32.忘れさせてあげる
後悔はしない主義の 主人公カナト。 何も考えていないから…… ではなく、そのときそのときを 全力で生きているからだと 思いたいです。
少しは ラブ度 上昇? 詳しくは 本分をどうぞ。
…… ホウホウ ホウホウ ……
フクロウの声が、風に乗って流れてくる。
深い青の色が 辺りを埋め尽くす、時間。
三日という 課題の期限の、一日目が終ろうとしていた。
静かな森の中は、木が 燃える音だけが響く。
目の前の 火のゆらめく姿を、叶人は ただ ぼんやりと見つめていた。
日が沈みだした頃、兵士長は野宿しようと 言いだした。
拾い集めた木々を上手に組み立て、あっという間に火を点けた様子から、慣れている事が わかる。
そんな姿を ぼ~っと見ていることしかできない叶人とは 大違いだ。
勢いだけで 課題を受けに森に飛び込んだはいいが――― 正直なところ、何も 用意していないのが悲しい。
期限が 三日と言われた時点で、野宿を想定して《寝袋》くらい、準備するべきだった。
それくらいの時間はあっただろうし、白ウサギに頼めば いくらでも用意してくれたであろう。
はぁ…… と、叶人は 小さく ため息をついた。
「…… アリスちゃん、眠れないの? 寒い?」
兵士長が、火の向こう側から 静かに聞いてくる。
「いいえ…… 寒くはないの」
彼が、赤いマントを 地面に敷き、上着を 毛布代わりに貸してくれたので、叶人は ぬくぬくと暖かかった。
その分 兵士長は、白いシャツ一枚。
火に当たっているとはいえ、寒いのではないだろうか。 夜の森は、案の定 かなり冷えている。
一応、兵士長なりに《気を使ってくれている》ようだった。
アリス衣装は 基本は《半袖》、エプロンの下は ヒラヒラしたワンピースで、生地もかなり薄い。
冷えないようにと、マントや上着を貸してくれるなんて、思ってもみなかった。
さらに。
わざわざ 火を挟んで反対側に、兵士長は 腰を下ろしていた。
《眠ろうとする女性》と きちんと距離を取るという――― そのあたりの マナーは、意外にも 完璧に守っている。
初めて会ったときに、白ウサギは 彼のことを《赤い野蛮人》と呼んだはず。
けれど、こういう行動を見る限り…… ガサツな人物ではないらしい。
少なくとも、彼の《振る舞い》は 取って付けた感じでなく、とても自然だったのだ。
「…… 後悔、しているの?」
再び、兵士長は 聞いた。
課題を 受けたこと。
この森の謎を解くと、決めたこと。
兵士長に、助けを求めたこと。
救えない人達の 命に対して、自分にも責任があると 認めたこと。
今日一日に 起こった すべてのことに対して…… 《後悔》しているのか、と。
そう問われているのだと、わかった。
「してないわ…… って、言い切りたいんだけどね」
珍しく、叶人も 歯切れが悪い。
後悔は しない主義だと…… いつも 心に誓って、行動しているはずなのに。
叶人自身、揺れていた。
本当に、そうなのか、と。
自分の選択は 誤りで、もっと別の《答え》が あったのではないか、と。
頭の中に 渦を巻くように、ぐるぐる、ぐるぐる。
まるで、《すべてが間違え》だったのではないかと、思えてくるほど。
「…… それって、もう立派に《後悔している》部類に入るんじゃないの?」
「………… そうなのかしら」
そうだとしたら、自分は 《自分の中の約束事》を、守れていないということになる。
「自分との 約束さえ守れないなんて…… サイテー」
ぽつりと漏らした言葉は、暗い空へと昇ってゆく。
『自分の 《発言》と《行動》には、きちんと《責任》を持ちなさい』
それは、母からいつも 口を酸っぱくして 言われ続けてきた言葉だ。
どんな結末がきても、自分で 解決できるようにしなさい。
解決できるように、物事を 選択して、よく考えて行動しなさい。
他人に 迷惑をかけず、誰かの 役に立つような人間になりなさい。
その言葉の数々が 積もり積もって――― いつしか、《後悔はしない主義》というところへと 辿り着いたのだが。
では、それが《実行》できているのか。
後悔しないと 言い切れるほど、ちゃんと深く考えて 行動できていたのか。
自分では できているつもりでも――― 結果は ウソはつかない。
今日一日、自分は 何をした?
