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九十九番目のアリス  作者: 水乃琥珀
33/75

31.半分 だけ

 森の謎を追って 奥へと進む、主人公カナトと ハートの兵士長。

 原因となるモノを発見して、その後は……。


 ※血にまつわる場面が あります。ソフトに表現したつもりですが…… 苦手な方は、ご注意ください。

  目的は、《水玉キノコ》と《しましまクッキー》を、持ち帰ること。

  制限時間は、三日後の 夜まで。

  この森の 問題点――― 赤の森の謎を解き、ブタさん連中を 何とかすれば、課題クリアへの道が開けてくる…… はずだ。


「とりあえず、《要点》は整理できた訳だし、戦力としては 《兵士長》が追加…… と。 じゃあ、次にすることといえば……」

「更に一歩、森の奥へと進むことだろうね~」


  護衛の白ウサギが 不在な今、何を企んでか 《叶人に加勢する》という行動に走った、厄介な人物 ハートの兵士長。

  彼のことを、叶人は 全面的に信用したわけではない。 信用するどころか、常に 目を離してはいけない相手だと承知していて、協力を依頼した。

「ねぇ、兵士長。 さっき、何だか とっても重要なキーワードを、うっかり漏らしていたわよね?」

「さっき? …… とっても重要? …… はて、何のことやら?」

「とぼけたってムダよ。 私 バカだけど、誰かが言った言葉って、案外忘れないものなんだから」



  『彼らは、ナマの肉しか食べなくなる。 ある…… 《実》のせいでね』


  確かに、兵士長は そう言った。

  小さな呟きであれ、叶人の耳には しっかり届いている。 小さくても聞こえる程度に、わざと言ったとしか思えない、気を引く《単語》。

  この森に関する事の、最大のヒント…… ではなく、ほとんど《答え》といっても差支えない内容。


  この課題は、叶人がクリアすべきもの。

  出発の際、《護衛は無し》との約束ではあったが、《協力者》の制限までは されなかった。 つまり裏を返せば、あとから追加として 兵士長に《手伝ってもらう》のは可能だと解釈できる。

  けれど、あくまでも、それは 《助けてもらう》だけであって、直接《答え》に結び付くようなヒントなど、本来は 出してはいけない。 それは、この課題のルールであり、ひいては世界のルールに繋がること。


「…… 実って、言ったわよね?」

「ん~? そうだっけ? …… アリスちゃんの聞き間違えなんじゃない?」

「…… そうね、そうかもしれないわ。 私は 教えられて知ったのではなく、森の途中で、本当に《偶然》、その実のことを知った―――― と」

「すごい《偶然》だね~、いやぁ さすが九十九番目のアリスちゃん、運がイイね! 本来なら、その実の存在は、なかなか知らないまま終わることが多いんだけどね~」


  …… つまり、普通に捜索していたら、実の存在に辿り着くまでに、えらい時間がかかってしまうというわけで。

  ばちんと、兵士長が ウインクをして合図をしてきた。

  日本人ぽい外見をしているのに、なかなか様になっているというか…… 認めたくはないが、かなり《格好いい》から腹が立つ。

「何でもかんでも 難しく考えていたら、目当てのモノなんて見つからないよ? 使えるものは何でも使って、利用できるものは 何でも利用するんでしょ? だったら、ここは《賢く》立ちまわらなきゃ」


  世界のルールであっても、たまには《無視する》くらいの度胸が必要だと?

