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九十九番目のアリス  作者: 水乃琥珀
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12.先手必勝

 いよいよ、戦争が始まります。 カナトなりの 戦い方を、とくと ご覧下さい。

  朝の太陽が 海に反射して、キラキラと輝いている――― この時間帯が、船長の 一番のお気に入りだった。


  海賊船ヴァージニア号の 甲板には、船長と 白ウサギが並んでいた。

  少し前まで一緒にいたはずの 副船長が見当たらないことに、今更ながら 白ウサギは気が付く。

「副船長は?」

「ああ…… 奴なら、小船を出す準備をしてるぜ。 そろそろ 先に出る頃だからな」

「先鋒隊、というやつですか?」

  思いのほか 白ウサギが食いついてきたので、船長は 三歩下がって 身を引いた。 赤い おめめが鋭くなって、けっこう怖い。

「先に上陸して、インディアンの背後にまわり、本隊と 挟み打ち…… の 作戦ですね?」

「ああ…… その通りだ」

  会話らしい 会話ができたことに、船長は 驚いた。

  戦闘に関してだけは、判断が まともだというのか。 さすがは、《殺戮者》と呼ばれた男である。

「僕も、行きます。 少しでも、カナトの近くに 行きたいんです。 それでは船長、また あとで!」

  言うだけ言って、白ウサギは 甲板から いなくなっていた。 …… 素早い。

  先鋒隊の 指揮は、副船長スミスに 任せていたが――― あのウサギが加わったら、面倒なことに なりそうだ。

  …… 自分が率いる本隊とは 別のところの話だから、まあ いいか。


  先代 クローバー王から もらった《遠めがね》を覗きながら、船長は 迷っていた。

  白ウサギという男は、ウソがない。

  頭は 少し変だが、何でも 正直なところだけは、信用できる。

  信用できるが…… 彼の《アリス》というのは、どうなのだろう。

  《優しい》というだけで、危険なことに 首を突っ込むなんて、酔狂としかいえない。

「だいたい、ピーターを 倒したところで、この地の《領主》は 誰がやるんだ?」

  そういう 事後処理のことまで、考えているのだろうか。

  ただ、倒す…… だけなら、酋長シャディスでも できただろうに――― ここまで 問題がこじれているのは、何か あるに違いない。

「アリスは…… そのへんの事情を、わかっているのかねぇ……」


  いつも、両者 引き分けという形で、一日が終る。

  夜になれば 休戦、というのが 暗黙の《取り決め》になっており、ピーターの《私兵》――― 子供たちは、一旦 アジトへ戻るので、まだ 海には来ていない。  

  砂浜の上で ふわふわと浮かんでいるのは、ピーターパン 一人だ。

「このまま、ヤツが一人の時に、さくっと ヤっちまいてぇがな……」

  相手は あれでも、領主。 空を飛んだり、何だか 異様な技を使うので、そう簡単には 倒すことができないでいる。


  この海岸で、何度も 戦いをしてきた。

「そろそろ、遊びの戦いではなく、本気で ヤリ合え…… ていう、神のお告げなのか?」

  神様なんて、砂粒ほども 信じていないが、変化は すぐ近くまで きているのかもしれない。

  《遠めがね》を 大事にしまって、船長は 号令を出す。

「野郎ども、武器の準備は いいか? クソガキどもが、お待ちかねだ! ゆっくり、刺激しない程度に、船を進めろ!」

  船長にとって―――― 昨日とは 違う戦いが、始まろうとしていた。




  ちょうど その頃。

  荷車に乗せられ、体は 縄で縛られたまま―――― 叶人は、戦争の舞台となる《海》に 到着した。

  マリンブルーの色をした海、高級リゾート地ばりの 白い砂浜、爽やかな 潮の香り、生き生きとした 海鳥の鳴き声。

  セレブ御用達ともいえる 《素敵な場所》で、しょっちゅう 血生臭い《戦い》が行われているとは、何とも勿体ない話である。

  もっと 観光を目的に 開発を進めた方が、世のため 人のため――― しいては 自分のためになる、と叶人は思うのだが。

  子供の《代表》だという 領主ピーターパンは、そういう《大人の事情》など まったく考えないらしい。


  楽しいこと、ワクワクすること―――― 人生において 重要なのは、その二つだけ。

  やっても 楽しくないことは、やらない。 考えもしない。

「ずいぶんと 《いいご身分》なのね」

  ゴリ子によって ピーターの前に連れてこられた 叶人は、開口一番 毒を吐いた。


  緑色のチュニックに、深緑のタイツ、茶色のショートブーツに、三角形の 小さな帽子。

