1章 少女の涙
まだ至らない点が多いと思いますが……
「月の霞し今、誓う! 煉獄の炎よ、刃となりて我が前に現れ賜え! 」
私の足下に魔法陣が出現し、紅く輝き始める。皮膚がヒリヒリとするほどの熱量に必死に耐え、炎が手に集まるようにイメージをした。
「紅蓮剣! 」
その叫び声と同時にイメージ通りに構築されてゆく。それは、片刃で刀身が少し沿っている剣。どこで見たかは分からない。しかし、それが一番イメージしやすい形だった。
「秋風」
「はっはい、何ですか? 」
びくっとした瞬間に集中がとぎれ、剣は跡形もなく消滅していた。振り向くと後ろには炎のような長髪に漆黒のローブを纏った若い男。私の師匠がこちらに向かって歩いてきていた。
(魔術発動中には絶対に話しかけてこない師匠がどうしたんだろう……)
「集中を乱して悪かった。少し話したいことがあってな。今、いいかい? 」
「はい……」
改まった師匠の言い方に私の不安は募るばかりであった。
(破門とかだったらどうしよう……)
そう考えると幼い頃のノイズがかった記憶が呼び起こされる。
『秋風、ごめんね。こんなお母さんを許してね』
最後に聞いた言葉が頭の中を駆けめぐる。
(嫌だ、嫌だ。聞きたくない)
私は目の前にいる師匠に全集中を向け、余計なことを考えないようにした。それを確認したかのように師匠が口を開いた。
「魔術についての話だが……今、秋風が使ったのや、私がいつも使っているのは『神の魔術』というものだ」
「『神の魔術』? 」
初めて聞いた単語に私は戸惑った。
「そうだ。神の使い、精霊と契約することで貸して貰える力だ。私の詠唱、『月の霞し今、誓う』の部分が精霊との契約の証になっている。ここを『契約詠唱』と呼ぶのだが、名前なんてどうでもいい。これは、契約した人自身とその人が認めた人しか使うことができない」
私は最後の言葉を聞いて更に戸惑った。魔術について色々な本を読んだが、偉大な魔術師の契約詠唱がのっていて、それを詠唱すれば魔術を使うことができた。実際、使用できた。それなのに……知識の根本を崩されるような気がして、私は少し恐ろしかった。
「どういうことですか? 」
「……気付いているだろうが、神の魔術を使えるのはほんの一握りだ。魔術にはもう一つ『影の魔術』という物がある。契約しなくても使える魔術。これが一般的に使われている魔術だ」
また、聞いたことのない単語……
「『影の魔術』はどこから力を使ってるんですか? 」
そう訊ねると師匠は黙った。右手で髪をいじりながらはぐらかすように、
「それはまだ知らなくて良いことだ」
そう言い終わると『今日は遅いから、もう寝なさい』と残し自分の部屋に戻っていった。私は師匠の態度に何か違和感を覚えたが練習を終えた。
「うーん……」
目覚めが悪い。ローブは汗でべっとりとしていて気持ちが悪かった。なにか、悪い夢でも見ていたのであろうか? だが、夢の記憶はない。
「今日も一日頑張りましょっ」
と空元気をだし、部屋のカーテンをあける。期待していた快晴はなく、どんよりと空を雲が覆っていた。それが、私の心を更に暗くさせる。
「師匠? 朝ご飯今作りますね」
そう言ってダイニングに降りていくが、いつもと感じが違う。
「師匠、寝坊ですか? いつもならとっくに起きてて、一人でコーヒー飲んでるのに。朝ご飯と一緒にコーヒーもいれますか? 」
返事はない。私はいつも師匠が座って、コーヒーを飲んでいる場所。窓よりの椅子。その上に白い物を見つけた。
「なんだろう? 」
私はそれを手に取る。そこには見慣れた師匠の字、細かく丁寧な字。
『こんな出発の仕方を許してくれ。しなくてはならないことができたのだ……秋風、お前を一人にすることはすまないと思っている。お前が魔術師として強くなれば、やがてまた会えるだろう。たお前の元気な姿を見れることを願っている』
それを読んで、私は床へ崩れ落ちた。何度も何度もその短い文章を読み直す。だが、文面は一語一句変わらない。当たり前のことだが、私には受け入れられなかった。徐々に視界がぼやけ、顔が熱くなる。
「ごめんねとか……すまないとか……そんな言葉いらないから! 誰か、誰か、私の側にいてよ。ずっと……ずっと……」
その声は虚しく部屋に響くだけで私の手にはしわくちゃな手紙だけが残った。