第3話 紅蓮の記憶
音もなく、エドが要塞の暗がりを疾走する。
この三ヶ月、脳髄に焼き付けたルートだ。迷いはない。
中庭を抜け、機関室へ。
正門の跳ね橋を操る、要塞の心臓部。
本来なら重装歩兵が二人詰めている場所だが、今はただの鉄屑のように入り口で沈黙している。
エドは巨大なウインチの前に立つと、熟れた手つきで安全ピンを蹴り飛ばした。
カキンッ!
乾いた金属音が響く。
ハンドルを鷲掴みにし、全身の筋肉を軋ませて押し込んだ。
ギチチチチチチッ――!
錆びついた鎖が悲鳴を上げる。
地響きと共に、巨大な跳ね橋がスパイクの植わった堀へと架かっていく。
「ハァ……次は……」
額の汗を拭い、塔の頂を見上げる。
視線の先にあるのは、空を切り裂くような高塔。
「これで……最後の準備だ」
エドは倒れ伏した衛兵たちの間を、音もなく駆け抜ける。
助走をつけ、壁面を蹴った。
爪先が石の突起を捉える。一瞬だけ体重を預け、次の足場へ。
その繰り返しで、十数メートルの城壁を猫のように駆け上がった。
烽火台。
吹き荒れる強風の中、エドは壁の松明を引っこ抜き、中央の火盆へと投げ入れた。
ボオォォォッ!
特殊な薬粉を混ぜた薪が、瞬時に爆ぜる。
黒い狼煙が、天を衝くように昇った。
だが。
その熱波が顔を撫でた瞬間、エドの瞳から光が消えた。
揺らめく炎。膨張する熱。
鼻腔を突く鉄錆の臭い。焦げた木の臭い。
それが、脳裏の「何か」と重なった。
――焼け落ちる梁。
――崩壊する屋根。
――炎。
――そして、伸ばした手。届かなかった手。
「タリア……姉さん……ッ!」
ガンッ!
拳を石壁に叩きつける。
走る激痛。
エドはハッと息を呑み、現実に引き戻された。
「ハァ、ハァ……ッ」
冷たい風が肺に突き刺さる。
拳から滴る血を見て、エドは舌打ちした。
「チッ……」
悪夢は終わりだ。
そんな感傷に浸っている暇はない。
眼下には、朝日に輝く憎き黄金の屋敷。
歯が砕けそうなほど強く噛み締める。
短剣を逆手に持ち直す。
「ル……グ……ナァアアアッ!!!」
咆哮は風に掻き消された。
エドは迷わず、塔の縁を蹴った。
二十メートルの落下。
風を切り裂きながら、黒い影が屋根から屋根へと跳び移っていく。
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