30.危険な 挑戦状
ブタさんの危機が去ったとはいえ、ここは ねじれた世界に変わりはなく、次から次へと 問題が勃発。 その中で、叶人が選ぶ、選択とは……。
※誤字 修正しました
「私が…… 課題を《出す側》だとしたら、って……」
兵士長の 意外な言葉に、叶人の思考は 一旦停止したが。
「あ…… そっか……」
言われてみれば、なんてことはない。
逆の発想――― それは いつも、叶人が困った時に 真っ先にしている考え方と同じだった。
「そ、期限付きの場合、一番に優先すべきなのは、まさに《時間》だよ。 時間制限のある中で、目的も無しに動きまわることは 得策とは言えない」
「…… まったく、その通りだわ」
森に入った直後、まさに 叶人がやろうとしていたことだった。
どこに行けば、目当てのモノが見つかるのか。 誰もいない森で、何かの情報を探そうとして。
知らず知らず、無駄な時間を過ごしていたことになる。
「冷静に考えて…… そうよね、そんな簡単に見つかるような《手がかり》、あったら課題にならないものね」
「でしょ? じゃあ、そういう時に、一番手っ取り早く、目当てのモノまで辿り着く方法といえば……」
「課題を出す側――― つまり、帽子屋さんの立場になって、考えるってことね」
「そ~いうことさ。 君がもし、誰かに 課題を出すとしたら…… 君なら、どうする?」
「私なら…… ……」
誰かに、何かを探させる。 いわば、《宝探し》のような遊び(ゲーム)だと思うと より明確なイメージが出来上がってくる。 自分が《宝》を《隠す》としたら?
叶人なら、まず第一に、そんなに遠くには隠さない。
「人が入り込まない所とか、すごく奥まった所とか…… そういう場所は選ばないわね。 わりと近くの場所に隠すわ。 だって、遠いところなんて、自分が隠しに行くのが面倒だし」
すごく近くて、すぐそばにあるのに、実は なかなか気付きにくい、そんな場所。 それが理想だ。
そして、第二に。
ただ単純に、手に入るような形式には きっとしないだろう。
「例えば…… そうね。 何かを達成したら、その報酬として 手に入る――― とか。 まぁ、アリスに対しての《感謝のドロップ》みたいな感じかしら?」
そもそも、叶人が よく遊んできたロールプレイングのゲームでも、常にそうだった。
魔王を倒すための《伝説の剣》。 それを手に入れるために、気の遠くなるような 冒険をして、様々なダンジョンに潜って、時には 住民からのクエストをこなして。
すべての要素が集まったときに、ようやく お目当ての《剣》が手に入る。
「そうよね…… 何で 気付かなかったのかしら?」
闇雲に、ただ ひたすら探しまわること――― そんなことをしても、課題の《意味》はほとんど無い。
今回は 叶人の考えでいくと後者…… 何かを達成したときの《報酬》というセンが、もっとも妥当のような気がしてくる。
「そうなると…… 問題は、何を達成すればいいか、という事よね」
「達成するもの、かぁ…… ちなみに、アリスちゃんは、この森について どう思う? 解決すべき問題って、何かあると思う?」
「解決すべき問題、というか……」
異常なこと。 つまり《異変》なら、先程 目にしたばかりの《アレ》しかない。
「真っ赤に濡れた、凶悪なブタさんたちしか 考えられないんだけど」
「あははははは、そっか、そ~だよねぇ~」
兵士長は、何がおかしいのか ケラケラと笑う。
しかし、叶人は 気付いていた。 兵士長の様子から察するに、これは アタリだと。
今のところ、どこから見ても 普通の緑豊かな森にしか見えないのに、付いた名前は 《赤の森》。
そのことと、ブタさん達が 真っ赤に濡れていることと、関係があるのなら。
「赤にまつわる謎を解くことが、先につながる…… のかも」
「ふ~ん、アリスちゃんてば 探偵さんみたいだね。 可愛いな~ …… ちょっと頼りないけど」
「うぐっ……」
いちいち、人の神経を逆なでするのが上手い男だ。
「えぇと、じゃあ あらかた考えが進んだということで、要点を整理してみようよ」
「要点を、整理?」
