・第七話
ようやく一日の仕事が終わり、友津は大きくモニターの前で伸びをした。
早く帰るとしよう、椅子から立ち上がり、友津はそこで目を閉じる。家に帰れば、あの少年が……だがここにいても。
「せんぱいー!!」
後ろから脳天気な声がする。
「飲みにでも行きましょうよー」
楽しそうな声。佐恵だ。
「……悪いけど、今日はダメなの」
友津はそれだけ言って、ゆっくりとした足取りで歩き出す。あの不気味な少年と家で過ごすか、あるいはあの底抜けに明るい佐恵と飲みに行くか……どちらも正直好まないが、それでもまだ……
まだ家に帰る方がマシだろう。
友津はふらふらとした足取りで会社を出て行く。
すっかり日が落ち、宵闇に包まれた街を歩き、ようやく自宅アパートが見えてくる。
いつもなら安心できるのに……
今日は、気が重くなるばかりだ。しかも家からは微かに明かりが漏れている。恐らくあの少年は部屋の中にいるのだろう、友津はふらつく足取りで自室に向かう。
扉のノブに手をかけ、ゆっくりと開ける……
「お帰りなさい」
のんびりとした優しい声が、部屋の中から聞こえた。
「……っ」
友津は、びくっ、と身体を震わせる。
今……
今、なんと言われた?
「どうかしましたか?」
声が言う。あの少年だ。何をするでも無く、部屋の隅の方に座っている。
「……いえ、何でも無いわ」
友津は軽く頭を振り、家の中に入る。
「……ただいま」
小さい声で、ぼそりと挨拶をする。
こんな風に……
誰かに、ちゃんと『ただいま』を言ったのは……
一体、いつ以来の事だったろう?
解らない。
否。
自分は今までずっと……誰かにそんな事を言われた事も、言った事だって……
友津はそれだけで、少年に感謝したい気分だった。だけど……
だけどまだ……
この少年に、心を許した訳じゃない。
ややあって……詰め込むだけの夕食を終え、洗うだけの風呂に入れば適当に眠るだけだ。
四畳の和室に布団を敷いて眠るだけ。明日の仕事もあるし、早く眠るとしよう。
だがその前に、どうしても確認しなければいけない事がある。友津は黙って少年と向き合っていた。
「貴方……」
じっと少年を見る。五歳か六歳か、それくらいの年齢だと思われる男の子。
特徴の無い平凡な顔立ち、何処かで見たような服を、ただ身にまとっているだけという風貌、決して汚れているわけでもないし、何処かが破れているというわけでも無い。
だが……
否。
だからこそ、なおさら気味が悪かった。そもそも一体この子は……
この子はどうして……?
「そろそろ、話して貰えないかしら?」
友津は少年に問いかける。
「貴方はどうして、私の家に来たの?」
「それは教えられません」
少年の返答はにべもなかった。
「僕は、あの人に言われてお母さんの近くにいるだけです」
「私は貴方のお母さんじゃ無いわ」
友津が言うと、少年は頷く。
「怪しまれずにすむ為には、とりあえずそう呼ぶ方が正しいと思ったもので」
「……そもそも」
友津は言う。
「あの人は、何なの?」
その問いにも少年は何も言わない。無言のままで、ただ黙って座っていた。
友津はため息をつく。これでは会話が進まない。
「何度も言いますが」
少年が言う。
「……僕は三日後に貴方の前からいなくなります、それまであまり騒がずにただ……」
「ただ、待っていれば良い、と?」
友津は問いかける。
「はい」
少年は頷く。
友津はため息をついた。
「解ったわよ……だけどせめて、名前くらいは教えて貰えないのかしら?」
友津が問いかけると、少年は軽く俯いた。
「僕には……名前なんかありません」
少年は、小さい声でそう呟いた。




