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九十九番目のアリス  作者: 水乃琥珀
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9.領主の実態と 初めての≪依頼≫

 ようやく、ネバーランド編の 話の全体像が、見えてくると思います。

  ゴリ子…… もとい、ウエンディに担がれたまま 連れていかれた場所は、先住民たちが暮らす 集落だった。


  三角形の 布製テントが 家であり、家畜の動物が ウロウロとし、端には 農園も見える。

  もちろん、電機やガスなどの 文明は いっさい存在しない、典型的な 自給自足の生活のようだ。

  薪割り中の人や、狩猟によって得た 動物の皮を 剥いでいる人もいる。 …… リアルすぎて、あまり 目にしたくはない光景だ。

  ≪タイガーリリー≫の名が出ていたから、おそらく ≪インディアン≫と呼ばれる人たちの≪村≫で 間違いないだろう。



  頭が クラクラし、手足も痺れていたが、意識を失うほどではなかった。

  動くことはできなくても 周囲の状況は わかるので、幸運だといえよう。

  集落では、みつ編み おさげ姿の少女 ≪タイガーリリー≫が、ティンカーベルの帰りを 待っていたようだ。


「遅かったじゃないか、ティンカーベル!」

  革製の衣装に、じゃらじゃらと 騒々しい量のアクセサリーを身に付けた 少女。 口調と 動き方が、妙に 男っぽい印象を受ける。

  有名歌劇団の ≪男役≫でも 目指しているのだろうか。 女性たちに、人気がありそうだ。


「それで、手に入った≪人質≫というのは…… まさか…… コレ、なのか?」

  コレ…… とは、まさに 叶人のことを指している。

「そう、コレよ。 珍しいモノを見つけたわ。 ≪護衛無し≫の アリスよ」

  正確には、無し…… ではなくて、≪はぐれた≫だけ なのだが――― 誤解しているようなので、そのまま 黙っておこうと思う。


「へえ…… 随分と小さい…… まだ 子供のようだが」

  実際は 二十七歳なのだが、子供と思われていた方が、都合がいいかもしれない。

  動けない状態の 叶人は、地面に寝かされたまま、ひと言も しゃべらないでいた。

「情けをかけては ダメよ、リリー。 ≪人質≫がいないと、ピーターの事を 助けられないんだから。 ピーターは、あなたにとっての≪恩人≫でしょう? 誇り高き インディアンなら、恩を仇で返すなんてコト、まさか しないわよね?」

  小さな妖精・ティンカーベルは、美しい笑みを見せた。 赤い唇が、やけに 恐ろしい。


  叶人は黙ったまま、冷静に それらの会話を聞いていた。 会話や 表情だけでも、彼女らの≪関係性≫が わかってくる。


  人々を ≪先導≫しているのは、間違えなく ティンカーベルだ。

  自らは 動かずに、誰かを 操っている感じがする。 行動の 原動力は、≪ピーターを助けたい≫という思いなのだろう。

  ≪一途な乙女≫ともいえるが、やり方は 過激すぎる。


  タイガーリリーは、ティンカーベルとは 少し違う気がする。

  ピーターに対しての ≪恩義≫で、今回の作戦に 参加しているみたいだが…… 叶人のことを≪子供≫だと 気にかけるあたり、まったくの≪悪人≫では ないようだ。

  交渉によっては、ティンカーベルからは 離れる可能性もある。 カギとなる人物になりそうだ、覚えておこう。


  それから、とてもインパクトのある ウエンディ。

  ゴリ子は…… 自分から 行動するタイプには見えない。 始終 ティンカーベルに命令された通りに 動いている。

  彼女を いきなり味方につけるのは、難しいだろう。 下手をすれば、興奮して 暴れられることも考えられる。

  あの巨体と 腕力なら、素手でも 命が吹き飛びそうだ。 そっとしておくのが、無難である。


  ≪指揮官≫…… ティンカーベル。

  ≪部隊長≫…… タイガーリリー。

  ≪兵士 その一≫…… ウエンディ。


  叶人の 推測は、そんなところだ。

  戦いの準備に 駆け回っている、他のインディアンたちは――― 目立った者は、特にいない。

  ティンカーベルの 要請により、タイガーリリーが 指示を出し、あとの者は それに従うだけ…… 統率は、よくとれている。

  確か、原作の タイガーリリーは、インディアン酋長の娘だった。 酋長の姿は見当たらないが、住人たちに支障はないことから、彼女は 酋長代理として 認められているのだろう。


