2.フリフリ服は アリスの証
主人公・叶人≪かなと≫が、フリフリ服を嫌がるのは、年齢のせいだけではありません。 彼女なりの 事情があるのです……。
今…… 奴は、何と言った?
「九十九番目…… って……」
「聞いて言葉の通り。 あなたで 九十九人目ですから、≪九十九番目の アリス≫になりますね」
今日は いいお天気ですね―――― ええ、まさに その通り…… みたいな、のどかな会話に聞こえるが。
内容は ちっとも≪のどか≫ではないし、だいたい この≪恰好≫は何なのだ!?
「服! 私の服は どこへやったの!?」
たとえ 安物であろうと、お気に入りの服やスニーカーなのだ。
額につんつん しただけで、消失していい理由などない。
「世界の≪意思≫なのだから、わたしには 何とも」
できない…… というより、何にもしたくはない…… という響きが籠っているのは、気のせいだろうか?
「世界の≪意思≫って何!? 私を この…… ローリィなんとかに召喚した 張本人!?」
「ローリィヴェルテ、です。 もう忘れたのですか?」
「うるさいな!」
鳥頭といわれようが、今は そんな場合ではない。
童話やアニメで見かけた≪アリス特有≫の 可愛らしいフリフリ姿―――― 自分だって、一応乙女なのだ。
可愛らしいモノは大好きだし、『あんな服が着れたら いいな』なんて 思ったことくらいなら、何回もある。
けれど、それは思うだけ。 思うだけで止まり、決して それは実行してはならない類いのモノ。
名前は、芹沢 叶人≪せりざわ かなと≫ という。
二十七歳の女盛り、独身、独り暮らし。
今でこそ、身長は 百六十センチという 標準サイズであるが、幼い頃は 違ったのだ。
生まれた時は、普通だったらしい。
それが、ミルクの飲み過ぎが原因か…… 一歳で すでに三歳児と同じ位に成長し、幼稚園に入る五歳になると 小学校低学年と間違われ、ピカピカの一年生なれば、中学生と間違われて 電車の≪大人料金≫を請求される羽目に……。
単に、体の成長が 他人よりも数倍早かったのなら、『大きい子ね』というだけで済んだのだが―――― 自分の場合、≪顔付き≫までもが 大人びていたから、幼少期より 常に実年齢よりも『だいぶ年上』に見られてきた。
小さい子の特権ともいえる≪フリフリ服≫なんて、当然 似合うわけがない。
親はもちろんのこと、よく服を買ってくれた親戚一同まで、≪フリフリ服≫という言葉自体が 芹沢家では タブーになっていたくらいだ。
子供心に、あんな服が着れたらいいのにな…… と、何度もショーウィンドウの前で眺めてみたりしたが、ガラスに映る 自分の≪顔≫と ≪身長≫を見たときに、無理な願いだと悟ってしまった。
結局、身長は 九歳で止まったが、『大学生』と間違えられる事が多かったから、可愛い服なんて 着ないまま大人になり―――― 現在、二十七歳。
今では だいぶ開き直り、『着たいと思う 服を着る!』と決めて、似合う似合わないは なるべく考えないようにしていたのだが。
これは―――――― ひど過ぎる。
一体、何の罰ゲームなのか…… この歳になって、メイドカフェの メイドさんもびっくりの、コスプレど真ん中。
いや、メイドさんは いいのだ、彼女らはプロなのだから それなりに着こなすに違いない。
そうでなくて、一般人の…… しかも フリフリ服には縁のなかった自分が、全身セットで着せられているという、認めたくはない事実。
何だろう。 たとえるならば―――― アニメアイドルが全体にプリントされた 特別仕様車…… いわゆる≪イタ車≫を、平凡な住宅街で 見つけてしまった時のような、『あぁ、やっちゃったんだね……』という 生ぬる~い感覚に似ている、というべきか。
「とても、お似合いだと思いますが」
「怖いこと 言わないでよ」
自分の姿だから、自分が一番わかっている。
間違っても、知り合いには 見られたくない。
「どうすれば いいの?」
夢だか 現実だか、どちらにしても 今この状況をどうにかしたくて、答えを持っていそうな≪案内人≫に問う。
すると、待ってましたとばかりに、青年は 説明を始めたのである。
ここは、ねじれた世界≪ローリィヴェルテ≫。
現実の世界から 入る事を許された者だけが、この世界での『アリス』になる資格があるという。
アリスになった者は、来訪順に 番号が付けられて、自分は 九十九人目に当たるらしい。
「世界のすべてのモノには、等しく≪役割≫が与えられている―――― それは わかりますね?」
「あんたが ≪案内人≫だっていう事とか?」
「ええ。 わたしの役割は、この世界に訪れた 無数のアリス達に、ローリィヴェルテの常識と ゲームのアドバイスをする…… というのを定められています」
今 何か、二つくらい 気になる発言が飛び出したような。
「無数のアリスに…… ゲームのアドバイスって……」
「あなたで 九十九人目だと言いましたが、今後も 増えるかもしれないという事です」
「じゃあ、私以外に あと九十八人 存在するって事?」
すごい数だ…… と思ったのだが。
「いいえ―――― 現在 参加中の≪アリス≫は…… まぁ、ざっと三十人程度でしょうかね」
「あとの 約六十人は どうしたの?」
「…………………… さぁ?」
