11.御守り
ルゾ・ムラカが新妻のユイを連れてキヲのヤース大神殿へとやって来たのは、彼等が世間でいうところの“結婚適齢期”とやらに比べると、それよりもちょっとばかり歳をとってからの結婚であったことから、早く子宝が授かりますように、と二人でお願いをするためだった。
ルゾはキヲの隣村の、イーフという小さな山村の者だったが、十年ほど前からこのあたりで一番大きな街であるキヲで雑貨屋をやっていて、彼は商売繁盛やら無病息災の願掛けによくヤース大神殿を参っていた。ヤース大神殿にはたいがいの守り神の神殿や祠があって、子宝やら、学業成就やら、家内安全やら、縁結びやら、はては腫れ物や痣を取るまじないをしてくれる神殿やら、先の運勢をみてくれる占い小屋まであるのだった。
「ええっと、子宝のお守りを二つに、家内安全のお守りも二つ……あ、商売繁盛のお守りはここでは扱っていませんので、それはお向かいの神殿でお願いします」
お参りを済ませて、お守りを買いに来たルゾ夫婦に、神殿の巫女は言った。
ヤース大神殿はいつでもそこそこに混み合っているため、祈祷受付やお守り売り場の巫女たちは、毎日なかなかに忙しいのだった。そしてルゾ夫婦がやって来た売り場の巫女は、大事な修行のうちのひとつとして、今日初めて売り場に立ったのだった。
なものだから、思っていた以上の忙しさに、その年若い巫女は、他の巫女たちよりもよりてんてこ舞いをしていた。
「ああ、どうも」
ルゾは新米巫女の渡してくれたお守りを手に、人混みをかき分け、向かいの別のお守り売り場へと向かった。と、その人混みですれ違った中から、
「こんなので、ほんとにこの子の赤痣が消えるのかしら?」
という女性の声が聞こえた。
「神官様がご祈祷なさった砂で痣を毎日こすったら、痣が薄れて消えてくるって……」
ルゾがその声にふと振り向いてみると、そこには、赤ん坊を抱いた若い女性がいた。そしてその隣には、女性の亭主らしい若い男性と、彼女等のもう一人の子供らしい、小さな男の子がいた。
見れば、女性が抱いている赤ん坊には、左目の斜め下あたりに、大人の小指の先ほどの赤痣があった。
「まあ、やってみたらいいさ。それで治るっていうんだから。願だってちゃんとかけてもらったんだし」
彼女の亭主は言った。
そして彼等は、ルゾたちがさきほどまでいた、縁結びと子宝と家内安全などのお守りの売り場へと入っていった。
(痣取りのまじないか)
それにルゾは何気なしに思った。
(そういえば、そんな神殿もあったな)
「あら、やだ」
それから少しばかりしてお参り客が途絶えた時、各守護別に箱の中に並べてあるお守りをふと見て、新米巫女は小さな声をあげた。
「私ってば……子宝のお守りと、縁結びのお守りを間違えてた……?」
巫女は二つのお守りを手に取り、お守り袋に刺繡されてある神代文字を見つめた。
お守りは、その守護ごとにお守り袋の色がちがい、袋の中身もまたそれぞれにちがっている。
縁結びのお守りは袋が緑色、中には青緑色のリグリ石が入っていて、子宝のお守りは袋が朱色、中は紅色のカイラの実の種で、家内安全のお守りは袋が白、中にはヤース大神殿の裏山から切り出されるシドの木で作った木札が入っていて、商売繁盛のお守りは袋が黄色で、中にはアビ貝が入っている。
そしてそれらの袋には、神代文字のまじない印が金糸でそれぞれ刺繡されてある。しかし――神代文字も、お守りごとの守護のちがいも、神官や巫女にしかわからない。
今朝、先輩巫女にお守りの種別を教えてもらってはいたが、新米巫女は、なぜか赤い子宝のお守りを、緑の縁結びのお守りと勘違いしていて、ついさきほどお守り袋の神代文字をあらためて見つめて気づくまで、彼女はずっとその二つのお守りを、取り間違えて売っていた。
「…………」
巫女は自分の失敗にちょっとばかりあわてた。が、
「ま、いっか」
彼女は、まさしく神頼み的な天真爛漫さでにっこりと笑って言った。
「何のお守りだって、それなりのご加護はあるんだし」
それから一年して、ヤース大神殿にお参りしたおかげか(とはいっても、ルゾが子宝のお守りだと思って有り難がたがっていたのは、実は縁結びのお守りだったのだが。しかしルゾもユイもそれを露とも知らないままだった)、ユイは男の子のトールを産んでくれて、ルゾの商売も繁盛した。ルゾはもう二人ほど子供が欲しかったが、しかしトールのあとには子供は出来なかった。
