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九十九番目のアリス  作者: 水乃琥珀
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10.戦う前の 下準備

 ねじれた世界に来て 初めての朝を、ひとりぼっちで迎えた、主人公 カナト。 寂しいなんて 言っている間もなく、海賊 対 領主の争いに、自ら 身を投じます。

 ※誤字 修正しました

 

  がやがやと 人々が活動しだした音によって、叶人は 目覚めた。

  現実の世界と同じく、朝日はまぶしいが とてもキレイである。



  縛られたまま 荷車の上に寝かされていたので、あちこち 体が痛い。

  しかも、昨日から 風呂に入っていないし、それから あとは…………。

「…… コンタクト!」


  すっかり忘れていたが、昨日の朝から コンタクトレンズを 装着したままである。 大変だ、早く外さなくては。

  幸い、昨夜現れた 少年ヒックスによって、縄は ゆるめてもらってある。

  後ろに縛られていた 腕も、真横にくるように直しておいた。 少し体を動かせば、手が 顔まで届くようになっている。


  ぐぐぐ…… と、体をねじって 変な体勢をとっていた 叶人は、眼球に張りつく ≪コンタクト独特の感覚≫が無いことに、気が付いた。

  昨日から 装着したままなのだ、目がゴロゴロしたり、ヒリヒリと痛んでも 不思議ではないのだが…… 何の違和感も ないことに、目に触れてみて 納得する。

  コンタクトが―――― 無い。


  無ければ まったく見えないはずの、視力の悪さは…… どうやら、この世界では ≪チャラ≫にしてくれるというのか。 コンタクトも メガネも無いのに、矯正した程度には モノが見えている。

  …… ラッキーと、思うしかない。

  何故とか、そういうことは、きっと 考えてはいけないのだ。 この世界なら、どんなことも あり得るとだけ、心に留めておくことにしよう。


  二日目の朝にして、ある意味 ≪諦めモード≫に入っていたとろに、誰かが 近付いてくる足音が聞こえた。

  縄が ゆるんでいると、知られてはマズイ。

  叶人は 元の態勢に戻って、なるべく縄に気付かれないように、素早く 座り直した。


「気分は どうだ?」

  近付いてきたのは、なんと あの≪タイガーリリー≫だった。


「…… 最悪だと言えば、解放してくれるの?」

  昨日は ずっと張りついていたティンカーベルは、今は 姿がない。

  チャンス到来だ、と はやる気持ちを押さえながら、もう一度 周囲を警戒する。 …… やっぱり、いないようだ。


  すぐに戻ってくる可能性もあるから、叶人は まわりくどい事は避け、手早く≪要件≫だけを 伝えることにした。

「…… 私、ある人から ≪依頼≫を頼まれてるの」


  少年の名は、出さないでおいた。 出さなくても、きっと彼女なら、この話題に 興味を示してくれるはずだ―――― と、期待を込めて 反応を待つ。

  案の定、タイガーリリーの 目の色が、変わった。

  …… よし、いける!


「依頼というのは…… ≪アリス≫としての、依頼のことか?」

「もちろん、決まっているじゃない。 そうでなければ、こんな所に ウロウロなんて していないわ」

  もっともらしく 言いきるのは、ハッタリをかます時の 基本である。

  たまたま ≪巨大すべり台≫から落っこちて、たまたま ティンカーベルと出会って、そのまま ゴリ子に連れ去られた―――― という ≪事実≫は、知らせる必要はない。

  必要なのは…… 相手の 心の中に、しっかりと ≪印象付ける≫こと。

  すぐに 口説き落とそうなんて、初めから 考えてはいけない。


「…… つまり、このネバーランドに…… 目的があったというのか?」

「実際の≪願い≫は、少し違うんだけど…… ≪その願い≫を つきつめていくと、実は ≪あるコト≫に繋がるって気付いたから、ここに来たんだけどね」

  意味ありげに、内容を ほのめかす。


  タイガーリリーは、完全に 叶人の話に 心を動かされていた。

  瞳の輝きが、先程までとは 全然違う。

  あと もうひと押し…… というところで、残念なことに ティンカーベルが飛んでくるのが 見えた。 このまま、この話題を続けることは できない。


  とにかく、第一関門は 突破した。

  ティンカーベルが 近付く直前に、叶人は 仕上げとばかりに、大きな≪爆弾≫を 投げつける。

「―――――――― 私、≪領主≫を 倒すつもりだから」

「…………!」

  小声だが、はっきりと 宣言して、それからは また口を閉ざす。

「あら、起きていたのね、アリス。 おはよう」

  ギリギリの タイミングで、極悪妖精は 近くに飛んできた。 さっきの会話は 聞かれていないことを、密かに 祈るしかない。


「リリー? どうしたの? …… 顔色が 変よ?」

「あ…… ああ、何でもない。 大丈夫だ。 とにかく、そういうことだから…… アリス、大事な≪人質≫として、ちゃんと 食事は取るんだぞ? ジョイ、アリスの食事は まかせたからな!」

