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九十九番目のアリス  作者: 水乃琥珀
25/75

23.通りすがりの チンピラです

 今回のカナトは、けっこう素直です。

  小鳥の さえずりが、聞こえた。

  目を閉じているのに、心なしか 周囲が明るくなったような気もする。


  叶人の 寝起きは、ものすごく 悪い。

  割と 場所を問わず眠れるのは 長所であるが、起きるときだけは そうはいかない。

  いつも、ぐずぐずと 布団から出られないまま、そのうち 二度寝に入り…… 目覚まし時計が鳴っていようと、ほとんど気付かないくらい、寝たら 起きない。

  もともと、良く 寝る子だった。

  社会人になり、一人暮らしを始めてからは、さすがに 遅刻が怖くて、家では 目覚まし時計を 五つもセットしている状態であり。


  そんなことからも、自分は《意識が 足りない》と、よく母に怒られていたことを思いだす。


  『本当に、あんたは 何をやっても《ダメな子》なんだから』




「…… !」

  生々しい、母の声が聞こえた気がして、叶人は いっきに覚醒した。

  すると、めったに お目にかかれない、最上級の《美》そのものが、視界に飛び込んでくる。


  木々の間から漏れ出る 朝日に照らされて、きらきらと輝く 銀色の髪。

  透き通った、きめの細かい 肌。

  長い まつ毛。 すっと通った 鼻筋。 閉じている瞳は、開いたら 紅玉に勝る 二粒の宝石といえる。

  これだけ 至近距離で 凝視しても、何一つ 粗など見つけられない、完璧な 《美貌》。


  いつの間にか、白ウサギの 赤いジャケットで、叶人は 体を包まれていた。

  植物が多い分、空気は 澄んでいるが、確かに 少し肌寒く感じるはずなのに――― 少しも 寒くないどころか、ぬくぬく加減が ちょうどよくて。

  どうやら、抱っこされた状態で、昨晩から こんこんと 眠っていたようだ。

  いくら、寝たら 起きないとはいえ…… この《状況》は、乙女として いかがなものか。

  宿の 同じ部屋で一泊 ――― よりも、よっぽど密着しているし、《添い寝》という表現よりも 上をいってしまったような……。


  お風呂に 入り損ねたな~…… とか。

  ほんの少しだけ、違うことを 考えてみたり。

「そもそも…… 私、自意識過剰よね」

  同じ部屋で 泊まろうが、こうして 抱っこされていようが、白ウサギが 自分に対して《何かする》とは限らないのだ。

  好きだと 公言してはばからないし、ハネムーンだとか、幸せにします…… とか、いろいろ 《際どい発言》が多いが、《恋情》からくるものでは ないようだ。

  可愛い 可愛いと バカみたいに連呼していても、では 何か行動に移るかといったら…… 今のところ、そんな素振りはない。

  そこまで考えて、まるで 自分が 何かを《期待している》ように思えてきた。

「いや いや いや いや、違うから。 断じて、そんなこと あり得ないから」

  とにかく、いつまでも このままの体勢でいることが、よくない。

  ――― 何よりも、こんなに 密着した状態でいるにも関わらず、自分が 少しも 嫌だと感じていないことに、最大の問題がある。


  知り合って、四日目だ。

  相手は、得体の知れない ウサギ耳を生やした、奇妙な 生物であって。

  おそらく、カナトと出会う 以前には、平気で 人様の命を奪うような、冷酷な男だったというし。

「何で…… こんなに、私ってば 気を抜いているのかしら」

  よく知りもしない他人に 触れられることほど、気持ちの悪いことはないというのに。


  心地いいと、思ってしまうのだ。

  自分が、ここに いていい、と。 自分の 居場所は、ここなのだ、と。

  体 全身で 訴えてくる、その態度、雰囲気が ――― 突っ張っているだけの《弱い心》を、見透かしたように。

  甘えたくなる。 こんなんじゃ、ダメなのに。

  差し出された手を 掴んで、そのまま 何も考えたくなくなってしまう。 …… 色気よりも タチの悪い、《誘惑》ではないか。


「…… 甘えて下さい」


  突如、微動だにしなかった 白ウサギが、口を開いた。

「…… わっ…… 起きてたの!?」

  目を閉じていたから、こんなに 至近距離であっても、凝視することができたのだが……。

  いざ、視線が合うと、さすがに ものすごく恥ずかしい。

「…… ごめんなさい、私 ずっと寝ていたみたいね。 疲れたでしょう?」

「あなたが こうして、腕の中にいる――― それだけで、僕は 何よりも幸せなんです」

「…… ジャケット、私に かけていたから、あなたは寒かったんじゃないの?」

「僕は 白ウサギですよ? 暑さや寒さには、強いんです。 何も 心配ありませんよ」

  そうして、いつもと変わらず、ニコニコと笑うから。

  叶人は 居たたまれなくなる。


「…… あなたは、ひとつも《わがまま》を言わないのね」


「…… え?」

「だって、そうでしょう? 私は、自分の思うとおりに 行動してるわ。 誰かが 邪魔になれば、説得して、時には 戦って、自分の目指す先へと 誘導してる。 それなのに……」