そしてそのトールが三つになった頃……
家族三人でイーフの向こうにあるオーヴァ海に遊びに行った時、トールは磯で足にちょっとした怪我をして、その怪我が元であっけなく死んでしまった。
医者が言うには、傷口から悪いものが入って、それが全身にまわってしまったとかで、ルゾは薬師が出してくれた薬の他に、ヤース大神殿で病よけの御札までもらってきてトールの枕元に置いてみたが、ルゾ夫婦の願いも虚しく、薬も、御札も、大事な息子を助ける事はできなかった。
そして、物事というものは重なる事もあるのか、その半年後にはユイが流行り病の熱病にかかり、彼女はまるで子供の後を追うようにして、またもあっけなく亡くなってしまった。
ささやかではあったが、充分に幸せに思っていた大事な家庭がいとも簡単に無くなってしまい、ルゾはしばらく途方にくれてしまった。
女房と子供を亡くして一人になったとはいっても、それは結婚前の、独身の頃の一人暮らしにまた戻った、などというものではない。
家に帰るとユイが家事をしていて、小さな息子がにぎやかに遊んでいる事が当たり前になっていて、それが幸せに思えていたルゾにとって、その二人がいなくなってしまった我が家は、まるで今までの我が家とは別世界のように思えた。
それでルゾは仕事が終わってから、静まりかえっている我が家へと帰るのが嫌で、独身の頃にしていた様に店に住み込んで、あちこち飲み歩く様になってしまった。
そして酔いつぶれてしまい、店を開けられない事が多くなってきて、店の売上もルゾの運勢と同じく下降線をたどりだしてしまった。
しかし――ルゾの運勢はそれ以上には落ち込まないさだめになっていたのか、やがて、ルゾは、ある飲み屋で酔いつぶれていると、まるで亡くしたユイの様に気をつかって、いつも介抱してくれるその飲み屋の女給のマッツという女性にひかれて、マッツと結婚した。
マッツが嫁に来てくれると、ルゾもまた立ち直って、店も元通りに繁盛しだした。
が――結婚して三年経っても、マッツとの間には子供が出来なかった。
マッツもルゾと変わらない歳のため、これ以上歳をとってからではと、またも夫婦でヤース大神殿に子宝祈願のお参りに行ったが……やはり子供は授からなかった(今度のお守りは間違いなく赤い子宝のお守りだったのだが。しかしお守りの種類を知らないルゾは、ユイと一緒にもらった時のものは緑だったのだが、と、まだ大事にとってあったあのお守りを巫女に見せると、巫女はそれは子宝のお守りではなく、縁結びのお守りだと教えてくれた)。
マッツと二人で、我が家に“家庭”というものをまた取り戻しはしたが……彼等の家の中には“子供の笑い声”というものが欠けていて、ルゾにはそれがなんとも淋しく思えていた。
「私には子供は授からないのかしら」
近所の子供達が元気に遊んでいるのを見ると、マッツは時々そう言って、悲しそうな顔をした。
ルゾにはそのマッツの姿が悲しく思え、子供を望んではいたが、これだけは天からの授かりものだから、とマッツをなぐさめて、二人とも、次第に子供の事は言わなくなってしまった。
しかし――やはり心の奥底では子供の事をあきらめてはいなかったため、そこでルゾはマッツとも相談して、“養子”をもらうことにした。
そして子供をもらうのなら、自分と血のつながった子供がいいということで、ルゾは弟のメゾ・ムラカの子をもらうことにした。
故郷のイーフに住んでいる宮大工のメゾには、ルゾとは対照的に、六人もの子供たちがいて、メゾが自分で建てた広い田舎家には、いつも子供のにぎやかな声があふれかえっていた。
「子供自身がおまえんとこの子になっていいっていうんなら、わしらはそれでいい。……まあ、子供に聞いてみな」
メゾはルゾにそう言った。メゾの言葉に、メゾの妻のイヨは何も言わなかった。
“養子”の話をしにきたルゾに、メゾ夫婦はでんと構えていて、何やら余裕の様なものまで感じられた。
それは、メゾ夫婦はもちろん彼等なりに六人の子供たちを大事にしていたから、その子供たちが、自分たちの元から離れるなどと言うわけはない、といった、自信からくるものだった。
「そうか。そんなら……」