「そ、こういうの得意でしょ、アリスちゃん? 物事は何だって、順を追って考えていけば、そう難しいことはないってね」
「……」
悔しいが その通りだったので、素直に従うことにする。
一、この森が 何故《赤の森》と呼ばれているのか。
二、ブタさんたちが真っ赤に濡れて、あんなに凶暴なのは、何が原因なのか。
三、叶人の ヴァイオリン攻撃が、何故 一つも通用しなかったのか。
ひとつひとつ、疑問点を口に出したことで、より 脳内はすっきりとクリアになっていく気がした。
「あ、もう一つ 重要なことを追加ね。 君、今のままの戦力じゃあ、この森から抜け出すことは 不可能だからね?」
「それは…… 絶対に? 例えば、私のヴァイオリンが……」
「復活しても、ダメ。 そもそも、簡単には復活しないというか…… ん~、簡単に言えば、この森にいる間は、アテにしちゃいけないっていうか」
「…… それじゃ、私の戦力って、まるっきりゼロじゃない……」
「うん、そうなんだよね。 だから――― ここで、俺の出番ってわけ」
にこにこ、にこにこ。
あぁ、そうか…… 叶人は、兵士長の言わんとすることが ようやく理解できた。
兵士長の、目的。 それは。
「あなた…… 私の《護衛》にでもなりたいの?」
さっきも《既成事実》がどうとか言っていたのは、このことだったのだろうか。
「ん? 半分アタリで、半分ハズレ。 俺は《護衛》という地位には 固執してないよ。 アリスちゃんのそばにいられれば、別に 《肩書き》は何だって構わないし」
「そ…… そばに いられれば、って……」
「俺、心は広いから、別に 《二号さん》でも気にしないし」
…… 二号さんて、何だ。
そういう表現は、二股とか 不倫とか…… 《愛人》に対して使う言葉なのではないだろうか。
「あなた…… 使う言葉も、認識も、ものすごく間違ってるわ」
「え、そうなの? じゃあ、アリスちゃんの《本命》は ウサギさんじゃないの?」
…… 本命って、何だ。 バレンタインの時期は、三か月前に過ぎている。
「あなた、私と ノールのことを、何か誤解しているわよ?」
「あ、違ってたの? 何だ~、余計な気を回し過ぎたかな。 そっか、うん、俺らしくなかったかもね」
「え…… うひゃあっ!」
突如、叶人の視線の高さが変化した。
すっと 動いた兵士長によって、横抱き…… いわゆる《お姫様抱っこ》をされていたのである。
「ちょっ…… 何、何なの……!」
「しっ、黙って」
慌てて 腕から逃れようと身をよじったが、当然 ビクともしない、逞しい腕。
最近 多くなってきた 白ウサギにされる《抱っこ》とも また違う気がして、叶人の顔は みるみる赤く染まっていく。
「君、死にたくないんでしょ? だったら、今はおとなしく 言う事を聞いておいた方が身のためだよ?」
「…… 何で?」
「おっかないモノが 近付いてるからね~」
兵士長が言うほどの《おっかないモノ》の、想像がつかない。 叶人にとっては、彼の方が よほど恐ろしいのだから。
「私、忘れたわけじゃないのよ? あなたと最初に出会った時、私が狙われていても あなたはいっさい動かなかった。 動いたのは、白ウサギだけよ」
動けなかったのではなく、あれは明らかに 自らの意志で 動かなかったはずだ。
「そういう人を、私が 信用すると思う? 危険にさらされた時ほど、《味方選び》は慎重になるものよ?」
「あはは …… そうだね。 別に言い訳はしないよ」
「だったら、離して。 今すぐ下ろして」
「う~ん、それはできないな~ …… おっと!」
叶人を抱きかかえたまま、兵士長は 軽々と後方に跳躍した。
揺れに対して 本能的に、兵士長の首にしがみついてしまう。 しまったと、思った時には もう遅い。
兵士長が、小さく笑っていた。
「い…… 今のは、不可抗力でっ……」
「はいはい、い~の、い~の。 そのまま俺にしがみついてて?」
そう言った直後、兵士長は ものすごい速さでその場から走り出した。
「ちょっ……」
「舌噛むから、黙ってて!」
厳しい制止の声が、木々の間に消えていく。
…… 何、何なの?
