29.赤いマントに ご注意を
派手な柄シャツに、物騒な武器の ブタさん三人組。 しかし、この世界には、それよりも物騒な人物が、たくさん存在する…… というお話です。
ブタさん三人に対して、叶人は たった一人きり。
巨大なナイフ、フォーク、アイスピックを眺めながら、とりあえず 軽く息を吐きだした。
「ふぅ……」
のんびりと、武器であるヴァイオリンを構えている…… わけではない。
余裕など 一ミリも持ち合わせていないが、焦ったところで 状況が良くなることはない。
「…… って、よく《のんちゃん》が言ってたわよね」
兄の 望は、常に冷静であることこそ重要だと説く人間だった。
余裕は無くとも、あるように振舞っていれば、自然と心が落ち着いてくるものだと。
「…… って、実際に どうなのかしら、この状況」
半笑い状態で、目の前の光景を もう一度眺めてみる。
口元を真っ赤に濡らし、武器を持って突進してくる 凶悪そうなブタさん 三人組。
――― 無い、余裕なんか まったく生まれない。
「余裕ぶっこいている間に、多分死んじゃうわよ、この状況じゃ!」
最愛の兄には申し訳ないが、兄の持論は 今このときには通用しないと 主張したい。
一対一なら、まだ 戦いようもある。
しかし、一人に気を取られているうちに、他の二人が攻めてくる。 三人まとめて相手をしない限り、早々に決着はついてしまいそうだ。 叶人の、《敗北》というカタチに。
「…… 冗談じゃないわ」
なんだか、この世界に来てから、この言葉ばかり 自分は言っている気がする。
それほど、この世界は 納得のいかない…… 馬鹿げたことが多いということだ。
「そんなものに…… 振り回されてたまるもんですか!」
ジャジャジャジャジャンッ
少し乱暴に、叶人は和音を弾き鳴らす。
もちろん、ブタさんたちの 《武器破壊》を狙って。
―――― ところが。
「……………… あら?」
昨日、黒い刺客たちには通用した、物に対しての 音の攻撃が…… 今、何の効果も表れない。
「え…… ウソ、でしょ?」
ある程度、距離を取っていたはずなのに、巨大なナイフと フォークと アイスピックは、すぐ近くまで迫ってきているではないか。
「昨日の成功は、何だったのよ!」
何のための、実験だったのか。
《人》に対しての効果は 今までの戦闘で実証済みだった。 だから、《物》に対しても有効なのか試したくて、わざわざ 黒い刺客とも戦ったというのに。
「何をひとりでブツブツ言ってるんだ、コラァ!」
長男ブタの持つ 巨大ナイフが、すぐ近くで振り下ろされる。
呆けている場合ではない。
最初の一手が通用しなければ、次の一手を打つしかない。
ディラランラ~ タラリラルラ リ~ラララ ラ~
「何を呑気に 楽器を弾いてるんだか!」
ギリギリで 長男のナイフを交わしたところに、続けざま 二男のフォークが向けられる。
「………… 何で……?」
叶人は、相手を弱らせる曲を弾いたつもりだった。
どこをどう見ても、ブタさん三人組に 効いているとは思えない。
――――― まさか。
「今までの攻撃じゃあ、ダメだってこと……?」
叶人の疑問は、次々と襲いくるアイスピックが答えてくれた。
まったく、ちっとも、音楽の効果が 無い。
…… どうしよう。 こんなの、聞いていない。
それでは、自分はどうやって戦えというのだ。
叶人の専用武器は、ヴァイオリン。 曲を奏でてこそ、武器としての効果が出る。
手に持っているだけでは、意味が無い。
「ウラァッ!」
「食らえ!」
長男と二男の攻撃を、思わず ヴァイオリンで防ぐしか、道は残されていなかった。
「ヴァイオリンは…… 打撃武器じゃないのに!」
相変わらず、甲高い金属音がするのは 気のせいでもなんでもない。
木製というのは、絶対に ウソだろう。 木製なら、こんな音は出ないはずだ。
「本当に…… この世界ってば、滅茶苦茶すぎるのよ!」
左手に持つ 楽器本体が《盾》、右手の弓を《剣》に見立てて、とにかく応戦するしかなかった。