  明るい 茶色の髪に、好奇心旺盛な 茶色の瞳、おしゃべりが好きそうな 口元。

  見た目は、童話の中で見た ピーターパンと そっくりである。 年齢は…… 十三歳くらいだろうか。 インディアンの少年 ヒックスと、同年代だろう。


「いいご身分…… か。 君、おもしろいね。 僕の前に来て、そういう言葉を言うアリスは、久しぶりだな。 み~んな、すぐに死んじゃうから、最近 退屈してたんだよね」

  いたずらっ子、というには―――― 成長しすぎている。 その言葉が許されるのは、もっと 小さい時だけだ。

  そもそも、人の命を もて遊ぶようなヤツに、子供も 大人も ない。

「子供ぶったって、ダメよ。 子供だからって、何でも 許されると思ったら、大きな《間違い》なんだから」

「アリス、君だって…… 子供じゃないか。 楽しいことを 追求するのは、子供の《仕事》なんでしょ?  僕は、仕事を ちゃ~んと まっとうしているだけさ。 仕事をさぼっている 大人より、よっぽど《真面目》だと思うんだけど」

  ピーターは、白い砂浜の上を ふらふらと気ままに飛んでいた。

  確かに、彼の言うことは 正しい。

  楽しさを《追求》し、その過程で 様々なことを《学び》、そこから 人は成長して…… やがて、大人になる。 …… 間違っては いないのだが。

「じゃあ、質問するけど。 遊びを 追求する中で―――― 今まで、何を 学んだと思う?」

「学ぶ? …… 君の、言っている意味が わからないな。 遊ぶだけなのに、どうして 勉強しなきゃいけないんだよ? 子供は みんな、勉強なんか大嫌いだ」

「あら…… ピーター、自分で さっき言ったコトと、矛盾してるけど?」

  叶人は、白々しく 驚いた顔をした。 子供ではなく 汚い大人なんだな…… と、実感させられる。


「僕は 間違ったことなんか、何も 言ってないよ!」

「そうね、間違ってはいないけど、《矛盾》していると 言ったのよ。 さっき、あなたは《仕事をしている》と主張した。 立派な 考えだわ。 ―――― でもね、知ってる? 仕事というのは、楽しいことばかりじゃないのよ?」

  腰に手を当てて、イライラし始めた 領主に向かって、平然と 言ってやった。

「苦しいことも、ツライことも、泣きたくなることも…… いっぱいあるの。 逃げたくもなるし、休みたくもなる。 それでも、そんな感情に 折り合いをつけて、向き合わなければ いけないのが、仕事なのよ」

「ツライ 仕事なんか、やめてしまえばいいんだ」

「もちろん、そういう考え方もあるけど…… 私からすれば、それは ただの《逃げ》ね。 《不当な扱い》を受けているなら、そんな仕事 やめた方がいい。 でも、そうでないなら…… きっちり 仕事をするべきだわ。 立ち向かうことから――― 人は、何かを得られるんだから」

  少なくとも、叶人は そう教えられてきたし、そう信じている。

「…… 意味が、さっぱり わからない」

「簡単なコトよ。 あなたは、仕事をしていると 言った。 でも、楽しいコトばかりで、何かを 学んだ様子は 無い。 それは つまり―――― あなたが、真剣に 仕事に取り組んでいない、証拠だわ」

  言いきった瞬間に、のど元に 何かが当てられた。

  目にも止まらぬ 速さとは、まさに このことだろう。

  ピーターの短剣が、叶人に突き付けられていた。 …… 相当、怒っているらしい。

「…… ふざけたことを 言うな。 僕は いつだって、《全力》で 遊びを楽しんでいる。 手を抜いたりしたら、ちっとも 楽しくないからね。 それなのに…… 何で そんなことを言うんだよ!」

「仕事だって、遊びだって…… 人が《真剣》に取り組んだなら、必ず 《何かを学べる》の。 …… どうしてだと 思う?」

  短剣が 気にはなったが、叶人は 怯まなかった。


「誰かと、するからよ。 一人ではないから、お互いが 真剣にぶつかって、協力して、新しいモノが生まれる。 それが、《学ぶ》ということよ。 楽しいことばかりじゃなくても、学ぶことで 人は賢くなって、成長していける。 それが…… あなたは、何?」

  口を開くごとに 短剣の刃に 肌が触れたが、もう この際 後回しだ。

「楽しいことしか 知りません、て? バカじゃないの? 世の中 舐めきっているとしか 思えないわ。 そんなの、所詮 独りよがりの《楽しみ方》よ。 遊びの中でも、誰かと対立したり、遊びのルールに従ったり、勝ったり 負けたり…… いろいろ あるでしょう?」

「そんなの、あるもんか。 僕は いつだって、子分と遊んでいる時は 楽しいし、誰かを 切り裂いている時だって、ワクワクする。 楽しい以外の 遊びなんて、あるもんか!」

