・第十話
「私はもう……」
友津は小さい声で言う。
「もう、楽に……」
そうだ。
誰からも愛されない毎日。
もう、楽になりたい。そう思っていた。
「本当に……」
少年が言う。
「お母さんの事を愛している人は、一人もいませんか?」
「……いる訳が……」
言いかけた時。
友津の頭に、突如として一人の顔が浮かぶ。人懐こい笑顔、いつも自分を楽しそうに呼ぶ声。今日も『呑みに行こう』と誘われた。結局断ってしまったけれど……一体どうして自分にあそこまで懐くのか、その理由は知らない。だけど……
彼女は……
彼女は、間違い無く自分を……
「……林道、さん……」
友津は小さく呟く。
少年が、すっと手を伸ばし……頭を撫でて来る。
「お母さん」
少年が、真っ直ぐに友津を見ていた。
「お母さんは、一人では無いはずです」
友津は何も言わない。
「貴方の側に、必ずいてくれる人がいます」
「でも……」
そうだ。
人間は、そんなに美しいものじゃ無い。
ずっと一緒にいてくれる相手なんて、それに自分は……
自分は……
「あの子の事を、何も知らないし……」
「それなら」
声がする。
静かな口調。
だけど……明るい声が。
「これからもっと、知っていけば良いじゃないですか?」
友津は、ぎょっとして声がした方を振り返った。
「こんばんは、せんぱい」
林道佐恵が、すぐ後ろに立っていた。慌てて少年の方を見る。だけどそこには誰もいない。
「な なんで、貴方がここに……?」
「飲みに行こうって言ったじゃないですか、だけど断られちゃいましたからね」
佐恵は言いながら、手に持った白いコンビニの袋を高く掲げた。
「でもせんぱいとは飲みたいし、だからおうちにお邪魔しようと思って、飲みに行けないのなら、おうちで直接飲めば問題ないでしょう?」
「今日はダメっていうのは、家でも飲めないって意味で……」
友津は、ため息をついた。
まあ、別に構わないか。
「それなら、どうしてうちから離れたこんなところにいたの?」
友津は立ち上がって問いかける。
「せんぱいのお部屋に行っても誰もいないし、困ったなあ、と思って周りを見回してたら、ふらふらと歩いて行く先輩が見えたので、後を追いかけていったんですよ? いくら呼んでも返事してくれないし、何かあったのかと思ったら、ぼそぼそと誰かと喋ってるし、近づいてみたら、最後に私の名前を呼んでくれたから、つい話しかけちゃいました」
ふふ、と。
佐恵は笑った。
「貴方の名前を呼んだ訳じゃなくて、あれはあの子が……」
友津はそう言って、辺りを見回した。
だけど。
そこには誰もいない。
辺りをどれだけ見回しても、あの少年の姿は何処にも無い。
「あの子、って、誰かと一緒だったんですか?」
佐恵が問いかける。さっきまで自分の近くにいたはずのあの少年が、彼女は見えていなかった、という事だろうか?
友津は黙って……
黙って、立ち上がった。
「何でも無いわ」
どのみち、あの得体の知れない少年の事を話しても、きっと彼女には理解出来ないだろうし、そもそも友津自身が、あの少年については解らない事だらけなのだ。
だけど……
一つだけ、確かな事がある。
きっと……
きっとあの少年にも、あの女性にも、自分はもう……
もう、出会う事は無いだろう。
友津は、そう思った。