「私…… 何もしてないわ……」
救えなかった、命。 無残にも 転がった死体。
せめて 土に埋めてあげようと手を伸ばしたのに、サラサラと 砂に変化して、死体は消えてしまったのだ。
弔うことも できないくせに、何が 『責任は半分持つ』だ。
笑わせるな、と言ってやりたい。 昼間の、《思いあがった》自分自身に。
命に対しての責任なんて、取れるはずがないのに。
「…… 傲慢だって、思ってるでしょ?」
「思ってないよ~。 ただ…… 俺は、驚いただけ」
「驚いた?」
「そ、驚いたよ。 だって、あんなこと言う人 初めて見たし」
「…… まともな人なら、言わないでしょうね。 バカだから 言えたのよ、きっと」
「い~んじゃないの、バカでも?」
兵士長は、薪を突っつきながら言った。
「バカでなければ 見つけられないことだって、あるかもよ? …… 保証は ないけどね~」
「…… 最後のひと言が、余計よ。 慰めてるんだか、馬鹿にしてるんだか……」
「―――――― 慰めて、欲しい?」
ふいに、兵士長の口調が 変わった。
立ち上がり、焚火を越えて 叶人の傍まで近づいてくる。
「な…… 何?」
「怖がらなくて いいよ。 俺、優しいし」
「…… その根拠は、いったいどこから くるのかしら?」
「え~ …… これでも、ご婦人方には 好評なんだけどな~」
…… いったい、何の話だ。 とりあえず、悪い予感しかしないのは 確かだ。
「ねぇ、アリスちゃん」
いつもより、少し低めの声で、兵士長は 囁く。
「…… 頭の中、ぐるぐるしてるコト――― 全部 忘れさせてあげようか?」
茶色の瞳は、叶人を 真っ直ぐに捕えていた。
「君を惑わすもの、悩ますもの…… 君にとってマイナスにしかならないモノなんて、無かったことにすればいい。 それの方が ラクでしょ? 君だって、笑っていられるし」
「私にとって…… マイナス……?」
兵士長が、そっと 叶人の頬に 触れる。
叶人に 触れるときは、彼は いつも素手だった。
白手袋をはめたままの 白ウサギとは、何から 何まで 違う。
「悩まなくて いいよ。 俺が ――― 忘れさせてあげるから」
君を 苦しめるもの。 君を 悲しませるもの。
抱きしめて、腕の中に 閉じ込めて、俺で いっぱいにして。
すべて、忘れさせて あげる。
「…………」
何を 言われているのか、叶人は すぐに 理解できなかった。
熱をはらんだ 吐息とともに、少しずつ 兵士長の顔が 近付いてきて……。
ようやく、彼の 言葉の《意味》に 気が付く。
「!」
考えるよりも 何よりも。
思わず 手が出ていた。
「いだっ!」
ぶに~っと、叶人は 両手で 兵士長の頬を 左右に引っ張った。
「いひゃい、いひゃいよ、アリヒュひゃん!」
「グーで 殴らないであげたんだから、このくらい我慢しなさいよね」
もし これが白ウサギなら、間違えなく ぶん殴っていただろう。
「何で 怒るの?」
赤くなった頬をさすりながら、兵士長は 不思議そうに問う。
あ~ …… そうよね、この男。
自分が いつもモテるもんだから、拒まれるのが 不思議なんだろうね~。
「私に そんなこと していいのは、私が認めた《恋人》だけよ。 それに…… 《忘れる》って、何?」
《口付け》されそうになったということよりも、むしろ 《そっち》の方が 叶人は腹が立った。
「確かに、頭の中 ぐるぐるして、ちょっと今は 自分でも 訳わかんなくなって…… でも、だからって、忘れたら ラクになれるの?」
そもそも、忘れることが できるのか。
人間の 記憶の中で、残っていくものの九割は 《悪い思い出》だと テレビで見たことがある。
「忘れようとすれば するほど、考えたり 思い出したり…… 自分の中から 無くすことなんか できっこないわ。 それに、忘れて どうするのよ?」
たった 一時しのぎで 忘れたとしても、《根本的な解決》には 至っていない。
「時間は 止まらないのよ。 過ぎていくだけなら…… これ以上 《最悪な状態》にならないように、何か行動しなきゃ」
それこそ、意味が ない。