これが原因で楽器が壊れようが、そんなことを いちいち気にしていたら、命がいくつあっても足りないだろう。
『実力があれば、死にはしない』という 帽子屋の言葉の意味が、ようやく理解できた。
確かに、これは―――― 戦力が、足りない。
今まで ちょっと戦闘に勝てたからって、それは《自分の実力》ではなかったのだ。
優秀な護衛がいたからこその結果であり、後は ほとんど《運》みたいなものだったのに。
「私…… やっぱり、調子に乗ってたのね……」
白ウサギと離れるとわかっていて この課題を受けたのは、まぎれもなく 叶人自身だ。
誰かに強制されたのではなく、決めたのは 自分の意志。
「ホント…… 馬鹿だわ、私ってば」
叶人の右手から 弓がはじき飛ばされるまでに、あまり時間はかからなかった。
あっけない、勝負。
当たり前だ。 自分は 戦士でもなんでもない、ただの一般市民なのだ。
凶悪なブタさんを前に、対等に戦えるわけがない。
「フン、手こずらせやがって」
「ほら、もう楽器を置きなよ」
「アリス、君の《負け》なんだ。 早く諦めなよ」
ナイフ、フォーク、アイスピックを 三方向から突き付けられる。
身動きができないとは、まさに今のような状態のことを指すのだろう。
「…… …… ……」
絶対絶命。
ブタさん三人組からは、もう逃れられない。
「誰からヤルか?」
「こういう時は、とりあえずアニキからってことで」
「え~ …… それだと僕がまた最後~?」
……… 長男、次男、三男で 合っていたのかしら?
追い詰められているくせに、そんな《どうでもいいこと》を思ってしまうのが、叶人のクセみたいなものだった。
本当は、自分だって 気付いている。 あと数センチ、ブタさんの武器が動いたら、アウトだということを。
では、どうすればいい?
泣いて、許しを乞う? 助けて下さいと、土下座する?
…… 何をしたって、この場では 意味が無いだろう。
戦いを始めた時点で、負けた時 どうなるかくらい理解して、臨むべきなのだから。
負けたくないなら、勝つしかない。
叶人は ちゃんと、まだ 生きている。
生きて 動けるうちは――― 負けには ならない。
ふっと、叶人の表情に 笑みが浮かんだ。
「な…… 何だ、コイツ」
「もしかして、笑ってるのか?」
「状況、わかってるの?」
余裕なんて、無くても。
ほんの少し 笑みを浮かべただけで、相手は 動揺してくれる。
―――― 考えるなら、今しかない。
叶人にとっての 《最大の武器》。
それは、様々な効果をもたらしてくれる ヴァイオリンではなかった。
味方がいても、いなくても。
敗北まで カウントダウンが始まった、追い詰められた状態であっても。
『きっと、何か あるはずだ』
そうやって、しぶとく粘って《考えること》――― それこそが、叶人が備え持つ 最大の武器。
カッコ悪かろうが、みっともなかろうが、負けたくないなら 探すしかない。
この状況を ひっくり返すことができる、何かを。
時間は、ほとんど無い。 十を数える間に 首が飛ぶか、腹を刺されるか、串刺しにされるか。
だから、早く。 考えて。 考えて。 考えて。 できるだけ、早く!
内心は焦りつつも、まったく顔には出ていない 叶人の……… その視線の先に。
―――― あまり、見たくないモノが うっかりと見えてしまった。
「…… …… ……」
どうしよう、思いっきり、無視したい。
できるなら、関わり合いたくは無い相手だ。 どうせ、厄介な展開になるに決まっている。
開きかけた口が、ぱくぱくと 空気を漏らすのが自覚できた。 何て言っていいのか、しばし 迷う。
無視したら 無視したで、また 面倒なことになりそうで。
すぐには 反応できなかった叶人の耳に、一度聴いたら 忘れられない、独特な声が届く。
「あれ~、せっかく会えたっていうのに、挨拶はしてくれないのかな――― 九十九番目のアリスちゃん?」
赤いマントの男…… ハートの《兵士長》が、ニヤニヤしながら こちらを見ていた。
「…… こんにちは、ハートの《兵士長》」
迷ったあげく、叶人は仕方なく 挨拶を返した。
