第12話 届かなかった手
ドォンッ!
ルグナが壁に叩きつけられ、血を吐いて崩れ落ちた。
エドは床に転がる長剣を拾い、絡みついた断腕を振り払う。
「ひっ……ま、待——」
ザシュッ!
長剣がルグナの腹を貫き、背後の壁に縫い止めた。
「ガアアアアアッ!!」
串刺しのまま身をよじるが、動くほど傷口が広がるだけだ。
エドが顔を近づけた。髪を掴み、顔を上げさせる。
「……触りたかったんだろ? 最後に一度だけ、ママを抱きしめたかったんだろ?」
声は、囁くほど静かだった。
「無理だ」
「お前は俺に……姉さんの最期に触れる機会すら与えなかった」
「だから——お前にも、その資格はない」
長剣から手を離し、短剣を抜いた。
「その後悔を抱えたまま、地獄へ落ちろ」
ザシュッ。ザシュッ。ザシュッ。
刺突がルグナの身体を刻む。だが、どこも急所を外れている。死ねない。痛みだけが重なっていく。
(こいつ……わざと……!)
その精密さに、ルグナの背筋が凍った。
(この四年間……こいつは……いったい何体の生き物で……この瞬間を「練習」してきた……!?)
エドの手は止まらない。
だが、脳裏に別の光景が重なり始めていた。
四年前。師匠も同じように刺されていた。笑いながら、一突きずつ。
あの時。師匠は最期まで叫ばなかった。ただ、こちらを見て——微笑んでいた。
『なぁエド。お前はなんで、剣を学びたいんだ?』
『剣が使えたら、タリア姉さんを守れるでしょ?』
照れくさそうに笑った。
『俺が強くなったら、姉さんを連れて、いろんな場所に行くんだ』
師匠はエドの頭をくしゃくしゃと撫でた。
『いい夢だな。……叶うといいな』
短剣を握る手が、震え始めた。
動きが鈍くなる。
「……ミューザ師匠……」
声が漏れた。
「……タリア、姉さん……」
涙が頬を伝い、血と混じって顎から落ちた。
エドは短剣を握り直した。
ヒュンッ。
白銀の一閃。ルグナの首が落ちた。
コロン、と転がり、母親の血溜まりの傍で止まる。
カランッ。
短剣が床に落ちる。
エドは膝から崩れた。
「あ……」
声が出ない。
四年間、自分を支えていたものが消えた。
「あ、あああ……」
顔を床に押しつけた。
「うあああああああああああっ!!!」
泣いた。四年ぶりに泣いた。
嗚咽が止まらない。
「ミューザ師匠……タリア姉さん……っ」
「うああああああああああっ!!!」
血の海の中で、少年が泣いていた。
それは復讐者の咆哮ではなかった。
◇
扉の外。
スレイアは壁に背を預けたまま、動けなかった。
中から聞こえてくるのは、子供の泣き声だ。
胸の奥が、締め付けられるように痛い。
扉を押し開けた。血の匂いが押し寄せる。
床一面の赤。転がる首。壁に磔にされた死体。
その中心で、少年が膝をついていた。
顔を床に押しつけて、肩を震わせて、声を上げて。
「…………」
スレイアは、かける言葉が見つからなかった。
ただ立ち尽くして、泣いている子供を見ていた。
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