第七話
◆三人称視点◆
時計の針の音が響き渡るリビングにて陽菜は一人読書をしていた。
実家の部屋であるのならば気に入ったクラシックを流す陽菜だったが、ここは他人の家でありリビング。音源となるものはテレビかラジオぐらいだ。
読書に集中するには声の無い音が一番。陽菜はそれならばという判断で静寂を選択していた。
チラリと顔を上げて壁掛け時計を見る。時刻は午後三時を少し過ぎたあたりだ。
「そろそろでしょうか」
陽菜は本を閉じるといそいそと立ち上がって台所へと向かった。
目的はお湯を沸かしてお茶を用意する為だ。
トレイに二人分のティーカップを用意してそれを暖めておく。
予め暖めておく事が美味しい紅茶を淹れるコツだからだ。
どうせ飲んでもらうのなら美味しい紅茶を飲んでもらいたい。陽菜は慣れた手つきで準備を進めて行った。
コンコン
ドアがノックする音で竜也は脱力状態から回復した。
「どうぞ」
ドアを開けながら竜也は返事をする。
そしてドアが完全に開くと、トレーを持った陽菜が入ってきた。
「紅茶を淹れてきました。今日はクッキーですよ」
ここ最近で当たり前になった光景だ。
竜也は日中は部屋から出てこない。ここが地元ではない陽菜は遊び相手もおらず、親戚の竜也が篭ってしまっているので退屈している。
そんな訳で毎日何らかのお菓子を作ると、3時以降に竜也の元を訪れるのだった。
「ありがとう。手作りなんだね。今日も期待しちゃうなー」
竜也が楽しそうに話す。既に目は目の前のクッキーに釘付けである。
「ふふふ。期待してくれて良いですよ。陽菜特製手作りクッキーを堪能してください」
そんな竜也の顔をみて陽菜も冗談を口にする。ここ数日のお茶会で二人は良い雰囲気と関係を築き上げていたのだった。
「えっ? 明日の予定?」
「ええ。株取引というのは土日と祝日はお休みなのですよね?」
株式市場は年末年始の他に土日祝日はとりおこなわれない。そして、明日は陽菜が峰岸家に居候してからはじめての土日だ。
「一応、取引は無いけどね……」
「でしたら一緒に遊んで頂けませんか?」
陽菜は期待を膨らませながらも竜也に懇願する。これで断るような人間が存在するならホモかロリコンに違いない。
だが、竜也は申し訳なさそうな顔をすると。
「ごめん。先約がある」
「そうですか…………」
例えどれだけお願いされても、先約がある以上は義理を果たすのは当然。それが無ければ竜也とて喜んで陽菜と出掛けたのだが……。
「ほんとごめん。埋め合わせはいずれするからさ」
両手を合わせて拝み倒す竜也。陽菜はそんな竜也から目を逸らしてクッキーに噛り付くと。
「……退屈です」
そう呟いた。
◆陽菜視点◆
先日は竜也さんに断られてしまいました。
平日は毎日株の取引で忙しいみたいだったので、せめて休日ぐらいは気分転換をして欲しかったのですが、それは私が考えるまでも無かったようです。
元々、竜也さんは遊び相手と約束をしていたようですから。
私は一人、リビングでテレビを見ていました。
居るのは私一人です。叔父様と叔母様は今日も変わらずにお仕事。竜也さんは朝早くから出かけていきましたから。
勝手しったる他人の家。最初は落ち着かなかったですが、数日も滞在すれば食器の位置や茶葉の場所も覚えて大分なれました。
従兄の竜也さんとの関係も良好で、春休みの間のみの滞在ですが、大きな波風が立つ事も無いでしょう。
「はぁ……退屈です」
仕方が無い事情があるとはいえ退屈です。
本来の予定であれば、今頃竜也さんに案内されて色んな所で遊ぶつもりでしたのに……。
「決めました。私も出掛けることにします」
私は唐突に立ち上がりました。家に誰も居ないのです。竜也さんから借りた本は読み終わってしまいました。
それなら少しぐらい外を散歩してもいいんじゃないでしょうか?
私はあてがわれた部屋へと戻るといそいそと着替えを開始しました。
外に出てみると、思いのほか気温が高かったです。
頬を撫でる風が優しく、小春日和。お出かけには絶好の天気です。
私は、目的地を決める事無く歩き始めました。
暫く歩いていくと桜並木が広がっていました。
「綺麗です」
私は満開に広がるそれに見惚れるあまり、周囲への警戒が落ちていました。
ドンッ
「すいません」
「こっちこそごめんなさい」
向かいから歩いてきた人にぶつかってしまいました。
「完全に余所見をしてしてまっていて……。お怪我はありませんか?」
「ううん。そっちこそ平気? …………って陽菜ちゃん?」
「えっ? もしかして茉莉花さんですか?」
こんな偶然あるのでしょうか? 偶々ぶつかった相手が、この街で唯一知り合った人物だなんて。
「こんな所で会うなんて偶然だね。何してたの?」
相手が私だと解ると、明るい表情を浮かべてくれました。その笑顔を向けられただけで大抵の人は茉莉花さんの事を好きになってしまうんじゃないかと言う程の眩しさです。
「私は散歩してたんです。それにしてもここの桜は見事ですね。思わず見惚れてしまいました」
「うん。ここはこの街で一番たくさん桜の木を植えているんだよ。来週には桜祭りも開催されるしね」
そう言って茉莉花さんは立てかけてある看板を指差します。
「へぇー。来週の土日ですか。私が帰る日です」
残念な事に参加は出来なさそうです。ですが、仕方ありません。元々そういう予定なので。
「そうなんだ。折角なのに残念だね」
心の底から残念そうな顔を見せる茉莉花さん。そんな顔されると申し訳無いです。
「ところで陽菜ちゃんはこの後予定あるの?」
気を取り直した彼女は私の予定を聞いてきました。
「実は暇してたんです」
「そうなんだ。峰岸君にでも遊びに連れて行ってもらえば良かったのに」
「それなんですが、頼んでみたんですが、友達と遊ぶ約束があるとかで……」
「ん? 峰岸君に? 友達……?」
意外そうな顔をしています。もしかして私は触れてはいけない話題に触れてしまったのでしょうか?
「まあいっか。それなら私と一緒に遊ばない?」
「良いのでしょうか?」
「うん。新学期に備えて文房具を買おうと思って出てきただけだからさ。陽菜ちゃんさえ良ければ一緒に遊びたいな」
その嬉しい誘いに私は二も無く頷きました。




