第8話 Bear's Attack&Nausea
グニグニで全然嚙みきれない肉。
パンとかいうガチガチぼそぼそな物。水につけたら今度はべちゃべちゃで気持ち悪い。
それらを『なるほど、コレが不味いという感覚か』と意識をそらしながら口に運んだ。
そしてなんとか──な・ん・と・か!食べきった。
……こんなのを一日に2回か3回もしないといけないのか……もうヤダ……。
「まぁまぁ…その内、美味い物を食わせてやるからさ」
「むぅ~……別にいらない……」
前世で魔力等の補充に獲物を捕食していた時は味覚なんて無かったし、毎日必要でもなかったのに。丸ごと取り込んで消化して吸収で終わり。食べ方は……そういえば従者の奴が一度だけ、テーブルマナーとか言ってきたことがあったな。よくわからなかったし、その一回だけで二度と言ってくることはなかったけど。──今思えば、用意してくれてた物を全部まとめて捕食したのが良くなかったのかもしれない。
「そろそろ寝ようか。一応火を見ておいた方が良いと思うから、先に寝て良いよ。起したら代わってくれ」
「わかった。よろしく頼む」
ケンジが先に寝て良いと言ってくれたのでテントへ入る。
用意されていた寝袋に入り横になる。
ゴツゴツとした地面が痛い。こういうところでも、この身体の不便さを感じる。
ああ…ふわふわだった寝床が恋しい。正直、その有難みはよくわかっていなかったけど…今は、というか今こそ欲しい。
そう文句を言いながらも昼間の疲れからか、私は眠りへと落ちていった。
◆
『魔王様、ヴェ■■■でございます』
─なんだ、おまえ─
『貴方様に仕える者です。従者とでもお呼びください』
─つかえる…?─
『そうですね……貴方様を助ける者、でお分かり頂けますか?』
──まおうさまって?─
『とても逞しく強く美しい、この世の魔物達の頂点となる者です。つまり貴方様です』
───とてもつよいはそうだな!ちょうてんは……よくわからない──
『いずれは御分かりになりますよ。それまで、私がお教えいたします』
─わかった!よろしくだぞ!─
『それではまずは───』
───まずは、なんだったか……
(ソフィ…!ソフィ…!)
───そう、ソフィと……いや、違う。私に名前なんて無かった。
(ソフィ…!起きてくれ…!)
◆
「ソフィ…!」
肩を揺らしながら声を潜めるようにケンジが私を起こしていた。
まだぼやぼやする目をこすりながら、欠伸をひとつ。
よく見るとケンジは随分慌てた様子だった。
「どうかしたのか?」
「……なにか、大きな生き物が近くにいる」
「なに?」
耳を澄ませ、気配を探る。
……確かに何か、大きくて重たい生き物が動く、ズシリとした音がする。それは──少しずつ、こちらを探るように近づいてきていた。
ゆっくり──ゆっくりと、外の様子を確認する為にテントから顔を出す。
焚き火の灯りに照らされ、それの姿が暗闇に浮かび上がる。
フン…フン…と鼻を鳴らしながら巨大な体躯とギラギラとした瞳。
そして、見るからに硬そうな鎧のような皮膚が頭から背中を覆っている四足の魔獣だった。
「熊だ……でっけぇ……」
「そこそこの魔力を秘めているな。どうする?」
「隠れてやり過ごす…とか?」
情けない事を言い出すケンジ。どうも弱腰なところがあるな……。
「無理だ。警戒して周りを探っているだけ──既に私たちに気付いている」
「……なら戦うしかないか。ソフィ、攻撃して──可能なら拘束してくれ」
「わかった。だが───」
「大丈夫、わかってる。……止めは、俺がやる。だから、動けない様に捕まえてくれ」
腰のナイフを抜いて、すこし震える声でケンジは決心したようだ。
……前言は無かった事にしておこう。
「よし……なら、いくぞ」
テントから飛び出し、魔力幻影体の腕を顕現させようとして───あれ?
「バカっ───まだ承認出してないだろ!」
「な、なんだと?!昼間に出してたではないか!」
「気絶した時に消しといたよ!当然だろ!」
「だったらちゃんと言わんかっ!」
ケンジとワーワー言い合っているが、熊はそんな事おかまい無しに睨みつけている。今にもこちらに突進してきそうだ。
「は、早く!承認を!」
「しょ、承認!頼む!」
改めて腕を顕現させる。魔力が大気を震わせ、巨大な腕が現れた。それと同時に熊が地面を蹴り、突っ込んできていた。
とっさに両手を前に出し、熊が巨大な両手にぶつかる。
ゴッ!