  かなり 《きわどい発言》が飛び出したが、自分が 該当しないように、祈っておこう。

  祈りつつも、叶人は 攻めの姿勢を 崩さなかった。

「…… かわいそうな、ピーターパン。 あなたの周りには、《子分》しか いないのね。 だから、《御山の大将》になっちゃうのよ。 何か 勘違いしているんじゃない? あなたが 行う《遊び》の中で、《楽しい》と思っているのは、自分たちだけだ、って…… 気付いている?」

「自分たちが 楽しければ、何も 問題ないじゃないか!」

「ほら…… だから、矛盾していると 言ったのよ。 そんな態度で《真剣な仕事》なんて、笑わせないで」

  これ以上 つっつけば、確実に 刃が動くだろう。

  しかし、ここで 手を抜いたら、せっかくのチャンスを 逃すことになる。


  視界の端に 少しずつ近付いている《影》―――― おそらく、あれが 海賊船だと思われる。 海賊たちと、白ウサギが 乗っているはずだ。

  ピーターは 叶人に気を取られていて、気付いていない。 ティンカーベルは、じっと様子を窺って 無言だし、タイガーリリーも 呆気にとられて見ている。

  激昂すれば、どんな人間でも、多少は 隙が生じる。 興奮することで 《過激さ》は増すが、《冷静さ》は 格段に下がる。

  会話を通して、ピーターの性格が 少し把握できた叶人は、一か八か―――― 危険と引き換えに、一撃を放った。

「あなたは、仕事なんて していない。 好き勝手に 振舞って、人に 迷惑をかけているだけの―――― どうしようもない人」

  お願いだから…… 自分の《予想》が当たっていてくれ、と 心から願う。


「タチの悪い、ただの 《おばかさん》でしかないのね、ピーターパン」

  ―――― しゅぱっと、何かが 切られた音が、耳元でした。




  髪の毛が、少しだけ 切られている。

  縛られているとはいえ、とっさに 後方に逃げたのが 上手くいったようだ。 遅ければ、首が斬られていただろう。

「あら~ 避けるのが上手ね、アリス」

  見ていた ティンカーベルは、ニヤリと笑う。 せっかくの美貌が 台無しだ…… 可愛い顔をしているのに。

  ピーターパンは、肩を ふるふると震わせていた。

「僕に…… 誰もが 言うことをきく、領主の僕に…… そんなことを 言うなんて」

「慕われて 従っている状態ではないのに、よくも まあ、それだけ 堂々としていられるわね。 私の方が 信じられないわ。 神経を 疑っちゃう」

  足元が ガクガクしていたが、顔の表情には 決して出さないのが、叶人という 人間である。

  運良く 最初の攻撃は避けられたが、二度目は 通用しない。

  体は まだ子供のままで、手は縛られていて、相手は 空を飛んでいるのだから…… 勝てる確率は ゼロに近い。 自分は ただの、一般市民なのだ。 ゴリ子のように、強くはない。


  このままでは、海賊と 接触する前に、死んでしまうのが オチだ。

  タイガーリリーを 説得して、被害を少なく 問題を解決する…… その予定が。

  所詮、頭の中で 考えているだけでは、通用しないと いうことなのか。

  髪を切られたことで、危機感が ぐっと高まった。 想像していた以上に、本物の 刃というのは、恐ろしかったのだ。


  まったく、自分は なんて 無力なんだろう。

  一人では、何一つ、できやしない。

  自ら 首を突っ込んでおきながら、今だって 他人をアテにしているのだ。 人を 利用することしか、頭には ない。

  《どうしようもない》のは、自分だって 同じで――― ピーターを責める資格なんて、本当は ないのかもしれない。

  それでも…… 死にたくないと思うのは、ごまかせない 事実だから。


  叶人は、唯一の 自分の味方―――― 白ウサギの 顔を、頭に描いた。

  ちょっと 妄想が強くて、すぐに暴走してしまう 困りものだが、決して ウソが無い、真っ直ぐな瞳を持った、 叶人だけの《護衛》。

「…… ノール……」

  無意識に つぶやいた名前は、潮風に かき消される程 小さいものだったが――― 聴力の優れた ウサギさんには、充分 聞こえていたらしい。


「………… はい、カナト」


  音も立てずに、ピーターパンと 叶人の間に、第三者が 割り込んだ。

  目の前に 見えるのは、赤い 上等なジャケット。

  一瞬 泣きそうになったことは、悔しいから 絶対に 言わないでおこうと思う。

「…… どうやって、来たの?」

  素っ気ない 言葉しか出てこない、可愛さ 最低レベルの 叶人なのに―――― 甘ったるい声で、白ウサギは 返事をした。


「あなたに、早く 会いたかったんです」

  不覚にも、この時ばかりは 嬉しいと思ってしまった 叶人であった。  

 よかったね、白ウサギ。 ちょっとは カッコイイと思われてるよ。


 次回、味方 獲得のために、カナトが動きます。

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