28.無理はしても 《無茶》はしない
腕試しに参加することになった、カナト、白ウサギ、ミズキの 三人が、それぞれの目的地に向かって 出発する場面です。
※誤字 修正しました
お茶会という名の、帽子屋による 《腕試し》。
指定されたモノを 時間内に持ち帰れば、挑戦者の勝ちとなる。
叶人に指定されたのは、《赤の森》にあるという、《水玉キノコ》と 《しましまクッキー》だ。
だいたい、クッキーはともかく、何故 お茶会なのにキノコが必要なのだ。 焼いて食べるのか? …… それでは、まるっきりバーベキューではないか。
「ノールは…… 《赤の花畑》に行け――― って、指示は それだけなの?」
「はい、そのようです。 フック船長と同じく、《行けば、わかる》と、それだけ言われました」
「…… 内容をあえて明かさないというのが、一番危険よね」
あらかじめ知らされていた方が、対処のしようもあるというものだ。
「心配ありません。 僕は、白ウサギです。 あなたのためなら、何がこようと 打ち負かしてみせます」
きりっとした顔で言い切る、絶世の美青年。
頭にウサギ耳さえ生えていなければ、それはもう、世の乙女が失神するくらいの カッコ良さなのだが。
叶人は、多少なりとも 美形に対しての《耐性》があるし、何より 中身がアレだと知っているから…… ほんの少し ドキっとする程度にとどまっていた。
白ウサギの言葉は、ウソがない。
だから 叶人は、今ここで、言っておかなければならないことが あった。
「ねぇ、ノール」
「はい、カナト」
たった数日で、すっかり慣れてしまった こんな《やりとり》を、思いのほか 心地よく感じているのだから、認めるしかない。
どうしようもない 《妄想男》であろうと、いなくなったら困る――― ということを。
「出発前に、一つだけ 《約束》してほしいの」
「一つだけ? 僕は、あなたの言葉なら、いくつでも覚えていられるし、約束というなら 何でも守りますよ?」
「うん、そうよね、知ってるわ。 だけど、今は あえて一つでいいの」
それ以上に、今は 重要なことはないという意味も込めて。
「…… 絶対に、《無茶》はしないで」
命がけの腕試しを前に、何を言い出すのかと 思われるだろうが、これだけは 譲れない。
言いたい事が 伝わるように、叶人は 言葉を考えながら 続けた。
「危険なのは、最初からわかってる。 無理をしなきゃできないことだって、わかってる。 そんなことに付き合わせている、私も私だけど……」
実力があれば、死にはしない――― あらかじめ そう言われているのだから、危険が無いはずがない。
それでも、死んでしまっては 何もならないのだ。 怪我をするのも、ばかげている。
「お願い、覚えておいて。 …… 《無理》はしてもいいけど、絶対に《無茶》はしないで。 どんな課題が出されるかわからないけど、無茶をして あなたに何かあったら、私は……」
「大丈夫です、カナト。 僕は、そう簡単に 負けたりしません。 必ず 成功させて、あなたの元に戻りますから」
「…… この世界に、《絶対》なんて無いって、私は もう知ってるわ」
どんなに 強くても、賢くても、ずるくても。
負けるときは いとも簡単に負け、そして あっさりと死んでしまう。 そんなことが、日常茶飯事なのだから。
「何よりも、まず あなた自身の《安全》を優先して。 難しいかもしれないけど…… 《あなたの身》と 《課題の成功》とを 天秤にかけたら、課題なんて 比べ物にならないわ」
だから、最悪の場合、課題を 諦めてもいい。
無理をして、無茶をして、この旅を続けられなくなる方が、叶人にとっては よほど痛いから。
「死ぬなんて もってのほかだし、怪我するのもダメよ。 絶対に、《無傷》で戻ってきてちょうだい。 …… それが約束できないなら、今の段階で 課題を放棄するわ」
「カナト……」
無茶苦茶なことを 言っている自覚はあるが、それが本音なのだから、もう開き直るしかない。
本来 賢いはずの ウサギさんなら、叶人の言っている意味が、理解できるはずだ。
いなくなったら、困る。 怪我をされても、困る。
常に 元気で、そばに いてくれないと、困るのだ。
「だって…… 私の護衛は、ノールなんだもの」
「…… !」
