20.はじめての 幸せな食事
カナトと 白ウサギの《初夜》には 間違いありませんが。
この二人ならではの、バイオレンスな 展開に…… というのは、冗談です。
今回も、新キャラ 登場です。
レストランに到着し、店員に案内された ソファーシートに、大人しく腰かけて。
叶人は、これからの《夜》のことで 頭がいっぱいで――― 白ウサギが 何やら《質問》してきても、ろくに 聞いてはいなかった。
食前酒として、ピンク色のアルコールが運ばれてきて、初めて テーブルの上の《異常さ》に気が付く。
「え…… どうして?」
間抜けだが、こんな言葉しか 咄嗟に出てこなかった。
叶人と 白ウサギ――― 二人のテーブルは横長で、並んで座る《カップルシート》のようになっており、それはそれで《問題》なのだが。
それ以上に 問題なのは、テーブルの上の 食器の並び方である。
「どうして…… 私 一人分しか、用意されていないの?」
テーブルも、座っている ソファーも、ちゃんと 二人用なのに。
ナイフも フォークも グラスも、叶人の分だけ。 白ウサギの前には、まるで 叶人に出された料理を 取り分けるために使うような――― 取り皿類だけしか、ない。
「ノール、あなた お腹が空いていないの? それとも まさか……」
人間の《料理》は、食べられない…… とか?
彼は、ウサギであって、生粋の人間ではない。 ウサギは ウサギ用の《料理》が 別にあるのだろうか。
…… 失念していた。
夜のことよりも、まず《食事》のことを 知っておくべきだった。
昨日、海岸で催された《宴会》では、叶人は インディアンや 海賊たちに囲まれて、白ウサギが食べていたのかどうかは…… 見ていない。
もし、ウサギ用のエサが 別にあるとしたら――― 大変だ。
悠長に、一人だけ 食べるわけにはいかない。
こんな セッティングがされているのは、ウサギが食べる 料理は出てこない、という事なのだ。
ぼんやりとしていた 叶人が、急に慌てだしたのを見て、珍しく 白ウサギが《落ち着いて》という言葉を使った。
「落ち着いて下さい、大丈夫」
「だって、あなたは 料理を食べないという事でしょう? そんなのダメよ、《衣食住》の中でも《食》は大事なのよ?」
行儀が良くないのは 承知していたが、席を立とうと ジャケットの袖を引っ張っていると、いつもの ぐずぐずに溶けた顔とは異なる――― やわらかい眼差しを 向けられた。
ちょっと…… どきっとした。 否、かなり どきっとした。
元々 美形の頂点に立つような 顔立ちなのだから、致し方ない。
こんな、春の陽だまりのように ぽかぽかと暖かい、やわらかな ほほ笑みなんて―――― 反則だ。
そう思ってしまうことが 単純に悔しくて、叶人は 子供っぽくも《ヤツ当たり》をするしかなかった。
「普通の料理が 食べられないなら、どうして 言ってくれなかったの?」
もしかしたら、先程 説明してくれたのかもしれないが…… 知ったことか。
「…… あなたという人は――― 本当に、どこまでも 優しい人ですね」
「優しくなんか ないわ。 普通のことよ。 ねえ、ここを出ましょう?」
「だから、大丈夫です。 落ち着いて、座って下さい」
「私は 一人だけ食べるなんて、嫌。 誰かといるのに、自分だけなんて できないわ」
そんな事を するくらいなら、一人になってから 食べる。 わざわざ、食べない人と 同席してまで 食べる理由はない。
「聞いて下さい、カナト。 これは、白ウサギの《特徴》なんですけど……」
そして、白ウサギは 驚きの《事実》を打ち明けてくれた。
「…… 食べ物を、口にしなくても 生きていけるって…… 本当なの?」
白ウサギの説明では、食事も 水分摂取も、基本的に 必要がないらしい。
「はい、食べなくても 問題ありません。 だから、今まで 食事を取ろうと思った事も ないんです」
「食べたことは 一度もないの?」
「…… だいぶ《昔》ですけど、勧められて 食べたことはあります。 正直、食べたことがなかったので、味が よくわかりませんでした」