木を背にして腕組みをしながら、ニヤニヤ顔を隠そうともしない。
兵士長が 寄りかかっている木――― そこに、先程までは誰もいなかったはずだ。 戦闘中だからといって、そのくらいのことは 叶人とて確認している。
いったい、いつから そこに立っていたのか。
そもそも、どのあたりから、この戦闘を見ていたのか。
ニヤニヤ顔を見る限り、実は かなり前…… むしろ、最初から見ていたとしても、不思議ではない。
「見たところ、絶体絶命ってところかな?」
「…… まぁ、《一般的には》 そうなんでしょうね」
「ん? 《個人的には》まだ 諦めてないっていう意味? こんな状況で、よく そんなこと言えるよね~」
見ているのが 楽しくて仕方ない――― そう顔に書いてある、赤い服の男。
他人の不幸を おもしろがるなんて、やはり性格が よろしくない。
突き刺すような 叶人の鋭い視線にも、笑顔で返すような奴だった。
「…… 君、今のままで勝てると思う? 無理だと思わない?」
兵士長の 一番イヤなところは、いちいち 言い分が《もっとも》なところだ。
否定したくても できないことをわかっているから、このニヤニヤ顔が 腹が立つ。
「…… 確かに、一人では限界があるわね」
「そんな時に、もし 誰か《助っ人》が現れたら、どうする?」
「…… 現れてくれるのかしら?」
「例えば――― 俺、とか?」
《胡散臭さ》全開で言われても、喜びようがないのだが。
「おい、何をゴチャゴチャ しゃべってるんだ!」
「もう いっきにヤッちゃいなよアニキ」
「僕が先じゃだめなの~?」
当然、ブタさんたちは 待ってくれそうもない。
「ほら、アリスちゃん? 早く決めないと死んじゃうよ~?」
ブタさん達の 食後のデザートになってあげる気は 無い。
この場で生き残るためには、兵士長に頼るしか 道はないのだろうか。
ただし、問題は――――。
「ウラァッ!」
兵士長に 返事をする間もなく、長男ブタの掛け声と 巨大ナイフが降ってくる。
「!」
動きたくても 動けない。
反射的に 目をつぶることしかできない叶人は、一瞬 何が起こったのか すぐにはわからなかった。
「…… …… …… え?」
いつまで経っても、痛みはこない。
痛むどころか、背中に感じる――― 暖かい 体温。
もしかして。
いや、もしかしなくても、これは。
「アリスちゃん、つ~かま~えた!」
ブタさんに殺されかけたはずなのに、何故か 赤い男に 後ろから抱きしめられていた。
「…… …… ……」
「あれ? 反応無し?」
この状態で、何を どう 反応しろというのか。
背後から 叶人を抱きしめているとはいえ、兵士長の右手には 剣が握られたまま。
抱きしめられている――― というより、後ろから拘束されて、剣をのど元に 突き付けられている…… と表現した方が、正しいのかもしれない。
良くなるどころか、かえって状況が悪化しているような気がするのは、気のせいではない。
「あなた…… 実は、この森のボスキャラでした~ …… なんて、言わないわよね?」
助けに入ったフリをして、実は 一番の《悪》だったとしても、兵士長なら おかしくないと思う。
ニコニコ、ニヤニヤ。
常に笑顔なのに、《殺気》を隠そうともしない。
至近距離な今、それは肌に直接 響いてくる。
「俺は 一応、騎士のはしくれだよ? 可愛い女の子を助けたって 不思議じゃないだろう?」
「騎士…… ねぇ……」
…… 騎士という言葉の 認識が、まず間違っていると思う。
騎士だと主張するならば、何よりも先に 放置していないで助けに入ってほしい。 ついでに、今 目の前に輝く大剣を、早く どけてほしい。
ツッコミを入れると 面倒なことになりそうだったので、とりあえずは黙っておいた。
「ねぇ、質問しても いいかしら?」
「ああ、何でも どうぞ? …… ちゃんと答えてあげるかは、また別の話だけどね~」
「…… …… 」
…… 怒ってはいけない。
怒っては、彼の思うツボだ。 聞き流せ。 大丈夫、白ウサギの《妄想》と同じだと思えば!