「…… あえて逆らうほど、わたし 大胆な性格ではないんだけどね」

「大丈夫。 この俺に挑戦状を叩きつけるくらいだもの。 世界のルールなんて、たいしたことじゃないよ」

「…… その発言は、すごく問題アリだと思うわよ?」


  そんな、軽口を叩きあいながら、叶人は 兵士長に促されるまま、さらに森の奥へと進んで行く。

  兵士長は、どこに向かうとは言わなかった。

  叶人も、どこへ行くの、とは 聞いていない。

  ただ、この状況で、兵士長の性格からみて、まったく《見当違いの場所》に、わざわざ案内するとは思えなかった。

  何も言わなくても、向かっている場所―――― それは、叶人が知りたい場所、で ほぼ間違えないだろう。

  ブタさん達を狂わせるという、問題の《実》のある所。



  何となく、叶人は 《兵士長という人物》が、少しだけわかってきていた。

  へらへらしているし、こちらが質問しても 真面目に答えるかどうかわからない、ふざけた性格に見えてはいるが。

  今のところ、彼との会話の中には、必ずといっていいほど、《重要な情報》が たくさん出てきている。

  ウソや 冗談の中に隠れた、一握りの 《真実》。 意地悪な言葉に惑わされて、聞き逃すなんて 勿体ないではないか。

  兵士長は、自ら 『本当のことを言うかどうか わからないよ』と宣言している。 面倒くさい話ではあるが、それならそれで いいと思った。

  判断するのは、自分自身。 何が正しくて、何が間違っているのか…… 数ある情報の中から選ぶことは、生きていくうえで 常に行っているのだから。 別に、驚くようなことでも 困ることでもない。


「…… 随分 素直に、俺の後をついてくるんだね。 疑ったりしないの?」

「あなたに関しては、疑うことが多すぎるのよ。 …… 早い話、面倒くさいの、あなたって」

「本人を目の前にして、面倒くさいって…… あははははは! キツイなぁ、アリスちゃんてば! どうしよう、今 俺すっごい傷付いたんだけど?」

「心にもないことを言うのは やめて。 私ごとき、どう思われたって 何ともないでしょうに」

「―――――― そんなこと、ないよ」


  ふいに、兵士長の 声色が、ガラリと変わる。

「…… え?」

  叶人は、少し 驚いた。

  今の会話の中で、まさか その部分に 兵士長が食いついてくるとは思ってもいなかったのだ。

「へ…… 兵士長?」

  足を止めずに、兵士長は 叶人の顔だけを 見つめてくる。

  いつもの、バカにしたような、からかっているような、軽い感じではなく――― 初めて目にするような、独特な 視線。


「……!」

  一瞬、叶人は 呼吸をすることを 忘れていた。

  そのくらい、兵士長の 熱を帯びた視線には、チカラが宿っていて。


  ふっと……、先に 表情を崩したのは 兵士長の方だった。

  金縛りにあっていたのが解けたかのように、叶人は 緊張から解放されたことを 知る。

「ふふ…… アリスちゃんて、意外に 《鈍感》なんだね~」

  いつもの冗談めいた口調に、ほっとする。 《殺気》とは違う 緊張感は、なんとも居心地が悪い。

「…… 鈍感て、失礼ね」

「そんなんだと、俺みたいな《悪い男》に、頭からパクリと食べられちゃうよ?」

  兵士長は、ニヤリと笑う。 いつもと同じように見えたが…… それもまた、違うような気がした。


  …… 何? …… どういうこと?