  不公平だ。

  頭の おかしな要求――― 例えば、頬ずりをする、などは 却下だが、もう少し 白ウサギの方からも ねだってもいいのではないか。

  あぁ、本当に 自分は 自己中心的な人間なんだと、改めて 思う。

「僕は…… 自分にとって 一番の《わがまま》を、もう 叶えてもらっています」

  だから、それだけで 充分なんです。


  穏やかに微笑む 白ウサギは、叶人よりも 数段 大人に見えた。

  とち狂った 言動をしている時とは、まるで別人であって。

  どちらが 本当の姿なのか、まだ 叶人には 見当がつかなかった。

「…… じゃあ、私には 何も、望むことは無いのね?」

  へ~え ふ~ん


  何だか すっかり負けた気がして 悔しかったから、わざと意地悪く言ってやった。

「え…… 」

「とっても よく眠れた《お礼》に、ぎゅ~っとか、してあげようかと思ったのに。 …… 残念ね、何もして欲しくないんだ?」

「え…… えぇ!? カナト、それは……」

「じゃあ、出発しましょうか?」

「や…… 嫌です、ウソです、カナト、待って下さい!」

  腕をどけて 立ちあがった叶人を見て、白ウサギの 大人っぽい表情が、いっきに 崩れた。

  白い お耳がしゅ~んと下がり、メソメソと泣く 小さな子供に逆戻りである。

  …… まぁ、この方が 叶人としても 接しやすい。

「…… 冗談よ」

  最近、自分は 性格の悪さに 拍車がかかったような……。

  イジメっ子のような気分だが、それも 悪くないと思ってしまうあたり、どうしようもない。

  慌てて立ちあがった 白ウサギと向かい合い、そっと手を伸ばして 抱きしめた。


「…… ありがとう、ノール」

  今の 叶人なりの、精一杯の《愛情表現》といっても過言ではない。


  守ってくれていること。

  甘えていいと、言ってくれること。

  常に、叶人のことだけ 考えてくれること。


  《正しい》とは言えないが、そんな 白ウサギの存在に 救われたのは事実だ。

  それが、たとえ 《逃げ》なのだとしても。

  どうしていいか わからないと、不安に押しつぶされそうな時、彼がいてくれてよかったと 素直に 思えるから。

「私、まだ 頑張れるわ」

  一人じゃ、ないから。

「それにね――― 収穫だって、あったのよ?」

「収穫…… ですか?」

「そうよ、とっても 重要な…… いざという時の、《切り札》になるような、ね」

  もし、自分の選択が 間違っていたとしても。

  選べる《選択肢》が ひとつ増えたことで、心に 幾分余裕ができた。


  何が 正しくて、何を選べば《確実》なのか。

  そんなもの、後になってみなければ、わからないのだ。

  単純だと、言われても かまわない。

  前向きに なれるなら、何だって いい。 使えるものなら、何だって使おう。

「だから――― 出発しましょう?」

  次に、何が 襲いかかってきても。

  その時は その時で、一番《有効だ》と思える選択をすればいい。


  たくさん眠ったせいか、叶人は すっきりとした顔をしていた。

  疲れとともに、胸に落ちてきた 不安まで すべて 吹き飛ばした表情に、白ウサギは 満足そうに笑う。

「はい、カナト」