状況が さっぱり理解できないが、逃げるということは 相応の危険が迫っているということは確かであって。
信用はできなくても、とりあえず そんな現場から連れ出してくれたことは、正当に評価すべきなのだろう。
少ししたところで、兵士長は 一旦 足を止めた。
「ねぇ、アリスちゃん、聞こえる?」
「…… 何のこと?」
「ほら…… 風の音に混じって―――」
ちょうど、風向きが変わったところで、叶人の耳に届いた 異様な音。
ぴちゃぴちゃ。 くちゃくちゃ。 じゅるっ。
「…… なに……」
否定したくても、想像が そこに辿り着いてしまう。
誰かが、何かを 食べている音。
「う……」
ホラー系の映画は 大好きだ。 ゴーストでも ゾンビでも エイリアンでも、作り物の話だからこそ楽しめるもの。
「俺は この世界の住人だし、見慣れているし、どうってことはないんだけどね。 …… 君は、やっぱり《苦手》かな~と 思ったからね」
叶人は、無言のまま 首を縦に振って 肯定を示した。
勢いよく振り過ぎたせいで、頭がクラクラする。 いや、音を耳にした時点で、すでに眩暈がしていた気もする。 とにかく――― 気持ちが悪い。 吐き気がこみあげてくる。
「ちょっと、座ろっか?」
今度は 何を企んでいるのか――― そう疑ってしまうほど、意外にも 兵士長は優しい手つきで 叶人を地面に下ろした。
「とりあえず、距離は稼いだし。 少し休憩するくらいの時間は あると思うよ? …… ってことで、さあ、おいで?」
「は?」
先に 腰を下ろした兵士長は、あぐらをかいた状態で、自分の膝をポンポンと叩く。
「ほら、遠慮しないで。 いいから…… おいで!」
「うわっ……」
素早く掴まれた腕のせいで 体勢を崩し、叶人は 兵士長の元へと倒れ込む。
はからずとも、兵士長に 膝枕をしてもらうかたちで、叶人はちょこんと 横向きに寝ころんだ状態になっていた。
「ちょっ……」
「いいから、おとなしくしなさいね~」
「う~……」
ふわりと、髪に 兵士長の手が下りてくる。
少し ひんやりとした 白ウサギの手とは違う、剣を持つ人特有の、硬い手のひら。
何度か 髪を撫でたあと、その手は 静かに背中をさすってくれた。
「…… ……」
悔しいが、気分が 次第に落ち着いてくるのがわかる。
風向きの変化で、先程の異様な音は もうしない。
さわさわと葉のこすれる音と、鳥達の 小さな鳴き声だけが 響いている。
「…… あれは、何?」
聞きたくはないが、知っておかなければ 先には進めないとわかっているから。
叶人は、あえて 兵士長に尋ねた。
「この森には…… 二種類の生き物がいてね。 一つは、初めに君が遭遇した、ブタくんたちのような連中。 凶暴化しているけど、一応 まだ 会話することは可能な、ギリギリのラインにいる人達」
「もう一つは……? それが、さっきの音の正体?」
「彼らに、言葉は通じない。 彼らの意志は、そこにはなくて、ただ 生きて、動いて、食べて、それの繰り返しさ」
生きて、動いて、食べて――― いったい、何を?
「おそらく、君が 《想像したもの》で合っていると思うよ。 彼らは、《ナマの肉》しか食べなくなる。 ある…… 《実》のせいでね」
ナマの肉……。
想像したところで、再び 吐き気がぶり返す。
「うぅ……」
「こら、苦手なら 想像しないの! まったく、バカだなぁ アリスちゃんは」
そう言って、兵士長は また背中をさすり始める。
「…… そんなことをしたって、私は ごまかされないわよ?」
「あははは、君ってば こんな状態でも意地っ張りなんだね~。 毛を逆立てた 子猫みたい。 可愛いな~ …… ちょっと怖いけど」
何が、怖いだ。 天下の《兵士長様》が、何を言い出すのやら。 呆れて つっこむ気にもならない。
「君が 信じたいものを信じて、少しでも不安要素のあるものは 全部疑えばいい。 それが、結局は 君のためだから」
「兵士長?」
静かな口調の中に含まれた、 無数の《棘》。
その 小さな棘たちは、叶人の心に侵入して、少しずつ浸食していくようだった。
―――― 気に入らない。
「…… 気に入らないわ」
低くぼやいて、叶人は むくりと上体を起こす。
「アリスちゃん?」
先程までの、うす気味悪さからくる 吐き気とは、明らかに違う種類のもの。
胸が、ムカムカする。
はっきりとしたことは、わからない。
ただ。
兵士長の、今の ひと言が、ものすごく 引っかかった。
『信じたいものを信じて、不安要素のあるものは 全部疑え』と?
