33.無言の メッセージ
書いていて、改めて気付きましたが…… 主人公カナトが、ねじれた世界に来てから 五日目の夜のお話です。 ちなみに、ドロップは いまだに 二個でしょうか? ドロップの存在を 忘れている方が多いのでは……。
このあたりから、少しずつ 兵士長の心にも 変化が? 詳しくは 本分をどうぞ。
高さ 百九十センチ、幅 二メートル前後はあるかと思われる 巨大なキノコは、近づくと 見上げるような大きさだった。
「…… 何となく、水玉模様に見えるんだけど…… コレが課題の《水玉キノコ》じゃないわよね」
「違うと思うよ。だって、コレ けっこう重いよ? 帽子屋さんだって、女の子に こんなの持ってこいとは言わないでしょ」
「…… よかった」
あのマッチョな おネェの帽子屋なら、『根性出して 持ってきなさいよ!』と言いそうな気がしたのだが、考え過ぎだったのか。
「――― それで?」
「え?」
「アリスちゃんは、この後 どうするつもり?」
どうやって、目の前のイモムシを攻撃…… 否、《攻略》するつもりなのか、と。
叶人なりに 先程から考えてはいたが、結論を出すには まだ情報が足りない気がした。
「…… ねぇ、兵士長」
「ん、何かな?」
「この赤い実は、この森の中には まだあるの?」
「そうだね…… 俺が知っている限りでは、この中心地にしか ないんじゃないかなぁ~」
「…… じゃあ、言葉が通じない人たちは? 昼間 会った以外にも、まだ森には いると思う?」
「俺が知る範囲では…… いないね、多分」
兵士長から 仕入れた情報を、一つ一つ 整理していく。
………… それでも、まだ、足りない。
「イモムシさんって…… あの巨大キノコから降りてくるの?」
「いいや、俺が知る限りでは、あの上から 動かないと思うよ」
「…… なら、イモムシさんが《火を吹く》のを、実際に見たことがある?」
「もちろん、何度かあるけど…… それがどうかしたの?」
「…… 火の届く《距離》は、わかる?」
赤い実は、ここにしかない。
狂った連中の存在は、しばらくは 考えなくていい。
イモムシは、キノコの上からは 動くことは あまりない。
そして、火を吹くというが、その距離は―――――。
「だいたい、この辺りなら…… 火が届かないギリギリの距離じゃないかな?」
兵士長は、叶人を 巨大キノコから 少しだけ離れた場所まで 連れてきた。
「まぁ…… 何にせよ、俺が知っている範囲の話だから、全然 保証は無いけどね?」
そんなに簡単に、自分の話を 鵜呑みにしてしまっていいのかと…… 兵士長は どうやら忠告しているようだった。
おもしろ半分に 他人を煙に巻いて、からかって、自滅させていくのが好きそうな 策略家…… に見える、兵士長。
「あら、心配してくれるの? それとも、利用しようとしている私が あっさり負けでもしたら、計画が台無しになっちゃうからかしら?」
「…… まぁ、ね」
「ダメな時は 何をやってもダメだし、逆に ツイている時は、どんな失敗からでも 事態は好転するものよ?」
いたずらっぽく、叶人は 笑って見せた。
「アリスちゃん……?」
いつもは 人の動向に敏感な兵士長でも、これから 叶人が何をしようとしているのか、さっぱり わからない様子だった。
ある意味 自分が考えている《方向性》は、イイ線いっているかもしれない…… と密かに思う。
「えぇと…… 君は 何を考えて、どこを目指しているのかな~?」
「もちろん、最終的には…… イモムシさんに《参りました》って言わせたいところだけどね」
そんなに簡単に、相手が 陥落するとは思えない。
来たばかりの 叶人に可能なら、もっと前に、兵士長が 攻略できたはずだ。 理由は わからないが、彼は イモムシを《どうにかしたい》と思っているのだから。
用意周到で、頭もキレる 兵士長が 《お手上げ》な相手に、叶人は どう立ち向かえばいいのか…… 考えていたのだが、それこそ こんな短時間で イイ案など 浮かんでこないのが現実というものだ。
そうなると、叶人に できることなど、おのずと限られてくる。
今 知りえた情報の中から、何かを選んで、イモムシを《降参させる》まで辿り着けるかといったら―――。
自分には、期限という名の 《足枷》がある。
それを ふまえた上で、戦術を考えるとしたら。
「…… 兵士長、もし 私の《やり方》に賛同できないのなら、今すぐ 私を捨てていってちょうだい」
叶人は、きっぱりと 告げた。