子供をくれなどと、はじめはてっきり断られるだろうと思っていたのだが、メゾがあっさりとそう言ってくれた事にルゾは内心ほっとして、そして彼が自分の養子にいいだろうと思って決めていた子供に、彼は声かけた。
その子供というのは、メゾ夫婦の五番目の子供で次女の、キッコという六歳の女の子だった。
メゾ夫婦の六人の子供のうちで、キッコが一番ルゾになついていて、彼もキッコを可愛く思っていたので、“養子”をするのならキッコにしようと、ルゾは思っていたのだった。
キッコは家の中からルゾに呼ばれた時、裏庭でままごとをしていたが、伯父に呼ばれて、彼女はルゾのところへとやって来た。
「なあ、キッコちゃんや」
ルゾはキッコを自分とメゾ夫婦の間に座らせて言った。
「伯父さんのところには子供がいないだろう?だからキッコちゃんが伯父さんのとこの子供になってくれないかな?」
ルゾは優しく微笑んでキッコに言った。
「…………」
その言葉に、キッコは不思議そうにルゾを見つめ、そして問いかけるように両親を振り返った。
しかしメゾ夫婦は、そのキッコに何も言わなかった。
「伯父さんとこの子に?」
キッコは再びルゾを見つめた。
「そうだよ」
ルゾはうなずいた。
「キヲの伯父さんと伯母さんのところに来ないかい?」
「…………」
キッコは不思議そうな顔のまま、幼い子供なりに何事かを思った。そして、
「やだ」
キッコは言った。
「他所んちの子になるの、やだもん。キッコはとうちゃんとかあちゃんの子だから」
そう言って、キッコはメゾの膝の上にちょこんと座り、両親を見つめてにっこりと笑った。
それに、メゾは満足そうに微笑んで、キッコの頭をなでた。
「……そっか」
キッコの言葉に、ルゾは一瞬期待が外れた様な顔をして、そして淋しそうに言った。
そのルゾにメゾは他の子を呼んでみるかと言ったが、ルゾはいや、いい、と言い、それからこんな話を持ち込んで悪かったなとメゾ夫婦にわびて、淋しそうにメゾたちの家を出ていった。
トールを亡くして十年あまり経っても、ルゾ夫婦の間には子供はいなかった。ルゾ夫婦は自分たちの歳の事もあって、彼等はもう子供は授からないものとあきらめていた。
そしてある日、ルゾが仕入れの商談をして帰って来ると、街の駐在所の中で、顔見知りの老護民官が、十三、四歳の少女と向き合って、なにやら困り顔をしていた。
「?」
いつもにこにこと笑みを浮かべている老護民官が困り顔をしているなんて、どうしたのだろうと思い、ルゾは護民官に声をかけた。
「よう、駐在さん。今日もいい天気で」
ルゾは愛想よく言って、石作りの小さな駐在所に入って行った。
「ああ」
それに老護民官は返事をして、困り顔に少しだけいつもの笑みを浮かべた。そしてルゾの声に、少女も顔を上げた。見れば、少女は今までずっと泣いていたのか、ずいぶんと泣きぬれた顔をしていて、その顔は姿を見かけた時に思ったよりも、もう少し幼げなものに見えた。
「何だあ、嬢ちゃん?どうしたね?」
しゃくりあげ、小さな声ですすり泣いている少女に、ルゾは言った。
「いやね」
ルゾに護民官は言った。
「気の毒な話でな……」
護民官はその少女から聞き出した話をルゾに言った。
老護民官の話によれば、彼がいつもの昼前の見回りをしていると、ヤース大神殿の近くの通りで、二、三人の者に囲まれて、この少女が泣いていたので、どうしたのかとたずねると、少女はキヲから南にずっと遠く離れたところのシュウの村からはるばる五日かけて、それも彼女一人でやってきたのだが、彼女がキヲにたずねて行こうとしていた住所も、人も、この近辺には見当たらないのだという。
そして彼女が誰をたずねて来たのかというと、彼女は赤ん坊の頃はこのキヲにいたのだが、それからしばらくして両親を亡くしてしまい、シュウの祖父母に引き取られていたのだが、その祖父母も最近亡くなってしまい、これからの身の振りを困っていた彼女にある親類が、彼女が祖父母に引き取られた時、別の親類にひきとられた彼女の兄が、このキヲにまた戻ってきて働いているらしい、という事を教えてくれて、片道分の旅費を出してくれたため、その兄をたよって来たらしかった。
しかし、やっとの事でキヲに着いたものの、教えられた住所も兄らしき人物も見つける事が出来ず、かといってもうシュウまで帰るためのお金もなく、たよる者もなく、見知らぬ大きな街に一人で放り出されて、彼女はさすがに途方にくれてしまい、どうしたらいいものかわからなくなって泣いていると、それに通りがかった人達が気づいて、声をかけてくれたらしかった。
