第15話 血と契約の代償
【王宮、玉座の間。
ベレーラは床に崩れ落ち、声を枯らして泣いていた。
彼女の膝下には――カロリーヌの血が、まだ温かいまま広がっている。
グランディ帝国は、その血溜まりの上で、静かに息を止めた。
◇
同時刻。王都の裏路地。
エドは、自分の体には大きすぎる黒衣の裾を見下ろしていた。
風がフードを捲り上げ、また落とす。
彼は一言も発さない。
数分前。
あの桃髪の魔女――スレイアが、部下の目を盗んで侯爵邸の裏口から彼を連れ出した。
このローブを着せ、大通りを避け、路地裏ばかりを選んで歩いている。
まるで何かを隠すように。
「…………」
エドは前を行く女の背中を見た。
スレイアは腕を組み、眉間に皺を刻んで、何かを考え込んでいる。
その時。
「スレイア様ー!」
頭上から声が降ってきた。
赤と青、二つの影が屋根を越え、路地へ着地する。
「やっぱり。こんな所でサボってると思いました」
音もなく降り立った副官のアリシアが、書類の束を突きつける。
「貴族街の制圧は完了。毒の浄化も順調です。こちら、捕虜のリストになります」
「あー、疲れたぁ!」
隣で伸びをしたのは、竜人族のガレットだ。尻尾が左右に振られている。
「アリシアと代わればよかった。救援任務なんてあたしのガラじゃないし」
言葉が途切れた。
ピクリ、と鼻が動く。
金色の縦瞳が、収縮した。
「……血の臭い?」
視線が、スレイアの背後にいる黒衣の少年に向く。
スレイアの心臓が跳ねた。
(マズい……)
「スレイア様。その子供は?」
スレイアは咳払いし、手をヒラヒラ振った。
「あー、こいつ? 例の下手人よ。私が見つけたの。今からセリーヌに引き渡すところ」
天気の話でもするような口調だった。
アリシアの視線がエドを捉え、細められる。
「……子供、ですか」
「人は見かけによらないって言うでしょ」
ガレットが鼻を鳴らした。
「で、セリーヌは?」
「総帥閣下なら……今は……」
アリシアが口籠る。声のトーンが落ちた。
スレイアは目を細めた。
「どうしたの?」
ガレットが気まずそうに頭を掻き、尻尾を揺らす。
空気が、変わった。
◇
王宮、裏庭園。
恐ろしいほどの静寂が支配していた。
外の喧騒は結界で遮断されている。
花畑の中央に、簡素な棺が安置されていた。
カロリーヌは整えられた制服を纏い、眠るように横たわっている。
首の傷痕は、すでに消えていた。
セリーヌはその横に跪き、懐から青い宝石を取り出した。
そっと、亡骸の胸元へ置く。
低く、優しい声だった。
「お前は永遠にこのままだ。……安らかに眠れ」
風が花々を揺らす。
セリーヌの睫毛が震え――。
カッ。
瞳が、戦士のそれに変わった。
「……何の用だ、スレイア」
振り返らない。
声が、庭園の温度を下げた。
「それに。お前の後ろから漂う、その血の臭いは何だ?」
物陰のスレイアが、肩を震わせた。
完璧に気配を消したつもりだった。だが、この怪物には通じなかった。
セリーヌが立ち上がる。
次の瞬間。
ヒュンッ!
「きゃっ!?」
スレイアが悲鳴を上げた。
目の前にセリーヌが立っていた。
「また何か隠しているのか?」
視線がスレイアを素通りし、その背後へ。
黒衣の下で血の臭いを放つ少年を、射抜いた。
蒼い瞳が、暗く沈む。
空気が、鉛のように重くなった。
パァンッ!!
乾いた音が静寂を裂いた。
エドの身体が横に吹き飛び、芝生を転がる。
スレイアが息を呑んだ。
セリーヌは手を振り抜いた姿勢のまま、動かない。
指先が震えている。
「……貴様……ッ」
「この狡猾なガキが……!」
エドは起き上がり、口元の血を拭った。
「狡猾?」
虚ろな目で見上げる。
「約束通りだろ。一兵も損なわせずに国を落とした」
「黙れッ!」
セリーヌが吼えた。
「誰が市民を代償にしていいと言った!」
「血を流さない勝利には、別の血が要る。公平な取引だろ、総帥殿」
「取引……だと?」
その言葉が、セリーヌの何かを壊した。
「戦にも矜持がある! 貴様のやり方は……地獄の悪鬼ですらやらん!」
視線が、エドの腰元に釘付けになる。
ローブの下で揺れる、不吉な膨らみ。
「何人殺した」
「殺すべき者を殺した」
「なぜだ」
「……復讐」
沈黙が落ちた。
セリーヌが呆然と立ち尽くす。
「……そうか」
「最初から、魔族軍を復讐の道具に使ったというわけか」
「ああ」
悪びれもしない即答だった。
セリーヌは目を閉じた。
失望。嫌悪。憤怒。
全てが胸の中で渦を巻き、やがて冷たく固まった。
「来い」
闇から妖狼族の兵士が現れる。
「この殺人鬼を牢へ」
「ハッ!」
スレイアが口を開いた。
「待って、セリーヌ。それはあまりにも――」
「スレイア」
振り返らない。
「……話は後だ。私は女王陛下へ報告せねばならん」
スレイアは言葉を呑んだ。
セリーヌの袖が見えたからだ。
純白の元帥服に、べっとりと付いた暗赤色の血痕。
「……分かったわ」
スレイアは、兵士に引きずられていく少年を見た。
大きすぎる黒衣に包まれた背中は、枯れ枝のように細く、頼りなかった。
まるで、この世界のどこにも、居場所など残されていないかのように。】
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