・第五話
一夜が明ける。
友津は、重い頭でゆっくりと煎餅布団の上に身体を起こした。辺りを見回す。昨夜の出来事は全て、夢だったのでは無いだろうか? そう思った。
いや。
思いたかった。というのが本音だろう。
だが……
「おはようございます」
声がする。キッチンの方からだ。友津は布団の上からばっ、と立ち上がった。
キッチンからは、パンを焼く香ばしい香りが漂ってきていた。友津はふらつく頭でそちらに向かう。ダイニングなんて呼ぶ事も出来ない、玄関とキッチンが一緒になった広い空間。そこに置かれたテーブルの上に、よく焼けたトーストが載った皿が置かれている。
「お母さん」
そして……
昨夜の少年が、そこにいた。早朝の時間、ちゃんと電気も点いて、窓からは朝の日差しが差し込む室内で見れば、その白い肌も、あの不気味な視線もそれほど恐怖には感じられない。
じゅうじゅうと、ガスコンロの上に置かれたフライパンの上では卵が焼けている。
少年は、卵が焼けたのを確認した後で火を止め、焼いていた卵を皿に盛り付けた。皿の上にはレタスが二枚置かれ、ちゃんとした朝食という感じだった。
「朝ご飯が出来ましたよ」
少年がにっこりと笑う。
「……どうもありがとう」
友津はため息交じりに言い、ゆっくりとテーブルに座る。
少年はまだにこにこしたままで皿を目の前に置いた。
「どうぞ」
少年の言葉に、友津は頷いて箸を手に取り、皿に置かれた目玉焼きを口に運ぶ。
「……美味しい……」
思わず言った友津に、少年は優しく微笑んだ。
「ありがとうございます」
そのまま少年は、ゆっくりと友津の正面に座った。
そこから友津は、無言で少年が作ってくれた朝食を食べ……
やがて、はっ、と我に返った様に頭を激しく左右に振る。
「ちょっと待ってよ!!」
叫ぶように言い、少年に向かって怒鳴りつける。
「貴方、一体何なの!?」
「あまり大きな声を出さない方が良いですよ?」
少年はにこにこしたままで言う。
「……隣近所に、僕の事が知られたら面倒な事になります」
「貴方が……!!」
怒鳴りそうになり、慌てて声を落とす。確かにその通りだ。そもそも大家の許可も無く、いきなりこの少年を泊めてしまったのだ、それだけでもかなり問題だろう。
「貴方が、出て行けば問題無いでしょう?」
小声で言う。
「……生憎ですが、僕はお母さんの側にいないといけないんですよ」
少年は告げた。
「どうしてよ? それにあの人は……」
友津は言う。
少年は目を閉じる。
「詳しい事は話せません、ですがあの人が言った通り……僕は三日間、貴方の側にいないといけないんです」
「一体なんで……」
友津は問いかける。
「それは……」
少年は目を閉じた。それは初めて見る、この少年の笑顔では無い表情だったけれど、友津にはとても、それを珍しがる余裕は無かった。
「……それは、本当に話す事が出来ないんです」
「……理由も言えずに、知らない子供を三日も家に置いておけると思う?」
友津は少年に問いかける。
「だからせめて……」
少年はテーブルの上に並んだ朝食を指差した。
「ここにいる間は、出来る限りの事はします」
「そういう問題じゃないわ」
友津はため息交じりに言う。
「でも、貴方にデメリットは無いでしょう? 三日間、タダで働く手伝いがいると思えば良いんです、どうせ……」
少年は軽く笑った。
「三日間くらい、貴方は誰にも会わないし、この家に誰かが来る予定も無いでしょう?」
「……放っておいて」
友津は鼻を鳴らした。
「夕べも言った通り、三日の辛抱です、それで僕は……」
少年は言う。その口調も、丁寧な話し方も、どう見ても外見通りの普通の子供とは思えない。本当に……
本当に、この少年は一体、何者なのだろう?
「解ったわよ」
友津はため息をついた。
得体は知れない。
だけど……
「ありがとうございます」
少年は、真っ直ぐに……
真っ直ぐに、友津の顔を見て言う。
優しい笑顔と、穏やかな口調で。
友津はその優しい笑顔を見ても、やはり嫌悪感しか感じられなかった。




