14.ピーター 孤立作戦
戦いも いよいよ終盤に入り、決断を迫られる タイガーリリー。 影からは 《アノ人》も、戦いに加わっていたことが判明します…… 詳細は 本文で。
飛びまわる ピーター相手に、白ウサギが 懸命に戦う中。
剣を構えた 船長は、二人の間に 割って入った。
「アンタは 護衛なんだろ、白ウサギ! 領主は 俺にまかせて、《小さなアリス》を守ってやんな!」
「そうは言っても、あなたでは 不利ですよ、船長!」
空中に浮かび、ひょいひょい逃げ回る ピーターパン。
異常な《跳躍力》を持つ ウサギ男は、何とか追うことができたが…… 地面から 離れられない《普通の人間》では、確かに相手にはならない。
今まで 船長がピーターを倒せなかったのは、《空を飛ぶ》という、この能力のせいもあるだろう。
「二人がかり…… って、卑怯じゃないか! 僕は、子供なんだからな!」
「こんな時だけ 子供ぶるのは やめなさい。 見苦しいわよ」
叶人は 叶人で、ピーターに向かって 《攻撃》のメロディを送る。
ティィィィィィラルラ~ ジャ ジャ ジャジャンッ
「うっ…… 何、この《音》……?」
弾いている 自分も、実は けっこう辛かった。
本来の 演奏では、決して 出してはいけない《キタナイ音》。 ヴァイオリンの師匠に知られたら、大目玉を食らうことは 間違えない。
ジャジャンッ ジャッ ジャッジャラ~ン
「や…… やめろよ、何だよ、頭 痛い!」
「痛くなるように わざと弾いてるんだから、当たり前でしょ?」
《支援》だけしかできないなら、この先 きっと困るだろう。 今回のように 大勢を相手にする時、白ウサギ 一人を戦わせるなんて、効率が悪過ぎる。
自分だって、戦うのだ。 そのために、与えられた《武器》…… 使いこなさなくて、どうする。
「やめなさいよ、バカ女!」
ティンカーベルの、必殺《キラキラ攻撃》―――― 妖精の粉を 振りまいてきたが、冷静に 対処した。
「バカ女で 結構よ、極悪妖精さん」
タリラリタラルラリラルラ タラリラリラルラリラルラ
同じ手に、二度も引っかかる 叶人ではない。
「昨日は あっさり捕まったけど…… 今日は そうはいかない。 たまには その粉、自分でも かぶってみたら?」
容赦ない 音楽は、漂う粉をすべて集めて、そのまま ティンカーベルへと 襲いかかる。
「きゃあっ!」
可愛い 叫び声なのになぁ…… と、残念に思う。
可愛らしさ ゼロの自分には、逆立ちしても 出てこない。 ずっと そうやって、可愛いままでいればいいのに。
粉を かぶった妖精は、空中でヨロヨロ し始めた。 ――― いったい、何の粉を まいたんだ?
まともに かぶったら、かなり危険なことは 確かだ。 本当に、ろくでもない 妖精さんだ。
「くっそぉ…… 何で こんな事に……。 タイガーリリー、早く 僕の加勢をしろ! さっきから、何をやってるんだよ!」
甲板上の戦いに 呆気にとられて、船の下―――― 海岸では、海賊と インディアンの動きは 止まったままであった。
「そうよ、ぼーっとしてないで、早く 海賊なんか 殺しちゃいなさいよ!」
ヨロヨロしつつも、再び 妖精の粉を使おうとした ティンカーベルを、慌てて 阻止する。
ティリ~ タラ~ン ジャジャンッ
「何よ…… コレ……」
ティンカーベルは、キラキラと光る 粉だらけになっていた。
羽の動きが 急激に鈍くなり、ゆっくりと 甲板の床に落ちていく。
「バカ…… アリス……」
さんざん 人々を恐怖に陥れてきた 極悪妖精は、あっけなく そのまま 静かになった。
「ティンカーベル!?」
駆け寄ろうとしたピーターパンだが、白ウサギと 船長が、前に立ちはだかる。
「…… 死んだんですかね?」
「いいや、気絶したんだろう。 どうする、ピーターパン。 味方が 減ったぜ?」
「くっ…… まだだ、僕は まだ負けない! タイガーリリー、インディアン! 早くしろぉ!」
あれだけ 威張り散らしていた 領主が、今や 明らかに 《劣勢》になっていた。
海岸では、先に 上陸していた《先鋒隊》と、あとから加わった 海賊たち、そして インディアン達が並んでいる。
皆 武器を持ったまま、一歩も動かない。 …… 否、動けないで いるのだ。
「酋長代理。 ピーターのヤツが、催促してるっすよ?」
海賊たちの 指揮をまかされていた 副船長のスミスは、少女に向かって言った。
無理もない、と スミスは思う。
ピーターパンに 挑もうなんて、今まで 誰も考えなかったといっても 過言ではない。
だからこそ、我が船長…… フックが 立ち上がった時に、人々は 歓喜したのだ。
