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九十九番目のアリス  作者: 水乃琥珀
19/75

17.叶人にとっての 音楽とは

 一応、この回から 新章『ハートの国編』の始まり…… なのですが。

 あれ?


 首をかしげる方も、いらっしゃると思います。 当然です。

 …… 詳しくは、本分を ご覧下さい。 きっと、納得すると 思います。


 しかも、少し ダラダラと長いので、がんばって読んで下さい。

  叶人には、四歳年上の 《姉》と《兄》がいた。

  姉の名は 恵≪めぐみ≫、兄の名は 望≪のぞみ≫といって、二人は《双子》である。


  《華やかな》雰囲気の持ち主で、どちらも 誰もが振り返るほどの《美形》だった。

  末っ子の《叶人》には ちっとも似ていない。


  《恵》は 活発で、とにかく行動的、そして 物事をハッキリと言う キツイ性格だ。

  カッコイイ女に憧れる《男》や、お姉さま好きな《年下の女の子》に好かれる、姉御肌といえる。

  キラキラした物や 濃い色が似合う、太陽みたいな《派手な》美人だった。

  

  それに対して《望》は、物静かで 冷静沈着。

  童顔で 可愛らしいが、《色気》も兼ね備えている、《小悪魔的な》美人であった。

  多くを語らない 神秘的な部分がウケて、異性はもちろんのこと、どちらかといえば 《男》にモテていた気がする。

  《ホモ》と疑わしい男が 家の前をウロウロしているのを、昔からよく見かけた。

  華奢で 大人しそうに見えるが、望は 《空手》と《合気道》の《有段者》。

  実は 容赦ない 性格をしているので、彼の心配をしたことは 今まで無い。


  《芹沢家の双子》は、昔から 有名だった。 学業もスポーツも得意で、頭の回転も速い。

  隠し撮りの写真が 飛ぶように売れ、町を歩けば スカウトが大勢寄ってくる。

  ファンクラブまで結成されるほど、男女ともに 人気が高く、もちろん 叶人にとっても 自慢の 姉と兄であったのだが。


  デキの良過ぎる 姉兄を持つと、下の子は 比較される対象となるわけで。

  ―――― 早い話が、叶人にとっての コンプレックスを刺激する存在でもあったのだ。


  そのせいか、叶人が《音楽》に のめり込んだのは、必然だったのかもしれない。


  《歌》は得意な 双子でも、楽器を扱うことには 興味を示さなかった。

  反対に、叶人は 音楽を奏でることに、喜びを見出す子供だった。


  ピアノを習い始め、すぐに、コンクールで 入賞を果たすほどに上達していた。


  特別に、叶人が 優れている訳ではない。

  はっきりいって、ものすごく《不器用》で、とにかく《要領》が悪かった。


  では 何故、そんな叶人のピアノが 飛躍的に上達したのか、といえば――― 単に、《努力》以外の何物でもない。


  優秀な 双子に 《簡単にできること》が、叶人には 何ひとつできなかった。

  双子が 《普通》だと思い込んでいた両親は、叶人に 『努力しなさい』と言い続けた。


  努力しなさい。

  たくさん、練習しなさい。

  できるまで、何度でも やりなさい。

  お前は、恵や 望と違って、バカで 不器用なんだから。

  努力することしか できないのだから、せめて それだけでも、きちんと やりなさい。


  そうして、半ば 脅迫のように、叶人は 《努力》しなければ、自分は《ダメな人間なのだ》と思うようになっていた。

  だから、何でも 人の何倍も 練習した。

  勉強も、スポーツも、趣味のピアノも、学校での 行事に至るまで、何一つ 欠ける事なく。


  一切の《妥協》は許されず、常に《完璧》を求める 母親の影響も大きく、いつしか 《失敗することは 罪だ》とさえ 思うようになっていた位だ。

