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九十九番目のアリス  作者: 水乃琥珀
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22.リセットボタン

カナトと 白ウサギ、両者の《内面》を書いています。


動きを みせるのは、次回以降に 持ち越しとなりました。 ご了承ください。


筆者としましては、こういう《心の動き》の場面は、結構 好きです。



  叶人の頭上を 通り越していった 銃弾は、部屋の隅に飾られていた《花瓶》に当たっていた。

  陶器の器は 粉々に砕け、中に入っていた花々も 床に散乱している。


  幸い、白ウサギの腕の中に 避難できた叶人は、かすり傷 ひとつ無いが……。

「……」

  その銃弾が当たっていたら、粉々になっていたのは 己の頭だったかもしれないと思うと、背中に 冷たい汗が流れた。

  ピーターパンの 目の前に、一人突き出されたときも そうだったが――― 本当に、白ウサギがいなければ、何もできないのだと 痛感する。

  そして、さらに……。


  少年は無事なのかと、室内を 慌てて確認したが、姿は いつの間にか どこにも見当たらない。

  入口に 笑顔で立つ《赤ずきん》と、その背後に《オオカミ》はいるが、瑞樹は 消えていた。

  その状況を、的確に表す言葉 といえば。

「私…… 騙されたの?」

  認めたくはないが、そうとしか 考えられない。

  少年が 《囮》として部屋に入室し、会話をしながら 油断させ、気を引いておいて――― 赤ずきんが ば~んと 猟銃で《仕留める》。

  幼稚だが、叶人にとっては 効果的な《作戦》だったようだ。

  白ウサギさえ いなければ、叶人ひとりなら 確実に抹殺できたであろう。


  自分が 命を狙われている事に対しても 恐怖を感じるが、それ以上に。

  自分が 簡単に、騙されたこと。

  そのせいで、白ウサギまで 危険な目に遭わせてしまうこと。

  二つのことが、頭の上に どんと落ちてきたような気がして、改めて 《意識の甘さ》が浮き彫りになった瞬間だった。


  白ウサギの顔が、見れない。

  彼は、ちゃんと 忠告してくれた。

  危険だと。 特に、アリス同士が 一番信用できないと。

  それにも関わらず、部屋に招き入れたのは 叶人自身だ。

「…… っ!」

  最悪、白ウサギが 怪我を負っていたとしても 不思議ではない。

「…… ノール、怪我は?」

「無事ですよ、カナト」

  みっともないくらい 声は震えていて、それを なだめるように…… 優しい声を出す 白ウサギの態度が、更に 胸に突き刺ささる。



  単純に、叶人は 自分が 許せなかった。

  騙した 瑞樹よりも、撃ってきた 赤ずきんよりも――― この場で、一番《悪い》のは、叶人自身だ。

  下を向いたままの叶人を、白ウサギは 丁寧に、けれど ぎゅっと力を込めて 抱き上げる。

「…… ひゃっ……」

「舌を噛まないように、口を閉じていて下さいね」

  言い終えるか否や、白ウサギは 後ろに大きく跳び、閉まったままのカーテン越しに 窓ガラスを蹴り―――。

「あぁ~! ちょっと、ウサギちゃん、逃げる気!? アリスちゃんだけ、置いてってよ~!」

  ガラスが割れる 盛大な音に紛れながら、白ウサギは 空いた隙間から、外へと 跳んだ。

「ちょっ……!」

  記憶が 正しければ、この宿は 確か十二階建てで、その最上階の スイートルームのような 部屋だったはずだ。

  十二階から、外へと ダイブ――― ましてや、蹴り破ったガラスが 下に落ちているだろうし、通行人が いないだろうか など……。


  ひゅおぉぉぉぉ


  顔や髪に当たる風が強すぎて、叶人はすぐに 考えられなくなった。

  ただ、お姫様抱っこ状態で、白ウサギの首に しがみつく以外、できることはなく。


  気が付けば、宿が立ち並ぶ 町の喧騒は どこへやら。

  少し うす暗い、森の中に 到着していた。

「すみません、カナト。 赤ずきんと オオカミは、結構 足が早いんで…… 街中では 追いつかれてしまうので、森まで 来てしまいました」

「森…… ?」

「はい、ハートダヨンの町から 次の町までの間に、森があるんです。 実は《迷いの森》と呼ばれているので、滅多に 人は来ません。 次の町に行くには、少し 遠回りをして、東側の 砂利道を使います。 赤ずきん達も、まさか 森に入ったとは 思わないでしょう」