「…… へ?」
さすがの兵士長も、間の抜けた返事しか 返せない。
「私…… 《勝ち》を得ることは、できないかもしれないわ」
「アリスちゃん?」
最初から諦めることは したくはないが、ある程度の覚悟も 必要なのは確かだ。
「もちろん、できる限りのことは するけど…… 完全な《勝利》までは、多分 ムリだわ。 よくて、《引き分け》ってところかしら? だから――――」
もし、兵士長が、完全なる勝利を望み、叶人を利用しようとしているのなら。
「あなたの期待には沿えないだろうから、これ以上 あなたにとって 私は《利用する価値》が無いでしょう? だったら、縁を切ってくれて かまわないわ」
見捨てて行け、と。 そう選んでもかまわない、と。
だって、兵士長は 叶人の護衛ではない。 お互いが 利用し、利用される間柄だ。
利益が少なければ、見捨てられて 当然。 叶人だって、それくらいのことは わかっている。
「捨てて行けって…… アリスちゃん、この状況で、本気で言ってるの?」
「こんな状況だからこそ、言っているのよ。 知らない間に 《置いて行かれる》よりは、よっぽどマシよ。 あなただって、勝算のない賭けに乗るほど バカじゃないでしょ?」
言うだけ言って、叶人は すたすたと歩き出した。
「あ…… アリスちゃん?」
兵士長の 焦った声を背中で受けながら、叶人は 一本の大きな木の下に、座り込む。
「言ったでしょ? これでも、私は 《慎重派》なのよ?」
今の自分は 戦力がゼロに等しいとわかっていて、むやみにに 攻撃を仕掛けることなんて しない。
そのかわり―――――。
何もしないということも、叶人にとっては あり得ない。
「武器を向けるとか、言葉で 挑発するだけが、《戦い》じゃないわ」
叶人と イモムシの戦いは、実は すでに始まっている。
「頑固で ひねくれ者の相手に対して《説得》をするのに、いきなり面と向かったって 無視されるだけよ」
それは、叶人が 二十七年間生きてきた中で、自然と 身につけていったもの。
では、どうすれば いいのか。
それは…………。
「――――― 無言の《圧力》よ」
付かず 離れずの 微妙な距離を取りつつ、しっかりと 相手に意識させるだけの《存在感》を出しながら、じ~っと 監視すること。
多少 荒業に近いが、真っ向勝負を挑んで、機嫌を損ねてしまったら お手上げだ。
心を閉ざされてしまったら、話し合う余地も無くなってしまう。
言葉が 無かったら、きっと 叶人は戦えない。
イモムシが キノコの上から移動しないからこそ、この戦法が 取れる。
「…… と、いうことだから、あとは 兵士長がどうするのかは、自分で決めてね?」
一方的に 言い終えたら、何故だか 急にまぶたが重くなってきた。
今後の方針を 決めたことで、いくらか 心に余裕ができたのか、どうにでもなれと 腹をくくったからなのか…… 少し前まで 冴えていた頭は、途端に 霧がかかったように ぼんやりとし始める。
「えぇとね…… 私、眠いみたいだから…… このまま、朝まで 寝るわ……」
考えてみれば、今は 夜中なのだ。
睡眠 第一の叶人にとって、本来なら 寝ていなければいけない時間帯。
「ちょっ…… え、アリスちゃん!?」
らしくないほど うろたえた兵士長の声は、叶人の耳には 届くことはなかった。
「ウソだろ……?」
あっという間に、すやすやと 眠りの世界に落ちていった 叶人の姿を、兵士長は 信じられないものを見るかのような目で 見つめていた。
ほんの少し前まで、昼間の 光景が頭から離れない…… と言って、眠ることができなかったはずなのに。
…… 何だ、この 早い切り替えは。
ぐるぐると 思い悩んでいたのは、演技だったとでもいうのだろうか。
「…… いいや、あれは 演技なんかじゃない……」
たかが演技に、自分が 引っかかるはずがない。
今まで他人の嘘を 見抜けなかったことはないのだ。 女に限っていえば、尚のこと。
あれは――― 目の前の、このアリスに関しては、常に《素》の状態なのだと確信できる。
「…… 俺に、選べって? この状況で、普通 そんなこと言う?」
ため息を付きながら、兵士長の足は 木の根元へ吸い寄せられていく。
「さっき、人が せっかくマントを敷いてあげたっていうのに……」
防寒のために貸してあげたマントは 兵士長に返し、再び 寒そうにして 地面に丸くなっている、妙齢のアリス。
「ちょっと、アリスちゃん?」
声をかけつつ 揺さぶってみるが、起きる気配は ない。