「なんとまあ……。気の毒なこったな」
護民官の話に、ルゾは彼女が可哀相に思えて言った。
「なんとかならんもんかな。……で、駐在さん、どうなさるのかね?」
「ふむ」
護民官はまたも困り顔で言った。
「護民官のだれかをつけて、シュウまで送ってやるのはいいんだが……」
「私、」
その彼等に、鼻をすすりながら少女は言った。
「もう帰る家も無くなっちゃうみたいなんです。シュウに戻っても」
彼女の目にまた新たな涙があふれだし、彼女の頰をつたった。
「おじいちゃんたちの家は古い借家で、前から大家さんはもっと大きな立派な家に建て直して、他の人に貸したがっているんですって。で、大家さんは親戚の人たちに、私に出てゆくようにって、言ってるんだって。だから親戚の人達は、おじいちゃんたちが残してくれたお金で他の家を借りて、一人で住みなさいって。私の歳にもなれば、もう一人でも大丈夫だって。でも、私、自分がほんとにそんな事できるかどうか……」
彼女はしゃくりあげながら涙声で言い、それから再び小さな声で泣きだした。
「……なそうなんだよ」
護民官はため息をつきながら言った。
「なんとまあ、難儀なこったなあ……」
ルゾは再び気の毒そうに言った。
「住んでた家まで無くなっちまうだって?まあ、親戚もいる、今まで住んでたとこなら、それでもなんとかやってゆけるのかもしれねぇけども……」
とはいっても、まだ幼いところを残している様なこの子には、それはまだちょっと無理な事なのかもしれないな、とルゾは思った。同じ年頃の子供なら、生意気ざかりながらも、まだ親の元でに甘えている年頃だろうに。
「まあ、今日はここに泊まればいいんだが、明日は朝一番でシュウに帰るか、それともキヲの孤児院と役所に連絡をとって、兄さんを探してもらっている間、護民院にでも泊めてもらうか、だなぁ」
護民官は言った。
「だなあ……」
ルゾはそれにうなずいた。そしてふと、彼は少女にたずねた。
「で、嬢ちゃん……名前は?」
「……カノ」
ルゾの言業に、少女は鼻をすすりながらこたえた。
「カノ・ムラカ」
「へえ……?」
少女の言った彼女の名字に、ルゾは少しばかり驚いた。
“ムラカ”?遠いところから来たという見知らぬこの少女の名字が、自分と同じ名字だなんて。
もちろん同じ名字とはいっても、彼女は自分と血縁のある者ではないだろう。ムラカという名字はわりとよくある名字だ。しかし……
「…………」
ルゾは何事かを思った。
子供が無くて困っている親と、親が無くて困っている子供の名字が、偶然にしろ、同じだなんて……ルゾにはそれが、何やら天からの尊い啓示であるかのようにも思えた。
「なあ、嬢ちゃんや」
ルゾは言った。
「もう昼になるで腹も減ったろう?駐在さんも他に大事な用もあるだろうで……嬢ちゃんさえよけりゃあ、とりあえずはうちで飯でも食うか?なあ、駐在さん、そうしてもらってええだろうか?」
ルゾは少女を見ながら、護民官にたずねた。
「ああ、あんたとその子さえよけりゃあ、そうしてもらった方が、こっちも助かるなあ。身元引受人の書類を何枚か書いてもらわないといけないが」
ルゾの言葉に、護民官は言った。
「まぁ、こんなところより、普通の家庭の方が、その子も落ちつくだろうし」
「そうかね。うちは女房の他には誰もいないから、気もつかわねえよ。……どうかね、嬢ちゃん?うちに来るかね?うちのかみさんが、もう飯をこしらえて待ってるころだで、ちょうどええ。そんなにたいした御馳走でもねえが」
「…………」
人の良さそうな笑みを浮かべて言うルゾを見つめ、少女は少しばかり考えた。そして、彼女は涙をふいて、こくりとうなずいた。
「そうか」
それにルゾはにっこりと笑い、そして少女がシュウから大事に持ってきたなけなしの荷物を持ってやって、彼女を家へ連れて帰ろうとした。と、
「あれ」
少女のくたびれた手さげ袋をふと見た時、その手のところに、自分も持っているヤース大神殿のお守りと同じものが下げられていることに、ルゾは気づいた。
彼女の手さげ袋につけられていたのは、赤い子宝のお守りだった。
「へえ……」
子宝のお守り?自分と同じ名字の親の無い子が、子宝のお守りを持っていて、自分とめぐり会った?