  今にしてみれば、それこそ バカだなあ…… と冷静に考えられるが、学生時代の 叶人は、とても《窮屈》で――― そのことに 気付きもしないで生きてきた。


  何も 努力せずに、何でも完璧にこなす 双子とは、大きく 違った。

  努力して、努力して。

  それでも できない事が多くて、また 努力して。


  『何でも優秀で、羨ましいわ』と、クラスメイトの母に 言われたことがあったが、『どこ見てんだ、馬鹿ヤロー』と ぶん殴りたいと思う。


  叶人には、努力しか ない。

  双子の 恵や望とは、デキが違う。

  所詮、まやかしの《結果》にすぎないのだ。 努力することを止めたら、あとは 坂道を転がり落ちるだけ。


  自分が 《惨め》だと 気付きたくなかったから、音楽に 没頭したのかもしれない。

  恵や望が やらない事を、やりたかっただけ…… かもしれない。


  音楽の道で生きていけと 薦められたが、結局 普通高に進学した。

  音楽を 仕事にしたいとは思わなかったのだ。

  ピアノを弾いている時は、《素の自分》で いられる。

  その《解き放たれた感覚》が、好きなのだ。 仕事にしてしまったら、きっと また、窮屈な世界になってしまう。


  好きなように、心を さらけ出して 弾く――― それは、音楽の 原点だ。

  いつからか、弾くだけではなく、作曲も するようになり。

  その 作曲が――― 今、《戦闘用の曲》として 役に立っているのだから…… 何事も、将来どこかに繋がっているという、よい例だといえる。




  ざざぁん ざざぁん


  波の音が、耳を打った。

  うっすらと 目を開けると、見慣れない部屋の 天井が見えた。

  ああ、そうか。 ここは、ねじれた世界≪ローリィヴェルテ≫。 間違って 入り込んでしまった、ヘンテコな世界。


「……………………」

  嫌な夢をみたな―――― 寝台から起きあがって、叶人は 深くため息をついた。

  自分の 学生時代の事なんか、思い出しても おもしろくはない。

  どう考えても、嫌な 思い出しかない。


  高校卒業後、叶人は 実家を出て 一人暮らしを始め、働きだした。

  大学に行け…… という両親に、反抗したようなものだ。


  どうせ、大学受験をしたって、恵や望のように《一流大学》には入れない。

  本来、自分は ごく《平凡な才能》しか ないのだ。

  失望されるくらいなら、最初から その道を 選ばなければいい――――。


  一つ残念だったのは、大好きなピアノが、アパートの部屋には 狭くて置けないことだった。

  ピアノが弾きたい…… 弾くためには、実家に戻るしかない。


  ピアノ 一筋で生きてきた 叶人は、考えた。

  ピアノ以外で、アパートでも できる楽器は ないだろうか、と。

  とにかく、楽器に触っていることが、ストレス発散に等しいのだから。


  幸い、米軍飛行機の 通過区域のため、部屋の 防音対策はバッチリだった。

  小さい楽器なら 可…… と、大家に 許可も取ってある。

  あれこれ悩んだあげく――― 辿り着いたのが、ヴァイオリンだったのだ。


  元々、興味なんか 少しも無かった 楽器である。


  《楽器の女王》と呼ばれるだけあって、素人が 簡単に手を出していい 代物ではない。

  それでも、努力や 練習は、叶人にとったら 苦ではないから。

  気が付けば、二十七歳。 ――― ヴァイオリン歴は 八年目に入っていた。


  この世界で 《専用武器》にヴァイオリンが出現したのも、まあ 納得できる。

  休日は、家事と 音楽で 一日が終る程、叶人にとって《生活の一部》になっていたのだから。


「…… ヴァイオリンが、弾きたい……」

  