  そうして、叶人と 白ウサギは、笑顔で森の中を歩きだした。





  お腹が空くし、喉も渇く。

  現実感いっぱいの 自分の症状に、叶人は呆れたくなった。


「ここは、いろんな人が 迷子になる、《迷いの森》なんでしょう? ノール、道がわかるの?」

  あまりにも、普通に歩く 白ウサギに、疑問をぶつけてみると。

  さらに 疑問を深めるような《返事》が 返ってきた。

「そうですね、普通の人は、確実に 迷います。 迷って 迷って、しまいには 出られなくなり、餓死するのが ほとんどです。 だから、あちこちに 骨が落ちていたりしますから、あまり見てはダメですよ?」

「え……」

  思わず 周囲を見渡してみるが、健全な森のイメージと、なんら 変わった様子はない。

「普通の人は、迷うって…… どういうこと?」

  確かに、白ウサギは とても《普通》とはいえないが。 それにしたって。

「じゃあ 私も、一人で歩いたら 迷うの? …… けっこう、方向感覚は 優れていると思うんだけどな」

「カナトなど、特に 迷ってしまいそうで、だから 心配なんです」

「私は、特に? …… ますます、意味がわからないわ」

「あなたと、僕の 決定的な《違い》が何か、わかりますか?」

  白ウサギとの、決定的な 違い――― だって?


  《変態》か、《普通》か、じゃないの…… ?

  なんとも 失礼極まりないことを 思い浮かべていると。

  隣から、奇妙な《答え》が届く。


「――― 僕には、《迷い》が無いですからね」


  迷いが…… 無い?

「それって…… いったい、どういう……」

  どういう意味かと、まさに 聞き返そうとした、その時。

  耳を つんざくような、どこかで聞いた 破裂音が、言葉を遮った。


  ぱあんっ ぱんっ ぱんっ


「これって…… !」

「赤ずきんか、それ以外か…… わかりませんが、猟銃の音ですね。 おそらく 森を出た、すぐ近くからでしょう」

  銃口は、はたして 誰へと向けられたものなのか。

  本能的に、《危険だ》とわかる。

  しかし、それと同じ位、《行かなければ》という想いが 胸に押し寄せてきて。

「…………」

  好奇心は《命取り》だということは、誰もが知っている。

  何で こんなに《気になる》のか、自分でも 説明ができないのだが。


  ――― 心は、偽れない。


「…… ごめんなさい、ノール。 先に、謝っておくわ」

  厄介事に、自ら 首を突っ込もうとしていることに対して。

  その事に、必然的に 付き合わせてしまう事に対して。

「私、その現場に 行きたいの。 いいえ…… 行くわ」

  誰が、何と 言おうとも。 心は、すでに 決まっていた。

「道案内、できるわね?」

「できますけど…… 僕が するよりも―――」

  白ウサギは 言葉を切って、前方を 指さした。

「ほら、森の方から 《案内》してくれましたよ?」

「へ…… ?」


  言われたとおりに 視線を向けると、ただの 木ばかりだったはずの道が、急に 《砂利道》に変化していた。

「何で、急に 道が出てくるの?」

「迷いの森だから…… としか、説明できないですね。 迷いのあるうちは、いくらでも 迷います。 でも、今のように、何かを《決めた》人の前には、それに合った《道》が現れるんです」