「…… もしかして、一度 寝たら起きないタイプってやつ? まいったなぁ……」
呆れながらも、兵士長は マントを広げて 叶人の体を包み込んだ。
そして、さらに 自分の上着をかけようと 手を伸ばし、一瞬 ためらう。
「俺は…… 何をやっているんだ……?」
自分と アリスの関係なんて、たかがしれている。
アリス自身が言ったように、利用し 利用される間柄だ。
今 ここで見捨てようが、このまま 利用し続けようが、それは 自分の選択次第。
眠って起きない女性を 好きに扱っても、誰も 文句は言わないだろう。 男の前で、無防備に眠る 女の方が悪いのだから。
「………………」
今までの経験からいって、このアリスは 危険だ。
ものすごく 不安定で、危ない橋ばかりを渡りたがる。 慎重派だなんて…… とんでもない。
「慎重なレディは…… こんな地面にねっ転がったりしませんよ~?」
一度は 引っ込めた手を、結局 兵士長は 伸ばしていた。
「目を覚ましたら…… 俺、今度こそ ぶん殴られるのかな~」
そう呟きながら、マントで包まれた叶人の体を そっと抱き寄せる。
土と草がついた アリス衣装を軽く手ではらいながら、自ら 地面に腰を下ろして、叶人を横抱きにして上着と一緒に 包み込んだ。
「…… ん……」
可愛らしい声を発したものの、案の定 叶人は 起きそうもない。
男に抱き寄せられているのに、この 《無防備さ》は 何なのだ。
「この状況で、俺に 何かされても、君は 文句を言えないんだよ?」
至近距離で 忠告するも、当の本人は 夢の中。
「本当に…… 君って、何なの?」
こんなにも、《予測不可能な行動》ばかり取るとは、思いもしなかった。
もっと 単純で、もっと 愚かで、簡単に 操れるような、ただの《駒》。
利用するだけ利用して、あとは いつものように 切り捨てればいい。
そう思っていたし、そうなる予定だったのだ。
叶人の言う通り、イモムシを倒すために、近付いた。
今までのアリスとは、少し違う。 わずかな可能性を見出して、森の奥まで 誘導した。
完全なる《勝利》を目指しているし、《引き分け》なんて 口にした時点で、《価値が無い》と抹殺するべきだ。 そんな半端な覚悟では、イモムシは倒せないのだから。
それなのに。
『縁を切ってくれて かまわないわ』と言われた瞬間、体の中心に 鋭い痛みが走った。
まさか、そんな事を言われるとは 想像もしていなかった《驚き》と、明らかな《落胆》。
そして、そのことに気付いたことへの、いいようのない《焦り》。
使えるものは、使う。 使えなければ、捨てる。 邪魔なら、殺す。
当たり前に 馴染んでいた《一連の行動》だったというのに。
「何で…… 俺は……」
剣に、手を伸ばせないのだろう。
いつも通り、剣を取って、命を奪って、次の 新たな《駒》を探しに行けばいい。
こんな 効率の悪いことを選ぶなんて、自分らしくない。 ムダなことは 大嫌いだし、バカはもっと嫌いなのだ。
わかってはいるのに、兵士長は 手を離すことができなかった。
離すどころか、さらに 腕に力を込めてしまう。 自分でも、止められない。
腕の中にいる――― そう思うだけで 《胸が震える》なんて。
自分はいったい、どうしてしまったというのだ。
「何で……」
兵士長の 戸惑いを含んだ呟きは、深夜の森に 静かに溶けていった。
そうして、鳥の声とともに 朝がくる。
「…… ちゃん、…… スちゃん……」
誰かが、至近距離から 呼んでいるような気がするが、眠気には 勝てない。
「うぅ…… ん……」
寝返りを打とうとして、何だか 窮屈なことに 違和感を感じて、うっすらと目を開けてみる。
「…… ん……?」
ぼんやりと、人の顔のような輪郭が 見えるような気がして、寝ぼけながら 叶人は ついうっかりと護衛である白ウサギの名を つぶやいてしまった。
「…… ノール……?」
その瞬間、身を斬られるような すさまじい《殺気》を感じて、叶人は とび起きる。
「へ…… 兵士長!?」
慌てて身を起こしてみると、目の前には ニコニコと笑顔の兵士長が、案の定 大剣を引き抜いていた。
「な…… 何、何で!?」
昨夜の間に、てっきり 兵士長は 自分を捨てて 移動していると思っていた。
それが、まだ 目の前に残っていたこと。
さらに、笑顔でいるものの、実際には ものすご~く 怒っている…… というか、強烈な《殺気》を発しているのは、何故なのだろうか。
え…… 私、何か した!?