  バスローブを脱いで、干してあった《下着》と《アリス衣装》を身に付け、客室を出た。

  船内から見える 地平線に、うっすらと 太陽が顔を出そうと 待っている。

  もう そろそろ、皆が 起きる時間だろうか。

  昨夜は、一晩中 《宴》で騒いでいた 連中だ。

「もしかしたら、今頃 寝に入った人も、いるのかな……」

  とりあえず、昨夜の 記憶を頼りに 甲板に向かってみよう。


  船長所有の 海賊船 ヴァージニア号は、豪華客船並に 広かった。

  ようやく 甲板に上がると、朝日が 水面に反射して、きらきらと 輝いていた。

「…… 綺麗 ……」

  作り物ではない、自然の《美》を目の当たりにして、さっきまでの《苦い気持ち》が 溶けていく。


  穏やかな曲が、弾きたいなと 思った。


  とりあえず、ヴァイオリンを召喚して、弓を構えた。

  ヴァイオリンは、右から二番目の A線と呼ばれる、ラの音が 基本になる。

  その音を元にして、四本の弦を 二本ずつ和音で弾き、少しずつ 調弦してから 演奏に入るのだが。

「これ…… やっぱり、調弦 いらないみたい」

  昨日も 感じたことだが、この 不思議な楽器は、調弦無しで そのまま弾いても問題なさそうだ。


  楽器だって、生きている。

  気温や 湿度に敏感で、一曲演奏するごとに 調弦するのは当たり前…… なのだが、そこは 現実とは違うようだ。

  武器でもあるのだし、いちいち 調弦していたら、戦闘中に 危険である。 これは この世界だから許される、《特別な措置》なのだろう。


  ロンリン ランリン

  叶人の 気配を感じ取ったのか、いつの間にか 小さな妖精さん達が 周りに集まってきていた。

  人間の前には、あまり 姿を現さないといわれる妖精たちだが、叶人の遭遇率は 極めて高い。


「…… おはよう、妖精さん。 昨日は 本当にありがとう」

  一番の《功労者》は彼らであると、叶人は 思っていたから。

  自分に向けてくれる《好意》と、昨日の活躍に《感謝》を込めて――― 妖精たちのために、一つの曲を選んだ。

  うるさかったら、ごめんなさい…… 寝ている人たちには、心の中で 謝って、叶人は ヴァイオリンを弾きだした。


  タ~ タラリラルラ タ~ラン ラ~   タ~ タラリラルラ タ~ラン ラ~


  エルガー作曲の《愛の挨拶》である。


  周囲からの 結婚の反対を押し切って 婚約した彼が、夫人に贈った曲だ。

  貧しい夫を 献身的に支え続けた 妻。 その妻を、とても 愛し、また感謝していたというエルガー。

  そのエピソードを知ってから、叶人の中で、この曲は《愛と 感謝の曲》というイメージになっていた。

  今の 自分の気持ちを表現するには ぴったりだと思って、メロディを奏でると。

  妖精さんたちは うっとりと目を閉じて、音楽を聴き――― やがて、叶人の頬に 大量の口づけを残して、空へと帰って行った。


  …… あの様子なら、喜んでもらえたようだ。

  自分の つたない演奏でも、ああやって 楽しそうに聴いてくれる――― 演奏者にとって 幸せ以外のなにものでもない。

  心の中心が ぽかぽかと暖かくなるのを感じていると、ふいに 背後から 声がかかった。

「キレイな曲、だな。 何ていう 曲だ?」

  いつから そこにいたのか…… 海賊船の 船長が、立っていた。





「ごめんなさい、うるさかった?」

  叶人が 問うと、船長は 頭を振った。

「いいや…… むしろ、あんな曲なら 大歓迎、だな。 上手いじゃねぇか。 俺は好きだぜ、そういうの」

「あら…… 意外ね」

  もっと、軽快な 踊りの曲とかが 好きそうに見えたのだが。

「まあな。 そういう楽しいヤツも好きだが…… 今の、あんたが弾いてた曲。 そういうのも、悪くねぇな」

「船長は、ロマンチスト だったのね。 …… 覚えておくわ」

「ロマンチスト、ねぇ…… そう言われると、何だか ムズ痒くなるな」


  船長と、落ち着いて話すのは、これが初めてだろう。

  昨日は、常に 誰かが周りにいたし、戦いの後で ゴタゴタしていて。

  ちょうど いい機会だと、叶人は 言い忘れていたことを、告げた。


「昨日は、巻き込んで ごめんなさい。 それから…… 協力してくれて、ありがとう」

  頭を下げると、船長は ひどく驚いた顔をした。

「…… 何で、驚くの?」

「何で…… って、そりゃ 俺が聞きてぇよ。 何だって、アンタが謝る必要があるんだ? 巻き込んだのは、むしろ 俺たち側だ。 助けてもらったのも、俺たちの方だ」

「でも…… 私、実際には ほとんど何もしていないもの」

  昨夜、白ウサギに 漏らした通り。

「戦ったのは、皆だし。 私が した事といえば……」

  人の 弱みに付け込んで、痛いトコロを つんつんと 突っついただけ、である。

  褒められるどころか、白い目で 見られても おかしくはない、行為の数々だ。


  視線を外した 叶人に、船長は あろうことか…… ぷっと、吹き出した。

  そういえば――― 昨日の 初対面の時も、結局 船長は 大笑いをしたんだっけ。 

「…… あなた、笑い上戸なの?」

「ぷぷ…… まさか……。 アンタ、自覚が無いのかよ?」

「自覚って…… 何の?」

  自分が 《正義の味方》ではないことなら、わかっている。


「自分が 嫌なヤツだとか…… それくらいなら、自覚はあるけど……」

「あのなぁ…………」

  正直に 話せば、今度は 呆れた顔を向けられてしまった。


  では、どうすれば いいというのか。

「…… どうして そんなに笑うのよ?」

  むくれて睨むと、穏やかに笑っていた 船長の目元が、ふいに鋭くなる。

「は~…… アンタって、ホント――― バカが付くほど、不器用なんだな」

「不器用っていうのは、確かに認めるけど……」


  船長の顔つきが、明らかに 変わっていた。

  それが 何を示しているのか、叶人には わからない。

「あ……あの、船長?」

  いきなり嫌われた…… 訳では、ないらしい。

  でも、それならば、何故? この視線の 意味は、何?