「…… 何だか、信じられないような話だけど」

  実際に、道が出現したのだから、信じるよりほかはない。

  ここは、ねじれた世界なのだ。

  これくらいで 驚いていたら、生きていけない。

「…… 時間が もったいないわ。 行きましょう」

  白ウサギを促して 少し歩くと、目当ての《現場》には、本当に すぐに到着した。



「あれは……」

  黒ずくめの衣装を着た、六人の 男たち。

  そして、男たちに 追い詰められて、倒れているのは――――。

「赤ずきんと、オオカミと…… それから……」

「瑞樹クン、ね」

  もともと 近くにいたのだから、出会っても おかしくはないが…… 何という、タイムリーな組み合わせだろう。

「黒い人たちは、誰か わかる?」

「彼らは、北の《刺客》です。 昨日、話しましたよね? スペード王の 子飼いで、カナトを狙っている連中です」

  …… と、いうことは。

「赤ずきんと 瑞樹クンを《そそのかした張本人》…… 黒幕ってわけね」 

「仲間割れ…… ですかね。 赤ずきんたちが、一方的に やられているみたいです」


  目の前の、この状況を。

  ざまあみろ、と 思うか。

  かわいそう…… と、思うか。


  叶人は、自分自身に 問いかけた。

  今、正直に 思うことと いえば?


「…… 割り込むわよ、ノール」


  助けたいとか、助けなければ…… とか。

  そんなことは、実は 一ミリも 考えていない。

  ただ。

  愚かだと 笑われようが、ここで 何もしなければ、後で 絶対に《後悔》するだろう。

  …… 後悔は、しない主義なのだ。

  そのためには、常に 自分が考える《最善》の選択を するしかない。


  カチッと、心の中で スイッチが入った音が 聞こえた。

  気分は、とても いい。 いいというより…… 興奮気味かもしれない。


  散々 痛めつけられたのか、赤ずきんたちは 動く気配がなかった。

  悠然と 近付き、剣を振り下ろす 黒ずくめの男。

  庇うように、前に出る オオカミさん。

  深く 考えるよりも 先に、体が 動いていた。


  足元に落ちていた、石ころを拾い上げる。

  普通に 投げても、へたくそな投げ方では 届かないだろう。

  瞬時に判断して、叶人は 握った石を 上へと投げ上げた。

  そして――――。

「お師匠、ごめんなさい!」

  召喚した武器…… ヴァイオリンの背面を バット代わりにして、石ころを飛ばした。


  カキ~ン


  《木製》のヴァイオリンのはずなのに、何故か 《金属バット》のような音が出るのは、気のせいだろうか。

  これは、《打撃武器》にも なるのかもしれない。

「…… 誰だ!」

  石は 見事、オオカミさんの 目の前に落下していた。

  とりあえず、時間稼ぎは できたようだ。


  刺客はもとより、その場にいた 全員が、叶人たちが隠れていた 茂みへと注目する。

「誰か…… ね。 そっか、考えてなかったわ」

  誰だと 問われて、『九十九番目のアリスです』と名乗るのが 正しいのかもしれないが、今は その《名乗り》は、何だか 違う気がした。

  だから―――。



「通りすがりの――― ただの《チンピラ》よ」


  姿を見せた 叶人の姿を見て、赤ずきんは あ…… という小さい声を上げた。

「勘違いしないでほしいけど…… 別に 助けに入ったわけじゃないから」

  冷たく言い放つと、黒のリーダー格の男が ニヤリと笑う。

  …… イヤな笑い方だ。 絶対、性格が ひねくれているだろう。


「へぇ…… じゃあ、何で?」

  どうして こういう状況になったのか 何も知らないくせに、何故 邪魔をするのか、と。

  刺客たちの疑問は、もっともだと思うから。

  叶人は、単純明快な《答え》を、ぽんと放り投げた。



「目障りだったからよ」

  思わず ケンカ売りたくなるほど 邪魔だったから、仕方ないじゃない。


  ふんぞり返って言った その言葉に、リーダー格の男は ますます 笑みを深めていた。

「君みたいな 女の子は、ぜひ 泣かしてみたいね」

「…… やれるものなら、やってみなさいよ?」


  売ったケンカを、相手が 買ったと思われる やり取りであった。  

 遅くなりましたが、2013年 初の投稿です。


 こういう展開でなければ、カナトは つまらない…… と、勝手に思っている 筆者でございます。


 戦う女の子、好きですね~。 強くないからこそ、それは カッコよく見えるもので。


 次回、水を得た魚のように、カナトが戦う…… 予定です。


 白ウサギの活躍の場は あるのか。

 皆様の 応援があれば……。 無かったりしたら、笑えるな~。

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