「うちの船長は、ただの 私欲っていうか…… 恩人の かたき討ちが目的で、戦いを決意したんですがね」
船を見上げたままの タイガーリリーの耳に、届いているかは不明だが。
スミスは スミスで、この戦いに疑問を持っていたから、言わざるを得なかった。
「正直、船長には 戦ってほしくないっすよ、俺たち。 だって、皆 船長のことが 好きっす。 あんな領主のために、怪我したり 辛い思いするのを見てるのは、本当は 嫌っす」
少女は、のろのろと スミスの方を見た。
瞳が 揺れていることから、相当 動揺し…… 混乱しているのかもしれない。
「小さな アリス様が、おっしゃったでしょ? 次は、アンタの番すよ、酋長代理。 うちの船長は…… 決断しやした。 《捕獲》するという、アリスと 手を組むって。 それって、《かたき討ち》を 忘れて、もう この戦いを《終りにしたい》って、そういう 意味っすよ。 ――― アンタは、どうなんすか?」
「私…… は……」
「多分、小さなアリスは、俺たちに 《キッカケ》を下さったんです。 …… 変わるなら、今だ。 誇り高き インディアンの、大事にする 《誇り》って、どこにあるんすか?」
「私たちの…… 誇り……」
途端に、今まで 黙っていたインディアンの戦士たちが、一斉に 口を開きだした。
「そうです、リリー様!」
「我らは、誇り高き一族!」
「たとえ 戦いに負けたとしても、意に沿わぬ 争いには 加担してはいけない!」
「どうか、我らに 命令を!」
「酋長シャディス様の頃より…… 我らには 戦う意思が あります!」
「我らの ためを思うなら…… 正義のために、戦って下さい!」
「リリー様!」
「ご命令を、リリー様!」
タイガーリリーは、ふうっと 深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
自分は いったい、民の 何を、見てきたのだろう。
父親に反発して、無理やり 酋長代理に 就いた。
傷付く戦士や、妖精の粉にやられて 気が狂う民を 減らしたくて、ピーターに従うと 宣言した。
みんな、黙って ついてきてくれた。 だから、それでいいと 思っていたのに。
「私の《正義》は……、いつの間にか 濁っていたんだな」
誇り高きと 口にしながら、誇りのありかを 見失って―――― 何が、酋長代理だ。
気に入らないから…… という《驚愕の理由》で 戦いに身を投じた アリスのほうが、よっぽど《誠実》で、筋が通っているといえる。
これは、自分の 負けだ。
ごまかし続けた 《自分の気持ち》に、もう ウソはつけない。
「私は―――― インディアン酋長、シャディスの娘」
正義に 生きる、誇り高き 戦士の一族。
「酋長代理として…… また、一人のインディアンとして、希う」
アリスと同じく、すべての人に 聞こえるように、ありったけの大声で 叫んだ。
「領主を 捕獲するという、その戦いに…… 我らも 加えてほしい! 一緒に 戦わせてくれ―――― 九十九番目のアリス!」
「……………… そうこなくっちゃ」
インディアン勢力が、ピーターから離れたことを 表す言葉だった。
「何でだよ! 僕が何をしたって いうんだ! …… こうなったら、あとは 僕の《子分》たちだけでも……」
怒り狂ったピーターを、叶人は 冷やかな目で 見つめた。
「…… 頼りの《子分》は、来ないかもよ?」
「どういうことだ?」
ピーターよりも、船長が 先に食いつく。
「ガキどもに…… アンタ、まさか……」
何かしたのか―――― 非人道的な 《卑怯な手段》を想像したようで、顔が 険しかった。
「子分たちに、何をしたんだ、アリス!」
「まあ…… 卑怯といえば、卑怯かもね……」
だから、自分は 正義の味方ではないと、断言できるのだ。
正攻法なんて、初めから 選択肢には入っていない。 被害を 最小限にとどめる方が、叶人にとっては 優先事項。
「ピーター~!」
その時、まだ 誰も到着していなかった《子分》たちが、ようやく海岸へと姿を現した。
「…… 子分たちじゃないか! この、ウソつき アリス! ちゃ~んと、子分たちは 僕を助けに来るじゃないかよ!」
「――――― 私は、《全員 来る》とは、言ってないわよ?」
「……………… え」
「…… あ」
「さすが、僕の カナト……」
ピーターと 船長が、そろって海岸を凝視し、白ウサギは 相変わらず 顔が崩れている。
海岸に到着したのは―――― 二十人にも満たない、少数の子供だけ。
「どうしてだ、だって いつも、二百人は いるじゃないか!」
青ざめるピーターに 追い打ちをかけるように、やってきた子分が 事情を説明する。
「大変なんだ、ピーター!」
