第3話 エルムソフィラ
「ん…む、うぅ…」
神の提案を了承したら突然意識が途切れた。
まったく、一体なんだというのか──む?
「あ、ん……お”?」
な、なんだこれは!?
「なあああああああああああああああ!!!!!」
体が──ある!手が、足が、指が…五本…これは…人間の体?は?ど、どういうことだ?
手を使い自らの体を触って確かめる。
魔力で作っていた体と同じように動かせる。だが、まるで力を感じないし、ふにふにで柔らかい。
どういうことだっ!!生前の力をそのままに蘇生するはずでは!?か、神はどこだ!?
「お、目が覚めたみたいだね。どうだい、体の調子は?」
「えーっと……君、だいじょうぶ?」
そこには神と、もう一人誰かがいた。神と違って特になにも感じない…ただの人間か?
いや、それよりも私のこの体についてだ。
今すぐ食って掛かりたいが、一旦落ち着こう。落ち着け。
深呼吸だ、深呼吸…
「すー…ふぅ…。で、どういうことか説明して欲しいんだが?」
「うん、それじゃ紹介するね。彼が君の相棒のミブ ケンジ君だよ」
仲良くしてね、などと宣う神。違う。そうではない…そうではないのだが……相棒だと?このまるで脅威を感じぬ人間が?
「えーっと、壬生 健仁です。よろしく」
そう言って人間は近づき跪いて右手を私の方に差し出してきた。
「?」
「…えーっと…」
そこでふと、昔従者の奴が私に忠誠を誓う儀式だとか言ってやってきた行為を思い出した。たしかあの時、従者の奴は私の前に跪いて手の甲に口をつけてきたんだった。
……なるほど、この人間の従僕として態度で示せという訳か。
だが、その前に──
「神よ、私のこの体はどういう事だ?」
「どうだい?最高に可憐に仕上がったと自負しているよ。ケンジ君も可愛いと思うだろ?」
「え?あ、はい。そうですね…」
人間は何故か顔を赤らめて目をそらした。…なんだ?
「…生前の姿で蘇らせてくれるのではなかったのか?これでは契約違反であろう。」
「え?いや?そんなこと言ってないよ?」
「なに?そんな筈は……」
食い下がる私に対して神はため息を吐いて首を振る。ヤレヤレなどと言いおってムカつく。
「いいかい?僕は生前の記憶と能力をそのままに新たな命を与えると言ったんだ。生前の姿とは言っていない。むしろ球体しかなかった君に生身の体を与えてあげたんだから、もっと感謝してよね」
「……なんて事だ…」
これは、騙されたというべきか…違うな。ただ私が間抜けだっただけだ。
「心配しなくても君という人格はそのままだし、能力だって使える──はず。だからなにも契約違反なんてないよ」
「む…それは……認めよう……」
はぁ…と、ため息をつく。
ここに至っては是非もない。相棒になると言ったのも確かだ。あちらが契約を守っているのなら、私も筋を通さねばなるまい。
差し出されたままの人間の手を取る。
こうしてみると、私の手は随分小さいな。皮膚も人間の方がまだゴツゴツと硬い。
「人間、あー…ケンジだったか?」
「え?あ、うん。そう、なんだけど…君、ホントに魔王だったの?」
「?そうだ」
なぜ知っている?と思ったが、神が説明していたのだろうとすぐ気がついた。
さて、それでは契約を果たすとしよう。
「ケンジよ、貴様を私の相棒として認めよう。よろしく頼む」
そう言って私はケンジの手の甲に口を付けた。
──次の瞬間、ケンジは文字通りすっ飛ぶほど飛び退いて真っ赤になっている。
……何故だ?
神もこちらを見て大笑いしている。なんだというのだ。
「あっはっはっは。あー…親睦も深まったみたいだし、そろそろ君たちには旅立ってもらおうかな。ただ、その前に…」
笑い終えた神が私の前に立つ。
「魔王─いや、元魔王かな。君には少し鍵をかけさせて貰っている。その鍵はケンジ君に渡しておいた」
「なんだと?それは聞いていないぞ」
「条件を付けないとは言っていないよ。いいかい?」
神は淡々と指を立てながら続ける──
一つ。
健仁の承認なしでは能力を使えない。
一つ。
能力で故意に他者の命を奪えない。
一つ。
自身の生命が危機にある場合のみ、上記は無効。
「以上が君に施した鍵だ。君、今は能力使えないだろ?それはケンジ君の許しを得てないからだよ」
生前の魔力の肉体を出せないでいたのはそれが原因か。
改めて、慣れない人間の体で集中し魔力の肉体を顕現させようとするが…駄目だな。魔力を練ってもすぐに霧散してしまう。
「それともう一つ、君とケンジ君の命をリンクさせてある。」
──なんだそれは。
能力の制限だけでも納得しかねるのに命のリンクだと?
「えっ!?そうなんですか!?」
ケンジも初めて聞いたのか驚いている。完全に無断で進めとるな、この神。
「そうだよ。例えば…ほら」
そう言って神がケンジに手を向けると、突然ケンジが苦しみだし、同時に私も胸が苦しくなりだした。息が詰まり、視点が霞みはじめる。
「ぐ…この─!」
神を止めようと手を伸ばそうとして、今度は魔力がスッと集まり、生前の赤黒い巨椀が顕現した。
少し驚きながらも、顕現した腕で神を殴りつけるが、当たる寸前で魔力が霧散してしまう。
「ね?死にたくないのなら、彼をしっかり護ることだ」
まるで悪びれた風もなく、神はにこやかにそんな事を言ってきた。
解放されたケンジは胸を押さえて苦しそうに息を整えている。
私もまだ胸が苦しく、頭がくらくらする。
コイツ─いやそれより、後から後から余計な条件が付いてくるではないか。流石にこれは酷過ぎる。
抗議しようと思った矢先、神の気配が一段大きくなり、その姿から光があふれだして宙に浮いた。
「それでは最後に、元・魔王よ─其方にエルムソフィラの名を授ける」
エルムソフィラ
それが、私の名前──その名が、この体に、私に沁み込んでくる──
「さぁ!若者よ!旅立ちの時じゃ!」
なんで最後ちょっと口調変えておるのか…などといらんことに気を取られているうちに私とケンジは光に包まれ、フワリッと浮かされる。いつの間にか近くに来ていたケンジが私の手を握ってきた。
少し熱く、震えているのが感じられた。
握られた手に気を取られている間に、浮遊感の後引っ張られるようにどこかへと運ばれていった。
……神はいつか一発ぐらい殴ってやってもいいかもしれない。




