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『人類を裏切った少年、魔族の総帥に拾われる』 ~国を毒殺して処刑されるはずが、深淵の力で魔界の英雄(?)に成り上がるようです~  作者: M—mao
グランディ帝国編

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第4話 約束の狼煙

ヒュオオオオォォ……。


砕石(さいせき)の峡谷を、乾いた風だけが通り抜ける。


翼をはためかせ、空中に留まるジェイミーの額を、じっとりと嫌な汗が伝う。

手にした単眼鏡(たんがんきょう)が滑りそうだ。


彼は(まばた)きも惜しんで、彼方の灰色の要塞を凝視(ぎょうし)し続けていた。


(おせぇよ……! 何やってんだあのガキ……!)


焦りが限界に達しかけた、その時だ。


レンズの向こう、城郭(じょうかく)の一角から黒い筋が立ち昇った。


ジェイミーは目をこする。

見間違いじゃない。

飯炊きの煙なんかじゃない。


風に(なび)くことすらない、漆黒の、一直線の狼煙(のろし)


「――ッ!!」


ジェイミーはバサリと皮膜(ひまく)の翼を畳むと、重力に任せて谷底へと急降下した。



谷底は、痛いほどの静寂に包まれていた。


妖狼族(ようろうぞく)の戦士たちが、低く身を沈めている。

爪先がカリカリと石を削る音。喉の奥で押し殺した唸り声。


今にも弾け飛びそうな殺気が充満しているが、誰一人として動こうとはしない。


隊列の最前方。

突き出した巨岩の上。


その場所だけ、空気が凍りついている。


セリーヌが、そこに立っていた。


黒髪が風に煽られ、激しくたなびいている。

その(たた)えられた蒼き瞳は、微動(びどう)だにせず彼方の要塞を射抜いている。


その(りん)とした背中に、誰もが息を呑んでいた。

副官のフィリスが、恐る恐る歩み寄る。


「セリーヌ様。……正午になります」


セリーヌは振り返らない。


「……もう少しだ」


「ですが!」


「総帥ィィィーーーッ!!!」


空からジェイミーが弾丸のように着地した。

小柄(こがら)体躯(たいく)に見合わぬ轟音(ごうおん)を立て、土煙を巻き上げる。


「狼煙だ! 黒い狼煙が上がったぞォッ!!」


全員が弾かれたように空を仰ぐ。

遠く霞む空に、黒い(くさび)が突き刺さっていた。


セリーヌの手が、剣の(つか)をギリと握りしめる。


『一ヶ月待て。ルカドナの門を、あんたの前に開いてやる』


あの日、あの少年が口にした不遜(ふそん)な約束。

それが今、現実のものとなった。


――ジャキッ!


剣が鞘走(さやばし)る。

鋭い金属音が、静寂を切り裂いた。


セリーヌは声を張らなかった。

それでも、その一言は谷全体を縫い止めた。


「全軍、聞けェッ!!」


セリーヌの声が、雷鳴のように轟く。


「ケイン! 妖狼族先鋒! 正面から食い破れ!」


「ただし民間人への手出しは禁ずる。心せよ!」


「「「オオオオオオオオオッ!!!」」」


次の瞬間、地面が爆ぜた。

抑え込まれていた殺意が、(せき)を切ったように解き放たれる。


「フィリス!」


「空騎兵団、展開済みですッ!」


フィリスが腕輪(ガントレット)を掲げると、紫電(しでん)がほとばしる。

雲が裂け、巨大な影――飛竜(ワイバーン)の群れが姿を現した。


セリーヌは純白の天馬(ペガサス)にふわりと飛び乗る。


「我に続けェッ!!」


剣を天へ突き上げる。


「目標、王都ルカドナァッ!!」


(いなな)く天馬が空を駆け上がる。

それを合図に、銀色の甲冑(かっちゅう)を纏った大軍勢が、奔流(ほんりゅう)となって駆け出した。


谷底には、踏み荒らされた砂塵(さじん)だけが残った。

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