そのひと言に、すべてが集約されているようだった。
白ウサギは、はっとしたように 赤い瞳を大きく開き――― そして、一瞬 まぶたを閉じる。
叶人の言葉を、自分の中に 沁み渡らせるかのように。
「…… わかりました。 あなたの 言う通りです。 ハネムーンは始まったばかりなのに、あなたを 一人きりにはさせません」
白ウサギは、叶人の前に 膝をついて、小さな手を 恭しく取った。
「必ず、無事に、戻ってくると約束します。 あなたの《愛》を、無駄にすることだけは 絶対にしません」
…… ものすごく 真剣な表情のところを 申し訳ないが、二つばかり 訂正したい。
ハネムーンの話は、結局 まだ終わっていなかったのか。 いつまで 引っ張る気だ。
それに、愛って 何だ。 相変わらず、言っても 言っても、人の話を 聞いちゃいない。
しかし、おおよそは 伝わったようだから、細かいことは 諦めるべきなのか。
無事に帰ると 約束できたなら、それ以上 望んではいけないのかもしれない。
まず先に 白ウサギとの約束を取り付けた叶人は、次は 少年へと向き直る。
「…… 瑞樹」
「はっ…… はい!」
「…… 君にも、同じことが言えるわ。 絶対に、無茶はダメよ?」
「へ?」
この世界に来てから、およそ 一年と少し。
それまで、逃げて 逃げて、逃げまくって、ようやく繋いできた 命。
「君は、そんな自分のことを 《弱い》と言っていたわね? …… でも、はたして 本当にそうかしら?」
「逃げることは、弱いことと 違うのか? 俺だって…… もっと強ければ、逃げたりなんかせずに 戦ってたよ。 赤ずきんも言ってたじゃないか、俺の戦闘力は ゼロだって……」
「――― だったら、それを《逆手》にとってみたら?」
「さか…… て?」
「ええ、そうよ」
叶人の まったくの《持論》でしかないが、逃げることだって、相当の《労力》が必要だ。
どこに逃げたら安全か、誰と共にいたら 危険か、この世界の何が 命取りになるか。
情報がすべてになるし、人の動きも 見落としてはいけない。
《逃げる》と 簡単に言うけれど、誰もが易々と できることではない。
「つまり、あなたが これまで生き残ってこれたことも、決して《偶然》なんかじゃないわ。 むしろ、あなたの 《才能》のひとつよ。 それを、忌み嫌って捨てようとするなんて、私から言わせれば 《勿体ない》わ。 もっと《活用》すべきよ」
「偶然じゃなくて…… 俺の、才能? こんなのが、勿体ない? …… 活用すべき、だって?」
瑞樹は、半ば 疑いの目を 叶人へと向けた。
逃げることを 推奨してくるなんて、当然《罠》だと受け取ってしまう。
こんなこと、《普通の人》は 絶対に言わない。 誰も、そんなことは考えないからだ。
ねじれた世界では、疑うことが 常識なのだから。
けれど ――― そういう意味でいえば《普通》とは呼べない、目の前の 女。
敵である瑞樹を 助けるような、バカみたいな人。
そんな叶人の言葉なら、信じてみるのも 悪くはないと、おそらく誰もが 思ってしまうのだろう。
「…… 逃げるのなんて、俺的には カッコ悪いよ……」
「あら、知らないの? 戦国時代の かの武将は、若い時は《逃げ上手》だったって、日本史の先生が言ってたわよ?」
「…… え」
「チカラが弱くて 敵わないと思った時は、素早く逃げる。 その後で、じゃあ 《自分に足りないモノは何か》を考えて、一つずつ埋めていく。 そうやって、少しずつ強くなっていくのも いいんじゃない?」
「一つずつ…… 埋めて、いく……」
「きっとね、今が 君にとってのチャンスなんだわ。 だって、こういう機会なら、いくらでも自分自身と《向き合える》じゃない?」
元の世界で、日本で、平和な 高校生活を送っていたら、もしかしたら出会うことのない、絶好の機会。
「挑戦するのは、いいことだわ。 でも、挑戦と 《無謀》は違うのよ? 危なくなったら、まず先に 逃げなさい。 次にどうするかは、その後に考えても遅くはないはずよ」
「叶人さん……」
「…… な~んて、偉そうに言ってるけど、私自身が 臆病だから、ついつい そう考えちゃうだけなんだけどね」
ぺろっと舌を出してみせると、瑞樹も 少しだけ笑う。
誰に 何を言われても。
選ぶのは、自分でしかないのだから。