  ティンカーベルの質問に 動揺しがらも、タイガーリリーは 戦士の一人に 食事の世話を指示して、その場を離れていった。 妖精も、その後を追って 飛んでいく。

  あの様子だと、叶人の放った 言葉は、かなり効果があったようだ。


「どうも、アリス様。 オレは ジョイっていいます」

  入れ替わりに、戦士の一人が やって来る。 叶人が乗せられていた 荷車を引いていた男だ。

「…… おはよう」

  昨日は ひと言もしゃべらなかったので、今日は 会話をしてみようと思いつく。 一般人からの 情報収集だって、欠かしてはいけない。

  男は 最初、ひどく驚いた顔をして…… それからは 笑顔になった。

「よかった~……。 昨日から 何もしゃべってくれないから、どこか 具合が悪いんじゃないかって、心配してたんですよ?」

  荷車の上で 寝てばかりいたのだから、そう思われても 仕方がない。

  しかし、子供を≪人質≫にとる時点で、もっと心配してほしかった。 普通の子供なら、確実に 具合が悪くなるか、泣いたり 騒いだりしているだろう。


  叶人は 子供ではないし、そういった性格でもないから―――― 前向きに、行動するのみだ。

「ネバーランドって、子供ばかりだと 思っていたけど、ちゃんと 大人たちも多い所なのね」

  来る前に、子供だけの国…… とか、聞いたような気がするが、その情報は 間違っていたのだろうか。

「ああ…… そのことですか」

  ジョイという男は、できたてのスープを 木の器に入れて、渡してくれた。

  昨夜も思ったが、インディアンの作る料理は、とても いい香りがする。 時間があれば、ぜひ レシピを教えてもらいたい…… と考えてしまうあたり、緊張感が欠けているといえる。


「ネバーランドの≪領主≫は ピーターでして、その≪右腕≫が 妖精ベルなんです」

  この地に巣くう、極悪 ゴールデンコンビだ。

「ピーターが気に入るか、彼の子分として ≪忠誠≫を誓うと、どうやら 永遠に≪子供のまま≫で いられるみたいなんです。 詳しいことは 知りませんが、だから ピーターの子分たちは 全員子供で、彼の命令通りに 行動する。 いわば、彼の≪私兵≫ですね」

  私兵を 全員、子供で固めるとは…… ますます 卑劣な男だ。

「じゃあ、インディアンの集落の人たちは、誰も 忠誠を誓っていないの?」

  村の留守番をまかされていた 子供たちは、ピーターの話は していなかった。 口にするのは、揃って タイガーリリーの名前だったのだ。

「そりゃ、そうですよ。 我らは 誇り高き一族。 今の酋長は、ちょっと頼りなく見えますが、あれでいて 実は≪スゴイ人物≫なんですよ? ここでは 大きな声では言えませんがね……」


  こしょこしょと 内緒話をしてくれたジョイは、叶人が 食事を終えるまで、いろいろな事を 教えてくれたのである。





  酋長代理・タイガーリリーは、十代の少女ながら しっかりしていると思っていたが。

  酋長である、リリーの父は、あんな ヤル気無しの声だったのに―――― 少し前までは、ピーターに戦いを挑んでいた 豪傑だというから…… 驚きだ。

  ジョイの話では、以前は インディアン全員が 領主との戦いを繰り広げていたらしいが、タイガーリリーが 大きくなって、酋長代理として 民をまとめ始めてから―――― 戦うことを、やめたという。


  戦ってばかりでは、民の 被害が多きすぎたのが 原因らしい。

  表向きは ピーターに従うことにして、あまり 損害が出ない程度に、戦をする。 そして、それを繰り返す。

  ティンカーベルには うすうす感付かれているようで、だから いつも張りついている、というわけだった。

  領主に歯向かう インディアンがいなくなり、ますます 行動がエスカレートする、ピーターパン。

  けれど、今では フック船長の一味が 現れて、≪打倒ピーター≫を合言葉に 日々戦っているらしい。


  まあ、どこの世界でも、≪独裁政治≫は 長くは続かない…… という、よい例ではあるが。


  さて、問題は。

「どうやって、海賊たちと 接触するか…… なんだよね」

  朝食を済ませた インディアン一行は、海賊と ピーターが戦う ≪海≫へと、再び移動を始めていた。


  ≪人質≫としての 叶人の役割は、 海賊たちの前で、『今すぐ 海賊どもが帰らなければ、このアリスを殺すぞ! それでもいいのか!?』…… という感じで、脅すために 利用されるのであろう。