自分が 選んだものの すべてが、ムダになってしまう。
長く息を吐き出して、叶人は 一つの 質問をした。
「ねぇ…… ヴァイオリン、弾いてもいい?」
まさか、そうくるとは思ってもいなかった兵士長は、若干 反応が遅れた。
「アリスちゃん? …… この森では、楽器は通用しないって―――――」
「もちろん、わかってるわ。 ただ、弾くだけよ」
音を出すことで、ブタさんなどの 狂った連中を 呼び寄せてはしまわないか。
そのことが、叶人は 気がかりだった。
もし、大丈夫というのなら…… 今、弾きたい。
「弾いて…… 確かめたいのよ」
自分の――――― 《気持ち》を。
「まぁ……、大丈夫だと思うけど……」
「…… よかった。 じゃあ、これ 返すわね。 ありがとう」
立ち上がり、兵士長に 上着を返した。 即座に 手の中に楽器が召喚される。
選んだ曲は、ヘンデルの『私を泣かせてください』だ。
タ~ラン ラ リ~リ~ タ~ラ~リ リララ~
タ~タ~ ティ~ララ タ~ラ~ン ラ ティララ~ラララ~
オペラ『リナルド』に出てくるアリアの一つである。
魔法使いに囚われたアルミレーナが、敵軍のアルガンテ王に 求愛されるが、愛するリナルドへの貞操を守り、『残酷な運命に 涙を流しましょう』と歌った曲だ。
綺麗だが どこか切ないメロディが 叶人のお気に入りだった。
スローテンポで、ひつこいほどドラマチックに、 叶人は弾いた。
今だけは、何も考えずに。 心の 赴くまま、大胆に。
《原点に帰りたいとき》は、必ず この曲と 決めていた。
いつでも どこでも 眠れるのが特技のくせして、眠れなかった 理由。
そんなのは、わかりきっていた。
昼間 見た、血みどろの光景。 転がった死体に、鼻についた 血臭。
《自分にも責任がある》と受け入れたつもりでいて…… それは、あくまでも《頭だけで》考えたこと。
《心》は、それに 追いつけてはいなかったのだ。
『半分持つ』と、カッコイイことを言ったって、所詮 叶人が 《できること》といえば、ほとんど無いのが事実。
だから、揺れた。
では―――― 諦める? 諦める以外に、良い道は無い?
自分の心に、静かに 問いかける。
何もできないからと、何もしないことこそ、何より 恥ずべきこと。
「本当はね…… やっぱり、怖かったみたい。 人が…… 死んだこと」
叶人は、正直に 打ち明けた。
初めて目にした 凄惨な光景に、心が乱れるのは 当然のこと。
何も、珍しいことではない。
大事なのは、それを どう受け止めるか…… と、いうこと。
思い出せ――――― 自分なら、いつも どうする? どうしたい? どうなりたい?
この曲の 良いところは、叶人を 初心に帰らせてくれるところだ。
《残酷な運命に 涙を流しましょう》なんて、叶人なら 絶対に 言わないから。
自分なら……、いつだって《状況の整理》から始めるはず
迷っても、悩んでも、それで 終りには できない。
それで終りにできるほど、世界は 優しくできていない。 現実は 厳しいのだ。
スッと、叶人の 表情が 変わる。
「兵士長…… あなたは、この森の《元凶》を、知っているのよね?」
彼は 勝算があるからこそ、叶人に 近付いてきた。
もしかしたら、と。
叶人ならば、この森の謎を解き、元凶を 倒せるかもしれない。
そう 期待できるからこそ、森で 待ち伏せしていたに違いない。
「私に…… その《元凶退治》を させたかったのね?」
なかなか、本心が見えてこない、胡散臭い 赤い男。
ただの親切心で、一緒に行動を共にしているはずがないと、最初から わかってはいたが…… 理由が見当たらなかった。
けれど、元凶退治を目的に、叶人を利用しようとした――― そういうことなら、納得がいく。
「なぁんだ…… そっか、そういう事だったのね」
わかってしまえば、なんのことはない。
心の整理がつけば、見えなかったことも 見えてくる。 見落としていたことにも、気付けるようになる。
悩んで 当たり前、迷って 当たり前。 そんな些細なことも、忘れていたのか。
「…… 自分で、ちゃんと《答え》を見つけられるじゃないか」