「たくさん見て、聞いて、それから選べばいいのよ。 ただ、私から言えるのは、無茶はしないでね…… ってことよ。 それだけは覚えておいて」
「…… わかった。 俺、よく考えてみるよ」
それから、「行ってきます」と言って、瑞樹は 自分の目的地 《赤の湖》へと出発して行った。
「よし、少年は行ったし、アリス達も 出発しちゃいなさいな!」
「…… ノール、また あとでね」
「あなたに会うために、できるだけ早く戻ります。 どうか、気を付けて」
そうして、全員が 帽子屋の店をあとにしたのは、まだ 日も高い午前中のことである。
叶人の 目的地、《赤の森》。
ハートの国の中心地、城下町ハートアルから 東へ行ったところに あるという。
町から出て、踏み固められた 茶色い土の道を目印に、てくてくと歩く。
この世界に来てから、とにかく 歩くことが多い。
元の世界では 自転車か 徒歩による移動が主だった 叶人にとっては、そう苦にはならないが、これが ずっと続いていくとなると…… 正直、足が心配だった。
《案内人》によって変えられてしまった、アリスの衣装。
履き慣れたスニーカーなら ともかく、この 黒いストラップシューズでは、いずれ 足が痛くなるだろう。
「そういえば…… 帽子屋さんって、服とか小物とか、全般を扱っているくせに、何故か 靴だけは 無いって言ってたわよね?」
…… と いうことは、仮に 課題が成功して、帽子屋に認められて、服とかは用意してもらえるが。
「靴だけは、また 別の誰かに 頼まなくてはいけないのね……」
靴専門の、靴屋さん。 靴職人?
それは、いったい どこにいるのだろう。
ハートの国の 城下町にも、いるのだろうか。
そんなことを考えているうちに、赤の森の 入口らしきものが見えてくる。
けっこうな距離を歩いたはずなのに、感覚的には 十分程度の 《お散歩》くらいにしか感じていない。
「…… 瑞樹の言っていた、時間の感覚が狂うって…… このことなのかしら?」
――― マズイ、と思う。
与えられた 制限時間は、三日。 三日目の夜までに、帽子屋に戻らなければならないのだ。
今のところ、太陽の動き方は、元の世界と 似ている。 多少の目安にはなるが、今後も同じだとは限らない。
…… 白ウサギが、いないのだ。
誰かに、聞くことも できない。 自分の 感覚こそが、すべて。
入口には、白いペンキが塗られた 木製の立て看板があった。
書かれている赤い文字は、象形文字のようにしか見えないが、叶人には 何故か、《赤の森 入口》と理解できてしまう。
「本当に…… この世界は、ナゾよね」
日本語以外 読めない叶人でも、読めてしまう 不思議な文字。
何故かは、気にしても仕方がない。 それが、この世界のルールなのだと 割り切るしかない。
生い茂る 緑の木々、小鳥のさえずり、葉の間から漏れ出る 太陽の光。
《迷いの森》の時も そうだったが、今のところ、変わった様子は 見られなかった。
「赤の森…… って名前が付くくらいだから、何かしら 赤にまつわるモノが、きっとあるはずよね」
赤にまつわるモノって、何だろう。
この森は、何が 危険なのだろう。
知らないことには、対処のしようがない。
「ノールからは、ただ 《ブタ》に気を付けて――― って、言われたけど……」
ブタの生息場所は、農場ではないのか。
森に 出没し、人々を襲うというのだろうか。
帽子屋のルールで、それ以上の 詳しい情報は、教えてもらえなかった。
あとは、とにかく 自分で何とかするしかない。
息を小さく吸って、叶人は 武器を召喚した。
専用武器である ヴァイオリンが、手の中に出現する。
「森に ヴァイオリンを持って歩くのって…… マヌケよね」
赤ずきんのように、猟銃なら それなりに恰好が付いたのに。
自分に合った武器が 楽器だというなら、受け入れるしかないのだが。
「水玉キノコに、しましまクッキーって…… どこにあるのかしら?」
ぱっと見て、森は けっこうな広さがある。
端から端まで くまなく探したところで、見つかるものなのだろうか。
…… 時間切れ、というのが オチだ。
こういう時、てっとり早いのは、誰かに尋ねることなのだが――― 森に、人の気配は無さそうだ。
「地道に 探せって、ことなのかしら?」
