第9話 古いRPGのエンカウト率っておかしいよね?今そんな気分
ソフィが熊の血を飲んで吐き戻し、体調を崩してしまった。
水を飲んで、しばらく横になるよう言いつけてテントへ放り込む。
その間に、俺は熊の死体と対峙していた。
……なんとか、解体できないだろうか。
元の世界の熊と違い、背中等が硬質化しているし、きっと魔物や魔獣と呼ばれる存在に違いない。
なら、その素材なんかは換金する事ができるかもしれないのだ。
この世界で生きていくなら──いや……どんな世界でも、お金を稼ぐというのは重要なのだ。
……いやまぁ、まだ社会にも出てない若造が何を言ってるんだと思わなくもないが……。
とにかく、お金に換えられるかもしれないこの熊の死体を、むざむざ放置していいのか?
───良い訳が無い!
だが、この巨体をそのまま運ぶ術は、残念ながら無い。
なので、とりあえず毛皮や背中の硬質部分なんかを剥ぎ取れないかと死体の前にナイフを握りしめて立っている、俺こと健仁だった。
「でもこれ、どうしたらいいんだ?」
動物の皮を剥いだ事なんて、当然ない。
漫画でちょっとだけ見たような気はするが、詳細には覚えていないし、覚えていたとしてもどこまで参考にしていいものか……。
しかし、いつまでもこうしてはいられない。
先程から、血の臭いに釣られてか、大型の鳥が遠巻きにこちらを伺っているのが見えている。
もし、俺ごと襲われたらたまらない。
頼りのソフィは今は一回お休み中なのだ。
……うーん。
(折角の獲物だが、安全には代えられないし、諦めようか)
そう思い始めた時、遠くから大型の鳥がこっちに真っ直ぐ飛んで来るのが見えた。
───いや……あれは、鳥じゃない──!
小さかった影はあっという間に大きくなり、空を覆う。
風が唸りをあげ、此方を伺っていた鳥たちは一目散に逃げ出していく。
轟音と共に砂埃を巻き上げながら"それ"は俺の目の前に降り立った。
『──ふむ……小僧。貴様───ではないな』
昨夜の熊が小さく見える程の巨大な体躯。
それを支える四本の脚は、途轍もない程の力強さと凶悪さが見てとれる。
背にはその巨体をすっぽり覆うかのような翼が広げられ、俺に影を落とす。
全身は月光を想わせるような銀に輝く鱗で覆われて、あらゆる攻撃を寄せ付けない美しさがあった。
「ド、ドラゴンだーーー!」
ちょっと待て!
熊の次にエンカウントするのがこんなラスダンに居そうなドラゴンて、おかしいだろ!
クソゲーか?!クソゲーだな!やっぱり現実はクソゲー!
『小僧──貴様、連れがいるな?そいつは何処だ?』
幸いドラゴンは問答無用で襲ってくるような、野生そのものではなく、知性を持っているようだ。
(てか連れって、ソフィの事だよな?
え?これ、どう答えるべきなんだ?)
どう答えたものか逡巡している間に、ドラゴンの黄金の瞳がテントを捉えていた。
『……そこか』
「え!あ──いや!あのですね!」
───マズい。
どうする?どうすればいい?
①ナイフで立ち向かう
無理。拘束された熊ですら、あの有様だった俺が立ち向かってどうする?!
②ソフィを渡す
駄目だ!彼女を失えば、それこそ詰みだ。
③逃げる
だから駄目だって!②番と被ってるよ!
「おぉ〜い……ケンジ……。さっきから喧しいぞ───ん?ドラゴン?」
「ソ、ソフィ……」
馬鹿な事を考えてる間に、テントからソフィが出てきてしまった。
……クソッ!こうなったら何とか隙を見て、ソフィを抱えて走るしかないか……。
『小娘……貴様、我が主人をどうした?』
「あるじ?」
「…主人?」
主人って……ん?何の話?
「……何の事か、さっぱり分からん。というか、いきなり何だ貴様は」
『恍けるか!私が魔王様の魔力を間違える事など無い!黄金の魔力核を持っているだろう!』
「?!貴様……何故それを知っている?!」
「え?なに?なんなの?!」
なんかドラゴンとソフィは、お互い心当たりのある何かがあるようだが……。
あれ?てか、魔王様って……それ、ソフィの事なんじゃ?