兵士長が、どこか寂しそうに 笑う。
その顔は、まるで 遠くの誰かを 思い返しているようだったが、すぐに ヘラヘラ顔へと戻ってしまった。
「眠れないようだし、行こっか?」
兵士長は、上着だけを着て、マントは 叶人に羽織らせた。
「え…… でも……」
「いろいろと、《イワクつき》のマントだけど…… 暖かさは保障するよ~」
「…… 気味の悪いことを、言わないでくれる?」
血が べったりという想像を、思わず してしまったではないか。 この野郎。
文句は言いつつ、叶人は 言う通りに マントを借りることにした。
「アリスちゃんは―――― いや、ごめん 何でもない」
何かを言いかけて、兵士長は 止めた。
ものすごく気にはなったが、きっと 教えてはくれないだろう。 今は…… まだ。
いつか、その先を 言わせてみせる。
そう思いつつ、叶人は 兵士長の後に続いて 夜の森を歩き出した。
ヴァイオリンのチカラが 当てにできなくても、妙な自信が 湧いくる。 我ながら、単純だ。
「あの 赤い実は、元々は《満腹の実》といって、森に入る者たちの《非常食》として、ありがた~い実だったんだよ」
「それが…… いつの間にか、食べると 狂ってしまうようになった、という訳ね?」
一つ食べれば、夢心地。
二つ食べれば、言葉を 忘れ。
三つ食べれば、自分も 忘れ。
四つ食べれば、地獄行き。
兵士長は、歌のような口調で 説明した。
「歌には そうなっているけど、実際は違う。 一つ食べた時点で、もう アウトだ」
アウト…… つまり、ナマの肉へと直行ということだろう。
「副作用っていうのかな。 食べると 頭が混乱して、次第に 記憶も無くなって、最後に残るのは………」
―――― 《食べたい》という、本能のみ。
しかも、ナマの肉でないと、満足できなくなる。
「その症状を 《断ち切る》には、首を落として 命を終わらせるしか 方法は無い。 昼間、やったようにね。 でも、言葉が通じている段階なら…… まだ、見込みは、ある」
「…… ブタさん三人組を、元に戻せる可能性があるってことね?」
「まぁ、あくまでも、俺の《推測》にすぎないけどね。 …… 実際に やったことがないから、上手くいくかどうか……」
「《推測》でも 何でも、可能性があるなら 試してみるわ。 方法を、教えて?」
前のめりになった 叶人の瞳を、兵士長は じっと見つめた。
「…… 何?」
「色気ないけど、やっぱり君って 可愛いね」
「ひと言 余計よ。 …… それに、白ウサギみたいなことを 言わないでくれる?」
溺愛まっしぐらの 狂ったウサギは、一人いれば充分だ。
「ウサギさんとは 違うよ。 だって、俺は いじめっこだし。 好きな子には イジワルしたくなるタイプっていうの?」
「あぁ、そう。 じゃあ、どこかの誰かさんを いじめて楽しんでちょうだい。 私には 関わらないでね」
「冷たいこと 言わないでよ~。 ほら、もっと 日常会話を 楽しもうよ~」
言いながら、兵士長は 人差指を前方へと向けた。
「何 ……?」
指先に視線を向けると――― 木々の向こうに、大きな キノコのシルエットが見える。
「あれって……」
「さて、アリスちゃん。 あれは 何に見えるかな~?」
近付いてみなければ 正確なことはいえないが、巨大キノコにしか 見えない。
「あのキノコの上、何かが乗っかってるの、見える?」
「キノコの…… 上?」
叶人の視力は、ものすごく悪い。
ねじれた世界に来てから、何故か 視力の問題はチャラになっていたが…… うす暗い 夜の森では、さすがに モノが見えづらかった。
目を細めて、注意して 観察していると。
もぞもぞと、何かが かすかに動くのが見えた。
「あ…… 本当だ、何かが 乗っかってるわね」
「ネタバレしちゃうとね…… あれ、《イモムシさん》なんだ」
「い…… イモムシ?」
叶人の記憶が正しければ、童話の《アリス》にも、イモムシは登場していたはずだ。
…… と、いうことは。
ねじれた世界の、ねじれた住人。 きっと、重要人物に 間違えない。