楽器を片手に 地面から木の上まで、きょろきょろと 見まわしていた叶人の耳は、かすかな音を拾った。
「…… 何の音?」
少しずつ 近付くにつれて、誰かの足音のように聞こえる。
――― 敵か、味方か。
…… 味方のわけが、ないか。 基本的に、この世界には 敵しかいない。
敵であっても、回避できる相手なのか、戦闘が必要になってくるのか、大きな違いがある。
物音を立てないように、叶人は そっと木の陰に隠れて 相手を待った。
先に 気付いた方が、こういう場合は 有利なのだ。
近付く敵を 見定めようと、目をこらしていると。
思わず、叶人は 声を出しそうになってしまった。
姿を現したのは、派手な柄シャツを着て、目つきの鋭い ヤクザみたいな……。
「…… ブタ、さんよね…… アレは?」
白ウサギのように 洋服を着て、二足歩行で、言葉を話しながら やって来る、《三匹のブタ》。
アリス、ピーターパン、赤ずきん…… 今度の童話は 《三匹のこぶた》のようだった。
「…… こぶた、じゃないわよね、アレ。 育ち過ぎているし、悪そうだし」
可愛らしい こぶたの兄弟とは、とても言えない。
しかも、何だ あれ。 あの、それぞれが 手にしている――― 凶器は。
一人は、身の丈もあるような、巨大な ナイフ。
もう一人は、同じく巨大な フォーク。
残る一人は、同じく 巨大な アイスピック。
どれも、危険だ。 その大きさも、種類も、普通のカタギのブタなら 持たないような代物だ。
「…… 逃げるに、限るわ」
いち早く 判断した叶人は、すぐさま 行動に移して、その場から立ち去ろうと 足を動かした時。
…… ぱきっ。
自分の靴が、小枝を踏んでしまった音が、異様に 大きく響いていた。
「あ~?」
ドスのきいた、ナイフを持つ ブタの声。 長男かもしれない。
「…… 誰か いるのか?」
フォークを持つ ブタも、反応する。 あれは、二男になるのか。
「ねぇねぇ……、さっきから、イイ匂いがしてるの、知ってた?」
アイスピックを持つ ブタは、三男に決定だ。 にこにこ 笑っているが、一番 ヤバそうだ。
三人を相手では、分が悪すぎる。
叶人は、曲を弾く分 攻撃に時間がかかるのだ。
黒い刺客と戦った時のように、武器を壊したとしても、その後が 続かない。
逃げたとしても、追いつかれたら 終り。
「…… 考えなくちゃ」
選択肢を すべて塞がれたとしても、自分は 何かを選んで 行動しなければ。
死にに、来たわけではないのだ。
だったら、することは おのずと決まってくる。
「…… こんにちは、ブタさんたち」
叶人は、大胆にも 木の陰から出て 挨拶をした。
言葉を話すのだから、少しくらいは 交渉の余地があるかもしれない。
可能性のあるものは、試すのみ。
「私は 九十九番目のアリスよ。 あなた達に、聞きたいことが……」
三人、同時に 振り返った顔――― 正確には 《口元》を見た瞬間、自分の選択は 間違えたと、即座に気付く。
「…… アリス、だと?」
「何も知らない、無知な娘か……」
「僕、お腹空いた~」
三匹のブタの 口元は、それぞれ 《真っ赤》に染まっていた。
胸元や 袖口にも、赤いシミができているし、持っている凶器も、赤く濡れている。
ミートソースや キムチを食べただけなら、どんなに いいだろう。
どうも、そういう雰囲気では、ない。
「この森の、名前を知っているか?」
「名前を知っていても、意味までは 知らないんだよ、アニキ」
「ど~でもいいよ、美味しければ 問題ないよ」
勝手なことを、勝手に言いだすのは、この世界の住人らしい。
しかし、それに付き合ってあげるほど、叶人は お人好しではない。
「まずは お話しましょう――― って言っているのに、ダメみたいね。 残念だわ」
問答無用で、ブタさんとの戦闘が 始まろうとしていた。
無理はしても、無茶はしない。
理想ではありますが、実際 無茶でもしないと 《こじ開けられない扉》があるというのも、また事実であり。 …… 難しいところです。
ブタさんの案は、友人T嬢より頂きました。
リクエストした彼女も、まさか あんな猟奇的な兄弟に変化しているとは 想像もしていなかったでしょう。 彼女の反応が楽しみです。
今回、惜しくも 出番までいかなかった《赤い人》は、次回 颯爽と登場の予定。 お楽しみに。