  首を傾げた 叶人に、船長は 一歩 距離を詰めてきた。

  ―――― あれ……?

  何だか、どこかで味わったような、危機感を感じるのは、気のせいだろうか。


  すっと、船長の手が 出される。

  改めて ヨロシク…… という、挨拶の握手を 求められているのだろう。

  特に、拒む理由は 無い。 歓迎されているなら、喜ばしいことだ。


  戸惑いながらも、手を差し出した 叶人は、掌を掴まれた 瞬間に――― ぐいっと 体を引かれていた。

「ふぇぇ……!?」

  

  間抜けな 声も、目の前の《壁》に当たって 小さく消える。

「アンタ…… 本当の名前は―――― カナトって、いうんだってな」

  耳元に、甘い 囁きが落ちてきて。


「俺 好みの…… いい響きの 名前だな」

  朝から 発する雰囲気ではないと、本能的に 悟った。

「な…… な……」

  長身で 体格のいい船長に、叶人は すっぽりと抱きしめられていたのだ。

  あまりの 至近距離に、頭の中が 真っ白になる。


「アンタみたいな 不器用なヤツ…… 放っておけねぇんだよ」

  耳たぶに、船長の唇が 触れた。

  考えている余裕などは まったくない。

  四肢を 絡め捕るような声は、直接 脳に響き、腰にある掌は 驚くほどに 熱くて。


  逃げたいのに、動けない。 体に、チカラが 入らない。

  足元から、崩れて 座り込んでしまいそうだ。

  たとえ、船長が ふざけているだけであったとしても、恋愛経験の 乏しい叶人には、それが《限界》で。


「………… ノール」

  男慣れしている 姉の《恵》とは、何から何まで 違うのだ。

  助けて、という意味で―――― 掠れた声で、白ウサギの 名前を呼ぶのが、精一杯。


「カナト!」

  どこにいたのか――― 文字通り すっ飛んできた 白ウサギによって、ようやく船長の腕から 解放された。

  船長は、少しも気分を害した様子はなく、むしろ 楽しそうに…… 残酷に、笑う。

「俺にだって、名前があるんだぜ? 俺の名は――― 《オーランド》だ」


  舌なめずりをしている《猛獣》というのは、まさに 今の船長を指す 言葉だった。

  そして…… 狙われている《獲物》というのは、自分なのだろうか。


  白ウサギ以外で、叶人に 《異性としての興味》を示したのは、これまで 誰もいなかったのだ。

  叶人が すぐに気付かなくても、仕方がない。


「覚えてくれ、オーランドだ。 ―――― これから、バシバシ 口説いてやるから、覚悟しておけよ?」

「はぁ……?」


  …… 何故、船長に 口説かれなければ ならないのか。

  威嚇している 白ウサギに訊いても、きっと まともな答えは 得られないだろう。


  叶人は、咄嗟に《わからない事は 考えない》という、必殺スキルを 発動させるしかなかった。


「おかしら、アリス様、白ウサギ殿~。 朝飯の準備が できましたぜ~!」

  

  タイミング良く 呼びに来た船員に従って、三人は 船内の食堂へと 向かうこととなり。

  これが、今後の旅に どう影響してくるのか――― 今は、まだ 想像もできないが。



  とりあえず。


  《色気》全開の、《大人の男》というものは、実は とっても《怖いもの》なのだ――― と。

  この日、 叶人は 初めて知ったのである。

 ね~!? 驚かれた方、その反応は 正しいです。


 ハートの国の話が、ひと言も 出てきておりません。

 いや~、私自身も びっくりだ。 こんなはずでは……。


 カナトのことを 少し書いておきたいな…… と思っていたら、長くなってしまいまして。 このような 中途半端に 終りました。 すみません。


 次回から、ようやく ハートの国へと 出発…… できるように、何とか 話を繋げたいと思います。

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