…… 間違ったことは、言っていないはずなのに。 なのに、どうして。
こんなにも、心が ざわつくのか。
起き上った叶人は、兵士長と 向かい合って座り直した。
叶人の心を揺らし、違和感を感じさせた部分があるとしたら――― 兵士長、本人が原因のはずだから。
「どうしたの?」
「…… それは、こっちのセリフよ、兵士長。 あなたは……」
本当は、何がしたいの、と。
瞳で問うてみるが、男は 容易には 心を見せてはくれなかった。
まぁ、当然か。
誰であれ、会って間もない 小娘に対して、己のすべてをさらけ出すなんて、するわけがない。
白ウサギが、特殊すぎるのだ。
『僕のすべては、あなたのものです』なんて、狂ったウサギしか 言えないセリフだろう。
叶人は、追求するのを やめた。
諦めたのではなく、今 この時点で これ以上《踏み込むこと》を、しないだけ。 一時中断だ。
「…… いいわ。 あなたが そんな簡単に 尻尾を出すような人だと思ってないもの」
「ん? 何の話かな~?」
「ものすごく 気に入らないけど、今は 考えないことにする。 その前に、私には やることがあるから」
「ふ~ん?」
にこにこ、ニヤニヤ。
兵士長は、いつもの 張り付いた笑顔に戻っていた。
切っても切っても、同じ顔…… の、《金太郎飴》かと思っていた、赤い男。
けれど、彼だって 生きている。 常に 同じ顔で居続けるなんて あり得ない。
兵士長が 何を考え、何を企んでいるのか、叶人は 掴み切れていなかった。
ならば、 あえて その道に身を投じてみるのも悪くはない。
できるならば、関わり合いたくはないと思っていた、ものすごく《厄介な相手》だとしても。
見えなかった 背中が、見えてくるかもしれない。
可能性のあるものは、すべて 試してみるのが、叶人流。
「ねぇ、兵士長」
「何かな、アリスちゃん?」
「単刀直入に 言うわ。 …… 私に、力を貸して」
胡散臭さ 全開の、どう見ても 黒い塊のような、危険な男。
安心して 背中を預けられる護衛の 白ウサギとは、正反対の位置に属している。
背を見せた瞬間に、瞬殺されそうな、全身から放たれている 殺気。
しかし、背を見せるのが 危険なら、背を見せなければいいのだ。
思いきり 前を向いて、いつでも 顔を拝んでやればいい。
常に、その笑顔を 保てるのか どうか。 崩れるのは、どんなときなのか。
いわば、ちょっと過激な 挑戦だ。
「ふっ…… 見かけによらず、大胆だね、アリスちゃん」
兵士長の殺気が、色濃く変化した。
清々しい 森の空気を引きずりこむような、暗くて重い、何か。
もう、後戻りはできない。
挑戦状を叩きつけたのは、まぎれもなく 叶人の方だ。
「あら、失礼ね。 私、これでも《慎重派》で通っているのよ?」
「慎重なレディは、こんなことを 仕掛けたりはしないけどな~」
「…… でも、あなたが 《誘導》したかったのは、《この結末》なんでしょう?」
満足そうに笑う顔は、肯定を示していた。
叶人の方から、協力を依頼させる。 叶人が、自分から 逃げ出さないように。
「いいわ、その提案 乗っかってあげる。 恐れて、背を向けているばかりは、私らしくないわ。 どうせなら……」
「――― すべてを巻き込んで、味方につけてしまう?」
「…… そうね、一番の《安全策》は、それしかないでしょうね」
「俺のこと、信用できないんでしょ? それなのに、《その選択肢》を選ぶの?」
試すような 口調でも、叶人は 気にならなかった。 心は、すでに決まっている。
「私…… 結構、バカなのよね」
考えていそうで、考えきれていなくて。
用意周到に 準備したと思いきや、必ず どこか抜けていて。 完璧からは、程遠い。
けれど、それが 自分。 バカだからこそ、辿り着ける《何か》がある。
そう信じていなければ、やってられないではないか。
「信用できなければ、信用できるように 変えてしまえばいいのよ――― 兵士長、あなたを 《丸ごと》ね」
不敵に笑った叶人の その小さな手が震えていることに、兵士長は気付いていたが…… あえて 何も言わなかった。
ただ、ひとつだけ。
「やっぱり、君って――― 殺したいくらい、可愛いよね」
叶人を上回る 凄味を帯びた笑みで、兵士長は 返事を返したのであった。
何とか、四月に滑り込んだ、水乃でございます~。
危なかった……。 一応、一ヶ月に二回の更新を目指している者として、なんとか 仕上がればいいなと 思っていましたが。本当に、ギリギリでしたね。いやぁ、毎日 忙し~い。
今回のお話、皆様 いかがでしたでしょうか? 意外な展開に…… と思われた方も、いらっしゃるかもしれません。 これこそが、カナトの真骨頂といいましょうか、バカだからこそできる選択とは、まさに このことを指しております。
背を向けているばかりでは、何も 変わらない。 …… 耳に痛い言葉ですね。
少しずつ見えてきた 森の謎と、兵士長の《素顔》。 それについて カナトは武器も無しに、どうやって戦いを挑むのか。
次回、《森の主》との対決を予定。 そろそろ、白ウサギが恋しくなってきた方、いませんか? …… いないかな(笑) 私的には、あの暴走モードが無いと、何だか調子が出ません。 早く、ノールよ、戻ってきて~。