「僕たち、いつも通りに 来るはずだったんだ!」
「それなのに、朝 起きたら…… みんな 眠ったままで、ほとんど起きてこないんだよ!」
「起きて…… こないって?」
夜になると 一時休戦し、子供たちは いったんアジトへと帰る。
そして、朝日が昇ると 開戦の合図…… 海岸に集合し、また 戦いを始める。
「具合でも 悪いのか? 一斉に? …… はっ、まさか、毒!?」
殺意をみなぎらせて ピーターは叶人を睨んだが、叶人は 平然としていた。
「さあ…… 毒、ではないように、一応《お願い》は したけどね」
「お願いって…… いったい 誰に……」
「―――― 《人魚姫》ですね、カナト?」
意外にも、白ウサギには 通じたようだ。
「人魚姫、だって?」
「そうなんだよ、ピーター!」
「昨日の晩、人魚姫が ふらっとやって来てさ!」
「僕たちに…… 《強くなるクスリ》をくれたんだ!」
「強くなる、クスリ……?」
「そう、それを飲めば チカラがぐ~んと湧いて、海賊なんて 秒殺だって言うから……」
「ほとんどの子供が、それを飲んじゃって……」
秒殺という 表現は、さすがにマズイだろう、人魚姫。
「まさか…… それを飲んだ 子分たちは……」
「うん。 全員 眠ったまま、ちっとも起きなくて……」
「だから、今 動けるの、僕たちで 全部なんだ。 僕たちは、そのクスリ ちょっとしか飲まなかったから……」
つまり、海賊 百二十人と インディアン 六十人に対して、ピーターの手勢は わずか二十人の 子供だけ。
人を操ることができる ティンカーベルは、気絶して アテにならない。
これで―――― 領主ピーターは、完全に 孤立した…… と いえるだろう。
人魚姫は、絶対に 叶人の近くにいる。 カクテルの効果を 知るために、物陰から見ている。
体を縮める カクテルが作れるのだから、《睡眠薬》くらい あるだろうと予想して…… 一か八か、人魚姫の《好奇心》に、賭けた。
《集団相手に、実験できる》と言えば、研究心の高い 人魚姫なら、きっと乗ってくれると信じて、妖精さんたちに 伝言を頼んでおいた。
もし ダメなら、その時に考えようと、腹をくくって。
叶人の 狙いは、見事 的中したのだ。
そうなれば、あとは…… ピーター本人のみ。
「我らが 戦士たちよ! 我らの誇りに懸けて――― 子供たちを、無傷で 捕えるのだ!」
「おぉい、みんな~! 船長 命令だ~! ガキどもを とっ捕まえるぞ~!」
タイガーリリーと 副船長スミスが、それぞれの部下に向かって 指示を出す。
多少の 誤差はあるけれど、自分の目指す《結末》に、何とか 近付いていると 安心した叶人は…… もう一人、重要な人物の存在を、忘れていた。
「…… 危ない、カナト!」
白ウサギの言葉が無ければ、直撃していただろう。
「フンガァァ!」
いつの間にか、 海岸から 甲板に上がってきていた 女性…… トゲトゲの付いた こん棒を振り回す、ネグリジェ姿の ゴリ子。
「フン、フン、フン!」
大振りで 下手な攻撃だが、当たったら ダメージは大きいだろう。
甲板に置かれていた 樽などが、ことごとく破壊されている。 並の 腕力ではない。
「…… 船長、お願い!」
逞しい 船長なら、ゴリ子のパワーにも 負けないと考え、咄嗟に 頼む。
「了解!」
「カナト、どうして 僕に頼まないで……」
「体格の差を 考えなさい!」
涙目で訴える ばかウサギでは、ゴリ子の相手は キツイだろう。
細身の白ウサギには、飛びまわる ピーターの相手が 相応しい。
「ピーターの相手は、一番 《重要なこと》なのよ、ノール」
性悪だな…… と自覚しつつ、がんばって 笑顔を作った。
単純な ウサギさんは――― たった 《ひと言》で 気を良くしてくれるのだから、とても ありがたい。
「カナト……」
前を見ろと、何度言えば わかるのだ。
今や ピーターは、完全に 殺意一色に染まっていて…… とても 危険なのだ。
「…… あなたのために、全力で 戦います」
だから…… 前を見ろ、目の前の 敵を!
叶人の心配を よそに、上機嫌で 短剣を振るう 白ウサギ。 自分で 強いと豪語するだけあって、同じ 短剣同士の戦いなら、負けてはいない。
これが 終ったら…… 撫でてあげれば 喜ぶのかな――――。
ヴァイオリンを弾きながら、白ウサギへの 《ご褒美》について考える 叶人であった。
ピーター捕獲までは、いかなかった……。 まだ、ゴリ子が 残っているしね。
《お気に入り》に入れて下さった 皆さまへ。 数少ない 読者の方のアクセスが、執筆の原動力になります。
拙い作品ですが、これからも お付き合い下さい。
次回、戦争終結の、予定。