「えぇと、ブタさん達は どこへ行ったのかしら?」
目を開けた時、一番 異なっていた光景。
三人組のブタさんが、誰ひとり 見当たらないということ。
「何だ、そんなこと? もちろん、逃げたに決まっているでしょ?」
「…… 逃げた? こんなに、あっさりと?」
叶人が 目をつぶったのは、ほんの数秒だけ。
その間、兵士長は 近くの木から叶人の背後に 移動しただけのはずだ。
たった それだけで、あのブタさん達が 逃げ去るなんてことが、あるのだろうか。 去っていく足音さえしなかったのに。
「だって、俺が アリスちゃんに加勢したから、でしょ」
「私に…… 加勢? でも、ブタさんは、あなたの姿を見つけても、別に それほど恐れていたようには……」
「あぁ、それ? ―――― 剣を、向けたからね」
「…… 剣?」
それは間違えなく、目の前に突き付けられている、ソレのことだろう。
「そ、剣さ。 俺に 《剣先を向けられる》ってことの意味、この世界の住人なら よ~くわかっているからね」
「…… …… ……」
やっぱり、ボスキャラ 決定だ。
メインボスではなくても、サブボス程度には 悪いのだろう。
口元を真っ赤にした 凶悪ブタさんたちが逃げ出すほど、彼は 黒いということだ。
何だか、数日前に出会った ピーターパンが、可愛く思えてくる。
「…… 何が、望みなの?」
「ん?」
叶人は、《助けてほしい》と頼んだわけではない。
切羽詰まって、咄嗟のことに 返事ができなかったわけでもない。
素直に、助けを求められなかった、その理由。
『兵士長は、見返りに 何を要求してくるか わからない』
本能的に、わかる。 この男は、抜け目が無い。
自分に不利なことは しない。 利用できるものは、何でも利用する。
そう――― つまり、叶人の考え方と 似ているから。
「…… 話が早くて、助かるよ」
「見返り無しに、あなたが行動するとは思えなかったのよ。 だから……」
「助けを求めなかったんでしょ? …… 君なら そうするとわかってた」
「だから、強引に 割り込んできたの?」
「そうだね。いわゆる《既成事実》ってヤツかな? 強引にでも助けてしまえば、君は 俺に逆らえなくなる」
………… 《逆らえない》と きたか。
使う言葉が、物騒さを物語っている。
これだから。
厄介な相手とは 関わり合いたくはなかったのだ。
「それで? 状況が理解できたところで、他に質問は?」
「…… とりあえず、その剣をどけてくれない? 何だか、私に対してもケンカ売ってるのかと思っちゃうから」
「あははは、俺が、アリスちゃんに~?」
笑いながらだが、兵士長は すんなりと剣を収めてくれた。
「じゃあ 今度は俺から質問するよ。 この森で――― 何をさがしているの?」
「!」
「こんな森に、ウサギさん無しで、君はひとりきり。 帽子屋さんの《課題》で、何かを採りに来た…… そう考えるのが妥当でしょ」
…… 認めたくはないが、まったく その通りだから、嫌になる。
この男は、いったい 何者なのだろう。
城の兵士長だというのに、アリスを助ける《護衛》になっているし、世界の知識にも詳しいし、裏情報とかも知っていそうだし。
何よりも、敏い。
「なになに、俺のこと見詰めちゃって~」
ヘラヘラ 軽そう態度を取ってはいるが、すべてが計算されているような、そんな恐ろしさを感じる。 ―――― 確実に、敵に回したくはない。
叶人は、《無意味に対立する》という 選択肢を捨てた。 それは、己のために ならないと。
ならば、することは 一つ。
「…… 助けてくれて、ありがとう」
不本意だとしても、それはそれ、これはこれ。
叶人が 叶人である限り、それは崩せない部分。
仏頂面であろうが、感謝の言葉を述べないのは、後で 自分が後悔するから。
「…… 君、そのままでいたら、ホント 早死にしそうな《生き方》だよね」
「は…… 早死にって……」
「まぁいいや、とりあえず 何をさがしているのか 教えてよ。 帽子屋さんの出した《課題》なら、制限時間があったはずだけど?」
「何で、そんなことまで詳しいのよ?」
兵士長は、ふっと 口元に笑みを浮かべた。
それは、いつも 顔に張り付いている 《ニヤニヤ》したものではなく、どこか陰のある…… 暗いほほ笑み。
あまりにも印象的な その表情に、叶人は 次の言葉を続けられずにいた。
お待たせいたしました、29話目です。
忙しいです! 毎日毎日、びっくりするほど忙しいのは、私のペース配分が きちんとできていないからなのでしょうか。
ようやく顔を出し…… ついでに 手も出してきた《赤い人》。
彼は 何を考えているのでしょうか。
カナトのパワーで、彼にも変化が訪れるのか どうか。 今後の展開に注目です。
次回、カナトと兵士長が 森の奥地へと進みます。 ブタさんたちが《赤くなっていた理由》など、森のナゾへと迫る予定。
どうにか、4月中に…… 仕上がればいいな~。




