第六話
どうしても出したいキャラのために作った余分なお話((((
すみません、こんなので;;
診療所の戸の前で私は先生を振り返った。
「玖音は私が診るから。貴女は家に戻りなさい」
「わかりました。玖音をよろしくお願いします」
私がそう言って頭を下げると先生はにこりと微笑んで私の肩に手を置いた。
「帰り道、気をつけなさいね。そうね、相手のどこをつけば致命傷になるか、わかるわね?」
「え?」
「もし襲われた時に逃げられるように」
ああ。
望まない戦いを避けるための。
先生は確認したんだ。私が医療を学んだ意味を。そして、悪戯に命を奪わないための行動を。
私は頷いた。
「はい。大丈夫です」
「それならいいわ。あ、そうそう」
先生はそう言って奥の間に駆け足で戻っていく。
――あんな着物で走って、なんで転ばないのかな。
自分がよく転ぶから、先生が転ばないのはすごく不思議。
そんなことを思いながら私は戸から町を見た。
雨が上がったからか、それとも人斬りが死んだとわかったからか。出歩く人々が増えたのはきっとその所為だろう。
あの人斬りの男が何者かによって殺された、という伝達はすぐに運ばれてきた。もちろん、この診療所にも。
私たちが残した武器で殺ったのは忍、ということはわかっているらしい。でも、もともとお縄にかかっていた人物のため、殺した相手を探し出したりはしないとのことだった。
それは物凄く有り難い。こればっかりは本当によかった。もし奉公所につきだされるようなことになれば、ジジ様にも玖音にも他の忍たちにも迷惑がかかってしまう。私はどうなっても別に構わないけれど、玖音にそんな思いをさせたくはない。
私はすとんと診療所の椅子に腰を下ろした。
ふと、自分の手に視線を下ろすと洗ったはずなのに血が付いているような錯覚を覚えた。
ぞくりと、鳥肌が立つ。
戦うという行為に恐怖はない。それは忍だから――私は忍だから、戦いは幾度もやってきた。
ただ、人を殺したのは初めての事。戦いとは違い、恐怖が襲ってくる。背筋がひやりと冷えた。
そう。私は、奪った分の命を生きなければならない。
それは、戦いに勝ったものの宿命なのだろう。わかっている。でも、先生の言うように、私は忍として未熟だ。忍ならば、人を殺すことに恐怖など持たないのだろう。相手に慈悲の心など持たないのだろう。自分が犯した行為に――目を背けたりしないのだろう。
私は――どうして忍になったのだろう?
『――きさら』
不意にあの夢に出てくる女性のかすれた声が耳を打つ。
あの女性が誰なのか。まだ、わからない。ただ、一目でわかるほどの重傷を負っていたということはわかる。
夢でも、それだけははっきりしていた。
そして、たぶん、私にとってとても大切なことだろうということも。
「ごめんなさい、待たせて」
先生の声にハッとして私は顔を上げた。
見れば先生の手には袋が握られている。
「それ、なんですか?」
「これね、紅の花の種なの」
「紅の?」
「そう」
私が首をかしげると先生は懐から紅を取り出して私に見せてくれる。
綺麗な深緋の紅からは甘く、優しい香りがする。
――これ、先生のにおいだ。
先生から漂う、あの優しいに香りの元は紅だったんだ。
「もう貴女も十二でしょう? 化粧のことも少しは知っておくべきだと思って。紅は少し早いだろうから、匂い袋として使ってみるのはどうかしら? 花になるまで使うことはできないけれど」
「わぁ……」
化粧、という言葉に思わず浮き立つ。
そんな私を見て先生はふわりと微笑んだ。
そして私の掌にその小さな袋を乗せる。そして、もう一つ綺麗な袋を私に差し出した。