  もう、赤ずきんのことは 心配しなくても 大丈夫ですよ。


  にこにこと、白ウサギの態度は 少しも変わらなかった。

  変わらないからこそ――― より、申し訳ない思いが 膨らんでいく。

「…… いっそのこと、責めてくれたらいいのに……」

「カナト?」

  白ウサギが 叶人を下ろそうとしないのは 当然だが、叶人の方も、離れようとはしなかった。

  首にまわした手を 解かずに、そのまま 白ウサギの胸の辺りに、顔を隠したまま…… ぼそぼそと 切り出す。

「せっかく、昼間 買ってもらった物を、全部 置いてきちゃったわ」

「あんな物など、次の町で 買いなおせばいいんですよ」

「でも……」

「それより、寒くないですか? 森は冷えるといいますから、僕の上着を着た方が いいかもしれませんね」

  話題を変えようとした 白ウサギの《気遣い》に気付いていたが、叶人は あえて無視して、言わなければいけない《言葉》を、口にした。



「…… 悪いのは、私だわ」


「カナト……」

「あなたに忠告されたのに、言う事 聞かないで、わがまま言って……。 あげく、簡単に騙されて、あなたがいなければ、私は……」

「違います、カナト。 あなたのせいではない。 騙した 少年が悪いのだし、赤ずきんも そうですし、それらを操っている《黒幕》が、何より 一番悪いんですよ」

「…… 違うわ」

  いつの世も、どんなときも。

  騙す方よりも、騙される方が 悪い。

「カナト…… 寒くないのなら、このまま 少し座ってもいいですか?」

  言われてみて、ずっと 白ウサギに 密着したままであったことを、ようやく思い出した。

  自分の体重を 考えて、正直 ぞっとする。

  慌てて、彼から 離れようとしたが…… 白ウサギは、解放してくれる気配がない。

「…… ノール?」

  叶人を抱っこしたまま、白ウサギは 近くの木の根元に 腰を下ろした。

「も…… もう大丈夫なら、離して?」

「ダメです。 今の 状態のあなたを離したら、どこかに 行ってしまいそうだから」

「どこに行くっていうのよ……」

  こんな、一人では 何もできないような、情けない分際で。

「私…… 自分のこと、少し 過大評価していたわ」

  もう、いいや――― 半ば ヤケになり、叶人は そのままの体勢でいることを 受け入れながら、何とか 言葉を絞り出した。



「これでも、自分には 厳しくしているつもりだったの。 でも…… 本当は、ものすごく甘い考えで、ちっとも 周りの状況を 理解していなかったんだわ」

  きっと、白ウサギがいれば、何とかなる――― それを大前提として、行動していたような気がする。

「あなたが、何とかしてくれる。 危険に陥っても、何とかなる。 …… 何とか してみせる、って…… 一丁前に そんなことを考えていたんだわ」

「それの どこが悪いんですか? 実際に、その通りです。 僕は、あなたのために 何でもするし、あなた自身、常に いろいろな事を考えて、問題を解決していってる。 何も 問題が無いじゃないですか」

「…… 違うわ、大アリよ」

  気付いてしまったのだ。

  銃弾が当たり、粉々になった花瓶と 散乱した花を目にして、ようやく わかったこと。

「命なんて…… ほんの一瞬で、あっという間に 消えていくものだ、って……」

  最初から、この世界では《ゲーム》という言葉が 飛び交っていた。

  だから、どこか 現実離れしていて、危険が迫っても、心のどこかで《何とかなる》と思えた。

  テレビゲーム感覚で、駄目になっても 《やり直せばいい》と、本気で 思っていたようだ。


  人生は もちろんのこと、この世界にだって、都合のいい《リセットボタン》など 存在しないのだ。

  ダメだったら、すべてが それまで。

  自分の 判断ひとつで、簡単に《命》が吹き飛んでゆく。

  今になって、本当の意味で そのことを《自覚》して…… そして。


  怖くなって しまった。

  何かを、選ぶ事が。

  考えて、選んで、もし 失敗したら……?