それ以来、食事は していません。
白ウサギの言う 昔というのが、どのくらい前のことだが 見当もつかない。
たとえば、実年齢は 三百歳です…… と言われても、納得できる 世界の構造なのだ。
とりあえず、食べて 害がある――― という事では、ないらしい。
一般の《動物》のように、人間の料理は《体に毒》だというのなら、考えものだが。
「そっか……」
叶人は、少し 落ち着いた。
落ち着いて、次のことを 考える。
食事の経験は 一度だけ。 食べなくても、生きていける。 食べる必要が、ない。
そんな《ウサギ》に向かって、『一緒に食べよう』と言うのは、無神経な事なのだろうか。
「あのね……」
このレストランを出て、何か テイクアウトできる物を買い、部屋で 一人で食べる。
一番 無難で、理に適っている 行動なのかもしれない。
―――― それでも。
叶人の 口からは、するっと言葉が 滑り出ていた。
「一緒に…… 食べてみない?」
もし、途中で 不快に感じたなら やめてもいい。
おいしいと感じない物を 食べるのは苦痛だから、そんな事は 要求しない。
しかし、どれか おいしいと感じる物が あるかもしれない。
そこまで考えて、叶人は 苦笑した。
それは、自分の ただの《我がまま》だ。
必要のないモノを 勧めて、自分の食事に 付き合わそうとしているだけに すぎない。
「…… ごめんなさい。 今の言葉は 忘れて」
非効率的で、まったくもって《ムダ》の塊。 現実主義を モットーにしているのに、あり得ない 選択肢ではないか。
あぁ、やっぱり どこか《おかしい》のかな。
昨晩 ぐっすり眠ったとはいえ、この世界に慣れていないのだ。 疲れが 思考力を奪っている。
バカみたいな 考えを振り払うかのように、叶人は 頭を振った。 そして、やはり 出ようと 立ちあがろうとして。
テーブルの上にあった手に、白ウサギの手が 重ねられた。
驚いて 隣を見ると――― 給仕に向かって、何やら 合図を送っているところだった。
「…… ノール?」
まさか。
「む…… ムリをしなくて いいのよ? 別に、私は 構わないから、ここを出て……」
カナトのためなら、何でもします――― と 言いそうな男だ。
だからといって、こんな場面で《実行》しなくていい。 そういう事は、ここぞという時に とっておくものである。
再び 慌てだした叶人を 黙らせるだけの――― 驚異的な 破壊力を持つ、《ほほ笑み》。
…… だ~か~ら~。 それは ズルイ。
美形の兄《望》を見て育ち、耐性があるにも関わらず、一瞬 心が持っていかれるではないか。
むぅぅと 睨んでみたものの、あまり効果が なかった。
納得いかないが、この場の《主導権》は、完全に 白ウサギのモノだった。
「ムリではありません。 そうではなくて――― 僕も あなたと一緒に、食べてみたいと思ったんです。 カナトと一緒なら…… 食べられるかもしれないから」
反論する余地もなく、結局 テーブルの上には 二人分の《食事の準備》が整えられていくのであった。
叶人は、また一つ 白ウサギについて 学んだ。
食事が 必要ない。 水分も いらない。 だから、お金が減ることがない。
唯一、使うところといえば《身だしなみ》程度…… 叶人からすれば 羨ましいかぎりである。
「あぁぁ…… 何をやってるんだろう…… 私ってば」
部屋の真ん中にある、ふかふかの ソファーに沈みながら、自己嫌悪に陥っていた。
レストランで 食事を済ませ、そのまま 部屋へと戻ってきてしまったのだ。
問題は、何も 解決していない。 解決どころか、さらに先へと進んでいる。
「こういう事は、初めが肝心なのよね。 私が ハッキリ言わないと」
――― 先程から、何度も同じことを 繰り返し口に出しているのに。
「あんな顔を 見せられたら…… 何も言えなくなるじゃない……」
ちなみに、白ウサギは バスルームの支度をしている。
てっきりシャワーなのかと思っていたが、日本風に ちゃんと浴槽と 洗い場が完備されていた。 どこから お湯が出てくるのかは…… 考えても 仕方がない。 ここは、そういう世界なのだから。