「ケンジ!承認をよこせ!このドラゴンが何を知っているのか、力尽くで吐かせてやる!」
「あ、いや、それはまだ消してない……それよりソフィ、あのドラゴンだけど──」
「そうか!覚悟しろこのテカテカドラゴンめ!」
ソフィは昨夜と同じく魔力を唸らせ巨大な幻影腕を顕現させる。
昨夜も思ったけど、元はこんなゴツイ腕を持った巨人だったのかなぁ……。
『そ、その腕は……!まさか、いやそんな……そんな事が──?』
お?ドラゴンが狼狽えている?
……これ、やっぱり前世のソフィを知ってるドラゴンなんじゃ?
ソフィの方はまるで記憶に無さそうなのは引っかかるけど、ここは穏便に話し合いで解決出来そうだ。
「ソフィ、ちょっとまっ──」
「うおりゃああぁ!」
『ま、魔王さ─グァハッアァ!!』
俺が止めるより早く、ソフィの見事なフックがドラゴンを殴り飛ばした。
轟音と共に、砂埃を巻き上げ倒れ伏すドラゴン。
「やったか?!」
「やったか?じゃないよ!あのドラゴン、たぶんソフィの知り合いだろ?!」
「?いや、知らないが……あ」
「知らないって事はないだろ……ん?何を見て──あ」
砂埃が晴れると、そこにドラゴンの姿は跡形も無かった。
代わりにそこにいたのは、筋肉モリモリマッチョマンの全裸のおっさんが仁王立ちしていた。
「あの逞しき腕……何よりもそれを維持する魔力密度……貴女が私の魔王様か?」
「おお!従者ではないか!」
「はぁ?!ど、どういう事???」
「やはり……やはり!
おおお──お探ししておりましたぞおおおおおお!」
全裸のおっさんは涙を流しながらソフィに向かってダッシュしてくる。
俺は反射的に、間に割って入っていた。
「む!小僧、どういう了見だ?いやそもそも、貴様──何故魔王様と共にいる?」
一転、めちゃくちゃ怖い顔で俺を睨みつけるおっさん。
俺よりも背が高く、見下す様に顔は正面を向いたままだ。
全身からオーラのように湯気が上がっているような、背景が歪んで見えるような……怖っ!
「あ、あんたこそ、何なんだ?つか、全裸でソフィに近寄んじゃねぇよ」
「おっと、これは失礼した。
魔王様、しばしお待ちを」
何とか言葉を絞り出した俺の事を無視して、ソフィに話しかけたおっさんは、サササっと岩陰に入ったかと思うと、直ぐに服を着て出てきた。
……普通の服だ。燕尾服とかじゃ無いんだ……てかその服はどこにあったんだ?
「それでは、改めて……。
魔王様。お久しぶりでございます」
「そうか?私が死んで、此方に来たのが昨日だから、さほど時間は経っていないが?」
「左様でしたか。私は此方に来て、既に数ヶ月経っておりました故……」
「そうなのか……しかし、何故お前まで?」
二人は俺を置いてけぼりにして話している。
……うーん……訳ありかもしれないし、そのままの方がいいかもしれない。
けど、今は俺も無関係って訳にはいかないし、ここは勇気を出して話に入るか……。
「あの、すみません……。
もしかして──貴方がベロベロさん?」
「何だそれは。私の名は"ヴェロニカ"だ」
「え?あ、はい…すみません……」
ヴェロニカと名乗られて、俺は察しがついた。ソフィ、やっぱり名前を忘れてたんだな……。
「───ソフィ?」
「な、なんだケンジ。あ、そうだ!私は今ちょっと気分が悪かったんだ!
従者!あとは頼んだ!」
「お待ちを、魔王様。色々と聞かねばならない事があるようですので──御辛抱願えますかな?」
「そうだぞ、ソフィ。これから大事な話になると思うから、居てくれないと困る」
テントへ戻ろうとするソフィの肩を、俺とおっさんの二人でがっしりと捕まえる。
同時に、ソフィへの承認は切っておく。
さぁ、話し合いの時間だよソフィ───いや、エルムソフィラさん?