  掴めそうで、再び 兵士長が遠のいていったような感覚。

  彼の背中は、容易には 見えてこない。

「…… 私なんか食べたら、絶対に 《食あたり》を起こすわよ?」

「えぇ~ そうかな~。 …… じゃあ、試しに 味見してみよっかな」

「言い忘れていたけど――― 嫁入り前の乙女って…… 結構強いのよ?」

  ファイティングポーズを 構えてみせた叶人に、兵士長は 噴き出して笑う。

「ぷっ…… なになに、俺と戦う気でいるの? ムダなことはしない主義なんでしょ?」

「時には 主義主張を飛び越えて、どうしようもなく 愚かな選択をしてしまうのが、人間ていう生き物なのよ」

「…… 達観してるねぇ。 どこかの おじぃちゃんみたい」

「そこは せめて、おばぁちゃんと言ってくれない?」

「あははははは!」



  はたから見れば、たわいもない 会話。

  しかし、叶人は 誰にも出くわさないことに気付いていた。


  この森には、二種類の生き物がいる。

  一つは、凶悪ブタさんのように、凶暴化しているが まだ会話は可能な連中。

  そして、もう一つ。

  会話もできない、ただ 生きて、動いて、食べて…… の、気味の悪い連中。


  時間的に どのくらい経過しているのか、この世界での 時間の感覚は いまだにわからない。

  なんとなく、かなり 森の奥地まで進んだような気がするが、その間…… そういった危険なモノは出てきていないのだ。


  考えられることは、二つ。

  兵士長が漂わせる 強烈な《殺気》に怯えて、相手が 出てこれないということ。

  それと、出くわさなくていいように…… 兵士長が、《道を選んでいる》ということ。


「ん? アリスちゃん、どうかした?」

「…… …… 何でもないわ」

「何でもないこと ないでしょ? 今 俺のことを、熱~い視線で 見詰めてたのに」


  どこまで、兵士長は 本気なのだろう。

  危険が迫った時、本当に 助けてくれるのだろうか。

  不安を挙げたら きりがない。 わかっていて、一緒に歩いているのだ。

  腹をくくるしか ない。



  そうして、また少し 歩いて行くと、叶人の目の前に現れたのは、目にも鮮やかな、真っ赤な実。


  アップルマンゴーに、外見は 似ていた。

  しかし、見るからに毒々しい、赤過ぎる 赤。 とりあえず、ぱっと見て 食べたいとは思わない。

「コレ…… 」

「アリスちゃん、《偶然》だね~。こんなところに、《真っ赤な実》がたくさんあるよ。 うわぁ、いかにも《問題ありそうな》、怪しい感じがぷんぷんするね~」

「…… その《猿芝居》、必要なの?」

  叶人は 半ば呆れて 兵士長を見た。


  世界の意志…… とやらは、どこで この状況を観察しているのか わからないが、把握していないはずがない。

  もう とっくに、叶人がズルをして、兵士長から 情報を聞いたことなどバレているだろう。

「う~ん、まぁ 一応やってみただけなんだけど。 …… あれ、面白くなかった?」

「…… 《面白さ》とかは求めていないから。 とりあえず―――― 《目の前》に集中してくれると ありがたいんだけど」


  目の前の―――― 赤い実が成った 木の下に群がる、虚ろな目をした 連中。

「アレは…… 会話が 可能な方?」

「いいや、不可能な部類だね~。 それじゃあ、アリスちゃん、ちょっと下がっててね」

  兵士長は、するっと 腰の剣を引き抜いた。