それとも、利用価値が無くなったから、殺されるの!?
寝ぼけ半分で どうすればいいのか思いつかない叶人に向かって、兵士長は 質問ならぬ 《尋問》を開始した。
「ウサギさんと 間違えたの? …… ってことは、君はウサギさんと 寝ているってこと?」
「…… え? ノール?」
「やっぱり、君とウサギさんは そういう仲なんだ……」
「は!?」
言いながら、兵士長が 鋭い剣先とともに どんどん近付いてくる。
「え、ちょっ…… 違うわよ、何か 誤解してる……って、危ないから、ソレ!」
「うん、そうだね、危ないだろうね~」
「だって、起きぬけに 目の前にいるなんて、《のんちゃん》以外には、ここ数日なら 白ウサギしかいないしっ……」
「―――――― 《のんちゃん》て、誰?」
慌てて 弁解しようとしたのに、兵士長の怒りを さらに煽ってしまったらしい。
「え、誰って…… のんちゃんは、私の兄で…… や、ちょっと本当だからね、ウソなんかじゃ……!」
数分の 押し問答のあと、叶人は ようやく危険から解放された。
「な…… 何なのよ、朝から……」
かかなくていい、妙な汗を かいてしまったではないか。
そもそも、何で そんなに、兵士長は 怒っているのだ。
帽子屋の課題を受けてから 二日目の朝は、こうして 騒がしくスタートした。
叶人が この世界に来てから、ちょうど六日目のことである。
「それで…… 何で 残ることにしたの?」
昨夜と同じように、兵士長は 焚火を作っていた。
そして、いつの間に捕まえたのか…… 小動物をさばいて、火で焼いている真っ最中であり、どこからか 調達してきた竹筒には、川で汲んだ 水が入っていた。
何も用意していない 叶人に向けての、《朝食》を用意してくれたということだろう。
「アリスちゃんが なかなか目を覚まさないから…… ほら、もう焼けてるよ」
串刺しになった肉を受け取りながら、叶人は もう一度 兵士長に 尋ねる。
「何で、置いていかなかったの? 分の悪い賭けだって、わかったのに」
「…… 何でだろうね。 いつもなら、確実に 殺してるんだけどな~」
「…… 今のは 聞かなかったことにするわ」
空腹には敵わず、目の前の肉を口に入れようとした時……。
「あ、それ ウサギ肉だから」
「!!」
「…… 冗談だよ~。 本気にした?」
ニヤニヤと、初めて会ったときのような 意地の悪い顔で、赤い男は こちらの反応を楽しんでいた。
一瞬、白ウサギの顔が 頭をよぎったのだが、深呼吸して 動揺したのを ごまかす。
「…… いただきます」
――― 意地でも、完食してやる。
兵士長の言葉に 揺らいでいるようでは、このあと イモムシとの 《心理戦》に 勝つことなどできはしないだろう。
「ふっ…… アリスちゃんてば、負けず嫌いだね~」
そんな 兵士長との《やりとり》のすべては、イモムシには聞こえているはずだから。
あえて、叶人は《いつも通り》を心掛け、敵に対しての 《無言のメッセージ》を送り続けていた。
六月、最終日です。 お待たせいたしました。
活動報告にも 書かせていただきましたが、多忙のため、今月は 一回のみの更新となってしまいました。 お詫びの気持ちを込めて、赤い人のフル出演です。
ストーリー的には ある程度のところまで 決まっていますが、それを実際に文章に直す作業というのは、やはり 時間と体力・気力をかなり使いますね……。
疲労後の体には 正直 ツライですが、書きたいという気持ちだけで、今回は 何とか乗り切りました。 は~。
カナトの戦法に 《あれ?》と疑問を持った方もいらっしゃるかもしれませんが、作者としましては コレが一番 カナトらしいな…… という結論に至り、こうなりました。
七月もけっこう忙しいですが、何とか 時間をやりくりして 続きを書きたいと思っております。
次回、イモムシさんとの会話まで…… いけるかな?
三日間しかないのに、きちんと相手と向き合っていないで、説得なんて成功できるのか。 兵士長の 妙な《反応》に戸惑いつつも、カナトが イモムシさんを追い詰めていく…… というような 予定です。お楽しみに。