ふんふんふん~ と、鼻歌まじりで 湯船にお湯を張るのは、すべて 叶人のため。
白ウサギの 行動の《基本》は、紛れもなく《叶人のため》なのだ。 それ以外に、無いらしい。
「だいたい、僕は 礼儀をわきまえた《紳士》です~ とか言ってて、やっている事は ただの《執事》か《奴隷》っぽいじゃないの」
少なくとも、紳士は 一緒の部屋に泊まる――― なんて暴挙には、出ない。 そういう事は、もっと関係が進んでからの行動のはずだ。
「言っても…… わからないのかなぁ……」
そもそも、根本的に《常識》が狂っている世界で、当然 暮らす《住人》たちも 相当狂っていて。
旅 イコール 新婚旅行…… なんて、普通は考えない。 考えられたとしたら、立派な《ストーカー》だ。
「あぁ…… そっか。 あいつ、ストーカーに近いんだわ。 なるほど、どうりで……」
叶人は、元の世界にいた頃から、妙な《人種》に好かれるタチだった。
始まりは 近所の《みーちゃん》で、その後も すべて、《まとも》からは ほど遠い人ばかりだ。
犯罪者の《一歩手前》といっても 過言ではない。
誰もが 叶人のことを、《恋人》か《所有物》だと 勘違いする。
一方通行な、《異常な愛情》を押しつけてくるだけで、こちらの《意思》など まったくの無視。
そんな《歪んだ人》には、驚くほど 人気があったのだ。
白ウサギの 懐き方だって、いってみれば《それ》に近い。
だから、最初から 叶人は《突き放す》ことができた。 そういう連中に対しての《対処法》は、よくわかっていたから、慌てもしなかった。
適当に 距離を置いて、上手く やっていける自信も…… あったのに。
「なんか…… 調子が狂うわ……」
白ウサギの、真っ直ぐな性格は、もちろん 好感がもてる。 ウソの無いところも、信頼できる。
それ以上に―――― 時々 見せる、あの《表情》。
まるで、叶人さえいれば 他に何もいらない。 叶人の笑顔だけが、この世で もっとも尊いもの。
先程の、食事だって そうだ。
白ウサギは、叶人に 料理を取り分けてくれるくせに、自分からは 食べようとはしなかった。
叶人が フォークに盛って 差し出したモノだけ、嬉しそうに 口に入れる。
きっと、味など わかってはいないはずだ。 食べたことが 無いものばかりなのだから。
それなのに、叶人が 食べさせるから《安心》で《安全》で《幸せ》で…… 《おいしい》のだと。
「もし、それが 毒だったら、どうするのよ……」
毒であっても、白ウサギは 喜んで食べるのだろうと、想像ができてしまう。
「まいったな…… 本当に」
子供だとか、生まれたての ヒナだとか――― それらを 超えている。
彼の《命》を握っているのは、間違えなく 自分なのだ。
幸せを 初めて知ったかのような、顔。 あんなのを 見てしまったら、容易に 突き放せなくなる。
…… どうしよう。 まずい。
「情に流されている場合では ないのに……」
情に 捕らわれたら、拒めなくなる。
拒めなくなったら、判断に 迷いが生じる。
自分が しっかりしなければ、あの《白ウサギ》をコントロールすることなんて不可能だ。
二人 一緒に、ずっと この世界に暮らすのではない。 叶人には《元の世界に戻る》という、明確な目標がある。
「お待たせしました、カナト! さぁ、入浴の時間ですよ!」
るんるん…… と、効果音が出そうなほど 上機嫌なところに、切り出すのは 胸が痛むが。
自分が 言わなければ、このまま《なあなあ》に なってしまう。 それだけは、嫌だ。
「ノール…… ちょっと話があるの。 ここに 座って」
少し 硬い表情を、白ウサギは さっそく勘違いした。
「カナト…… ? もしかして、入浴剤の香りが 気に入らないとか……」
「…… 違うから。 いいから、座って?」
食事中に、さんざん《好みの 香り》を尋ねられたが、入浴剤のことを考えていたのかと、改めて 気付く。