「リリー様、武器は すべて整いました」

「我ら 誇り高き戦士たち、いつでも出発できます」

「指示の通り、女と子供は残って 村の安全に努めます」

「さあ、号令を!」


  …… ≪誇り高き≫と言うのなら、子供を ≪人質≫に取ることを、反対してほしい。 彼らの 正義は、いったい どこにあるのか。

  価値観のズレとは、大きな問題である。


「では…… 父上! 我ら 戦士一同、海賊との戦いに 行ってまいります!」

  タイガーリリーは、どこかにいる 酋長に向かって、声を張り上げたが。

「ん~………………… そうか。 行ってこ~い」

  なんとも ヤル気が失せる、どうでもいい返事だった。

  覇気ある娘とは、似ていない。 タイガーリリーが 酋長代理をして、正解だといえる。


  しかし、住民一同 慣れているのか、士気が下がることはなかった。

「戦士諸君よ! 目指すは 海を汚す≪海賊≫どもだ! 我らの 強さを、今こそ見せてやれ! いざ……… 出発!」

  タイガーリリーの 宣言によって、武器や 防具を身に付けた戦士たちは、ぞろぞろと動きだす。

  ≪人質≫として、叶人は 木製の荷車に乗せられた。

  動けないのだが、一応 手足は縄で縛られてしまった。 もしかしたら、≪妖精の粉≫の効果は 少し経てば 切れるのかもしれない。

  逃げ出すチャンスも、そのうち 巡ってくるはずだ。 今は とりあえず、辛抱するしかない。


  ≪食料≫や ≪水の入った樽≫に挟まれながら、叶人は じっと耐えることに専念した。






  自分の 神経の図太さに 呆れて、叶人は 頭を抱えたくなった。

  あんな状態にも 関わらず、荷車の上で 堂々と≪居眠り≫をしてしまったのである。


  気が付けば、日は とっぷりと暮れて、群青色の空には 星がまたたいている。 すっかり 夜になっているではないか。

  時計が無いせいか、時間の感覚が わからない。

  朝 七時半に アパートを出て、そのまま ねじれた世界に入ってしまった。 バルドと戦い、そのあと ネバーランドの入口に辿り着き――― その時は、綺麗な 青空だった。

  午前中か、お昼前後と考えられる。

  …… いいや、≪太陽の動き≫や ≪時間の概念≫も、現実とは 異なるのかもしれない。

  自分の常識で 判断するのは、とても危険だ。 気を付けよう。


  わからない事は、素直に 尋ねるに限るが――― 誰か、当たり障りのない 人物が、いないだろうか。

  縛られたまま、モソモソと起き上がった 叶人に見えたのは、≪休憩≫に入った 戦士たちの姿だった。

  いくつかの焚火を囲み、持ってきた 食料を調理している。

  特に 空腹ではないが、とても いい香りが漂っていて、思わず 身を乗り出したところを――― 脇から 肩を掴まれた。


「……!」


  気配を感じなかったから、驚いた。

  思わず 声を出しそうになったのだが、咄嗟に 口を手で塞がれたので、くぐもった音だけになる。


「…… お願いです、声を出さないで下さい」

  聞こえてきた声は、少年のものだった。

  タイガーリリーと共に 出発した戦士の中には、少年はいなかったはずだ。 見落としたのか…… それとも、インディアンとは 別の一派か。


「あなたは、まだ 眠っていると思って、みんな 油断しています。 だから、声を出さないで下さい」

  悪意を感じさせない 声色だったので、叶人は 首を縦に振って、≪了解≫したと 示す。

  ほっと 息をついた少年は、安心したのか すぐに手を離してくれた。


「乱暴を働いて、申し訳ありません。 僕は、ヒックスといいます」

「…… 私は、九十九番目のアリスだけど。 私に、何か用なの?」

  暗闇で 輪郭しか見えなかったが、体型も まだ貧弱で、十三歳くらいだろうと思われる。

「僕は まだ子供なので…… 彼らのように≪戦士≫ではありません。 だから、本当は 村で留守番をしていなければ いけないんですけど…… こっそり来たので、僕も 見つかるとヤバイんです」

「わかった。 騒がないでいるし、君のことは 見なかったことにするから」

「ありがとうございます。 …… あなたが、心優しいアリス様で 良かった……」

  その言い方に、叶人は≪あるコト≫を 思い出した。

  物騒な ≪戦い≫ばかりで、忘れがちだが――― この世界においての、≪アリス≫本来の 重要な≪役割≫。

  強制参加させられた ゲームの、ただ一つの ≪課題≫。


「あなたに…… ≪お願い≫をしたい。 どうか、僕の願いを 引き受けて下さい――― 九十九番目の アリス様」





  ヒックスの≪願い≫とは、こうだった。

  酋長代理である、タイガーリリーを 助けてほしい…… ということである。


「ねえ、助けて…… というのは、どういう事? 彼女は、自分の意思で 行動しているように 見えたけど」

  ゴリ子のように、命令 一筋…… では、なかったはずだ。


「…… リリー様は、断れないだけなんです。 ピーターに対しての ≪恩≫なんて、本当は とっくに返しているのに。 妖精ベルは、とても残酷で 何をするかわからないから…… 酋長代理として、民に被害がないように、仕方なく 戦に出ただけなんです」

「ティンカーベルなんて、小さくて 何もできないんじゃないの?」

「いいえ、アリス様、それは違います。 妖精の恐ろしいところは、自分で動かなくても、相手を≪操れる≫ことなんです。 キラキラとした 粉は、数百種類あるらしく、いろんな効果をもたらします。 体が痺れたり、眠くなったりするのは、軽い症状で―――― 強いモノになると、本人の意思も 無くなるような、催眠状態になったり……。 ≪操り人形≫になったら、もう 助かりません」