「…… どうするの?」

「う~ん、この場合、それは野暮な質問でしょ? …… ああなった者は、もう《救えない》」


  救えない――― 兵士長から そんな単語が飛び出たことに、叶人は 何より驚いた。

「俺は慣れているけど、アリスちゃんは 違うからね。 耳を塞いで、目を瞑っててね? とりあえず、さっさと《片付ける》から」

「そんな…… こと……」

  できるわけがないと、言いたかったのだが。

  叶人は、最後まで 言えなかった。


  ざんっと、肉を斬る音が 森の中に響く。

  虚ろな目で 兵士長に次々と襲いかかる、ゾンビのような連中。

  よく見れば、元々は 普通の人間だったり、ブタさん達のように 動物の姿をしていたり、様々だった。

「アリスちゃん、後で 後悔するよっ? …… 食事ができなくなっても いいのっ?」

「うっ……」

  兵士長の 言うことは、いつも 正しい。

  生きている者たちが、斬られていく 光景。

  虚ろな目で、口も 手も 着ている服も どれも赤く濡れて、《食事をした》という事が アリアリとわかるような、そんな 不気味な連中であっても。

  意志はなくても、生きている 命。

  操られているわけではなく、ただ 単に、狂ってしまった…… 不幸な 命。


  その命が、失われていく。

  もう 救えない、と。 …… 彼らを止めるためには、この方法以外に 無いと。

  兵士長の言葉は、間違ってはいないのだろう。

「こうなってしまったら…… もう誰にも、どうにもできないんだ。 止めるためには―――― こうして、首を落とすしか ない」


  言いながら、兵士長は 手を休めない。

  隙を見せれば、危なくなるのは 彼の方であり、それは そのまま 叶人まで危険が及ぶことになる。

  十数人いた 不気味な連中は、あっという間に 首と 胴体が離れた状態で 地面に転がっていった。



  赤い実 以上に、赤く染まった 地面。

  鉄が錆びたような 血の香りが、美しい木々の情景には 何とも不釣り合いで。

  最後の一人が倒れるまでに、それほど時間はかからなかった。 さすが 兵士長、剣の腕は 確かだ。

「…… 俺、ちゃ~んと忠告しておいたのに」

「…… そうね……」


  人が死ぬのを、初めて見た。

  しかも、ただ死んだのではなく…… 言い方は悪いが、殺されたのだ。 兵士長の 剣によって。

「…… 俺が、怖い?」

「…… 怖くは、ないわ」

「じゃあ何で――― そんなに 震えてるの?」

「!」


  血液がしたたる剣を 兵士長が一振りすると、どろっとした赤黒いモノが、地面をさらに濡らす。

  ぴちゃんと 音を上げて出来上がる、新しい 赤い水たまり。


  普通に生きていたら、絶対に 目にしない、異様な光景だった。

  ホラー映画でも、こんなに鮮明な色はしていないだろう。 まして、鼻を直接刺激する この異臭が、現実の証。

「…… うっ……」

  目の前が、チカチカと点滅する。 頭に 大きな石が落ちてきたような、ずしんとした重み。

  叶人は、たまらなくなって、思わず 地面に膝をついていた。

  耳鳴りが キンキンして、平衡感覚が 保てない。

「…… 無理するから、だよ」


  ちょっと待ってて―――― そう言い残して、ふいに兵士長は その場から姿を消した。

「ちょっと……!」

  首が ゴロゴロと転がった場所に、置き去りにするか、普通?