「僕は…… 何か、カナトの 気に障ることをしましたか? 至らないところは、直します。 なんだったら、殴っても 構いません。 あなたに 殴られるなら本望です」
マゾなのか? …… 白ウサギのヤツは。
そういえば、昨日 領主ピーターを捕獲する時に、やたらと《縄で ぐるぐる巻き》という言葉に 反応していたな。
「えぇと…… 私、そんなに《暴力的》ではないから、安心してちょうだい」
この類いの話題は、しばらくは 避けた方がいいようだ。 より 《おかしな趣味》へと 走られたら困る。
「そうではなくてね…… え~と、何て言ったら いいのかな? …… あなた、私に対して《甘過ぎる》ってことを 言いたいの」
「大切な女性を《甘やかす》のは、僕の《愛情の表れ》ですから!」
「甘やかすばかりでは、相手が ダメになってしまうわ」
「…… 僕のカナトは、そんな人ではありません」
堂々と 言い切られてしまっては、さすがの叶人も 反論に時間がかかった。
「あなたは 最初から、私の事を 美化しすぎているわ。 言ったでしょ? 私は、けっこうズルくて、汚い人間なんだから」
「僕だって 言いましたよ。 あなたは、何でも 自分を《悪く》言い過ぎます。 僕のカナトは、素晴らしい女性なんですから」
………… どうしよう。
やっぱり、かなり 狂ったウサギさんだ。
目の前の《異常者》を、どう攻略しようか――― 悩み始めたところに、乾いた音が 響いた。
コン コン
部屋のドアを叩く、ノックの音で間違えない。
「…… 《刺客》かもしれません。 カナトは、奥の部屋に 隠れていて下さい」
「一人で ドアを開けるの? そんなの 危ないわ」
「…… あぁ、カナト。 何て 可愛いことを 言うんですか。 あとで、《頬ずり》しても いいですか?」
―――― ダメに、決まっているだろう。
どさくさに紛れて、何を 言いだすんだ、ばかウサギ。
「えぇと…… 夜分 申し訳ないんだけど。 俺も 必死っていうか。 もう 限界っていうか。 とにかく、話を聞いて欲しくて……」
意外にも、若い 男の声、だった。 もしかしたら、まだ 十代かもしれない。
「こんな時間の訪問など、無礼 極まりないですね。 さくっと 帰ってもらいましょう?」
さっきの《頬ずり》発言の方が、よっぽど 無礼だと思うのだが。
それに、帰ってもらうだけなのに、《さくっと》という表現は 適切ではない。
「アリスに対しての 《依頼》かもしれないわよ? だったら、一応 話だけでも……」
「こんな時間に 訪ねる男は、普通では ありません。 危険です!」
白ウサギの 言い分は、珍しく もっともなのだが――― 叶人には、何かが 引っかかった。
直感的に、《会うべきだ》と 思ってしまったのだ。
「…… あなたの名前と、要件は?」
白ウサギの 制止を無視して、ドアに向かって 問いかけてみた。
すると、《訪問者》は 慌てて 名前を答える。
「俺は、瑞樹≪みずき≫。 え~と…… 実は、アンタと同じ世界の 出身なんだ」
「え…… それって……」
元の世界から、この世界に 来た者の《総称》は、ただ 一つ。
「俺は、《八十一番目の アリス》なんだ。 ――― ネバーランドを解放した《九十九番目》のアンタに、ぜひ 頼みたい事が あるんだよ」
バスルームからは、叶人好みの 《柑橘系》のイイ香りが、ふんわりと 漂ってきている。
訪問者の出現は、これから のんびり 入浴タイム…… には ならないことを、示していた。
夜は、まだ 始まったばかり。
白ウサギと 同室で泊まることなど、頭から 吹き飛んでしまった 叶人であった。
ゆっくり更新中につき、しばらく 話のスピードが落ちて 申し訳ありません。
ますます 白ウサギは、変な方向へ。 そして、カナトは 流されて…… いませんね、今のところは。
次回から、新キャラ 《八十一番目》のミズキ君が、本格的に 出てきます。
カナトと どう絡んでくるのか。 今後の 展開は、実は未定だったり~。
逆ハーレムが 基本ですので、白ウサギと ライバルになるのか 否か。
早く、《はだかの王様》を登場させたい…… と目論む、水乃でした。




