第17話 月蝕の兆し
――三十分前。
監獄の外庭。空気が重い。
転送門の駆動音が続いている。
貴族たちが連行されてくるが、誰も顔を上げない。
その列が、監獄の正門前で止まった。
「理由を言いなさい」
スレイアが腕を組んで立っていた。
「なぜ私の部下を中に入れない?」
ラフニが揉み手をしながら笑う。額に脂汗が浮いている。
「いやぁ、統領様ぁ。ここは汚い場所でして……」
「御託はいい」
スレイアが一歩踏み出した。
ラフニが半歩下がる。
「さっきから時間を稼いでいるわね」
視線がラフニの肩越しに、半開きの鉄扉を射抜いた。
「中で何を隠している?」
ドサッ。
ラフニが膝をつき、スレイアの足にすがりついた。
「規則なんです……帝国のしきたりで……」
「規則?」
スレイアが見下ろす。
「私刑を行うのも規則なの?」
ラフニが額を石畳に擦りつけた。
「申し訳ございません! 直します!」
言いながら、彼女は唇を突き出し、スレイアのブーツに吸い付こうとした。
「――ヒッ!」
スレイアが飛び退く。
「キモッ! 何すんのよ!」
ズボンを払い、踵を返した。
「もういいわ! 後でたっぷり絞ってあげる!」
その時。
「フフッ」
人垣の中から、嘲笑が漏れた。
スレイアが足を止めた。
貴族たちの列が割れ、一人の女が進み出る。
手枷をされているが、背筋は剣のように伸びていた。
グロリア・コナリー。
帝国貴族の中で、唯一スレイアと剣を交えたことのある女傑。
「あら、グロリア閣下。先日の会戦以来ね」
グロリアが静かに頷いた。
「敗軍の将を覚えていただき、光栄です」
「あの時は、魔族の指揮官とはどれほど恐ろしいかと思いましたが……まさか、これほど純粋な方だったとは」
スレイアの目が細くなる。
「どういう意味?」
グロリアは周囲の貴族たちを一瞥した。
「確かにここにいる連中はクズです。裁かれるべき罪人でしょう」
「ですが」
彼女は一拍置いた。
「貴女が捕らえた人間の中に――『無実の者』は一人もいなかったのですか?」
庭園から音が消えた。
スレイアの瞳孔が収縮した。
振り返り、ラフニに詰め寄る。
「この監獄に、平民以外で誰を『保管』していた?」
ラフニはニタニタ笑っていた。
「統領様ぁ、ご冗談を……監獄には罪人しか……」
瞬間。
媚びた目が、獣のそれに変わった。
背中に隠していた手が動く。
猛毒の短剣が、スレイアの腹部へ突き出された。
だが、刃は届かなかった。
突き出した感触だけが残り、ラフニの体が宙を舞っていた。
「やれェ! 全員殺せ!」
ラフニが叫ぶ。
看守たちが武器を抜いて殺到する。
ズンッ!
空気が重くなった。
スレイアの背後から現れたアリシアとガレットが、魔力を解放したのだ。
先頭の女が膝から崩れる。
二人、三人と続く。
立っていられる者はいなかった。
「入れ」
スレイアは転がるラフニを見もしなかった。
魔導団が監獄へなだれ込む。
「吐きなさい。中でどんな拷問をしていた?」
ラフニは頬を地面に押し付けられたまま笑った。
「ヘヘ……魔族のお嬢様……見えてないのは目か、それとも立場かしらねぇ」
数分後。
「団長……っ!」
部下が中から転がり出てきた。
顔面蒼白。目が虚ろだ。
「どうした。報告しなさい」
部下は首を振った。
「無理です……運び出せません……」
スレイアの呼吸が一拍乱れた。
「こいつらを見張ってなさい。私が戻るまで動かすな」
彼女は大股で監獄へ向かった。
アリシアが倒れそうな部下を支えた。
「何を見たの?」
部下がアリシアの腕を掴む。指が食い込むほど震えている。
「外層は……まだ……ただ壊れた人たちで……」
「でも奥に……隠し通路が……」
瞳孔が開き、悪夢を見るように呟いた。
「壁が……呼吸してたんです……」
「違う……壁じゃなくて……壁の中のものが……」
アリシアの顔から血の気が引いた。
「どういう意味?」
「人が……バラバラにされて……壁に埋め込まれてて……」
「でも死んでなくて……まだ動いてて……目が……」
声が嗚咽に変わった。
その瞬間。
ズドオォォォンッ!!
轟音。
突風が砂利を巻き上げた。
全員が空を見上げる。
青空が消えていた。
血のような赤が、空を覆い尽くしている。
雲がねじれ、極光のような彩雲が広がっていく。
バリバリッ!
緋色の雷が空を裂いた。
貴族たちが腰を抜かして崩れ落ちる。
歴戦の魔導師たちでさえ、足がすくんだ。
「この魔力……」
ガレットの尻尾が震えていた。
カツ、カツ、カツ。
足音が聞こえる。
闇の奥から、彼女が現れた。
アリシアは息を呑んだ。
桃色の髪の毛先が、血に染まったように赤くなっている。
胸元の『日月の輝石』が、黒い影に蝕まれ、脈打っていた。
「……早く」
アリシアは絶叫した。
「総帥を呼んで! 今すぐ!」
「スレイア様が『月蝕』を起こしてる!」
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