  《やり直せばいい》なんて、この世界では 通用しない言葉なのだ。

  そのことに 気付かなかった自分に。 気付いても、すぐに どうにかできない自分に。

  とにかく、腹が立って。 悔しくて。

  自分ひとりなら、自分だけの責任で 終る。

  しかし、叶人には 白ウサギがいた。

  自分が 道を誤れば、彼まで 巻きこんでしまうのだ。

「…… 少年の話は、多分 ウソではないでしょうね」

「…… え?」

「彼が 戦いに負け、護衛を逃がし、そして 今 一人でいることは、本当なんでしょう。 黒幕は、そのへんの事情を 利用して、彼と《取引》をしたんだと思います。 新しい 護衛を紹介するとか、始まりの地まで 送ってくれるとか…… まぁ、そんなところでしょうね」

「私も…… あの子の話は、ウソには思えなかったわ……」

  だからこそ、少しくらいなら 力になりたいと思ってしまったのだ。



「私……」

  何だか、すっかり 自信が無くなってしまった。

  何を 信じればいいのか。 何を選んだら、確実なのか。

「あなたは、自分の思うとおりに 行動すればいいんです。 僕は、いつだって そばにいるんですから」

「そんなこと…… できるわけ、ないじゃない!」

  粉々になった 花瓶。

  あの時、腕を引っ張られなければ――― いいや、もっと前からだ。

  バルドの護衛、グラマー美女に襲われた、一番 最初のときから。

「あなたが 懐中時計を投げてくれなければ、私は 矢に刺さっていただろうし…… あの時だって、私 護衛を選ぶってことで 頭がいっぱいで、周りのことなんか 見えてなかったのよ」

「それでも、僕が守るから いいんです。 あなたには、絶対に 傷ひとつ つけさせません」

  もちろん、叶人だって 怪我をするのは嫌だ。 でも、それ以上に。

「…… 私のせいで、あなたが傷付くのは もっとイヤだわ」

「カナト……」

  瑞樹の ボロボロになった格好を 思い出す。

  戦いに負けるということは、本来 ああいう姿になることなのだ。

  きっと、白ウサギなら――― 怪我を負ったとしても、叶人が無事なら《良かった》と 笑うのだろう。

  そんな姿が 容易に想像できてしまうから。

「カナト……?」

  どうしよう。 どうすればいい?

  叶人に まとわりついた 不安と恐怖は、目の前の道を すべて塞いでいくようだった。


  ぽんぽん ぽんぽん 


  柔らかい手つきで、小さい子を あやすように、背中を叩かれた。

  座り込んだ白ウサギの 膝の上に、叶人は すっぽりと包まれている。

「眠って下さい、カナト」


  ぽんぽん ぽんぽん ぽんぽん


  再び、一定のリズムで 背中に手が当てられる。

「野宿になってしまいますが、今は 動かない方が いい。 僕が ついています。 …… このまま、眠って下さい」

「でも……」

「大丈夫。 大丈夫ですから……」

  僕が、そばに いますから。


  その一言で、叶人の体から ふっと力が抜けた。

  歯を食いしばって 堪えていたはずの涙が、ぽろりと 一粒、頬をつたう。

「カナト……」

  泣き顔なんて 見られたくなかったから、叶人は 大胆にも、白ウサギの胸に 顔をうずめて、そのまま 目を閉じた。

「こんな私、嫌いよ……」

  自分勝手で、傲慢で、我がままで、無鉄砲で、考え無しで、愚かで、浅はかで、世間知らずで、それから それから……。


「僕には、どんな姿も 可愛く見えるんです。 あなたの《悪口》なんて、通用しません」

「あなた…… 本当に、目が おかしいのよ……」

  こんな時まで、素直に 喜べない、ひねくれた性格なのに。


  そうして、叶人が 眠りにつくまで ずっと、白ウサギは ぽんぽんを止めなかった。





  ようやく、叶人の呼吸が安定し、眠りについた頃。

  白ウサギの 赤い瞳は、これ以上ないというくらい、赤く ぎらぎらと輝いていた。

「…… 許せない……」

  誰にも 聞きとれない、小さな 小さな声。


  人を 傷付けるのは悪い事だと、叶人から教わったのだが。

  今すぐ 町へと戻り、赤ずきんと 瑞樹の、息の根を止めてやりたかった。


  騙される方が悪いと、叶人は 言った。

  自分が悪いと、己を責めていた。


  何故、彼女が 悪くなるのだと、大声で叫びたい。

  あんなに 優しくて、心が 綺麗な人が、何故 泣かなければいけない?