  …………… それは、もしかして ≪麻薬≫というモノでは ないのだろうか。


「ええと…… ティンカーベルの恐ろしさは 理解したけど。 一つ、疑問があるわ。 タイガーリリーは、本当に 戦いたくはないの?」


  妖精が 恐ろしいからと、戦を≪承諾≫する。

  それはそれで、充分 危険な行為だ。 自分ならば そんな選択はしないと、叶人は思う。

「民を 妖精から守るために、海賊との 戦闘を選ぶなんて、矛盾していない? 本当に 守りたいなら、戦以外の方法を 探すんじゃないの? 私の言うこと、変かな?」

「…… この地が ネバーランドで、領主が ピーターであることが 問題なんです。 領主としての≪役割≫を持ったピーターは、人間なのに 空を飛べる。 その他、普通ではない≪チカラ≫を持っていて、僕ら 人間が束になっても、なかなか勝てません」


  そんなに 強いなら、助けにいかなくても いい…… とは、誰も思わないのだろうか。

「ちょっと…… 混乱してきた。 ええと…… つまり。 ピーターパンは 人より何倍も強くて、ティンカーベルを従えていて……」

  情報を整理していた 叶人に続いて、少年は 怖いことをさらっと言った。

「ピーターに 賛同しない者は、海に放り投げられて、≪時計ワニ≫の 餌食になるんです」



  さすが、ねじれた世界≪ローリィヴェルテ≫だ。 ねじれ方が、すさまじい。

  ≪領主≫のピーターパンは、悪さしかしない ダメ男。 ペツトには、人食い≪時計ワニ≫を飼っている。

  それに 心酔している、≪過激な妖精≫ティンカーベル。

  ≪酋長代理≫として、表向きは 従っている、タイガーリリー。

  そして、もう一人―――――。


「あの ≪海賊≫たちが……… まさか、正義の味方だ、なんてね……」

  フック船長と、その仲間たち。


  この地で 人々に迷惑をかける、諸悪の根源――― 領主・ピーターを倒そうと、唯一 立ち上がった勢力というから…… 世も末だ。

「はい、海賊たちは、今や みんなの希望でもあります。 多分 リリー様は…… 密かに、海賊たちと 手を結ぶことを 考えているんじゃないでしょうか。 だから、今回も あっさりと出陣に 同意したんだと、僕は思うんです」

「ふ~ん…… そうなると……」

  やはり、タイガーリリーとは 話し合う余地がある。

  問題は、彼女の傍には、常にティンカーベルが 張りついている事だ。

  …… 裏切らないように、見張っているのかもしれない。


「私は…… 本来、危険回避が モットーなんだけどね。 事情を知ってしまったからには、何かしないと 逆に落ち着かないか……」

  叶人は、諦めの ため息を吐いてから、少年に向き直る。


「話をまとめると…… タイガーリリーを助けて、っていう 君の≪願い≫は―――― つまり、ピーターとベルが、二度と悪さをしないように…… 二人を≪捕獲≫すれば、問題は 解決される?」


  言うのは 簡単だが、実際には 夢物語に近い。

  いくら、アリスとして ≪特別な地位≫にいる叶人であっても、所詮は ただの人間なのだ。

  けれど、タイガーリリーを戦場から 救出したとして、何の効果もない。 もっと根本的な問題、領主サマを どうにかしない限り、何度でも 同じことが起こるだろう。

  それでは、ヒックス少年の ≪願い≫を叶えたことには…… 多分、ならない。

  だから。

「とにかく…… できるだけの事はする、と――― 約束しておくわ」



  『絶対に 成功させる』とは 言わなかったのに、少年は 喜んで去って行った。

  願うくらいなら、何か 協力してくれれば いいものを…… まったく、ここの住人というものは、本当に 自分勝手に 生きているようだ。

  ピーターパン限定ではないと、大声で 指摘してやりたい。


  とりあえず、きつく縛られていた 縄を、いつでも外せるように 結び直してもらえた。 何か あった時には、すぐに 武器を召喚して………。

  そこまで考えて―――― 叶人は 思わず苦笑していた。

 

  まだ、この世界に来て 一日目なのに、もう すっかり状況に馴染んでいる。

  いっそのこと、眠って起きたら 現実に戻れました…… と、なればいいのに。


「そんな 都合良くなんて、いかないか……」


  つい 先程まで≪居眠り≫をしていたのに、目覚めたら 変わらぬ景色だったのだ。

  期待しても 無駄なことは、極力 考えないのが、叶人という 人間である。




  タイガーリリーと、どうやって接触したらいいのか。

  満点の星空の下、荷車に乗せられたまま―――― 世界に来てから 初めての夜は ふけていった。

 ダメ男・ピーターパンと、正義の味方・フック船長。

 この二人の関係は、当初から 決めていました。


 一人でも 冷静に対応する主人公・カナト。 白ウサギなんて 必要ないんじゃ…… と言われないように、彼にも 頑張ってもらいたいです。

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