間があった。 確実に、今 間があった。
≪案内人≫は 残るアリスの行方を 知っているのは確かだろうが、教える気は無いらしい。
何となく、不安がよぎる。
「じゃあ、現在 参加中という…… 三十人の≪アリス≫って、何をしてるの?」
答えてくれそうもない話題は 後回しにして、とにかく 他の情報が欲しい。
「ゲームです――――― この世界での≪アリス≫に課せられた、役割とも呼べるモノ」
「ゲームに参加する事が、役割になるの?」
「役割の一つ…… と考えてもらえればいいでしょう。 アリス達には、世界の意思と ≪賭け≫をして頂きます」
「賭け……… というのは?」
「ルールは簡単です。 これから、あなたには コレを差し上げます」
そう言って、≪案内人≫は どこからともなく取りだしたガラス製の容器を、叶人の手に持たせた。
「これは?」
ほのかにピンク色をした、蓋つきのガラスビンである。
「それは、≪キャンディーポット≫です。 名前の通り、キャンディーやドロップを入れるための容器ですね。 今後、それは あなたにとって≪最も重要なアイテム≫になりますので、取り扱いには 充分注意して下さい」
いきなり、重大発表ではないか。
「え~と…… このキャンディーポットに、賭けが どう関わってくるの?」
「難しい事は、何もありません。 あなたは、困っている誰かの所へ行って、悩みを聞いて、≪願い≫を叶えてあげて下さい」
「つまり…… 便利屋?」
この異世界に そういう言葉があるのかどうか 考えずに、叶人は思わず尋ねていた。
「そういう表現も可能ですね。 とにかく…… ≪願い≫を叶えてもらった住人は、お礼として ≪感謝のドロップ≫をくれます。 あなたは、そのドロップを キャンディーポットに入れて、≪百八個≫ 溜まるまで頑張って下さい」
「ひゃ……… 百八個!?」
とんでもない数だ。 しかも、百八とは…… 確か、≪煩悩≫を表す数とかで、大晦日の夜に 除夜の鐘が鳴る数と 同じだったような。
…… 偶然なのだろうが、不気味だ。
「ちょっと、話を整理させて? つまり、百八人の願いを叶えれば いいの?」
「人数に制限はありません。 極端な事を言えば…… たった一人であっても、その住人の≪願い≫が 百八個あったとすれば、それでもかまいません。 要は ドロップの数さえ満たしていれば、やり方などは アリス達の自由ですので」
「なるほど……」
そうなると、一人につき 一つの願い事を請け負っていたら、えらい時間がかかる―――― という訳だ。 効率的なことをふまえて、なるべく ≪強欲そうな人≫を狙った方が いいのかもしれない。
そう考えて―――― 苦笑した。
こんな事を考えてしまう自分が、はたして 誰かの≪助け≫になど なれるのだろうか?
まあ、決めたのは自分ではなく…… ≪世界の意思≫とやらだから、どうしようもないが。
「注意点があります。 どんな方法でも自由ですが、二つだけは 守って下さい」
一つ目―――― ≪願い≫を叶えてやろう…… などと、住人に迫らないこと。 どのアリスに 叶えてほしいかは、住人たちに選ぶ権利があること。
頼って欲しければ、日頃の行いを良くして、評判を高める事。
そうすれば、自然と噂が広まって、このアリスに頼みたい…… と、住人の方から相談を持ちかけられる、という。
二つ目―――― 結果が 失敗であった時には、≪感謝のドロップ≫は諦めること。
≪願い≫が叶ったかどうかを 決めるのは、住人たちである。
きちんと 彼らが満足しない限り、ドロップは もらってはいけないし、請求してもいけない。
「その他、世界が ≪違反行為≫だと判断した場合は、ペナルティとして ≪ドロップの没収≫という罰則があるので、気を付けて下さいね」
「まぁ…… 罰則があるのは 妥当だと思うけど。 没収って…… 具体的には?」
違反行為を はなからするつもりはないが、知っておくべきルールだ。
「行為の≪程度≫によって、数は 決まりますね。 没収する数の分だけ、ドロップが無い場合もあります」
「その場合は?」
「………………… いずれ、わかりますよ」
少し前に、聞いたセリフだが―――― 何だろう、さっきよりも 背筋が寒い。
「言い忘れてましたが、≪他のアリス≫に対しての ≪妨害≫や≪攻撃≫などの行為は、基本的に認められていますし、ドロップの 横取り…… なんてのも、実は 可能なんですよ」
―――――― ちょっと、待て。
「それ、明らかに おかしいでしょう!? 妨害、攻撃、横取り……なんて、一番 ≪違反行為≫に該当するんじゃないの!?」
「…………… ゲームですから」
そこは、厳しく 取り締まるべきところのはずだろうに―――― 男は笑って、話題を変える。
「さて…… だいたいの説明は終えましたので、後は 出発の準備ですね。 あなたには、身を守る手段として、一人の≪護衛≫と、一つの≪武器≫を 選ぶことが認められています。 何にしますかね?」
≪護衛≫と≪武器≫が 必要の無い世界に、戻してくれるだけでいい――――
言ったところで、きっと何も変わらなそうだから、叶人は 口には出さなかった。
ねじれた世界で行われている ゲームの≪説明≫は、もう少し続きます。何となく、世界のイメージを掴んでもらえたら 嬉しいです。