「? これはなんですか?」
「こっちは匂い袋。花になるまで待ちきれないでしょうからね」
そう言って先生はくすりと笑った。
私は掌の中にある綺麗で小さな袋をくん、と嗅いでみた。
先生の紅と同じ匂い。甘く、優しい香りが胸の中に飛び込んでくる。
「さぁ、おじい様も心配するでしょうから。気をつけて帰りなさいね」
「はい。先生、ありがとうございます」
先生に頭を下げ、玖音をちらりと見つめてから私は診療所を後にした。手にはたくさんの荷物を抱えているため、少し足が覚束なく、ふらふらする。
雲の切れ間から零れ落ちた光が町を照らし、水溜まりに反射して光った。
ああ、重い。
あの戦闘の所為か、それとも気持ちの問題か。
診療所を出てすぐは重く感じなかった荷物もなんだかずしりと重く感じ、私は思わず溜息をついた。
左腕がずきりと痛む。
それを庇うように荷物の重みを右腕にかけた。
その拍子にふらりと重心が傾く。
「あ」
……よかった。今日は転ばなかった。
自分が咄嗟に左に重心をずらしたのが少し驚きだ。いつもなら転んでいたのに。
私はふ、と顔をあげて町を――空を見た。
私は、雨上がりの空が好き。雲の切れ間から覗く光は、なんだか、希望に満ち溢れている気がする。
空はいつだって私に微笑んでくれた。
それは、罪を犯した後も変わらない。
私が変わらないから、変わらない。きっとそう。
――変わっては、いけない。
私は私。『きさら』という一人の人間だ。
あの事が、人間として良い行いだとは思わない。ただ、私の心をとても大きく成長させたのは事実だ。
命の重さと守ることの意味を知ることが出来たのだから。
だから、逃げない。自分から、死から、事実から――恐怖から。
私は、罪を背負って生きてゆく。それが、せめてもの慰めになると信じて。
そう思い、視線を戻すと背後からものすごく大きな怒声が上がった。
「待てぇぇぇ! このこそどろがぁぁぁ!」
「うっせぇ! オレはこそどろじゃねぇ、忍者だ! 覚えとけっ!!」
「逃げるが勝ちだ、蒼羅」
この声。もう一人は知らないけれど。
確か、一度だけ任務の時に会った気がする。でも、確かあの時は玖音と二人の任務で、そこに何故かあの子がいて――
記憶を探っているとあの子、蒼羅が私の隣まで駆けてきて、足を止めた。
後ろから丸い、ふっくらとした体型のおじさんがものすごい勢いで追ってきてるんだけど……
それに気がつかないのか蒼羅は私の顔を見てハッとした表情になる。
「お。きさらじゃねぇか。なんだよ、そんな荷物持って」
「えっと……蒼羅、よね。蒼羅こそどうしたの? 追われてるみたいだけど……」
蒼羅は白群色の髪で毛先だけ瑠璃色をしている。
綺麗な涼やかな髪色に淡々とした口調だから、初めて会ったあの日、男の子だと思い『くん』付けをして呼んだらすごく怒っていた。
要するに普通の女の子。
たぶん、忍でもないはずなんだけど……
私がそう思っていると長くて綺麗な鴇色の髪に角とあやかしの羽のようなものを頭につけた子が急かすように蒼羅の袖を引いた。
「早くしないと捕まるぞ! ほら、もうあこそまで……!」
蒼羅はおじさんのことを思い出したのかめんどくさそうに顔をゆがめた。
「ああ、わかってる。ちょっと待て夢瑠。……別になんもしてねぇよ。久しぶりに芽露ってのが来るんでちょっと物色してただけだ」
「お嬢ちゃん!! その食い逃げ捕まえて!」
おじさんが蒼羅と夢瑠ちゃんを指差しながら私に向かってそう叫んだ。
私は何だか嫌な予感がして蒼羅を上目遣いに見る。