  ずっと、長い時間――― この世界が誕生してから、白ウサギは 多くの人を 見てきた。

  いつだって、見える景色は 《灰色》で、興味を引くものなど 何もなくて。

  ただ、同じような 毎日を繰り返し、いつの間にか 《護衛》へと落とされ、それからは アリスを迎えるだけの 単調な日々。

  喜怒哀楽など、感情が無いまま、時間だけが 過ぎていた。

  特殊な能力《懐中時計》があるだけに、終りまで こない、永遠の中。


  声を聞いたときに、一瞬で 世界が明るくなった。

  目の前の 物に、色がついていた。

  自分に、こんな変化をくれるのは、いったい どんな人物なのだろう、と。

  ウキウキしながら、閉じていた 瞳を開ければ――― 目の前に見えたのは、可愛らしすぎる、その姿であって。


  頭のてっぺんから つま先まで、可愛くて 可愛くて 可愛くて…… どうしようもなかった。

  こんなに 可愛い存在が、本当に この世に存在するのかと 疑ったくらい、とにかく 笑いだしたい衝動が、胸の中に 押し寄せてきて。

  その瞬間から、白ウサギの人生は、彼女だけのものになった。

  誰に 言われずとも、自分自身の 《心》が、そう決めたのだ。


  たった 三日と、人は言うかもしれない。

  会ったばかりで、何が わかるのだと。

  そんなこと、白ウサギの前では 《くだらない事》でしかない。


  見ていれば、わかる。

  見れば 見るほど、好きにならずには いられない。

  少し イジワルで、突っ張って、冷たい素振りをしていても、根本では 誰よりも 周囲のことを考えて、心配して、気遣って。

  あげく、護衛である 白ウサギのことまで《守ろう》と考えているなんて。


  こんなアリスは、他には いない。

  アリスとして 召喚されたから、出会うことができたのだが――― アリスでない方が よかったと、今では思う。

  叶人のような 人間には、この世界は《酷》だ。

  誰かを 騙して、奪って、自分のものにしていく…… そうでなければ、生き残れない。

  すべてが 敵で、すべてが 奪う対象で―――。

「あなたのように、誰かに 与えようとする人なんて…… いないんですよ」


  ―――― 傲慢で、我がまま、だって?

  どこがだ、と 白ウサギは 言いたい。

「お願いですから、もっと 我がままを言って下さい」

  もっと、自分勝手でいい。 もっと、我がままになっていい。 もっと、周りに 冷たくていい。

  もっと、いろいろなものを 切り捨てて、自分を 大事にしてほしい。

「でも…… そのためには――― 僕が、もっと 頼られるような男に ならないと……」


  守っているつもりだった。 守れていると、勘違いしていた。

  実際に、怪我はしていない。 けれど。

  彼女の、キラキラした 《心》までは、手が届いていなかった。


  白ウサギの 白いシャツを握りしめて眠る、小さな手。

  そっと 触れてみれば、冷たくこわばっていた。

  それは まるで、必死に 戦おうとしている《叶人そのもの》を 表しているかのようで。

  どうすれば、彼女の心を、守れるのだろう。

  何をすれば、彼女のために なるのだろう。


  暗い森の中は しんと静まり返り、ときおり 風に揺れる葉の音だけが 響いている。

「…… あなた以外、他には 何も、いらない」

  今一度、叶人を しっかりと抱え直して、白ウサギは ゆっくりと目を閉じた。

  そして、誓いの言葉でもある 《自分の名前》を、小さく つぶやく。


  何度でも、誓おう。 たとえ、叶人が、望まなくても。

  白ウサギにとっては、誓いの言葉こそ、己を表す 《すべて》なのだから。

「どうか、夢の中では、あなたが 笑顔でいられますように」



  《眠らない》白ウサギは、叶人のことだけ 考えながら、朝日が昇るのを 待った。  

 懸命に 行動していたつもりでも、必ず どこかに《甘い部分》がある。

 それが、人間 本来の、《弱さ》の一部だと 思います。


 そのことに、少しずつ 気付き始めた、カナト。

 そして、そんな彼女を 守ろうとする 白ウサギ。

 ミズキ君は、少しあとで、再登場の予定です。


 次回、目覚めた カナトが選ぶ、《次の行動》とは……。


 強そうに 見えて、実は 情けないところばっかりの カナトだからこそ、筆者は 大好きだったりします。 がんばれ、カナト!!

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