ルゾはそれにますます、自分の人生においての、暗示的なものを感じた。
「嬢ちゃん、こりゃあ、ここのヤースのお守りだなあ?」
ルゾは彼女の赤いお守りを手にとって言った。
「はい」
それに少女はうなずいた。
「私が赤ちゃんの時、父さんと母さんが買ってくれたものらしいんです」
そして少女はうつむき気味だった顔を上げ、額にかかっていた前髪をはらった。
彼女の左目の斜め下には、小さな薄い紅痣があった。
「縁結びのお守りらしいんですけど」
「いやあ、こりゃ、子宝のお守りだよ」
お守りを見ながら、ルゾは言った。そして自分のお守りを懐から引っ張りだして、彼女に見せた。
ルゾが首からかけている紐には、ヤース大神殿でもらった、子宝と、家内安全と、商売繁盛のお守りがぶらぶらと下がっていた。そしてユイと一緒にもらった、あの縁結びのお守りも、まだ大事に一緒に持っていた。
「お前さんのお守りも間違えられたんかな?ヤースの巫女様は、よくお守りを間違えなさるんだなあ」
ルゾは笑った。しかしルゾには、お守りの間違いなど、どうでもよかった。ちゃんとした有り難い加護さえあれば。
「じゃあ、行こうか」
ルゾは言った。それから彼は少女を連れて、我が家へと帰った。
そしてそのまま――ルゾはカノを養女にした。カノの兄という者は、結局、見つける事は出来なかった。
カノの他の血縁者たちも、ルゾが彼女を養女にする事を、反対はしなかった。
「じいちゃん」
老いだしたルゾの膝の上に、小さな男の子がちょこんと座って、ルゾを見上げてにっこりと笑った。
カノはルゾ夫婦の元で成人して、やがて結婚した。
その結婚相手というのはメゾの息子のメオで、ルゾはメオを婿養子に迎えて、カノは男の子を二人産んだ。
メオはルゾの甥のため、カノの産んだ子供たちはルゾにも似ていて、ルゾは戸籍上の孫たちに、亡くしたトールの面影もあるように思えていた。そして実際、カノとメオの子供たちはトールにも似ていた。
(わかんねえもんだなあ、先の事なんて)
ルゾは待ち望んでいた小さな子供達を眺めて、いつも思った。途中には辛い事もあって、ここまでたどり着くのに少し時間もかかってしまったが、今となってはそんな事など、もうどうでもいい事だった。
そしてルゾには、あの間違えられて渡された自分の縁結びのお守りが、やはり間違えられて渡されたカノの子宝のお守りを呼び寄せて、自分たちを引き合わせてくれたように思えていた。
人はそんな事など、ただの偶然だと言うかもしれない。しかし……
「じいちゃん」
たどたどしい言葉で、膝の上の孫が、再びルゾに言った。
「何だあ?」
それにルゾは満面の笑みを浮かべて、孫の小さな頭をなでた。
お守りの引き合わせで、自分の元へとやって来てくれた子供は、まさしく神のつかいのようなあどけない笑みをうかべ、ルゾを見つめた。
(まあお守りのおかげなら有り難いこったし、そうでなかったとしても、やっぱり有り難い事にはかわりないわな)
ルゾは思った。そして新たにもらってきた家内安全と無病息災のお守りに、家族のためにあらためて願をかけるのだった。
この話は一部分、実話だったりいたします。作中の登場人物も一部実在の人物です。
ルゾ:私の大伯父。母の父の兄
カノ:大伯父の養女
メゾ:私の袒父。母の父
イヨ:私の祖母。母の母
キッコ:私の母
メオ:私の伯父。母の兄
キヲの街:京都府
ヤース大神殿:八坂神社
イーフの村:福井県
オーヴァ海:小浜湾
シュウの村:九州