「……蒼羅、本当に物色してただけ?」
「あぁ? そうだけど」
そう言って首をかしげた蒼羅の言葉に私は少しにじり寄る。
「……じゃあその懐のお団子は何?」
私の問いに蒼羅はびくりと肩を跳ねさせる。
やっぱり。
「もうっ! 物を買うときはお金払わなきゃ駄目じゃない!」
私の剣幕に蒼羅は目をぱちくりさせて驚いた。逆に夢瑠ちゃんは驚くというより、もう逃げ腰だ。
その間におじさんがやっと追い付いて蒼羅の腕をつかむ。
ぜぇぜぇと息を切らし、にやりと笑うおじさん。それとは対照的に蒼羅はものすごく嫌そうな顔をした。
「うちにはツケ払わねぇ厄介なお客さん一人抱えてるんでね。これ以上盗られちまったら商売あがったりなんだよ、クソ坊主」
「……オレは坊主じゃねえ! 『女』だクソジジィ!」
「まぁ、間違われても当然だな」
「うっせぇ!」
蒼羅はそう言って懐から何かを取り出し、地面にたたきつける。
するとあっという間に周りは煙で覆われた。
「これ、煙玉……?」
目を庇いながら煙のにおいをかぐ。
――あ、これ煙玉に似てるけど、忍が使うものじゃない。違うものだ。
私たちが使う煙玉は吸い込みば咳き込むし、目に入れば沁みる。でも、この煙は吸っても呼吸が楽だった。
煙が晴れ、おじさんが声を上げる。
「逃げられた?!」
見るとおじさんに捕まっていたはずの蒼羅と夢瑠ちゃんは姿を消していた。
……これじゃあ、忍がこそどろしたみたいじゃない。
私は何だか複雑な気持ちになって、隣で地団太を踏むおじさんに頭を下げた。
「すみません、おじさん」
「なんでお嬢ちゃんが謝るんだい? あれと知り合い?」
「知り合い……はい、たぶん知り合いです」
そう言うとおじさんは苦笑いをした。顎の下にできた肉が揺れる。
「じゃあ、お嬢ちゃんが謝るこたぁねぇ。まっ、今度とっ捕まえればいいさ」
おじさんはそう笑いながら私の肩をたたくと、駆けてきた道を戻って行った。
不思議。まるであんまり気にしてないみたい。
確かこの町の団子屋と言うと――風月庵だっただろうか。あのおじさんは確かそこの主人だ。
以前見たときよりだいぶ肥ったみたいだけど、その頃を思わせる笑い声をしていたからきっとそうなんだろう。
おじさんの背中を見送り、私はまた歩き出した。
日はだいぶ傾き、急がなければ草庵に着くのは夜になってしまう。
流石にそれはジジ様に怒られるだろう。
私は草庵の方角へ駆けだした。
草庵に着くころには日は沈む寸前で、日の光が赤く大地を照らしていた。
草庵の戸をあけ、荷物を置く。
顔を上げると囲炉裏の前にジジ様が座っていた。
「ずいぶんと遅かったじゃねぇか、きさら」
「ごめんね、ジジ様。ちょっとね」
そう曖昧に笑うとジジ様はしわの向こうに光る鋭い眼光を私に突き付ける。
それだけで思わず身を固めてしまった。
「何かあったんだな?」
「何もないわ」
ジジ様の問いに否定の言葉を口にする。ささやかな嘘とは反対に心臓は大げさな音をたてはじめた。
本当のことは言えない。言えるわけがない。
人斬り、その言葉を口にしただけでジジ様はきっとすべて察する。今、私のちょっとの言葉に反応したように。
ジジ様はす、と目を細めた。その目に、さっきまでの鋭さは無い。
「まぁ、いい。なんとなくだがわかっとるしな」
「……」
私は少しだけ困った顔で笑った見せた。そして、ジジ様に背を向け、荷物の片づけを始める。
背中に向けられる視線は、柔らかなものだった。
きさら的な言葉の認識(?)
・知り合い=友達
だから周りによく誤解されます。
世間一般的に知り合いって友達じゃないよきっと!!(笑)