  消えた方向を睨んでみるが、いなくなった後では 何の効果もない。

「…… 情けないな、私……」

  一人残された状態で、ぼんやりと呟く。



  《殺す》とか《殺される》とか、この世界に来てから その言葉を耳にしない日はなかった。

  それでも。

  まだ どこか、自分とは かけ離れた話題であって、現実味が無くて。

  戦闘においても、負けたことはなかったし、それほど 傷付いた者も いなかったし、ボロボロになった瑞樹の姿を見た後でさえ、本当に 理解しているとは言えなくて。


  人が、死ぬこと。

  転がっているのは、すでに ただの 《肉のかたまり》だ…… と、簡単に割り切れたら どんなにラクだろう。

  けれど、それは。

「ただ…… 私が、私の《しようとした事》から、逃げているだけよね……」

  斬ったのは、兵士長だ。

  だからといって、叶人に 何の責任も無いかといえば、それは 違う。


  叶人は、願った。 この課題を クリアしたいと。 そのためには、この森の謎を 解くのだと。

  森の謎は、ほぼ半分は 解けている。 毒々しく光る 赤い実こそ、この森を狂わせている 《諸悪の根源》。

  この実のせいで、意志を失くした 気味の悪い連中がいることも、知らされていた。

  知っていて…… そのうえで、尚も 望んだ。 森の奥へ、進むことを。


  ならば、叶人は 受け入れなければいけない。

  目の前の 血ぬられた光景も―――― 課題の《途中》にある、《必要不可欠なこと》なのだと いうことを。



  そう思った瞬間、すっと 頭の中が冷えた。

  《冷静さ》を 取り戻しただけなのか。 それとも 人として《大事なこと》を、一つ失くしてしまったのか。

  どちらなのか、今の 叶人にはわからない。

  わからないからこそ―――― 手探りでも、進むしかない。 誰かに 強制されたわけではない、己が選んだ 道ならば。



「ごめんね、お待たせ~」

  軽い調子で戻ってきた兵士長の手には、冷たく冷やしたハンカチが握られていた。

「ここ、少し行ったところに 川があるんだよ。 まったく、アリスちゃんてば、せっかくの俺の忠告、全然 聞かないんだから。 気持ち悪くなるに決まってるでしょ?」

  そう言って、叶人を地面に寝かせようとするから、その手から ハンカチをひったくってやった。


「…… アリスちゃん? なに、どうしたの? …… 怒ってるの?」

「そうね…… けっこう、怒ってるわね」

「えぇ~、だから ごめんって。 置き去りにしたことは謝るからさ~」


  …… 違う。 兵士長に対して、ではなくて。

  叶人は、自分自身に対して、猛烈な怒りを覚えていた。

「アリスちゃん? 本当に どうしたの? あまりにも強烈過ぎて、混乱してる?」

「…… そうかも、しれない。 けど……」


  ―――― これだけは、確実。


  叶人は、兵士長の 茶色い瞳を、真っ直ぐに見上げた。

「さっきのことは、あなただけの 責任じゃない」

「え…… ?」

  すべて、自分の責任だと…… そう言い切ってしまえるほど、叶人は 強くもないし、偉くもないから。

「だから、半分だけ。 …… 半分だけ、持つわ。 あなたの手から」


  兵士長が はめたままの、不吉な 黒い革の手袋。

  きっと、いく人もの血を吸ってきたであろう、禍々しいモノ。

「あなたの過去は、知らない。 想像くらいはできるけど、ね」

  その過去が重なって、作り上げられたのが、現在の 《彼》なのだとしても。


  叶人と一緒にいる時間は、叶人と 兵士長、二人だけのもの。

  古い 言い方で言うならば、《連帯責任》というヤツだ。

  あぁ、我ながら、表現が 昭和だなぁ…… と、しみじみ思う。

「あなたの勝手には、させない。 一人で、全部 背負い込むことだって、させない。 そんな 《カッコイイ》こと、させてたまるもんですか」


  ―――― だから、そんな顔を しないで。


  言葉には 出さなかったが、瞳で 訴えた。

  兵士長は、気付いていない。 自分が、今、どんな顔をしているのかということを。

「は…… はは、何、ソレ……」

  いつものように 笑おうとして…… 失敗する 兵士長。

  当然だ。

  誰を ごまかせたとしても――― 自らの心までは、ごまかせない。


  そういうことに関して、叶人は 人一倍、敏かった。

「ごめんなさいとは、言わないわ。 私だけのために、剣を振るったんじゃないって わかっているもの」

  彼は、人のためだけに、何かをするような…… そんな性分ではないだろう。

  それでも。

  百パーセント、完璧な《善人》など、この世には 存在しない。

  それと同時に、完全なる《悪人》だって、この世には いないと、叶人は信じているから。


  いつも 《黒い行い》しか しなくても。 《こんな顔》ができるなら、叶人の推測も あながち間違ってはいないだろう。

「謝らない代わりに、ありがとうって言うわ。 …… 私の分まで 戦ってくれて、ありがとう」


  叶人は、兵士長の 黒い手袋を、ぎゅっと握りしめた。

  一瞬、わずかに 身を引こうとしたのがわかったが、そこは 逃がさない。 逃がして たまるもんか。



「…… 改めて、よろしく―――――― 厄介な 兵士長さん」






  おしゃべりな兵士長は、返す言葉が 見つからなかった。

  混乱しているのは、もはや 彼の方で。

  こんなこと…… 今まで、誰にも 言われたことがない。


  『…… 半分だけ、持つわ。 あなたの手から』


  口だけでは、何とでも 言える、この世界。

  頭の回転が速くて、口が達者で、常に 余裕の表情で、周りを 出し抜いて――― そうして、勝ち続けてきた 男にとって、到底 信じられる言葉でも 行動でもなくて。


  それなのに。

  何も、言えない。 次の言葉が、出てこない。

  何を 言ったとしても、それは 薄っぺらいモノでしか ないような気がして。



  『私の分まで 戦ってくれて、ありがとう』



  無言になった 兵士長の、血で 汚れた顔。

  静寂を取り戻した 森の中で、叶人も また、無言のまま――― ハンカチを当てて、男の顔を ぬぐってやるのであった。  

 今回の お話、いかがでしたか?


 後半の部分が、けっこう気に入った仕上がりになってくれて 嬉しかったりしますが。そこは、私の個人的な感想であり、読む側から見たら また違うのでしょうね。


 今回、《森の主》との対決まで書くつもりが…… 辿り着きませんでした。予想以上に、この《ハートの国編》は長くなりそうです。 引き続き、お付き合いくださいませ。


 次回、今度こそ 森の主が登場。 主と 赤い実との関係は……? 揺さぶられている兵士長は、どうするのか。 カナトの活躍は? …… 等を予定しております。お楽しみに。

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