  脅すだけではなく、実際に 海に突き落とされる可能性だって 考えられる。 落とされたら 最後、人食いワニが 大きなお口で待っているに違いない。

  何とかして、ここから 海賊側の陣地まで 行けないだろうか。

  運良く 行けたとしても、海賊たちが 信用してくれるのか、不安も残る。


  酋長以外では、戦うことを避けていたという、領主・ピーターに対し――― こちらは、まだ新米で 頼りなさそうな≪アリス≫なのだ。

  戦います…… と言ったところで、もし 自分が≪海賊≫の立場なら、すぐには信用しないと 叶人は思う。

  知り合いが ほぼいないような世界で、戦いを挑むこと自体、間違っているのだろうか。

  一人きりで 事を起こすのは、もう 限界に近い。

「………… ノール」

  護衛の 白ウサギは、今は どうしているのだろう。

  木のトンネルに現れた 刺客からは、ちゃんと逃げられただろうか。 怪我は していないだろうか。

  …… こんな すぐに≪はぐれて≫しまうアリスなど、もう 嫌になっているのだろうか。


「あ~…… だめだめ」

  一人だと、いろんな悪い想像までしてしまうから、困ったものだ。

  荷車に揺られながら、周りに 知られないように、自分自身に 密かに活を入れる。

  インディアンたちの 会話から、海へは そう経たないうちに、到着するようだ。 ぐだぐだ悩んでいたって、なるようにしか ならない。


  その時、ガタゴトという 荷車の音に まぎれながら、ロンリン ランリン…… という、金属音が 聞こえたような気がした。

  言葉は 話せないが、意思の疎通はできる、可愛らしい 妖精さんの音。

  極悪 妖精・ベルに見つからないように…… 木々の間に ちらほらと飛んでいるのが、見えるではないか。

「……!」

  タイガーリリーは、列の先頭にいた。 ティンカーベルも、その隣にいる。

  一番後ろの 荷車隊の方は、今は 眼中に無い様子だ。


  大丈夫…… と 目で伝えると、賢い 妖精さんたちは ひゅ~んと飛んできた。 …… 以外に、スピードが出るので、びっくりである。

  叶人に近付くと、 三人がかりで運んでいた ≪布切れ≫を指して、身振り手振りで 訴えてきた。

「…… コレを開いて 読めばいいのね?」

  おそらく、誰かからの 手紙なのだろう。

  インディアンの 目を盗みながら、叶人は 慎重に、布切れを広げた。


  『薬の効果は、あと少しで 切れる』

  解読できる 日本語なのは、もはや 突っ込まなくていいだろう。 赤い字で書かれているが、インクの原料が 何なのか、ものすごく気になる…… 血でないことを 願いたい。

  文末には、貝殻の絵が描かれていた。 薬を作った 本人、≪人魚姫≫の仕業だろう。 物影から こちらの様子を観察しているのか…… 姿を現さないところが、不気味である。 さすが、魔女の弟子。


  そして、布切れは もう一枚あった。

  二枚目に 書かれていたのは―――― きっちりと整った、美しく読みやすい 黒インクの文字。


  『海賊と、会合を開きます。 早急に 領主・ピーターを倒し、ハネムーンの続きを 楽しみましょう』

  署名はなくても、内容で 誰だか見当はつく。 こんな事を書く人物など、知り合いには 一人しか いない。

「妖精さんたち、ノールに 会えたんだね?」

  小声で 確認すると、妖精たちは 首を縦に振って、肯定を示してくれた。

「ノールは…… 私が、ピーターを倒すつもりだって――― 知っているのね?」

  離れているのに、何故 こちらの意向が わかったのであろう。

  疑問は つきないが、これは 大きな収穫だ。

「ノールの話が 通じるかは、ちょっと不安だけど…… とりあえず、海賊の所に いるわけね」

  それならば、あとは 話が早い。

  人魚姫の 情報によると、もうすぐ 薬の効果が切れて、大人に戻れるという。

  突然 体が変化すれば、周囲は驚いて 隙が生まれるかもしれない。

  このまま 大人しくしていれば、争いの ど真ん中まで 連れて行ってもらえるはずだ。

  多少 危険はあるが、海賊たちに 近付くのは、それが最良に思える。


  もし、何かあったとしても…… その近くに 白ウサギが 来ているというのなら、叶人を 放ってはおかないはずだ。 そのあたりは、信用できる。

「白ウサギに 伝えて? 私は、無事だって。 …… それから、あとは――――」


  いくつかの 伝言を頼むと、妖精たちは うなずいて、嬉しそうに羽根を ばたつかせる。

  あまりに 可愛いから、縛られたままの 不自由な手で、何とか なでてあげた。

  ロンリン ランリン…… 叶人の顔に 順番に口付けを残して、妖精たちは 去っていく。




「必ず、インディアンの勢力は、味方につけるから」

  領主の 戦力を削ぐには、それが一番だと思える。

  だから、それまでは。


「海賊たちと、無用な 争いを 起こしませんように……」


  常識では はかれない、白ウサギの行動に 不安を抱きつつ…… 叶人は、流れてくる潮の香りに 体が緊張するのを 感じていた。

 カナトは、一人でも 頑張ってます。 白ウサギ、負けてるぞ~。


 次回、海賊の≪船長≫が 登場します。 ワイルド兄さんの 予定……。

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