第13話 二つの誇り
エドの復讐の刃が、侯爵邸で振り下ろされた、その瞬間――。
ルカドナ王宮もまた、最後の刻を迎えようとしていた。
真紅の絨毯の果て。
セリーヌ・シルヴィードは静かに佇んでいた。
その背後には、鉄壁の如く列を成す妖狼族の精鋭たちと、無数に展開された魔導銃の銃口。
対して、彼女たちの前に立ちはだかるのは――たった一人の、今にも崩れ落ちそうな影だった。
近衛騎士団長、カロリーヌ。
剣を杖代わりにし、荒い息を吐きながらも、その瞳だけは死んでいない。
彼女の背後にある玉座。
そこにはグランディの女王ベレーラが、カロリーヌのマントを命綱のように握りしめ、青ざめた顔で震えていた。
「そこまでだ、カロリーヌ殿」
セリーヌの声が、広い玉座の間に響く。
「王都は制圧した。これ以上の抵抗は、死体の山を築くだけだ」
「剣を置け」
「……黙、れ……ッ!」
カロリーヌが猛然と顔を上げる。
碧眼は血走り、涙と怒りが混濁していた。
「毒などという……下劣な手で盗んだ勝利で……ッ」
「貴様ら魔族が、体面など語るなぁッ!!」
ドォンッ!
「貴様ァ! 総帥閣下に向かって――ッ!!」
セリーヌの背後で、ケインが激昂し一歩踏み出す。
唸りを上げる魔導銃の銃口が、騎士団長に向けられた。
「下がれ、ケイン」
だが、セリーヌは片手を軽く上げただけ。
それだけで、ケインの殺気が霧のように消えた。
彼女はカロリーヌを真っ直ぐに見据えた。
その瞳に、逃げも、言い訳もない。
「否定はしない。私は毒を使った」
「それによって味方の兵が一人でも死なずに済むなら、私は喜んで汚名を被ろう」
視線がカロリーヌを越え、玉座の女王へと突き刺さる。
「だがな」
「先にアルタナスの国境を越えたのは、そちらだ」
「国内で暴政を敷き、民を路頭に迷わせ、餓死させたのも……そちらだ」
カロリーヌの拳が、白くなるほど握り込まれる。
反論できない。
彼女は反射的に身体をずらし、主君をその視線から庇った。
「……国が乱れたのは、我ら臣下の罪だ」
「ケジメが必要だと言うなら――この無能な私の首を持っていけ!」
「降伏さえすれば、民には手を出さない。投降兵も殺さない」
セリーヌは淡々と告げる。
「だが――彼女だけは別だ。裁きの席についてもらう」
カロリーヌの瞳孔が収縮する。
それが何を意味するか、理解できぬほど愚かではない。
処刑だ。
空気が、鉛のように重く沈んだ。
「……そうか」
カロリーヌは一度目を閉じ、
カッ、と見開いた。
剣を、構える。
「私は帝国近衛騎士団長」
「この王宮を守る、最後の盾」
「陛下に指一本でも触れたくば――私の屍を越えてゆけぇぇッ!!」
愚直なまでに純粋な、滅びゆく国への忠誠。
その輝きに、敵である魔族たちさえも息を呑んだ。
(……本当に、頑固な人)
セリーヌは小さく溜息をついた。
次の瞬間。
ブォン……。
彼女の掌に蒼き魔力が収束し、柔らかな光の束となってカロリーヌへと放たれた。
光が彼女を包み込む。
その瞬間、身体を蝕んでいた神経毒の麻痺が嘘のように消え去り、四肢に力が漲った。
「な……これは……?」
カロリーヌは愕然と己の手を見つめ、信じられないものを見る目で敵を見た。
なぜ、治した?
「足元のおぼつかない相手を嬲るのは、趣味じゃない」
セリーヌは大広間の中央に立ち、右の拳を左胸に当てた。
頭を垂れる。
古き時代から伝わる、一対一の決闘を申し込む作法だった。
「カロリーヌ殿」
「降伏を拒むと言うのなら――最も古く、最も単純な方法で決めよう」
「私と、一対一で」
「勝者が、グランディの運命を決める」
静寂。
誰も動かない。
全ての視線が、一人の女騎士に注がれる。
カロリーヌは深く息を吸い込んだ。
柄を握る手に、力が戻っている。
彼女の口元に、悲壮ながらも誇り高い、武人の笑みが浮かんだ。
「……承知」
大剣を掲げる。
その切っ先は真っ直ぐに、魔族の王を指し示した。
「我、グランディ近衛騎士団長、カロリーヌ――」
「いざ、尋常にッ!!」
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