
今更だが、すごく おかしな事になってしまった―――― と、叶人は ぼんやりと思う。
理由はわからないが…… 知るのも恐ろしい気がするが、≪白ウサギ≫殿は、自分のことを ことのほか気に入ったらしい。 …… というか、気に入り過ぎて、すでに変な方向へと 走り出してしまったようだ。
とりあえず、飛んできた矢から 救ってもらった礼は、後で しなければならない。 どうやら大事なモノまで 失わせてしまったみたいだし、相応の礼が できるかどうかは 別としても。
愛の門出って…… 何だ。 突っ走りかたが、尋常ではない。 やはり、恐怖の≪みーちゃん≫様に 通じた部分がある。
とにかく、一度 状況を整理しなければ。
どんな時でも、人間関係の把握は 生き残るためには 重要。 周囲の人物たちを もう一度おさらいしてみよう。
まず、誰にも 与さない、中立の≪案内人≫。
それから、どう見ても 害をなすであろう≪兵士長≫。
さらに、考えようによっては、この場にいる中で 唯一味方になりそうな≪白ウサギ≫。
そして、新たに背後から現れた……… ≪第四の人物≫。
「…………… 誰?」
まともな説明をくれそうな 案内人に、一応尋ねてみた。
できるなら、あまり 直視はしたくない。
白ウサギが ≪気色悪いゴミ≫と表現したのも、あながち間違ってはいなかった。
「彼は、≪四十三番目の アリス≫ですよ」
第四の人物…… 四十三番目の アリスとは、どこから見ても 疑いようのない 完璧な≪男≫だった。
「アリスって…… 男の人でも、可能だったんだね……」
遠い方角を見てしまうのは、彼の 性別のせいではない。 彼の≪恰好≫に、大きな問題がある。
≪アリス≫特有の エプロンドレスは、男であっても ≪標準 装備≫になるらしい。
水色ワンピースに 白エプロンの 叶人に対して、彼は ≪緑のワンピース≫に ≪黄緑色のエプロン≫であり、たくましい足元は≪黄色のニーハイソックス≫と、ストラップの付いた≪深緑色の靴≫。
カメレオンでも 目指しているのだろうか? もしくは、色合い的に≪迷彩服≫のつもりなのだろうか?
「いやぁ~ いつ見ても、目がチカチカするよな~」
のんきな感想は、もちろん エースである。 悔しいが、その意見に一票を投じたい。
男アリスは、少し斜め上から 叶人を見下ろし、初めて 口を開いた。
「よぉ、新入りアリス。 ビギナーのくせして、護衛二人を 手玉に取るってのは、どういうこった?」
短い 金の髪、ぎょろっとした青い瞳、筋肉モリモリの マッチョな体―――― この外見で エプロンドレス着用なのだから、この≪世界の意思≫とやらは、相当な ゲテモノ好きといえる。
「俺は ≪四十三番目のアリス≫で、バルドって名前だ。 今 参加中の中じゃ、けっこうな古株だぜ?」
確かに、叶人の≪九十九番≫から比べたら、かなり 若い番号だ。
それだけ長く この世界に留まり、ゲームに慣れたベテランだと うかがえる。
バルドの後ろに控えるのは、おそらく≪護衛≫なのだろう―――― 金髪グラマーの美女が見えた。
彼女の手には、大ぶりの弓矢がある。 叶人を狙って射ったのは、彼女のようだ。
「口を慎みなさい、ゲテモノ風情が」
刃よりも鋭い声は、白ウサギのものだった。
「おいおい、そんな小さなナリして、強がってどうする? ナイト気取りもいいとこだが、その様子じゃ、正式に ≪護衛≫として認められてねぇんだろ? …… 話にならねぇな」
「彼女は、僕の≪アリス≫です。 他の男を 選ぶなんて、あり得ない」
自信たっぷりに 宣言してくれるが…… 叶人には、返す言葉が無い。
とりあえず、≪大きくな~る≫の薬瓶は、ぎゅっと握りしめておいた。 念のために。
何も言わないのが 一番だ。
下手にしゃべって、余計な≪誤解≫やら ≪妄想≫に走られても困る。
「ハッ…… だっせぇな、≪白ウサギ≫。 こんな モヤシ野郎が、護衛の中でも 上位に入っているなんざ 冗談としか思えねぇ。 まだ、後ろの≪兵士長≫の方が、殺し甲斐があるってもんだ」
「え、なになに、俺のこと? 噂の≪四十三番目≫に褒められるなんて、光栄だなぁ」
「僕は モヤシではなく、≪白ウサギ≫です!」
突っ込む箇所は そこなのか、白ウサギ。
「え~と…… ≪四十三番目≫さんは…… 結局 何をしに来たわけ?」
できるならば 放置したい面々だったが、自らの身が狙われたこともあって、無視はできない。