鈍く重たい音が鳴った。
あ、危なかった……。
「よし、このまま押さえつけて……むっ」
熊のやつは前足のツメを振るい、幻影体の手に攻撃してきた。
鋭く重い一撃に、掌の部分が削られる。
腕の甲側は硬い装甲になっているが、掌側はこの熊程度でもダメージを負うか……。
多少の傷を負っても、魔力で出来た幻影体はすぐに修復される。
思うように突破できないでいる熊は何度かツメを振るった後、今度は噛みついてきた。
長引かせる事ではないな。
噛みつかれていない方の腕を振り上げ、横から払いのける。
ギャンッ!
と、少し吹き飛ぶ。……思ったより飛ばなかったのは、私が弱くなっている?
それはともかく、払われ転がってもすぐに体勢を立て直す熊。
素早く両方の幻影腕を使って地面に押さえつける。
「ケンジ!押さえたぞ!」
「わ、わかった!」
熊は何とか逃れようとかなりの力でもがいている。
だが、どれだけ抵抗しようが私の幻影腕を振り払えるほどの力は無い。
あとはケンジが、ナイフで止めをさせば終わりだ。
熊に近づいたケンジは、ナイフを握りしめ、息を大きく吸って吐いていた。
「や、やるぞ……」
「早くやれ。脱け出されたらどうする」
ここまで来て何をやっているのか……。
ケンジはようやく決意したのかナイフを振り上げ、熊の首目掛けて振り下ろし──
ガッ!
───熊の装甲に弾かれてナイフを落としていた。
「なにをやって──あっ!」
「うおぁ!」
前足片方を拘束から抜けさせた熊の攻撃に、ケンジの脚が大きく引き裂かれた。
血と肉片が飛び散る。
「ぐ、こいつ!ケンジ!大丈夫か?!」
片手を一瞬放し、改めて押さえつけ拘束を固める。直接手を下せるならこのまま握り潰せるものを……もどかしい!
「うぐぐ……いや……大丈夫だ。悪い、今度はしっかりやる」
「ケンジ、お前その足は……」
ケンジの傷を負った脚は、ボコボコと煙を上げながら塞がっていく。
「……神様から貰った、超回復力だよ。こうして見たら、ちょっと──いや、だいぶ怖いな……」
そう言いながら、落としたナイフを拾い上げて熊に近付くケンジ。
そして、膝を曲げて姿勢を低くし、下側からナイフを熊の喉の辺りに突き刺した。
が、毛皮に邪魔されてか完全には刺さらない。
ケンジはナイフを両手で握り、体全体を使って喉に刺し込んでいく。
熊は激しく暴れ、抵抗するが───無駄だ。もう逃がしたりはしない。
刀身の半分以上を刺し込んだあたりで、ケンジは少しナイフを捻るように引き抜いた。
そこから血がボタボタと流れていく。
───しばらくして、熊は動かなくなった。
「はぁ……終わった」
「……そうだな。ちょっとヒヤッとしたぞ」
「いや、ごめん。わかったって言ったけど、ちゃんと覚悟が出来て無かったみたいだ」
困ったやつだ。……まあ、今後はきっと大丈夫だろう。
……それよりも。
「ん~……この熊、何とか食えないか」
「は?え、食うのか?」
「前世では、そうやって魔力を貯め込んでいたんだ。この身体でも出来る──はずだが……」
しかし、晩御飯の時の事を思いだして尻込みしてしまう。
「それは、どれくらい食べたらいいんだ?」
「わからない。前世では全部丸ごと喰らっていたんだが……」
「今は無理だろ。晩飯のあの少ない量で苦しそうだったし」
う……確かに。だが放置するにはこの魔力量は、勿体ない気もするし……。
「うーん……血を飲んでみるとか、どうだ?栄養の塊とか言うし、魔力なんかも含まれてるんじゃないか?」
「なるほど。ケンジ、コップを取ってくれ」
結論だけ言うと、ダメだった。
とんでもない臭いと味で、一度は何とか飲み込んだ。
だが、腹がひっくり返ったかと思うような感覚に襲われ全部吐き出してしまった。
二度と口にしない。