「もしかして…… あのイモムシが……」
「この森の《主》であり、《赤の森》と呼ばれるようになった 《原因》を作った男――― という訳だね。 …… あ、しまった。 《答え》をモロに言っちゃったよ」
「…… もう、今更じゃないかしら? ペナルティを受けるなら、私も同罪よ」
深く息を吸って、吐きだす。
兵士長が、わざわざ ここに連れてきた《意味》。
「あのイモムシを 何とかすれば、赤い実は 元の《満腹の実》に戻る?」
「戻ると、俺は 考えているんだけどね~」
何とかする――― 言葉では簡単だが、実際に どうすればいいのか。
ざっと周囲を見回しても、とりあえず 気味の悪いゾンビ連中は 見当たらない。
物理的な 危険が無いなのら―――― 叶人の 出番だろう。
「…… 兵士長、知っていることを できるだけ多く教えて」
叶人が 決意を固めたところを見て、兵士長は 満足そうに笑う。
「――― 了解。 そうだね、まず…… あのイモムシさん、火を吐くから 気をつけて」
「はぁ!?」
いきなりの、非常識な 情報に、叶人は 素っ頓狂な声を上げた。
「あ、火を吐くっていうか…… あの手に持っているパイプ、見える? あのパイプの粉が 原因でさ。 あれを吸ってから、ふ~って息を吐くと、炎が出る…… と」
「…… 思いっきり、訳がわからないわ」
さすが、ねじれた世界。 ありえないことが、当たり前に 起こる。
「あのイモムシさんが、森の主で、赤い実の原因を作った…… って、いったい 過去に何があったの?」
「う~ん、簡単に言っちゃうと…… あのイモムシさん、究極の《根暗》なんだよね」
「…… 根暗? え~と…… つまり、後ろ向きな性格、ということかしら?」
「そうそう。 何でも 悪い方向に考えて、落ち込んで、もう 世の中 悪いことしか起こらない―――― そう思いつめちゃったんだ」
…… なんだか、現実の世界でも ありえそうな話だ。
「それで? 思いつめて…… どうしたの?」
「この森にやってくる人を捕まえて、《イイことなんか何も無いんだぞ》って…… 《洗脳》みたいな感じなのかな?」
辛いこと、悲しいこと、現実は そんな苦しいことばかり起こる。
生きている限り、それは 変わらない。 変えられない。
未来には、何もない。
それなら、せめて、ラクにしてあげよう。
この《赤い実》を食べれば、現実なんか すぐに忘れられる。
大丈夫、みんな 一緒だから。
みんな 苦しんで、みんな 救われなくて。 でも これからは一緒だよ。
みんな一緒に―――― 地獄に 堕ちていこう。
「…… 何なのよ、その 安っぽちい《宗教団体》みたいな 誘い文句は」
叶人は、ちらっと 兵士長の顔を見た。
言葉は 違えども、つい先程、兵士長が 『忘れさせてあげる』と言ったのと、内容は同じだ。
彼は、叶人を 試したのだ。
困難に ぶつかったときに、どうするのか。
逃げるのか、放置するのか、戦うのか。
「…… ごめん、わかっちゃった?」
「別に、いいわ。 私が そんな 《甘言》に屈しないって 《確信》できたから、イモムシさんの所へ連れてきたんでしょ?」
万が一にも、叶人が 赤い実を 欲しがらないように。
「心配無用よ。 だって…… 私、バカだから」
どうしようもない、バカだからこそ。
「未来には 何も無い…… なんて、絶対に 思ったりしないもの」
イモムシを 眺めながら、頭の中で 情報を整理する。
究極の 根暗イモムシを、説得すること――― 簡単にはできないから、今もなお 続いている 森の異常事態。
この状況で、今の自分にできることは 何か――― 叶人は ただ それだけを考えていた。
当初、戦闘シーンまで 書きあげていたのですが、大幅な改稿により、終ってみたら こんな具合に。
作中に登場した ヘンデルさん。彼は 古典に属するはずですが、現代にも通用する 素敵なメロディがたくさんあるので、興味のある方は さがしてみて下さい。ヴァイオリン・ソナタ集などは おススメですよ。
次回こそ、カナトなりの戦闘に入ります。 ラブ度は いまいちですが…… お楽しみに。