用が無いなら ただちに帰りやがれ―――― という、本音は閉まっておくが。
「何か…… だって? そんなの、考えればわかるだろ? お前を 潰しに来たんだよ」
「潰しに…… って、私 害虫ではないんだけど。 そういう目に遭う 理由も無いし」
「ゲームの説明は 聞いただろ? 俺たちは ≪感謝のドロップ≫を集めるために、各地を旅してるって」
もちろん、先程 案内人から聞いたばかりだが。
「今 参加してるのは…… ざっと三十人。 まぁ 早い話、邪魔なんだわ…… その人数が」
「……… 邪魔?」
「そ、邪魔だ。 邪魔で仕方がねぇ。 だから、俺は考えた。 ビギナーのうちに消しておけば、後々 邪魔になる心配もなくなるってコトをさ」
ニヤリと 口元を歪めた顔は、悪役そのものだといえる。
そういえば、ハリウッドスターの シュワちゃんに、雰囲気が似ている。
決めた、バルドのニックネームは≪シュワちゃん≫だ。
「随分と 自分勝手な話のうえに…… おまけに≪小心者≫とは、ベテランさんが 聞いて呆れるわ。 後進の≪育成≫は、先輩方の≪務め≫。 それを あろうことか潰すだなんて…… 底の浅い男だこと」
やめておけばいいのに、思わず 言い返してしまうところが、≪悪いクセ≫だと自覚している。
「ほ~……」
シュワちゃんこと…… バルドは、さらに笑みを深くしながら、右手を軽く上げた。
白い霧が発生し、少しずつ≪何か≫が 輪郭を現す。
「俺様 愛用の≪大斧≫だ―――― 弓矢なんかじゃ 甘っちろい。 てめぇは コレで 頭かち割ってやる!」
後悔はしない主義の 叶人だったが、今だけは その主義を撤回しようかと考えた。
「おらおら、どーした!? 逃げてばかりじゃ いずれ捕まるぜ!?」
大斧を 器用にも振り回して暴れるバルドに、一歩下がった後方から 矢を射ってくる グラマー美女。
近接攻撃と 遠距離攻撃の、バランスの取れた戦い方だ。
さすが、ベテラン。
「ちょっと、ど~したのアリス? 迷ってないで、早く 俺に決めちゃいなよ? 薬をくれるだけでいいんだからさ~」
一応 応戦しながらも、しきりに≪大きくな~る≫の瓶を 奪い取ろうとする、 諦めの悪い≪兵士長≫。
「見た目が醜悪なだけでなく、僕の≪アリス≫に対して 武器を向けるとは…… 苦しんで死になさい!」
当然といえば当然、白ウサギさんの怒りは 頂点を超えてしまったらしい。
赤い瞳が さらに血走っていて、怖い。
売られた喧嘩を 安易に買ってしまった、自分が悪い。 わかっている。
わかっているからこそ、この場を 何とかしなければ。
ちび姿で 不利とはいえ、エースと白ウサギは 健気にも善戦していた。 ただ 逃げ回るだけの自分とは、雲泥の差である。
もし、≪護衛≫を選ぶなら……?
どう考えてみても、この場をひっくり返す≪策≫は それ以外に思い浮かばない。
バルドを挑発しておいて、まだ 他人の力を当てにするのか―――― と、罵られても 甘んじて受けよう。 事実として。
決意を固めた 叶人の瞳が、真っ直ぐ前を向く。
近くで 剣を振るっていたエースが、ぴゅうと 口笛を吹いた。 ≪いいカオするじゃん≫と、言われているような気がした。
うるさい、茶化すな、ほっといてくれ。
「…… 私の、≪護衛≫は……」
人間は 窮地に陥った時には 必ず、助けてくれそうな人を『本能』で選ぶ 生き物なのだろう。
「私なら、決して自分の事を 傷付けない人を、選ぶ。 だから…………」
≪白ウサギ≫と。
声には出さずに、唇の動きだけで 伝えるが、本人には 通じたようだ。
一瞬、信じられないような 驚いた顔。
あんなに 自信たっぷりなくせして、どこか不安だったんだろうか―――― すぐに我にかえり、幼子のように無邪気な 満面の笑みで、白ウサギは 受け取った薬を いっきにあおる。
まばたきの間に、ちび姿は 元の立派な≪青年≫へと変化し。
「僕を 選んだことを、後悔させません。 …… 必ず、あなたを幸せにします」
…… 五歩くらい、距離を開けたくなるようなセリフは 遠慮してほしい。
こうして、叶人の 大事な≪護衛≫は、妄想癖のある 問題大アリな≪白ウサギ≫に決定した。
エプロンドレス着用の、シュワちゃん…… あなたには 想像できましたか?
次回、叶人の 『専用武器』が決定し、ようやく出発の準備が整うはず。お楽しみに。